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Feature

特集

コーヒー&チョコレート①

コーヒー&
チョコレート①

発酵食品としての共通点

構成・文/神吉 弘邦
写真/大竹 ひかる(amana)

コーヒーとチョコレートの製造過程で、その後の風味や香りの決定に重要な役割を果たすのが、微生物がコーヒー豆やカカオ豆を発酵させるプロセスです。コーヒーマイスターの中川亮太さんと、チョコレート技師・珈琲焙煎師の蕪木祐介さんが、カップ片手に語らうカフェトークをゆっくりお楽しみください。(全5回)

精神的な支えになる品

中川 お久しぶりです。蕪木さんのお店は中に入るとほの暗いので、吸い込まれるようにスーッと入れるところも好きなんです。

蕪木 決して明るい店が嫌なわけじゃないんですよ。自分も普段はそういうお店に行きますから。ただ、この空間は“ハレの場”というより、もっと沈んだ時でも来られるような場にしたくて。変な話ですが、「浮かない顔つきで来てもらえる場所」にしたかったんです。

中川 わかるなぁ。自分は教会やお寺で日常的にお祈りする習慣はないけれど、カフェでは日常のちょっとした後悔だったり、反省をすることもあるから、それに近い厳かさを感じるのかも!

蕪木 自分をいろいろと整えられる場所なんでしょうね。コーヒーとチョコレートは元気な時に味わうのもいいですが、むしろ、ネガティブな時には精神的な支えになってくれる嗜好品だと思うんです。それが「テオブロマ」*1 としてのチョコレートだったり、カフェインを摂取するためのコーヒーだったりするので。そういった意味でも、日常のどんな時でも味わえるものを届けたいと思っています。


蕪木 祐介(かぶき・ゆうすけ)/1984年福島県生まれ。チョコレート技師、珈琲焙煎師。岩手大学 農学部 動物科学科卒業。在学中、盛岡で喫茶店の魅力に初めて触れる。珈琲専門店での技術研鑽の後、チョコレートへの興味も加わり、株式会社ロッテに入社。カカオ・チョコレートの研究と製品開発の仕事に携わる。2016年、東京・浅草に珈琲とチョコレートの工房兼喫茶室「蕪木」を開店。著書に『チョコレートの手引』(雷鳥社)。
http://kabukiyusuke.com

中川 ただ「美味しいだけ」っていうものは世の中にいくらでもありますからね。僕たちの仕事は、複合的な要素として空間をつくることだったり、人とのコミュニケーションを考えることだったり。だから、単純に美味しさだけを追求する料理人さんには、どうも共感できないんです(笑)

蕪木 今日の発酵の話で言うと、今いろいろな表現ができるようになってきているので、お客さんに「面白いな」「すごいな」って思わせる味があると思うんですね。

蕪木 コーヒー、お話ししながら淹れてもいいですか?

中川 ええ、お願いします。

*1 テオブロマ

チョコレートの原料となるのはカカオ豆だが、カカオの木の学名は「テオブロマ・カカオ(Theobroma cacao L.)」と言う。テオブロマにはギリシャ語で「神々の食べ物」の意味がある。


「水と油」の仲を取り持つ


中川
 喫茶室の隣にある工房から、カカオ豆を磨砕*2 したり、チョコレートを精錬*3 したりする作業音が聞こえてきますね。

蕪木 ええ。チョコレートは営業時間外に製造しています。お皿に2種類のチョコレートをご用意しました。手前がわりと味に丸みがあって華やかな香りを持つ、柔らかい女性的な印象のチョコレート。奥のものがそれに比べてもう少しロースト感を感じてもらえる、力強い風味のチョコレートです。

中川 メニューを見ると、それぞれに素敵な名前が付いているんですね。これは風味の印象から?

蕪木 そうです。手前は「撫子(なでしこ)」で、奥は「かもがや」と名付けています。色合いもほのかに違います。焙煎もそうですが、それぞれカカオ豆の発酵も違いますから、そうした作業のすべてが関わってくるんですね。どちらも深煎りのコーヒーに合うチョコレートだと思っています。

中川 じゃ、いただきます。

蕪木 本当は、これは亮太さんの仕事なんですけど、すみません。

中川 いやいや(笑)。とても美味しいですね、自分は深煎り大好きなんです。


中川 亮太(なかがわ・りょうた)/1972年埼玉県生まれ。日本スペシャルティコーヒー協会認定・アドバンスドコーヒーマイスター。日本大学生物資源科学部食品経済学科卒業。株式会社ドトールコーヒーを経て、VIVA COFFEE名義で活動後、2014年よりアマナで唯一のコーヒークリエイター職に就任。現在はアマナ天王洲オフィス amana square内ギャラリーに併設の「IMA cafe」を拠点に活動。
http://ima-cafe.com

蕪木 例えば、浅煎りのコーヒーを飲んでも「こういう出し方だったらいいだろうな」というのはあるんです。食べものと合わせた瞬間、ふわっと華やかな香りがして。酸味が強かったとしても、その酸味と調和すれば香りをより感じられるから面白いだろうな、って。

中川 フードペアリングの試みは、断然面白いですよね。ちなみに今、お店でつくっているチョコレートは何種類ですか?

