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人と自然をテクノロジーでつなぐ 企業探訪⑩YAMAP

人と自然を
テクノロジーでつなぐ

シリーズ・企業探訪⑩
YAMAP(ヤマップ)

インタビュー・文/箱田 高樹(カデナクリエイト)
写真/中村 紀世志

登山好きのスマホ画面には、高い確率で「YAMAP」のアイコンを見つけられるはずだ。ケータイが圏外の山中でも自分の位置がわかる、山用地図アプリ。140万DL(2019年10月上旬時点)と国内シェアNo.1を誇り、最近は1日単位で入れる登山保険「登山ほけん」や、家族に山での居場所を伝えられる「みまもり機能」などユニークなサービスを広げている。「ただ闇雲に拡充させているわけじゃない。“設計思想”を反映させている」と創業者の春山慶彦氏は言う。どういうことか? 話を伺った。

GPSは、命を守る「道具」

街中で道に迷ったとき、私たちは大抵スマホに頼る。Googleマップなどの地図アプリを立ちあげれば、人工衛星を使ったGPS(全地球測位システム)の位置情報と、ケータイの電波を通して得た地図データが連動。「いま自分が地球上のどこにいて、目指す場所がどこにあるか」がはっきりとわかるからだ。

しかし、山では別だ。

標高の高い山中では携帯電話の電波が届かないエリアが多いから、スマホに頼れない。道に迷い、遭難しないためには、紙の地図を頼りにするか、高価なGPS機器を使うしかなかった。

この状況を一新したのが「YAMAP(ヤマップ)」だ。YAMAPは、スマホで使う山用地図アプリ。ケータイ基地局からの電波が届かない山中にいても、自分の位置情報と登山ルートを確認できることが最大の特徴だ。

なぜ圏外で、それができるのか?

秘密はシンプルなテクノロジーの組み合わせにある。一般的に、圏外ではスマホでアプリの地図データを確認できない。インターネットに接続しなければ、データをダウンロードできないからだ。しかし、GPSの電波は地上からではなく人工衛星から送られるため、携帯電話の電波がない場所でもスマホで信号を受信できる。

地図アプリ「YAMAP」の表示例、山の情報ページ(上)と地図ページ(下)。
地図データは事前にダウンロードし、GPSの位置情報を重ねて表示する
(画像提供:YAMAP)

YAMAPは、登山前に登りたい山の地図データをあらかじめスマホにダウンロードする仕様にした。ダウンロードしておいた地図を、GPSの信号と同期させる。これによって「圏外にいても自分の現在位置がわかる」ことを実現させたわけだ。

「アラスカで過ごしたイヌイットの人たちとの生活。その経験が『YAMAP』の着想につながった」とYAMAP代表の春山慶彦氏は言う。

「GPSは命を守る道具だ――彼らとの生活のなかでそれを強く実感しました」

春山 慶彦(はるやま・よしひこ)/1980年福岡県生まれ。株式会社ヤマップ代表取締役。同志社大学法学部卒業、アラスカ大学野生動物管理学部中退。ユーラシア旅行社『風の旅人』編集部に勤務後、2010年福岡へ。2013年に「YAMAP(ヤマップ)」をリリース。2014年にはグッドデザイン賞ベスト100に選出。2015年春、ベンチャー界の登竜門的イベント「B DASH CAMP」で最優秀賞を受賞。2017年にはベンチャーとして初めて環境省の国立公園オフィシャルパートナーに認定
https://yamap.com/


登山中にアプリを着想

同志社大学卒業直後の2006年から2年半、春山氏はアラスカ大学フェアバンクス校へ留学した。

「旅行者ではなく、住む者に近い視点でアラスカを経験したかった。その延長で、イヌイットの村にお世話になり、アザラシ猟やクジラ猟にも参加させてもらいました」

このときに驚いたことがあった。

イヌイットの人たちが雲の形から天候予測するなど、伝統的な知恵を駆使する一方で、最先端のGPS機器も活用していたことだ。「GPSはすごいぞ。宇宙の視点で居場所がわかるんだから」と。

「猟は命がけ。であれば、伝統的な知恵であろうと、最新機器であろうと、使えるものは何でも使ってちゃんと家に帰る。イヌイットの人たちの道具に対する姿勢に感銘を受けました」

