Nature & Science

アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
Series 連載
気象×スポーツで考える
2020年の東京(前編)
企業探訪①ウェザーニューズ
インタビュー・文/神吉 弘邦

これまでサイエンスがスポーツに関わる場合、パフォーマンスを向上させる効果的なトレーニングやメンテナンス法をレクチャーする、あるいはウェアや器具の性能を上げる研究開発に携わるといったケースが多かった。民間の気象情報会社「ウェザーニューズ」は、天候の予測や観測をスポーツに役立てるという。いったいどんなアプローチなんだろう? 同社スポーツ気象チームの浅田 佳津雄チームリーダーに聞きました。

外部情報を活用して、スポーツを科学する

今から3年前、浅田さんが中心となってウェザーニューズ*1内に「スポーツ気象チーム」が立ち上がったそうですね。このビジネスはどんな考えからスタートしたのですか。

自分が「スポーツに携わりたい」と思う根源は、スポーツが「人に元気や勇気を与えるから」です。そんなスポーツに、今度はウェザーニューズがどう関われるのかを考えました。

浅田 佳津雄(あさだ・かずお)/2015年より株式会社ウェザーニューズ スポーツ気象チーム チームリーダー。成城大学体育部連合会ラグビー部ゼネラルマネージャー兼監督も務める
©Hirokuni Kanki

天気は人間の力で変えられません。でも「試合当日はこういう予報だから、こんな備えをしておこう」という情報さえあれば、手ぶらで行くよりもプレーの準備の質が高まり、その安心感で力が発揮できます。気象情報を活用して、良い準備をして、競技力に貢献させましょう、ということをクライアントの皆さんにお話ししています。

再来年の東京オリンピックでは「なぜ1964年大会と同じく秋に開催しないの?」という疑問をもつ方もいますが、夏季大会は1992年のバルセロナ以降、真夏の開催が決まっているんですよね。でも、今夏の猛暑を考えると「選手への危険が大きいのではないか」という声にも頷けます。

それでもオリンピックの代表チームやプロの選手はどちらかというと守られています。むしろ、少年野球の子どもたちなどのほうが熱中症のリスクが高くて危険です。当然ながら身体もでき上がっていませんし、背が低いので地面からの輻射熱を受ける影響もはるかに大きいですから。

まずは「安全にスポーツをする」という発想を、将来的にすべてのアスリートやスポーツマンに展開していくことを目指しています。僕は中高大とずっとラグビー部でした。そのころは夏の時期でも「水飲むな、休むな、日陰行くな」みたいな根性論があったんですね。そうした時代が終わって、だんだん選手のトレーニング環境だったり、栄養面だったりといったコンディショニングを考えるように変わってきました。

つまり「スポーツをどう科学していくのか」という世界に入ってきた。科学するということは、蓄積されたデータや取得したデータを分析するわけですが、それに加えて「外部の情報も積極的に活用する時代がやって来る」というのが私たちの仮説です。

幕張テクノガーデン内にある、ウェザーニューズ グローバルセンター。24時間365日体制で、陸海空にわたる気象情報を収集、分析し、世界50カ国に提供している。独自の超小型衛星2基も運用中
©Hirokuni Kanki

*1 ウェザーニューズ

1986年設立、21カ国に32拠点がある気象情報会社(本社:千葉県千葉市)。創立者は故石橋博良氏。前身は海洋気象の専門会社で、船舶の最も安全で経済的な航路を推薦するウェザールーティングサービス、ピンポイント気象サービス、放送局向けサービス、航空気象サービスなどを次々に手がける。90年「ウェザーニューズ幕張総合サービスセンター(現グローバルセンター)」開設。2004年にサポーターと桜前線を追いかける「さくらプロジェクト」スタート。06年北極海航路支援に向け、世界の海氷を観測・予測する「Global Ice Center」設立。08年に約1万人のサポーターとゲリラ雷雨の捕捉に挑む「ゲリラ雷雨防衛隊」の取組み開始、「ゲリラ豪雨」で同年の流行語大賞受賞。12年、津波発生を早期伝達して被害軽減を支援する「TSUNAMI Radarcast」の運用開始。13年に超小型独自衛星「WNISAT-1」、17年「WNISAT-1R」の打ち上げに成功。

気象情報で試合当日をリアルにイメージ

あらためてスポーツ気象チームがどのような経緯でできたのか教えてください。

気象をスポーツに活用するという意味では、昔からウェザーニューズは大会運営などにご協力してきました。2002年のFIFAワールドカップサッカーでも日本国内会場に対して、気象面での運営管理・対応情報を提供しています。

それに対して私たちスポーツ気象チームが挑戦するのは、選手を勝たせるための情報提供です。まず安全に、そして勝つために天気を使うという世界にチャレンジしようというのが元々の発想でした。

きっかけは2015年5月、当時のラグビー日本代表チーム「エディーJAPAN」のアナリストである中島正太さんのレポートを読んだことです。エディー・ジョーンズ*2HC(ヘッドコーチ)という方は、毎朝5時にその日の天気や1週間の天気を調べさせるデータマニアだったんですね。

ラグビー関係の人づてで中島さんにお会いしたら「毎朝大変なんですよ」と言っていたので「じゃあ、お手伝いします」というところから始まりました。

エディーHCはどんな情報をリクエストして、どのように役立てていたんですか?

