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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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連載

パーフェクトカレーの探求①

パーフェクトカレー
の探求①

~万物の専門家を訪ねて~

インタビュー・文/水野 仁輔
写真/清水 北斗(amanaphotography/parade)

食研究家の水野仁輔さんが、自然・科学の各分野で「好き」を追い続ける人々を訪ね、一つ一つの知恵を調合。「カレーって、何だろう?」という長年の疑問の答えを探すインタビュー連載です。第1回のゲストは西畠清順さん。植物によって世界を変えてきたプラントハンターという職種から、水野さんが得た気づきとは?

連載を始めるにあたって

カレーの全容を解明したい。ずっとそう思っている。

「あなたは誰ですか?」と聞かれたら、「カレーの人です」と答えるようにしている。

「あなたは何をしているんですか?」と聞かれたら、「カレーの全容を解明するためにカレーと向き合っています」と答える。

カレーとはどんな料理なのか? カレーとはどんな存在なのか? カレーとはなんなのか? そのためにスパイスや食材について知見を深め、実力をつけようと調理に励み、日々、カレーと向き合っている。

かつてカレーを「蜃気楼のようだ」と表現したシェフがいる。追いかけても、追いかけても、届かないところへ逃げていく。それほどカレーは難解である。こんなことをずっと続けていて何かをつかめるというのだろうか。考えすぎると途方に暮れそうになる。

カレーを知ろうと海外へ取材に出かけると、世界の歴史や宗教についてもっと学ばなければならないと自省する。スパイスを収穫に出かけると、その国の気候や地質についてもっと知りたくなる。調理技術について探求すれば、科学の知識が足りないことを実感する。

スパイスも野菜も植物で、肉は動物である。動植物の営みが把握できなければカレーはおいしくならない気がしてしまう。インドのダージリンへ行ったとき、満月の夜に摘んだ茶葉だけで淹れた紅茶を飲ませてもらった。天文学がカレーの味にも関わるのかもしれないと思った。

そうか。カレーの全容を解明するために、カレーの世界だけに留まっていたらいけないのだな。外の世界を知れば知るほど、自分のいる世界に対する探求が進む。カレーを知るために万物を知る。一見、遠回りのようにも感じるが、そのくらい僕が知りたいカレーというものは手ごわい相手なんだと思う。

カレーのすべてが明らかになったとき、「パーフェクトカレー」なるものに僕は出会えるのかもしれない。ときには木べらを捨て、街へ出るべきだ。会いたい人に会いに行き、知らない多くのことを教えてもらおう。いつかその日が訪れるまで。


彼らの形や特徴には理由がある

カレーを作るのに最も欠かせないスパイスは、植物のある部位を採取したものである。同様に植物を扱う西畠清順さんはどんな気持ちで仕事と向き合っているんだろうか。訪ねることにした。

(聞き手:水野)僕にとってスパイスとの本当の意味での出会いは、シナモンだったんです。南インドのテッカディという山間の村でシナモンの木と対面した。青々とした葉を揉んで鼻に近づけたらシナモンの香りがする。それが衝撃的で。僕が知ってるシナモンは茶色い木の皮だったから。

(西畠)清順「いつも使っているスパイスと、その元となっている植物と結びついてなかった。それってよくある話ですよね」


西畠 清順(にしはた・せいじゅん)/1980年兵庫県生まれ。そら植物園株式会社 代表取締役。21歳より日本各地・世界各国を旅して様々な植物を収集し、依頼に応じてコンセプトに見合う植物を届けるプラントハンターとしての活動をスタート。2012年、“ひとの心に植物を植える” 活動を行う、そら植物園を設立。国内外のプロジェクトを次々と成功させ、日本の植物界の革命児として反響を呼んでいる。著書に『教えてくれたのは、植物でした』『そらみみ植物園』『はつみみ植物園』など。 http://from-sora.com/

西畠 清順(にしはた・せいじゅん)/1980年兵庫県生まれ。そら植物園株式会社 代表取締役。21歳より日本各地・世界各国を旅して様々な植物を収集し、依頼に応じてコンセプトに見合う植物を届けるプラントハンターとしての活動をスタート。2012年、“ひとの心に植物を植える” 活動を行う、そら植物園を設立。国内外のプロジェクトを次々と成功させ、日本の植物界の革命児として反響を呼んでいる。著書に『教えてくれたのは、植物でした』『そらみみ植物園』『はつみみ植物園』など。
http://from-sora.com/

恥ずかしいことだけれど、魚が切り身の姿で泳いでると思っていたのに近い。そのくらい僕にとってのスパイスは、“カレーを作るための道具”という感覚だったんです。ちなみに、植物っていうのは自らが生存するために何かしらの特徴を持つんですか?