実際、春山氏自身もGPSのおかげで、荒れたアラスカの海からなんとか帰還できた経験が2度あった。GPS=命を守る道具。そんな意識が、強烈な体感とともに刷り込まれていた。


帰国後、ユーラシア旅行社で雑誌『風の旅人』の編集部員になったが、30歳直前に独立。「風土とのつながりの中で仕事ができたら」という思いを胸に、生まれ育った福岡へUターンした。

そして2011年5月、大分の九重連山を登っている最中、「YAMAP」を着想する。

きっかけは登山中に、iPhoneを手に取り、グーグルマップを立ち上げてみたこと。圏外だったため、当然、地図は映らなかった。しかし、まっ白な画面に目を凝らすと、位置情報を示す青い点がポツンとあることに気づいた。よく見るとその青い点が少しだけ動いた。GPSの信号だった。

「『あ、GPSの信号は圏外でもスマホで受信できるんだ』と初めて気づいた」

連なるようにアラスカでの日々を思い出した。

「GPSは命を守る道具になる」。圏外で地図データが拾えないなら、事前に圏内で地図をダウンロードして、スマホに保存しておけばいい。この仕組みであれば、スマホが山でも使えるはずだ。

「スマホを山で活用できれば、遭難事故は減らせる。山の楽しみも広げることができる。登山を通して、都市と自然をつなぐ事業が展開できる。雷に打たれたように気持ちが高ぶった。『やるしかない』と思った」

こうして2013年、株式会社セフリ(現・ヤマップ)を創業。山用地図アプリ「YAMAP」をローンチさせた。


イノベーションを生む「編集知」

ただ、それまでアプリやWebサービスを手掛けた経験はまったくなかった。腕の立つITエンジニアだった義兄に声をかけて参加してもらい、開発を進めた。春山氏の武器は、雑誌編集者時代に培った「編集知」だった。

「雑誌などの編集は、AとBをつなぎ合わせて、まったく新しいCを創ること。編集は新しいアイデアを形にするときのセオリーで、イノベーションの本質だと思うんです。『YAMAP』でもそれを活かしました」

具体的には、「YAMAP」をただの山用地図アプリにするのではなく、コミュニティ機能をつなぎあわた。

「YAMAP」アプリのユーザーは、自分だけのマイページが開設できる。そこに自分の登山ルートや、道中や山頂で撮った写真などの活動記録を、テキストと画像で共有。さらに、ユーザー同士でコメントの交換ができ、自分の登山の参考にしたり、登山を通した友達づくりのきっかけにもなる。

「YAMAP」アプリの構造。圏外でも位置がわかるツールの機能に加えて、コミュニティ機能も提供しているのが特徴
(画像提供:YAMAP)

「地図用アプリからシームレスに操作できる登山用SNSは使いやすく、大勢のユーザーを獲得できると確信していました。今まで登山者以外には見えにくかった、山を楽しむ姿や山の文化を“可視化”し、世に広めることもできるはずだと」

人と山、人と自然をテクノロジーでつなぐ――これこそがYAMAPのミッションで、あらゆる機能の設計思想の軸である。


山そのものに集中してほしい

今日、農業や漁業といった第一次産業を日本で正業にするのは、就労人口のわずか4.0%に過ぎない(平成27年国勢調査 就業状態等基本集計より)。「アウトドアブーム」と言われて久しいが、実のところ、自然の中で身体を動かす機会を多くの日本人が失っているのだ。

「都市で生活をしていると『電車が来るのは当たり前』『食べ物が手に入るのも当たり前』といった利便性に慣れすぎてしまいます。けれど、都市を離れ、山など自然の中に身を置くと、人間がいかに非力かを感じる。また、大きな世界の中で自分の命が生かされていることに気づける。自然とのつながりがあるからこそ、人を慮(おもんぱか)り、互いに助け合うことが当たり前になる。自然は人を謙虚にしてくれます」

博多にあるYAMAPのオフィス。山、空、海を感じさせる写真とギア。そして、力強い言葉が自ずと目に入る

だから「YAMAP」の機能やサービスには、「人が自然の中で身体を動かす機会と楽しみを増やすため」という設計思想が根付く。そのため、自然の中で頻繁にスマホを取り出して画面を覗かざるを得ないような機能は、可能な限り実装しない。