2015年のワールドカップイングランド大会のときは、まずその日の練習会場と1週間先までの天気です。それによって「明日が雨予報なら、晴れている今日のうちにこれをやっておこう」とメニューやスケジュールを組み換えるんですね。

試合当日が雨という予報があった場合でも、晴れの日は雨に備えた練習ができません。そこで、ボールに石鹸水を付けてあえて滑りやすい状況をつくる練習をしていました。こうしたアイデアはすべて試合状況をリアルにイメージするための準備ですね。また、雨の予報が選手の起用にも影響していました。

F1レースなどでは気象条件によってタイヤを替える戦略が重要ですが、ラグビーにも雨に強い選手がいるんですか?

厳密に言うと「雨に強い選手」ではありません。雨の日はボールが滑りやすくなるから、極力パスを出さないゲームになります。つまり、選手が走る距離が長くなる。その結果、体力がある選手を積極的に使うという戦略を立てます。

日没の時間がほしいというのもエディーさんからのリクエストでした。夕暮れ時になるほど、夕日のまぶしさが気になると。それがわかっていれば、コイントスのときにまぶしくないサイドを前半に取っておくといったグランド戦略につながるんです。

ウェザーニューズはイングランド大会で15人制ラグビー日本代表をサポートし、南アフリカに勝利する大金星をあげることをサポート。写真は「24人目のメンバー」としてスポーツ気象チームに贈られたユニフォームなど
©Hirokuni Kanki

ラグビーのワールドカップは全国12ヶ所でやるので、移動が伴います。そのときちゃんと飛行機が飛ぶのかという情報も選手の輸送に影響します。フィールド上だけでなく、天気とスポーツはいろんな意味で関係が深いんです。

*2 エディー・ジョーンズ

1960年オーストラリア・タスマニア生まれのラグビー元選手、指導者。現役時代のポジションはフッカー。シドニー大学で体育学を専攻し82年に卒業(教育学士)。2012年〜15年ラグビー日本代表ヘッドコーチ。15年ラグビーワールドカップ イングランド大会では、初戦で強豪の南アフリカ代表(当時世界ランク3位)に34-32のスコアで歴史的勝利。史上初の3勝をあげた。現イングランド代表ヘッドコーチ。16年よりゴールドマン・サックス日本アドバイザーリーボードに就任。

「予測」と「観測」を競技に役立てる

スポーツ気象チームでは、具体的にどんな情報をクライアントに提供しているのでしょうか。

まずは「統計」です。大きな競技大会がある場合、「合宿をどこでやったら良いのか」という問い合わせなどは、比較的よくいただきます。たとえば、2年後の東京オリンピックは7~8月の開催で、平均気温は30℃弱。これは24時間の平均気温なので、日中は32~33℃までいきますよね。湿度は80%弱です。

こうした過去の統計データを示し、合宿地を決めるうえで一番のテーマは「暑さに体がどう慣れるか」だと伝えます。アスリートの世界では「暑熱順化」というキーワードがあるんです。

ラグビー場周辺での観測

一方で「予測」と「観測」があります。こちらは一般的な気象情報としてイメージされるものでしょう。

試合の日がどういう天気かという予測は、心の準備に必要です。それを知るのと知らないとでは、選手のイメージトレーニングが全く変わります。

選手やチームと契約する際は「どんな条件のとき、選手がどういうパフォーマンスが出せるのか」をヒアリングします。その結果によって、気象情報の伝え方を変えるんです。ウェザーニューズがもっている気象情報は膨大ですから、必要なデータを最低限にまとめてお伝えする必要があるんですね。

観測に関しては、現地に簡易的な観測機器を持ち込みます。たとえば、試合会場の周りに8mの南風が吹いているとして、ウェザーニューズの出している予報とも合っている。でも、スタジアムの中に入ると風が巻いて、北風になって弱まっているといったケースがあるんですね。

ピッチに立ってみたら予測情報と感触が違う、といった場面は意外とあります。だから、最終的には私たちが現地で観測して「実際のピッチ上はこういうコンディションです。なので用意したAプラン、Bプランのうち、風が弱いBプランにしましょう」という最終判断につなげています。

2016年リオ・オリンピックの際、スポーツ気象チームが現地に持ち込んだ観測機器

空に飛ばしたバルーンを、双眼鏡のようなスコープで追いかけます。風の層を、それぞれ上空300m、500m、1kmぐらいで見わけるんです。「今は南に動いた、次は東に動いた」と動き方のスピードによって、どちら向きに何mの風が吹いているという観測をします。「すいません、見失いました!」「じゃあ、もう一回!」みたいなやり取りの繰り返しです(笑)。

