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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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バリスタの徒然草⑦

おすそわけの文化と
フードシェアリングの輪

バリスタの徒然草⑦

文/久保田 和子

(写真提供:星野リゾート)

10代に競泳選手として世界を転戦したあと、現在はライター、バリスタとして活躍をしている、久保田和子さんによる連載エッセイです。第7回のテーマはフードロス。SDGs(国連の持続可能な開発目標)にも掲げられ、以前から取り組まれていましたが、コロナ禍にあって特殊な事情も生まれたようです。

月に1、2度、「子ども食堂」に足を運んでいる。

わたしは、カフェを営む友人から譲ってもらう、使いきれなかったコーヒーの豆と牛乳を持って行く。
長野の農家さんからは規格外で売ることができなかったレタスやキャベツが届いていたり、
ご近所の方が、この前の残りなんだけどと、カレーのルーをくれたので、
その日のメニューは、カレーになった。みんなで作って、みんなで食べる。

食後はわたしが持って行った豆を使って、家に帰って子どもたちが自分の親にコーヒーを淹れられるように、ドリップの練習もした。

©︎ MANOIMAGES/a.collectionRF /amanaimages

©︎ MANOIMAGES/a.collectionRF /amanaimages


「子ども食堂*1」とは、核家族が増え続ける時代になり、
このままだと、子どもが「一人」で夜ご飯を食べることが、文化にさえなってしまいかねないと危機感を感じ、
「一人でご飯を食べる子どもを減らす」ため、NPOやお寺などが始めた、給食でもない、家でもない場所で「みんなでご飯を食べよう!」という活動である。

*1 子ども食堂

貧困家庭や “孤食(こしょく)” の環境にある子どもたちに、低価格もしくは無料で、食事と安心して過ごせる場所を提供する、地域における活動。「気まぐれ八百屋だんだん」(東京・蓮沼)が2012年8月に名づけた取り組みが、日本で初めてと考えられる。以降、さまざまなスタイルが運営者によって生まれ、対象を子どもに限定しない活動もある。こども食堂、子供食堂。

 
子ども食堂では、企業や商店が独自に定める品質基準によって、まだ食べられるけれど破棄しなければならなくなったものを譲ってもらいながら開催していることもある。

現代版の「おすそわけ」と言ったところだろうか。

しかし、実際は、企業内のルールに阻まれて、
企業の規模が大きくなればなるほど、譲りたくても譲れなくなってしまっているのが、現代の「おすそわけ」事情である。


学校の休校と牛乳のフードロス

飲食業に関わる人たちは目の当たりにしていることだろうが、
特に今年は、新型コロナウイルスの感染拡大による飲食店の休業や自粛によって、
使いきれなかった原材料を含む食品破棄の量が計り知れないことになった。

いわゆる「フードロス*2」という概念だ。

コロナの影響がなかったとしても、
平成28年度の国民1人当たりに換算したフードロスの数字は、年間51 kgにもなると報告されていて、
これは1人あたり1日1杯分のご飯を破棄していることに等しいらしい*3

この数字を聞いて、「少ないなぁ」なんて思う人はいないだろう。

*2 フードロス

人が食べるためにつくられた「食品」の価値が失われたり、捨てられたりすること。さらに、国連食糧農業機関(FAO)では「食品ロス(food loss)」と「食料廃棄(food waste)」に区別している。
関連記事:ものさしにしたい、自分のフードロス論 ゼロから学ぶ、SDGsのこと②
https://nature-and-science.jp/foodloss/

*3 国民1人当たりのフードロス

本来食べられるのに捨てられている食品は年間(平成27年度推計)で、事業系廃棄物由来が約357万 t、家庭系廃棄物由来が約289万 tある。
出典:消費者庁消費者政策課「食品ロス削減関連資料」(平成30年6月21日版)

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/information/food_loss/efforts/pdf/efforts_180628_0001.pdf


 
食品ロスとして多いのは「野菜」と言われているが、
例えばシンクに捨てられる「牛乳」は、ゴミとして回収されない。
ゴミそのものを調査分析しても出てこないことから「隠れた」食品ロスといわれている。

