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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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連載

獣と人の境界をめぐる困難

獣と人の境界を
めぐる困難

科学のフォークロア④

文/畑中 章宏


©︎ maekawa takayuki/Nature Production /amanaimages

民俗学者で作家の畑中章宏さんが、民俗学の視点から先端科学や自然現象を読み解く連載。第4回のテーマは、近年、ニュースで目にすることが増えた「獣害」について。なかでも、クマによる被害は人の命にかかわる重大なもの。人も野生動物も、それぞれが生きるための行動が、相手を傷つけてしまうこともあります。お互いの「境界」を理解するためにはどうしたらよいのか。過去の書物、人の行い、テクノロジーの可能性などから読み解きます。

恐ろしくも親しみのある存在

今年の秋は、山から下りてきたクマが人を傷つけたり、建物に侵入したりするような出来事が例年よりも頻発している。シカやイノシシによる「獣害」は、農業・林業はもちろん、景観に与える影響も大きいが、クマによる被害は人の生死に結びつくものだ。

この列島に生息するクマの姿は、古代神話や民俗のなかにも描かれてきた。それはまたクマと人間の交渉でもあり、生きる場の境界を引くことの困難と可能性を示唆するものである。

クマはまた “親しみのある” 存在として身近におかれ、現実のクマそのものではなく、その“イメージ”を愛玩する人も決して少なくはないはずだ。それもまた、クマとの関係をより複雑にしているようでもある。

動物園では、世界のクマののんびりした姿がみられるが……。上からマレーグマ、ホッキョクグマ、メガネグマ ©︎ spo/a.collectionRF /amanaimages ©︎ MASAMI GOTO/SEBUN PHOTO /amanaimages ©︎ masuda modoki/Nature Production /amanaimages
動物園では、世界のクマののんびりした姿がみられるが……。上からマレーグマ、ホッキョクグマ、メガネグマ ©︎ spo/a.collectionRF /amanaimages ©︎ MASAMI GOTO/SEBUN PHOTO /amanaimages ©︎ masuda modoki/Nature Production /amanaimages
動物園では、世界のクマののんびりした姿がみられるが……。上からマレーグマ、ホッキョクグマ、メガネグマ ©︎ spo/a.collectionRF /amanaimages ©︎ MASAMI GOTO/SEBUN PHOTO /amanaimages ©︎ masuda modoki/Nature Production /amanaimages

動物園では、世界のクマののんびりした姿がみられるが……。上からマレーグマ、ホッキョクグマ、メガネグマ
©︎ spo/a.collectionRF /amanaimages
©︎ MASAMI GOTO/SEBUN PHOTO /amanaimages
©︎ masuda modoki/Nature Production /amanaimages

一筋縄ではいかない私たちとクマとのつきあい方について、神話・民俗と現状を行き来しながら考えてみたい。


神話に登場するクマの “妖力”

古代の日本人が、クマにたいしてどのような信仰をもち、どのような感情を抱いていたか。『古事記』でクマはこんなふうに登場する。

カムヤマトイワレビコ(のちの神武天皇)が兄のイツセノミコトとともに東方に都をつくろうとして、日向の高千穂宮から、大和に向かった。浪速(なみはや)の渡(わたり)から河内に上陸し、大和をめざそうとしたものの、ナガスネヒコとの戦いに敗れて、撤退を余儀なくされた。

そこで紀伊半島の南部を迂回し、三重県南部に上陸して、熊野から大和に入ることにしたのである。そして、カムヤマトイワレビコミコトが熊野に入ろうとしたところ、大きな熊が現われ、ミコトも軍勢も「をえ」して伏してしまった。

「をえ」について『新編 日本古典文学全集』(小学館)は、「毒気に当てられて意識朦朧となるの意」と注解する。つまりクマの恐ろしさは、身体的威力ではなく、毒気や妖気といったもので、人の意識を喪失させるところにあったのだ。


クマに対する“念”の変化

柳田国男の『遠野物語』で「熊」を主題にした話とされているのは第43話、1篇のみである。

「一昨年の『遠野新聞』にもこの記事を載せたり。上郷村の熊という男、友人とともに雪の日に六角牛(ろっこううし)に狩りに行き、谷深く入りしに、熊の足跡を見出でたれば、手わけしてその跡をもとめ、自分は峰の方を行きしに、とある岩の陰より大なる熊こちらを見る。矢頃あまりに近かりしかば、銃をすてて熊に抱え付き、雪の上を転びて谷へ下る。連(つれ)の男、これを救わんと思えども力及ばず。やがて谷川に落入りて、人の熊下になり水に沈みたりしかば、その隙に獣の熊を打ち取りぬ。水にも溺れず、爪の傷は数ヶ所受けたれども命に障(さわ)ることはなかりき。」
(『遠野物語』四三)

古代神話の熊野では毒気か妖気のようなものを発していたクマも、近代の東北では凶暴な野獣として扱われ勇敢な狩人によって仕留められている。しかし、現代では近づくだけ、姿を見せただけで、生け捕りや駆除の対象になってしまっているのだ。