「山に入ったときは、山そのものに集中してほしい。身体、五感を外に開放してほしい。登山中にスマホを見るのは、道に迷ったとき、写真をとるときくらいにとどめておくのがいい。登山経験を邪魔するような機能は、YAMAPの設計思想には合わない。そう思っています」


他の登山者に位置情報を託す

最近、実装された機能で最もユニークなのが「みまもり機能」だろう。

これは登山中の位置情報を、自宅にいる家族や友人に知らせることができる新機能。画期的なのは、圏外でも位置情報を伝えられることだ。

ケータイの圏外エリアである山中で、登山者の位置情報を街にいる家族や友人に伝えるのは至難の業だった。だから登山者の家族や友人は、登山中の安否を必要以上に心配せざるをえない。万が一、遭難にあったときも、「山のどこにいたかわからない」ため、救助活動が難航したわけだ。

「登山者の位置情報を家族や友人と共有できないことは、ひとつの課題でした。5年ほど前から、みまもり機能が実現できないか模索していました」

ヒントになったが、2014年の香港での「雨傘革命」だった。デモの参加者は当局によるインターネット規制を免れるため、スマホのBluetooth機能を使ったチャットアプリでメッセージのやりとりをしていた。

携帯電話網に依存せずBluetoothだけで、メッセージや位置情報の交換ができる。これは圏外の山の中でも応用できるはず。このアイデアをもとにYAMAPのエンジニアが努力を重ね、みまもり機能が実現した。

「YAMAP」アプリのみまもり機能をオンにすれば、山中ですれ違ったときお互いの位置情報を交換。すれ違ったときは圏外にいても、どちらかが圏内に入れば、取得した全員の位置情報がYAMAPのサーバーに送られ、登山者の位置情報を家族や友人に知らせることができるのだ。

みまもり機能により、帰りを待つ家族や友人の安心感は増した。万が一遭難したときも、位置情報を救助隊と共有し、精度の高い救助活動につながっている。

(画像提供:YAMAP)

「このみまもり機能は、ユーザー数が増えたから可能になった仕組み。今は140万ダウンロードを超えて、多くの登山者が『YAMAP』を使ってくださっている。そのため、山でユーザー同士がすれ違うシーンが格段に増えた。ユーザー数がスケールした今だからこそ、実現できた機能なんです」


右肩上がりで増えるユーザー数と比例して、今後も登山に関するビッグデータがYAMAPに集積される。みまもり機能のように、それがさらに人と山、都市と自然を近づけることになるわけだ。

現在は、ユーザーが歩んだ登山時の足取りや「軌跡」のデータを、動画などのビジュアライゼーションで見せる仕組みを思案中だという。

MOUNTAINEERING VISUALIZATION PROJECT by YAMAP

「1つの山に登山ルートはいくつもある。ただ、実際にどれくらいの人数がどのルートを歩いているかのデータは十分にとれていなかった。登山者の行動を可視化できたら、山の行程や難易度が伝えやすくなる。山の安心安全につながると思います」

こうしてYAMAPは、人と自然を、さらにつなぎ合わせていく。他人を慮り、互いに助け合える世の中を形にしていく。


Profile
Writer
箱田 高樹 Koki Hakoda

ビジネスマン向けの媒体を中心にライティング・編集を手掛けています。株式会社カデナクリエイト所属。著書に『カジュアル起業~”好き”を究めて自分らしく稼ぐ~』、共著に『図解&事例で学ぶイノベーションの教科書』など。「GPSは命を助ける」「編集知はイノベーションにつながる」「取材の時は大好きなブルーハーツのTシャツを着るようにしている」。春山さんのすべての言葉が響きました。
http://www.cadena-c.com

 

Photographer
中村 紀世志 Kiyoshi Nakamura

福岡を拠点に九州各地において活動しつつ、大牟田市動物園公認の動物園を勝手に応援するフリーペーパー「KEMONOTE」の制作を手掛けたり、家族写真の撮影イベント「ズンドコ写真館」を開催しています。低い山を登るのが好きで、今回の取材ではいつも利用しているアプリの創業者のお話を直接聞くことができて楽しかったです。
https://www.kiyoshimachine.com/

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