さらに、今年の春は学校の休校により給食がストップし、
牛乳たちが行き場所を失う中、乳牛たちの体調管理のためには毎日、乳搾りをしないといけないという、
もったいない循環に悩まされた酪農家さんたちは数知れなかった*4 

*4 休校による酪農への影響

農林水産省では、学校給食用牛乳の供給停止によって影響を受けた日本の酪農家を応援する「プラスワンプロジェクト」(牛乳やヨーグルトを普段より1本多く消費することを推進)を2020年4月21日より開始。生乳を廃棄したり、乳牛を減らしたりすることなく、2020年6月上旬までの生乳生産のピークを乗り切った。
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/gyunyu/lin/plusone_project.html


 
そんな中、いち早くこの問題と向き合ったのが「星野リゾート」だった。

提携する牧場で発生する牛乳のフードロスを防ぐべく、「牧場を救うミルクジャム」の製造を開始することを、2020年5月8日に発表した。

「星野リゾート リゾナーレ那須」が位置する那須エリアにある「森林ノ牧場」では、日本では希少な乳牛のジャージー牛を飼育している (写真提供:森林ノ牧場)

「星野リゾート リゾナーレ那須」が位置する那須エリアにある「森林ノ牧場」では、日本では希少な乳牛のジャージー牛を飼育している
(写真提供:森林ノ牧場)

7月からは、このミルクジャムを活用した「牧場を救うミルクジャムフラッペ」を、「星野リゾート リゾナーレ」の3施設(那須、熱海、八ヶ岳)で提供開始した。

企業として、問題解決に乗り出すスピードの速さに、驚きを通り越して興奮した。

星野リゾートが全国に展開する温泉旅館ブランド「界」の栃木県内3施設(界 川治、界 鬼怒川、界 日光)でも、毎年恒例の「ご当地かき氷」に「牧場を救うミルクジャム」を組み合わせて提供(2020年7月11日〜8月31日)。写真は、「界 川治」の「かんぴょうとミルクジャムのかき氷」 (写真提供:星野リゾート)

星野リゾートが全国に展開する温泉旅館ブランド「界」の栃木県内3施設(界 川治、界 鬼怒川、界 日光)でも、毎年恒例の「ご当地かき氷」に「牧場を救うミルクジャム」を組み合わせて提供(2020年7月11日〜8月31日)。写真は、「界 川治」の「かんぴょうとミルクジャムのかき氷」
(写真提供:星野リゾート)


今回の自粛期間では、TABETE*5 や、rebake*6 のような、
販売側の努力とは裏腹に、主に天候などに左右され、
まだ食べられるのにどうしても捨てざるを得ない商品を助けることができる、時代のシステムを使いこなした「おすそわけ」のプラットフォーム、
つまり「フードシェアリング」の認知度も一気に上がったのではないだろうか。

たくさんの種類のパン(イメージ) ©︎  MANOIMAGES /amanaimages

たくさんの種類のパン(イメージ)
©︎  MANOIMAGES /amanaimages

さらに、新型コロナウイルスの影響で結婚式が延期・キャンセルとなり、
引き出物として配る予定だったにも関わらず行き場を失った高級菓子や食品を格安で購入できるPIARY内の特設ページ*7 も誕生した。

*5 TABETE(タベテ)

廃棄ロスになりそうな近くの店舗の食事をレスキューできるWebプラットフォームおよび携帯アプリ。

https://tabete.me/

*6 rebake(リベイク)

廃棄ロスになりそうなパンをお取り寄せできる、パンの通信販売マーケット。

https://rebake.me/

*7 PIARY(ピアリー)内の特設ページ

結婚式ギフト・アイテムを手がける大手サイトが、引き出物に関連したフードロス対策の通販ページを設けた。

https://www.piary.jp/gift/food_loss/


ご近所というコミュニティー

そもそも、こんなシステムがなかろうとも、個人でなくても、コロナだろうかなかろうが……
ご近所さん同士で「おすそわけ」し合えば、
たくさんの食材を救えるはずではないだろうか。

