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Nature & Science

アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
Series 連載
パーフェクトカレーの探求②
パーフェクトカレー
の探求②

~万物の専門家を訪ねて~

インタビュー・文/水野 仁輔
写真/Motoko

食研究家の水野仁輔さんが、自然・科学の各分野で「好き」を追い続ける人々を訪ね、一つ一つの知恵を調合。「カレーって、何だろう?」という長年の疑問の答えを探すインタビュー連載です。第2回のゲストは、研究者、会社代表、アーティスト、DJと多彩に活躍する徳井直生さん。「AIと人が手を携えると、どのような創造性が発揮できるか?」という研究テーマは、カレーの探求にも大きな影響を与えそうです。

(→第1回の記事はこちら

工学博士である徳井直生さんは、人工知能を用いた音楽やさまざまなアート表現に関するユニークな研究に従事している。

AI(人工知能)は前からすごく興味がある分野だったから、「スパイス × AI」という観点から料理をみたときに知りたいことや聞きたいことがいっぱいある。お会いするのが楽しみだ。


“いい音楽” は定義できない

(聞き手:水野)基本的なことからお聞きしたいんですが、そもそもAIってなんですか? 高性能のパソコンがたくさんあって学ばせたり処理したりすることですか? それとも人間が想像しないものを産み出せるものなんでしょうか?

徳井「広い言葉なので、その両方ですね。知能をコンピュータ上のシステムとして実現しようとする取り組み自体をAIと呼びます。それがかつては人間がルールをいちいち記述していたので、人間の想像を超えないものでした」

徳井 直生(とくい・なお)/1976年石川県生まれ。Qosmo 代表取締役、アーティスト、DJ。東京大学 工学系研究科 電子工学専攻 博士課程修了。博士(工学)。在学中からプログラミングを駆使した音楽・インスタレーション作品を発表するなど、活動は多岐にわたる。2009年にQosmo設立。「コンピュテーショナル・クリエイティビティ」をキーワードに、AIと人の共生による創造性の拡張の可能性を模索している。2019年4月より慶應義塾大学(SFC)大学院 政策・メディア研究科 准教授に就任予定。
http://naotokui.net/
http://qosmo.jp/

どこかからその域を超えたんですか?

徳井「ルールが明快なものは、コンピュータどうしで学ばせることができるようになったんです。だから例えば将棋は、AIどうしを互いに戦わせることで、プロ棋士よりも強くなった。でも音楽や芸術とかになると難しいですね。いい音楽を定義することができない。人によって、時代によって異なりますから、『いい音楽を学習させたい』といってもルールがないからできないんです」

それはカレーの世界も同じですね。美味しさには正解や勝ち負けがない。好みだし、感性でいいと思う部分だから。ただ、AIでビートルズのような曲を作ることはすでにできているんですよね?

徳井「そうなんですが、その曲に人間が感情的に揺さぶられるんだろうか? というところには興味があるし、AIが新しくビートルズのような存在を生み出せるかどうかは現段階ではまだ難しいと言わざるを得ないです」


ブライアン・イーノ「The Ship」(2016)トレイラー

音楽家、ブライアン・イーノのアルバム表題曲「The Ship」のミュージックビデオをDentsu Lab Tokyoと徳井さんが中心となって制作。The Shipは、第一次世界大戦やタイタニック号沈没事故などの20世紀の歴史にインスパイアされた楽曲。AIが毎日のニュース映像に類似する写真を過去の歴史的アーカイブから検索して映像を生成し続けることで、人類の近代史を想起させる
http://naotokui.net/projects/brian-eno-the-ship/


ストーリーをもたないのがAI

徳井さんが現在、行っている「AI DJ」というプロジェクトが興味深い。人間のDJとAIが交互に1曲ずつを選曲してつないでいく。リアルなイベントの場でお客さんを集めて行っているという。

徳井「僕がレコードをかけると、音を解析して次の曲をAIが選ぶ。レコードプレイヤーの再生スピードをコントロールしたり、ビートをピッタリ勝手にあわせてくれる。僕がかけている曲に近いものを選ぶモデルを作ったんです。DJの基本はスムーズに曲をつないで場の雰囲気をキープすることなので、人間が聴いたときにどれくらい類似性が感じられるかを算出できるようにしています」


「AI DJ Project」(2017)
Video: Yasuhiro Tani
Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

「AI DJプロジェクト」(2016〜)
AIのDJと一曲ずつかけあうスタイルでのDJパフォーマンスを行う活動は現在も続いている
http://aidj.qosmo.jp/

撮影:谷 康弘
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

それは面白い! でも、AIがその会場の空気を読んで選曲するようなことはできませんよね?

徳井「まだテスト段階ですが、カメラでお客様を解析して、身体の骨格の動きなどから『どれくらい踊っているのか』を推定して定量化しています。『さっきの曲がウケてる』ってなったら、それをキープするし、反応が違ってたら、あえて別方向の曲をかけてみたり」

撮影:谷 康弘
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

僕はライブクッキングで“バックトゥバック”をたまにやるんですよ。ひとつの鍋で誰かと交互に調理していく。自分が作っていないときは隣りで鍋の中を見ているから、「次はあれを入れよう」とか「そこで止めないでもう少し深く玉ねぎを炒め続けよう」とか。それを解説しながらやると、お客さんにとっては“作り手の頭の中が見える”っていう面白みがある。人間じゃなくて、AIとカレーを作ったらどうなるんだろう。

徳井「僕も『自分の分身みたいなものとDJプレイをしてみたいな』と思ったのがきっかけだったんですよね。自分が普段どうやってDJをやっているかを『AI DJ』でシステム化することで、より客観的に観察できるので」

なるほど。僕の中で「究極の技術力を持っているシェフ」というのは、ズレにいち早く気づいてリカバリーできる人。それにはものすごい高等テクニックが必要なんです。AI DJではそういうことはできますか?