蕪木 このほか、紅色の果実感が特徴的なマダガスカル産カカオのチョコレート、あとはミルクチョコレートがあって、全部で4種類です。

中川 それぞれにお勧めのコーヒーがあるんですね。

蕪木 コーヒーとチョコレートの組み合わせって、相性がすごく良さそうに聞こえますよね。実はコーヒーが水なのに対して、チョコレートは油。だから本来、それほど合うような組み合わせではないんです。ただし、いいもの同士が出会ったときにはバッチリくると思って研究しています。

*2 磨砕(グラウンディング)

焙煎して焼き上がったカカオニブ(カカオ豆の胚乳)を細かくすりつぶし、ペースト状にする工程。熱をかけながらすり潰すことで、カカオニブの50%強を占めるココアバター(油脂分)がにじみ出し、徐々にペースト状のカカオマスになる。(参考文献:『チョコレートの手引』蕪木祐介・著)

*3 精錬(コンチング)

カカオマスに砂糖やミルク分、油脂類などを混ぜ合わせた後に粒子を細かくし、さらに長時間練り上げたチョコレート生地に対して、最終的な風味を調整する工程。力と熱をかけながら練り続けることで、残っている雑味を飛ばし、風味を向上させる。(参考文献:『チョコレートの手引』蕪木祐介・著)


製造工程が身近になった


蕪木
 お出ししたコーヒーのブレンドのメインに使っているのは、エチオピアの豆です。先日はエチオピアへ行き、私たちが使っているコーヒーを輸出していただいているエチオピアのコーヒー会社の代表と産地を巡ったのですが、そのときの会話でも「ファーメンテーション(発酵)」という言葉がたくさん出てきました。

中川 自分もエチオピアがコーヒーの産地としては一番好きですが、まだ行けていなくて。ああ、現地でもやっぱり発酵について意識しはじめているんだ。

蕪木 特に、故意的に「発酵」を風味づくりに活かして行う精選*4 工程では「スペシャルファーメンテーション」という表現も出ていました。


中川 今日はそういった精選の過程についても、蕪木さんにいろいろ聞いてみたいです。コーヒーの場合は知っていますが、カカオの精選にはあまりなじみがないので。いったいどれだけ違うんだろう。

蕪木 私もまずコーヒーが好きになって、そこからチョコレートに興味を持ちましたから、両方を見ています。似ているところはあるものの、発酵という面ではまるで違いますね。私はカカオのほうが見えやすいですが、コーヒーの場合、最近はお客様のほうが詳しかったりします(笑)

中川 コーヒー業界はそうやって、どんどん情報が共有されるようになってきましたね。

蕪木 チョコレートの場合、まだまだ発酵食品というイメージすらあまりないですから、いろいろトライできる状況なのかもしれません。

中川 大手の製菓メーカーさんが触れ出したのも、つい最近ですよね。明治さんが「ザ・チョコレート」でやられていることなどを見ると、すごいこだわりを打ち出したと思って感動してしまいます。

蕪木 きっとどなたか担当者の強い意志があったのでしょうね。チョコレートづくりはカカオ豆の加工ひとつとっても、昔は大手でしか取り組めませんでした。コーヒーの場合、とりあえず焙煎機があればコーヒー抽出までできます。でもチョコレートをつくるとなったら、焙煎機のほかにいろんな機械が必要です。だからチョコレートで商いをするには資本が必要だったんですね。

中川 これまではね。

蕪木 最近になって、簡単にチョコレートがつくれる原始的な機械が流通しだして、多くの人が「ビーン・トゥ・バー」*5 に取り組めるようになりました。ビーン・トゥ・バーのつくり手のほうがお客さんとの距離が近いので、みなさん新しいことを知ろうとか、伝えようといった情熱は強いように思います。

中川 ストーリーを伝えられますから。

蕪木 でも、かつて私が在籍していたメーカーにもさまざまな情熱を持った方がいました。ノウハウや技術、知識の量、研究体制……そういったものはやっぱり大手の古株の人には敵わないです。

蕪木さんはロッテ時代の恩師が書いたチョコレート製造に関する論文を読んで感銘を受け、入社を志した。現在も世界中から発表される論文に目を通し、新しい発見をファイリングしている

>>コーヒー&チョコレート②  へ続く

*4 精選

コーヒーの場合には、コーヒーノキの実(コーヒーチェリー)から種子を取り出してコーヒー豆にする工程を指す。脱穀の前段階で、果実を丸ごと乾燥させる「ナチュラル(非水洗式)」、種子以外の果肉類すべてを水で洗い流す「ウォッシュド(水洗式)」、種子表面のミューシレージと呼ばれる粘液質だけ残してから乾燥させる「セミウォッシュド(半水洗式)」という大まかに3種類の方式がある。スマトラ産のマンデリンなどはこの中に含まれない方式で精選される。

*5 ビーン・トゥ・バー

原料のカカオ豆の仕入れからチョコレート(バー)の製造までを一貫して行う製造方法を指す。大手メーカーでは昔から行なわれているが、2000年代のアメリカを発祥に小規模製造も広まっている。


Profile
Writer
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「一杯のコーヒー、一片のチョコレート。そこから広がった植物学や化学、文化史や経済までの対話に思わず惹き込まれました。増ボリュームでお届けします!」

Photographer
大竹 ひかる Hikaru Otake

amana フォトグラファー。人やもののストーリーを考察し写真を撮る。「製造工程の発酵の部分が奥深く、そのことを聞きながらいただいたコーヒーとチョコレートは格別でした。」
http://amana-photographers.jp/detail/hikaru_otake

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