クマを “思いやる” 人々

森林ジャーナリスト・田中淳夫の新刊『獣害列島――増えすぎた日本の野生動物たち』(イースト新書)によると、日本にクマは北海道のヒグマと本州と四国のツキノワグマの2種類が生息している。このうちツキノワグマは毎年1,000頭以上、多い年では5,000頭以上も捕獲され、その大半が殺処分されている。ヒグマの駆除数も毎年500頭〜800頭に達しているという。

ツキノワグマ(ニホンツキノワグマ)は、体長(頭から尻まで)が平均110〜130 cm、体重はオスが80 kg、メスが50 kgほどだが、個体差や季節の変動が大きい。立ち上がると人間の成人並みになり、時速50 kmぐらいで走れるという。ヒグマ(エゾヒグマ)は体長200〜230 cm、体重150〜250 kgとツキノワグマも比べてもかなり大きい。

食性は、両者とも雑食性だが、普段はほとんど植物性で、若葉のほか果実を好み、ドングリなどブナの実の豊凶がクマの出没に大きく影響する。魚や昆虫、肉も好む。最近は駆除されたシカやイノシシを食べていた報告が増えている。

一部の団体や個人は、「奥山の天然林が伐採されてドングリのなる木が減ったことで、飢えてクマは人里に出るのだ」と主張して、駆除に反対するどころか野山にドングリを大量に撤いたり、また一部の森林組合は、山にドングリのなる広葉樹を植林する計画を立てたりしているという。

しかしこうしたクマを “思いやる” ような融和策は、獣害の除去につながるのだろうか。クマのほうで人間の “温情” をありがたく受け取り、山から下りてこないように自制するものだろうか。

柿の木に登って実を食べるツキノワグマ ©︎ iijima masahiro/nature pro. /amanaimages

柿の木に登って実を食べるツキノワグマ
©︎ iijima masahiro/nature pro. /amanaimages

川で鮭をとるヒグマ ©︎ MIEKO SUGAWARA/SEBUN PHOTO /amanaimages

川で鮭をとるヒグマ
©︎ MIEKO SUGAWARA/SEBUN PHOTO /amanaimages


オオカミの存在とクマの数

田中淳夫によると、シカやイノシシ、それにクマの数が増えている理由として、最近 “人気の仮説” は、「オオカミが絶滅したから」なのだそうである。

オオカミは、生態系の食物連鎖で頂点にいる肉食獣として、とくにシカの増殖を抑えてきたとされる。ところが日本列島に生息したニホンオオカミ、エゾオオカミのどちらも明治期以降目撃例はなく、絶滅したとされる。

オオカミは偶蹄類を主に捕食することが知られているが、絶滅し、シカを捕食する動物がいなくなったのがシカの増えた理由だという。

北半球に分布するタイリクオオカミ。ニホンオオカミもエゾオオカミもタイリクオオカミの亜種と言われる ©︎ Jasper Doest/ Minden Pictures /amanaimages

北半球に分布するタイリクオオカミ。ニホンオオカミもエゾオオカミもタイリクオオカミの亜種と言われる
©︎ Jasper Doest/ Minden Pictures /amanaimages

シベリアの雪原に、ヒグマとオオカミと思われる足跡が並ぶ ©︎ Minden Pictures /amanaimages

シベリアの雪原に、ヒグマとオオカミと思われる足跡が並ぶ
©︎ Minden Pictures /amanaimages

しかし、オオカミがいた江戸時代でもシカは非常に多くて獣害もひどかったようである。またニホンオオカミは、成獣でも体重が15〜20 kgでツキノワグマはその数倍あるため、オオカミが太刀打ちできる可能性は極めて低いのだ。


“野獣” と “テクノロジー” の合作

ところが最近配信されたNHKのデジタルニュース(「クマ撃退にオオカミの形の装置 北海道 滝川市が本格導入検討」2020年10月19日)によると、9月に住宅地近くでクマが目撃された北海道滝川市で、オオカミの形をしたクマ対策の装置が試験的に設置され、その付近では約1か月クマは出没していないのだそうだ。市では一定の効果があると認め、本格的な導入を検討しているという。

設置されたオオカミの形をした大きさ1 mほどの装置は「モンスターウルフ」と名づけられている。クマなどの野生動物が近づくと、赤外線センサーで感知し、首を振って目の部分に組み込まれた赤色のLEDライトを点滅させながら、大きな音を発する。

クマが装置に慣れないようにと、オオカミの鳴き声に加え、人の声や、銃声など、音の種類はおよそ60もある。

モンスターウルフの外観。「クマは本来、憶病な動物。オオカミの形状と威嚇音、さらにランダムな音の切り替えで、威嚇音に慣れさせないことが、大きな効果につながっていると認識しています。『得体のしれない生物が人里に居ること』を覚えさせる、という発想で開発してきました」(太田精器・太田裕治社長) 画像提供:太田精器