気象のメカニズムによれば、上空にある風の層が一定時間後に降りてくる。たとえば「上空500mの風が1時間後に地上へ来るから、風向きはこう変わるだろう」と予測するのです。

風は目に見えないものだから、こうした観測データは有効ですね。

ラグビーの場合も「上空30mの風は? 50mでは?」という具合に、ドローンなどを使って風を調べます。それによって「キックの高さはこれぐらいが良いだろう」という判断ができます。

2015年ラグビーワールドカップの南アフリカ戦のときに提供した予報レポート。 スタジアム内に流れる風の方向を、矢印のビジュアルで可視化している

スタジアムの形状も影響します。「屋根がある場所までは無風で、屋根を超えた瞬間に風が吹き抜けている。そこまで上げちゃうとキックしたボールが流れてしまう」という具合です。

海外でも例を見ない取り組み

他のスポーツの場合、どのような気象データを観測していますか。

今年の平昌パラリンピックでは、ノルディックスキー代表チームをサポートしました。ノルディックはアルペンとは違ってコースに上り坂もあるので、滑り過ぎても逆に良くない。スキー板にどんなワックスを塗るかで順位が全く変わるんです。

ワックスマンという専門職がいるくらいで、彼らに聞いたら150〜200パターンくらいワックスの塗り方があるのだと。板に4層くらい塗るんですね。その組み合わせによって結果がまるで違ってくる。

クロスカントリーのコース上にいくつかポイントを設け、二人一組で歩く。雪の中を歩いて、測っては書きとめ、測っては書きとめて情報をレポート

ワックスにとっては、雪の温度が勝負。人の体重でスキーの板が沈むので、雪の表面から1~2cm下に温度計を差して測ります。接地面が何℃くらいかという情報をチームや選手にレポートして「コース全体がこういうコンディションです」とお伝えしました。

「コースは、一番長いもので2周15キロ。1個1個、地道に歩いては止まり、歩いては止まり。いやぁ、本当に過酷な仕事でしたね(笑)」(浅田さん)

こういうデータがあったからこそ適切なアドバイスができて、良いワックスが選べた。その結果、新田 佳浩*3選手が金メダルと銀メダルを獲得するのに貢献できたと思います。新田選手がインタビューで「想像した中でレースが行えたのが本当に良かった」とうれしいコメントを残してくれました。

自分たちが3年前から目指してきたのは「心の準備をしてレースに挑んでほしい」「勝つために気象予報を活用してほしい」ということです。それが1つかたちになったので、とても思い出に残る大会でした。

他国のチームでも同様のことをやっているんでしょうか。

リオの夏のオリンピックも、平昌の冬のオリンピックも、おそらく唯一だと思います。民間の気象会社は世界各国にありますが、スポーツをこれだけ積極的にやっている会社やサービスの例はあまり聞きません。

マリンスポーツでは気象予報士が「アメリカズカップ*4」のヨットに乗船することもありますが、陸上競技系ではそこまでする会社はないと思いますよ。

海外のクライアントからアプローチなどは来ていますか?

「日本へ来たときに1カ月だけサポートしてほしい」というスポット的な依頼はありますが、まだ継続的な契約はありません。東京オリンピック・パラリンピックもあるし、ラグビーワールドカップも2019年に日本で開催されるので、いくつかの打診は受けているところです。

後編に続く

*3 新田 佳浩

1980年岡山生まれの障害者ノルディックスキー選手。3歳のときに左腕を事故で切断。種目はクロスカントリースキー。1998年長野大会以降、冬季パラリンピック6大会に連続出場。2002年ソルトレイクシティ大会で銅、10年バンクーバー大会で金2、18年平昌大会では金(男子10kmクラシカル立位)・銀(男子1.5kmスプリントクラシカル立位)のメダルを獲得。世界選手権、ワールドカップでも受賞多数。18年春の褒章で紫綬褒章を受章。”レジェンド”のニックネームで知られる。

*4 アメリカズカップ

1851年から現在まで続く、由緒ある国際ヨットレース。最初の優勝艇「アメリカ号」が名称の由来。挑戦艇を決めるワールドシリーズ「ルイ・ヴィトンカップ」(2021年より「プラダカップ」に名称変更)を勝ち抜いた各参加国のヨットが、1対1のマッチレースでアメリカズカップ(アメリカ号の杯)を懸けて争う。第35回大会(17年6月にバミューダ諸島で開催)で勝利した「エミレーツ・チーム・ニュージーランド」が現在のカップ保持者。

Profile
Writer
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「少年時代を過ごした北海道の情景、20代に日本の離島を旅して得た感覚。そんな素朴な経験をこのサイトに盛り込みたいです」

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