パン屋さんの卵を、となりの店のお好み焼き屋さんが使うとか、
ハンバーガー屋さんのジャガイモを、向かいの店の和食屋さんが肉じゃがにするとか。

東京・谷中銀座商店街の夜景 ©︎  FILM MAKER 2000/a.collectionRF /amanaimages

東京・谷中銀座商店街の夜景
©︎  FILM MAKER 2000/a.collectionRF /amanaimages

ご近所付き合いがなくなったから、おすそわけがなくなったのか。
おすそわけがなくなったから、ご近所付き合いをしなくなったのか。

順番はどちらにせよ、
核家族化や働き方が変わって、
個人単位でのご近所付き合いが難しくなったのであれば、企業規模で手を取り合えばいいのではないだろうか。


おすそわけしながら、コミュニティーの絆(きずな)や信頼を深める。
そして、いつかまた今回のような粛々とした日々を送らないと行けない時が来たとしても、ひとりや単独じゃ、挫けてしまうことも、ご近所同士、助け合ったり励ましあったりして、なんとか乗り越えていく方法を探る日々に、新しい夢や勇気も見つかるかもしれない。

どんなに時代が変わっても、人がなにかを食べること、そして誰かとつながるということは、きっと変わらない「幸せ」のカタチだろう。

©︎ SHAKTI/a.collectionRF /amanaimages

©︎ SHAKTI/a.collectionRF /amanaimages


移り変わりの速い時代でも

地球で暮らすには、たくさんのルールがある。
憲法、法律、条令、規約、マナー……。
どれも、人間が社会という共同体の中で生きやすくするために作られたもののはずなのに、「このルールが厄介で……」と言う声は毎日どこかの隅っこで生まれている。

胸に刺さる言い方になるかもしれないが、ルールだって、腐る。
そして、テクノロジーが発達し、通信速度が速くなればなるほどルールが腐る速度も速くなる。

たくさんのルールに阻まれて、「しょうがない」という便利な言葉に逃げたくなるのもしょうがないのだけれど、
良いか悪いかを、最適化の四捨五入をして、ことごとく切り捨てていくのでは、あまりにも「もったいない」ことではないだろうか。

昔と同じでなくてもいいから、
切り捨てるのではなく時代に合うカタチで、生活の中に取り入れて行くことはできないものだろうか。
誰かを笑顔にする方法は、わざわざ遠くの国に行かなくても、案外、近くにあったりするものだ。

©︎ Zoonar GmbH / Alamy /amanaimages

©︎ Zoonar GmbH / Alamy /amanaimages


七夕の日、わたしのSNSのタイムラインには、短冊で虹のように彩られた笹の葉を背景に、子ども食堂で出会った子どもたちが、家でコーヒーを淹れる姿を得意げに披露する姿が並んでいた。

「天の川で泳ぎたい」と短冊に書いたのは、もう何年前のことになるだろうと、
あのころの願い事が思い出させてくれたのは、「奇跡は起きなくても、夢は勇気になる」ということ。

このキッズバリスタたちの未来に「乾杯」という文化が残りますように。
いつか、彼、彼女たちと乾杯することを夢に掲げて、今日もコーヒーを淹れている。

新時代と古き良きの狭間で。

©︎ Oi/a.collectionRF /amanaimages

©︎ Oi/a.collectionRF /amanaimages


Profile
Writer
久保田 和子 Kazuko Kubota

バリスタ。フリーライター。「地球を眺めながらコーヒーが飲める場所にカフェを作りたい」その夢を実現するために、STARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYOでバリスタをしている。フリーライターとして、雑誌やWebでコラムやインタビュー記事を執筆。1,000年後の徒然草”のようなエッセイを綴った Instagram は、開設2年でフォロワーが35,000人に迫り、文章を読まなくなった、書かなくなった世代へも影響を与えている。
http://bykubotakazuko.com

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