コーヒー&
チョコレート②
発酵食品としての共通点
写真/大竹 ひかる(amana)
発酵食品としての共通点
コーヒーとチョコレートの製造過程で、その後の風味や香りの決定に重要な役割を果たすのが、微生物による発酵プロセスです。コーヒーマイスターの中川亮太さんと、チョコレート技師・珈琲焙煎師の蕪木祐介さんによるカフェトーク第2回、そもそもどの部分を発酵させるのかという話題です。(全5回)
コーヒー&チョコレート① からの続き
中川 今日いただいているコーヒー*1、ブレンドのメインにエチオピアの豆を使っているんですね。
蕪木 ずっとナチュラル(非水洗式精選)の方法でやっているエチオピアの豆に惹かれたところがあるかもしれません。今は中米を中心にさまざまな新しい取り組みがなされていますよね。同じナチュラルでも、華やかさを出す目的でわざと発酵を進ませたり、あるいは故意にドライにしたりとありますが。
中川 コーヒーの原産国*2、エチオピア。このエチオピアらしい味わいが僕は大好きなんです。オリジナルの土地ならではのミネラルがあって、風があって、温度があって……そうしたすべての要素が発揮された豆だと思います。
蕪木 そうですね。
中川 コーヒー豆が、原産国であるエチオピアからイエメンに渡り、そこからインド、インドネシアへ行った後、オランダやフランスを経由して、今では中南米、さらには世界中に達している。そういった変遷を重ねていくうち、それぞれの土地に合った豆が選ばれていきました。
中川 品種改良もありましたが、コーヒー豆たちは人間の口に合うように変化したわけではなく、自分たちが生き延びるため、突然変異を含めて変化してきたんですね。
*1 コーヒー
コーヒーノキは、アカネ科コーヒーノキ属(コーヒー属、コフィア属)に属する植物の総称。40種の常緑低木を含む。
*2 コーヒーの原産国
栽培種の原産地はアフリカ大陸中部で、エチオピアのアビシニア高原やコンゴ、西アフリカが知られている。
中川 品種としては、アカネ科コーヒーノキ属のもと、100以上の種があり、その中でも飲んで美味しい種としてアラビカ種とカネフォラ種*3があります。カネフォラ種とは、今の流通市場でロブスタ種と言われているもの。病害虫に強く、実なりもいいのですが独特な臭みがあるため、どちらかというと缶コーヒーやインスタントコーヒーの原材料などにしやすい。カフェインの量はアラビカ種の倍ぐらいある。そもそも、両者は染色体の数も違うんです。
中川 カネフォラ種は他花受粉なので、ハチなどが媒介して受粉させないと実がならない。一方のアラビカ種は自花受粉なので、ほぼ蕾(つぼみ)の中で受粉が完了しているから、ナス科の野菜*4などと同じなんです。
蕪木 カカオ*5も他花受粉です。だから、デメリットが品種管理のしにくさ。畑を完全に隔離しないと、コーヒーのように純粋な種が栽培しにくいんですね。
蕪木 コーヒーでいうカネフォラ種にあたるのは、フォラステロというカカオの品種です。病気に強いし、一本の木になるカカオの量も多いのでお金になりやすい。ただ、風味としては香り高さというよりも、チョコレートらしい力強い苦み、渋みを持っているのが特徴です。
中川 なるほどね。
蕪木 それに対して、クリオロ種はもう少しデリケート。渋みが少なく、力強さはないけれども、香りは豊か。ただ、現在はクリオロ種というのはほとんど作られていません。病気にすごく弱いからです。クリオロとフォラステロをハイブリットしたカカオがトリニタリオという、いわゆる香りがいい豆になります。
中川 香りもあるし、病気にも強いと。
蕪木 そうです。ただ、実際はトリニタリオと言っても、すごく幅があるんです。畑によってクリオロの血が強いトリニタリオだったり、フォラステロの血が強いトリニタリオだったり。自然交配で脈々とそうなっていったかたちなんです。
*3 アラビカ種とカネフォラ種
アラビカ種はエチオピア原産、カネフォラ種(ロブスタ種は分類学上、カネフォラ種の亜種)はコンゴ原産。これにリベリカ原産のリベリカ種を加え、コーヒーの3原種と呼ばれる。アラビカ種の染色体数は44(倍数体)で、他の2種は22。
*4 ナス科の野菜
ナス、トマト、ピーマン、ジャガイモなど。雄しべと雌しべが1つの花の中にあり、風による振動などで受粉が完了する。一方、キュウリ、スイカ、ズッキーニ、ゴーヤなどのウリ科の野菜には雄花と雌花があるため、ハチやチョウ、人間の手などを介して受粉させる必要がある。
*5 カカオ
熱帯で栽培される、アオギリ科の植物。成熟すると樹高は8m程度になる。枝だけでなく、幹にも花が咲いて実がなる幹生果(かんせいか)。低い場所にも実を付けることで動物が食べやすくなり、種を拡散させられる。クリオロ種、フォラステロ種、トリニタリオ種のほか、自然交雑、もしくは人為的交雑によって多種多様な派生種がある。
中川 コーヒーの発酵の話を先にすると、コーヒーの果実って「酵素が強い」んです。コーヒーチェリーを木から切り離して収穫した瞬間から発酵(酵素反応)が始まってしまう。
中川 だから、すぐに乾燥工程に入るか、種だけ取り出して(パルピング)、ミューシレージ*6を取り除く工程に移らないと、どんどん発酵が進む。つまり腐っていっちゃいます。カカオにはそこまでのスピード感がないってことですよね?