清順「とにかく生きることに必死で、生きること、子孫を残すこと、この2つが植物のすべてを物語ってる。高山植物だったら強い紫外線を防ぐためにワックスのようなものを生んだりとかね。寒い国の寒さを防ぐために自分の皮や葉をセーターの毛糸のように着て生きるとか、蝶とか鳥とかを引き付けて目立つように花を咲かそうとか。すべて理由があって形や特徴があったりしますね」


人間の都合を利用してきた植物

クローブの花が咲く前に摘んで乾燥させ、煮込んだらカレーが香り高くなる。これはクローブの意思ではなく人の意思に拠(よ)るものだ。フレッシュな状態よりも乾燥した状態のほうが、精油に含まれる香りの成分は増えると言われている。それは、我々が我々にとって心地よい香りを抽出して長持ちさせるために工夫していることになる。

清順「人間は、周りにある植物を活用して生きてきた歴史がある。だから、その地域の独特な生活様式や食文化、芸術などにローカルな植物が影響しているんですよ。近くにヤシの木がたくさんあった島の人たちは、ヤシの木を建材にし、葉っぱを屋根の材料にし、実を食べたりとか。そうやってライフスタイルを形成してきた。とにかく周りにあるものをどう使うかを人間は考えてきたわけだから」

世界中のいろんな地域でそれぞれに自生している植物が、いろんな人たちに利用されながら共存している。大昔から“プラントハンター”という役割の人たちはいて、彼らが持ち込んだ場所で植物は新しい役割を果たすわけじゃないですか。自生した場所で育つことだけが理想とは限らない?

清順「人間って自分勝手で、植物は自生地にあったほうがいいんじゃないかっていう考え方と、他方では役立つ植物はなんでも手に入れてきて、貿易して、取引して、利益を得たり、生活の糧にしたりしたっていう歴史とがある。植物からすると、分布域を広げるってことだけを考えて生きているので、繁殖できるなら繁殖したい。『植物は元の場所にあったほうがいいんだよ』っていうのは極めて人間的な考え方なんです」

元の場所がどこなのかは、長い歴史の中で変わっているわけですしね。行けるなら海を渡って向こうの島にも行きたい。

清順「そう。運んでもらえれば願ったりかなったりというか。例えば、ヤシの実は自分自身を浮き輪にして海を渡れるようになった。実際に見知らぬ浜辺に打ち上げられたら、『してやったり』でしょう。仮にたどり着いた国がその植物にとって寒すぎたとしたら、生存のために耐寒性を身に付けることもあります」


混ざり合って生まれたものは多い

カレーも長い歴史の中で、スパイスが運ばれ、異質な食文化が融合してうつろってきた。今もその過程にある。インド人が運んだスパイス、イギリス人が運んだカレー粉が生み出した新しい料理は世界中にあるし、何と言っても日本のカレーがその最たるものだ。

清順「活け花の世界に“出会いの妙”という言葉を残した人がいます。例えば、一つの壺のなかに日本の高山の松の木と、インドネシアとかフィリピンとかの南洋の花が出会って一つの活け花になる。フュージョンと言うのかな。多分なんですけれど、スパイスの世界であろうが、アートの世界であろうが、混ざり合って生まれたものは多いんじゃないかな」

世界中にはまだ知らない植物もあるわけですよね? これから互いに出会って、新しく何かを変える可能性を秘めている。

清順「未知の植物はまだあります。歴史上、プラントハンターが選んだ植物によって生活様式や食文化に影響を与えてきたわけで。この植物があったから国が動いたとか、争いが生まれた、飢餓を救ったとか。例えば、珈琲とか、アヘンとか、チューリップもそうですよね。今この時代に自分が植物を運ぶことで世の中を変えられるとしたら、それは人の価値観を変えることに近いのかなって思ってるんですよ」


ところで、植物ってどの状態がピークなんですか? スパイスって料理に使うときは、ある種、死んでいる状態だよな、と。

清順「植物側からのピークと、人間の使う側からのピークとは違うかもしれませんね」

ある植物が100年生きるとして、枯れたら植物のピークは終わるけれど、人間が別の付加価値を与えれば、もう一度ピークを迎える可能性もありますよね?

清順「そうです。材木で言えば、宮大工さんはそのことを“第二の人生”って言うんです。300年生きた木が神社や仏閣なんかに使われると、そこから最低300年以上は柱として生きると言われています」

スパイスでカレーを作る僕は、植物の第二の人生を取り扱っている。清順さんは第一の人生も第二の人生も取り扱っている。

清順「そういうことになりますね」


どんな価値を見出すかが大事

僕は人間だから植物の気持ちを代弁することはできない。勝手な解釈だが、スパイスを使うということは、目の前のスパイスに対して「その生き方もあるけど、別の生き方もあるよ」と提案しているのに近いことなのかもしれない。

日本全国にある何千店ものカレーシェフが同時多発的にそうやってスパイスという植物を扱っていると想像すると、すごいスケールだ。スパイスでカレーを作る人も、宮大工も、茶花を活ける人も同じじゃないか、と清順さんは言う。殺して活かす。活かすために殺す。

清順「そこにどういう価値を見出すかっていうことが大事になってきますよね」

最後に清順さんが残した言葉を僕はこれから先も思い出すのだろう。僕の作るカレーにはどんな価値があるのか。それを考えることで自分なりのスパイスとの向き合い方を探してみたいと思った。


Profile
Writer
水野 仁輔 Jinsuke Mizuno

1974年静岡県生まれ。AIR SPICE代表。1999年以来、カレー専門の出張料理人として全国各地で活動。『カレーの教科書』『わたしだけのおいしいカレーを作るために』などカレーに関する著書は50冊以上。「カレーの学校」で講師を務めている。現在、本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を運営中。
http://www.airspice.jp/

Photographer
清水 北斗 Hokuto Shimizu

1990年埼玉県生まれ。フォトグラファー。現在、amanaphotography / PARADE に所属し、広告を中心に活動中。
http://amana-photographers.jp/detail/hokuto_shimizu

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