モンスターウルフの外観。「クマは本来、憶病な動物。オオカミの形状と威嚇音、さらにランダムな音の切り替えで、威嚇音に慣れさせないことが、大きな効果につながっていると認識しています。『得体のしれない生物が人里に居ること』を覚えさせる、という発想で開発してきました」(太田精器・太田裕治社長)
画像提供:太田精器

モンスターウルフを製作した機械部品製造会社の社長は、「人とクマが共存できる環境づくりの助けになればうれしい」と話し、すでに全国の70か所で近くで設置されていると解説する。北海道の道東、道北方面には、すでに10数台がヒグマ対策のために設置され、2年以上も大きな効果を上げている実例もあるという。

生物のオオカミは絶滅し、しかもクマを狩っていた可能性も薄い。しかし現代では野獣とテクノロジーを合体させることにより、クマの駆除に期待し、現状は一定の効果を上げているようだ。

太田精器の鳥獣忌避装置検証VTR(http://www.ohtaseiki.co.jp/led/)から。モンスターウルフがクマを山へ追い返している

太田精器の鳥獣忌避装置検証VTR(http://www.ohtaseiki.co.jp/led/)から。モンスターウルフがクマを山へ追い返している


人からクマへ境界を伝える

2020年4月に「NHKスペシャル」で放送された番組「ヒグマと老漁師 〜世界遺産・知床を生きる〜」は、クマと人間が「人語」を介して共存を図っている例として話題となった。

北海道知床でサケ・マス漁を生業とする大瀬初三郎氏は、齢80を超える老人だが、漁船や民家にヒグマが近寄ってくると、「こら!」「来るな!」と叱りつける。ヒグマの方は威嚇されるとすごすごと引き返していくので、老人は襲われてケガをしたことはないというのである。

クマが逃げていく原因は、言葉によると考えるより、老人の威厳に満ちた態度の方にあるかもしれない。それでは、クマは人間の言葉を本当に理解しないのだろうか。

ガードレールを乗り越えて道路を渡るヒグマ(北海道・知床)。首に発信機が取り付けられている ©︎ MASAMI GOTO/SEBUN PHOTO /amanaimages

ガードレールを乗り越えて道路を渡るヒグマ(北海道・知床)。首に発信機が取り付けられている
©︎ MASAMI GOTO/SEBUN PHOTO /amanaimages


『遠野物語』増補版の拾遺編 第211話では、田の浜福次郎という男が若いころ、クマから逃げるため樹に攀(よ)じのぼったところ、追ってきたクマが樹から落ちて全く動かない。「熊のばか」などと罵っても微動もしないので樹から下りると、クマは尻の穴から腸まで木の切片に貫かれて死んでいたという。この話で、クマはすでに死んではいたものの、福次郎はいったんクマに声をかけている。

江戸時代の物産図鑑『日本山海名産図会』(1799年)には、「ツキノワグマを大身の槍で追いまわして逃れるようであれば、「『帰せ』と一声をあぐれば、熊立かえりて人に向かう。この時また『月の輪』という一声に恐るる体あるに、たちまちつけいりて突き止めり」(ツキノワグマを長い槍で追い回したとき、逃げて行くので「戻れ!」と声を掛けると、クマは戻り、人に向かってくる。このときにまた「月の輪!」と声を掛けると、ひるんだようすをするので、そこにつけ入って突きとどめた)と記されている。

コディアックベア(アラスカヒグマ)。アラスカ半島の沿岸部とコディアック島に生息する、ヒグマの最大亜種 ©︎ Gerard Lacz/amanaimages

コディアックベア(アラスカヒグマ)。アラスカ半島の沿岸部とコディアック島に生息する、ヒグマの最大亜種
©︎ Gerard Lacz/amanaimages

人間のだれしもがクマを叱って威嚇できるわけではない。人には人の歴史と事情があり、クマにもクマの歴史と事情があるのだから、棲み分けていくことを模索できないものだろうか。

動物をめぐる民俗の採集者によると、民族沿海州から西シベリアにかけての森林地帯に棲む狩猟民のあいだには、次のような伝説があるという。昔、クマは人間であり、人間はクマの姿であった。あるとき、お互いに約束をして着物を取り替えたのだけれど、人間はそのまま着物を返さずにいる。だからクマは森の奥にある家にいるときは、毛皮を脱いで人間の姿をしている……。

現代の日本のクマも、テクノロジーを駆使したオオカミ型撃退装置に反応しているのではなく、古い記憶を呼び覚まし、人間の事情を察して人里を離れていくのかもしれない。


Profile
Writer
畑中 章宏 Akihiro Hatanaka

1962年大阪生まれ。民俗学者・作家。“感情の民俗学” の視点から、民間信仰や災害伝承から流行の風俗現象まで、幅広い研究対象に取り組む。著書に『柳田国男と今和次郎』『『日本残酷物語』を読む』(ともに平凡社新書)、『災害と妖怪』『津波と観音』(ともに亜紀書房)、『天災と日本人』(ちくま新書)、『先祖と日本人』(日本評論社)、『蚕』(晶文社)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)、『死者の民主主義』(トランスビュー)ほかがある。最新刊は『関西弁で読む遠野物語』(エクスナレッジ)。

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