徳井「いえ、まだそこまでは。細かい曲の選び方を学習してはいます」

そうすると、AIの番になったときに、「えっ、その曲なんだ!」って驚きがあったりしますか?

徳井「よくありますね」

人間の経験値を超えたものをAIが出してくるってことですよね。

徳井「逆に『俺だったら次はあの曲をかけるなー』ってときに、AIがその曲をかけてくることがあって。

ええ!? 怖い!

徳井「自分が作ってるので、気持ちいいですけどね。『わかってんな、お前』って(笑)。結構、他のDJも言うんです。『わかってるよね、こいつ』って。ただ『やりにくかった』とも。人間のDJは、一晩を通して自分が全体的に持っていきたい方向性がみえるけど、AIにはない。その場その場の選曲としてはいいけど、起承転結みたいなストーリーをもっていない」

ストーリー性は大事なエッセンスですね。カレーも出来上がりのゴールイメージをより具体的に持って作るべきだとよく言ってます。


最も数値化できないものは?

僕が今、「AI × カレー」という切り口に最も期待しているのは、スパイスの調合だ。数限りなく調合の試作をしていると、たまに奇跡的な香りと出会うことがある。もしAIが神がかり的なブレンドを次々に生み出せるなら……。つい人知を超えた現象をAIに期待してしまうのだが、果たしてそういう可能性はあるのだろうか?

徳井「それは結局、味覚センサーの問題が大きいですね」

受け手の感受性の問題ですか?

徳井「味を定量化するのが難しい。まずは味をデジタル化するところがクリアにならないとAIで学習ができないですから」

なるほど。僕自身の味覚を数値化して、それをベースにブレンディングメソッドを作れば、その先に可能性が広がるのかな。

徳井「偶然性っていうのも含めて、水野さんが想像しないような美味しさと出会えるかもしれないってことですよね、きっと。モーツァルトはサイコロをふって作曲するという遊びをよくやっていたと聞きます。楽譜に書かれた音符をサイコロの順に並べて音楽を作る。ある種の偶然性に身を委ねることで自分の限界を超えていくというか」

最終ジャッジするのは僕だと限定すれば、相当いいパートナーになると思うんです。

徳井「仮にAIが味の採点をできるようになるとするじゃないですか。すなわち味を定量化できるってことですよね。100点の味がわかれば、あえて外すこともできるようになる。どれくらいずらすと世の中の好みを超えて新しい味が出せるようになるのかな、って考えると面白いですね」

想像しなかった味わいが口の中に飛び込んできたら、とてつもなく美味しく感じる可能性がある。それすらもAIは意図的に計算できるようになるかもしれない。

徳井「AIを使って全部やらせるとか、すべてを自動化するって思われがちなんですけど、決してそうではない。AIはあくまで人間が作るものを助けてくれるものと捉えています。僕はふだん『自分でDJをやりたい』っていう欲求のほうが強いので、その一助としてAIを使っているんです」

いつかAIというツールを使って、スパイスと向き合ってみたいです。


工学博士がAIの研究をしている、と聞いたとき、すべての現象を数値化して自分が何をせずとも様々なアウトプットが行える未来を勝手に想像した。ところが、それはまるでAIの本質を理解していない人間の考えだったのかもしれない。

徳井さんは、「その曲に人間が感情的に揺さぶられるんだろうか?」と疑問を呈し、「自分でDJをやりたい」という欲求を吐露してくれた。意外なセリフだったから印象に残っている。カレーの世界に置き換えて考えてみる。

僕の作るカレーは誰かを感情的に揺さぶることができるだろうか? 僕は自分でカレーを作りたい、という強い欲求を持っているだろうか? 最も数値化できそうもないこの難問を解決しない限り、「美味しいカレーの定義」はできない。AIに何を学習させるべきかは、それをパートナーにしようとする人間の感性が問われているんだと実感した。


Profile
Writer
水野 仁輔 Jinsuke Mizuno

1974年静岡県生まれ。AIR SPICE代表。1999年以来、カレー専門の出張料理人として全国各地で活動。『カレーの教科書』『わたしだけのおいしいカレーを作るために』などカレーに関する著書は50冊以上。「カレーの学校」で講師を務めている。現在、本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を運営中。
http://www.airspice.jp/

Photographer
Motoko

写真家。1966年大阪生まれ。1990年大阪芸術大学美術学部卒業後、渡英。1996年からCDジャケットや広告など幅広く活躍する。2006年より日本の地方地域のフィールドワークを開始。近年は “地域と写真” をテーマに「ローカルフォト」という“コマーシャル(public)でもなくアート (private) でもない、その間にある写真” という新しい概念で多くの官民連携のプロジェクトに参画。

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