蕪木 ええ。固い実にくるまれている状態のカカオは外からの菌が入ってこないので、発酵がそのまま進むことはそんなにないですね。
中川 コーヒーと違って若干の猶予があるんですね。
蕪木 ただ、割っていない状態でも水分は飛んでくので、中身はまったく変化しないかというと、そうでもないです。わざと放って置いたりする農家さんもいますね。2、3日置いてちょっと水分を落としてから、発酵させるという。
蕪木 これがカカオの実です。
中川 カカオポッドですね。
蕪木 割るとこんな風に、果肉が中に入っています。これは時間が経ちすぎてミイラみたいになっちゃっていますが、種の周りに果肉がまとわりついた状態で入っています。
蕪木 チョコレートの原料はこの種の部分ですね。でも実際に発酵させるのは、あくまで果肉の部分です。コーヒーと同じですが、果肉に糖分があって発酵が進み、それが種にも影響していくというかたちですね。
中川 白いパルプが果肉ということは、ほかの分厚い部分はすべて果皮?
蕪木 はい。果皮は使い道がないので、肥料にするか、家畜の餌などになります。
中川 ウォッシュドにはしない?
蕪木 しないですね。カカオの場合、ウォッシュドにしちゃうと渋くなるんです。
*6 ミューシレージ
コーヒーの果肉と種の間にある、種をくるんでいる“ぬめり(粘質)”の部分。ウォッシュド(水洗式)方式ではすべて洗い流す。
蕪木 自分たちで仕入れたカカオ豆を品質チェックするときに、まずこうやって切るんです。
中川 半分にスライスするんだ。
蕪木 割ってみて、紫がちょっと残っているフォラステロ種のカカオは「どうも発酵が足りていないな」とイメージできます。
蕪木 中米の一部の大きな農園では、わざとここらへんで発酵を止めてあげて、もともと持っているフルーティーな香りを残したりしています。
中川 あぁ、それってコーヒーと一緒だ。カカオにもサードウェーブ*7があったか(笑)
蕪木 ただ、この方法で渋くなってしまうこともあるし、特にカカオの発酵は複雑なので、タイミングや時間、品種によって攪拌(かくはん)をどう使い分けるかなど、本当に難しいです。
蕪木 クリオロ種は、もともとポリフェノールが少ないんです。
中川 だからよりあっさりしてる。苦み、渋みが少ないんだ。
蕪木 そうなんです。ほとんど渋みがないので、浅く発酵を止めてもチョコレートの味が成り立っちゃうんですね。
>>コーヒー&チョコレート③ へ続く
*7 サードウェーブ
コーヒーブームにおける第3波の意で、インスタントコーヒーの普及による第1波、スターバックスなどのシアトル系コーヒーが流行した第2波に次いで、2000年代初頭からアメリカで勃興。品質管理を行って仕入れたコーヒー豆を、浅煎りで提供するスタイルが中心。
NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「一杯のコーヒー、一片のチョコレート。そこから広がった植物学や化学、文化史や経済までの対話に思わず惹き込まれました。増ボリュームでお届けします!」
amana フォトグラファー。人やもののストーリーを考察し写真を撮る。「製造工程の発酵の部分が奥深く、
http://amana-photographers.jp/detail/hikaru_otake