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Feature

特集

コーヒー&チョコレート③

コーヒー&
チョコレート③

発酵食品としての共通点

構成・文/神吉 弘邦
写真/大竹 ひかる(amana)

©︎JUN TAKANO/SEBUN PHOTO /amanaimages

コーヒーとチョコレートの製造過程で、その後の風味や香りの決定に重要な役割を果たすのが、微生物による発酵プロセスです。コーヒーマイスターの中川亮太さんと、チョコレート技師・珈琲焙煎師の蕪木祐介さんによるカフェトーク第3回、いよいよ実際にカカオを発酵させる場面に迫ります。(全5回)

嫌気性発酵から好気性発酵へ

コーヒー&チョコレート②   からの続き

中川 カカオを実際に発酵させる様子を詳しく教えてくれませんか。

蕪木 まずは果肉を取り出すんですよね。これが発酵初日、専用のボックスに入れた日の状態です。カカオを地面に敷いたバナナの葉の上に積み上げ、さらに葉で覆う方法もあります。

木箱の中に果肉の付いたカカオ豆を入れ、バナナの葉や麻袋で覆って発酵させる。使う木箱やバナナの葉などによって生息する微生物が異なるので、最終的にでき上がるチョコレートの風味も変わる (写真提供:蕪木祐介氏)

木箱の中に果肉の付いたカカオ豆を入れ、バナナの葉や麻袋で覆って発酵させる。使う木箱やバナナの葉などによって生息する微生物が異なるので、最終的にでき上がるチョコレートの風味も変わる
(写真提供:蕪木祐介氏)

発酵前のカカオ豆。木箱に入れたばかりの段階 (写真提供:蕪木祐介氏)

発酵前のカカオ豆。木箱に入れたばかりの段階
(写真提供:蕪木祐介氏)

中川 まさに取り出したばっかり?

蕪木 はい。甘い果肉なんですよ。ライチというか、薄いマンゴーの味みたいなんです。これが2〜3日に経つと、茶色に色づいてきます。コーヒーのパルプと同じで、発酵が進んでいくとペクチン*1が分解されて流れ落ちてくんですね。もっと時間が経つと、どんどん果肉が流れ落ちていく状態になる。


発酵初期のカカオ豆。果実酒のような香りが漂う (写真提供:蕪木祐介氏)

発酵初期のカカオ豆。果実酒のような香りが漂う
(写真提供:蕪木祐介氏)

発酵中期のカカオ豆。徐々に酢のような香りが漂う (写真提供:蕪木祐介氏)

発酵中期のカカオ豆。徐々に酢のような香りが漂う
(写真提供:蕪木祐介氏)

中川 写真からも、甘酸っぱい香りが漂ってくるようです。

蕪木 実際、ここではもう果肉の糖分が酵母によってアルコールに変わる、アルコール発酵が進んでいます。だから果実酒みたいな、すごくいい香りが漂ってくる。これは「嫌気性発酵」、要するに空気が触れない状況で進むんですね。

中川 そうか。「好気性発酵」だったら攪拌しないといけないんだけれども、嫌気性だから攪拌しないでも奥のほうも、ちゃんときれいに発酵してくれるってことですよね。

蕪木 ただ、カカオの場合は、この後に好気性発酵をさせなきゃいけないんです。

中川 ここからさらにということは、二段階発酵*2なの?

蕪木 そうなんです。実際にそれらが同時並行で進んでいます。難しいのが、嫌気性発酵と好気性発酵のバランス。一週間ぐらい発酵させるんですが、何日目に攪拌して好気性発酵を活発化させるかで、でき上がりが変わってくるんです。

中川 スタートの合図を見極めないと。

蕪木 そうです。でも、それは誰にも説明できないんです。2日目と4日目に攪拌する農園もあれば、3日目と5日目に攪拌するところもあって。コーヒーのように確立された手法があるわけではなく、昔からその土地で脈々とやってきた方法です。だから、科学の視点で何が起こっているのか、どうしたらもっと美味しいものができるのか、今やり始めているところですね。

カカオは直射日光を嫌い、半日陰を好む植物。そのため、日陰となるバナナの木(あるいはゴムの木)を近くに植えることが多い。土壌の乾燥を防ぐだけでなく、微生物の多様さにも影響している可能性がある (写真提供:蕪木祐介氏)

カカオは直射日光を嫌い、半日陰を好む植物。そのため、日陰となるバナナの木(あるいはゴムの木)を近くに植えることが多い。土壌の乾燥を防ぐだけでなく、微生物の多様さにも影響している可能性がある
(写真提供:蕪木祐介氏)

*1 ペクチン

植物の細胞壁や中葉に含まれる複合多糖類。水に溶けると粘度の高いコロイド溶液になるため、飲料やジャム、化粧品などの“とろみ”を付ける天然成分のゲル化剤として使われる。

*2 二段階発酵

ここでは「嫌気性発酵と好気性発酵を切り替える」という意味。日本酒の醸造の場合、発酵の第1段階である「糖化(麹の酵素による米のデンプンのブドウ糖化)」と、第2段階である「アルコール発酵(酵母によるブドウ糖のアルコール化)」を同時に1つの容器内で行う「並行複発酵」を行うため、世界的に珍しい方式とされる。


味、香り、色のすべてに影響


蕪木
 化学式の話をすると、最初はグルコース、つまり糖分がアルコールに変わる嫌気性発酵が進みます。ここでアルコールになっていきます。その後、アルコールを酢酸に変える好気性発酵が必要です。酸素の存在下で、活性化した酢酸菌がアルコールから酢酸を作り出します。

蕪木 カカオの発酵で大事なのは、ここで生まれる「酸」と「熱」です。酸と熱がかかることで、豆が死ぬんですね。果肉を取った状態の豆はまだ生きています。つまり細胞膜に囲まれた状態なんですが、ここで死んでいくと細胞膜が機能を果たせなくなって、成分同士が出会っていろんな反応が起こりやすくなるんです。

中川 そこまで進んだカカオビーンズは、もう発芽しないんですね。

蕪木 しないですね。持ってきてから発芽することはないです。

中川 コーヒー豆はそこまで熱が加わらないので、持ってきて発芽する可能性だってある。種の芯まで発酵の影響がいっちゃっているのがカカオなのか。これは圧倒的な違いです。

蕪木 発酵の過程では、チョコレートにとってプラスになる副次的な反応がいくつか起こります。まずは、味への影響。渋みの元になるポリフェノールが酸化重合*3して減少します。カカオポリフェノールは健康への効果が謳われていますが、それ自体は渋くて、決して美味しいものではないですから。


発酵後期のカカオ豆。果肉がすっかり流れ落ちるとともに、褐色反応でチョコレートの色味に近づく (写真提供:蕪木祐介氏)

発酵後期のカカオ豆。果肉がすっかり流れ落ちるとともに、褐色反応でチョコレートの色味に近づく
(写真提供:蕪木祐介氏)

蕪木 さらに、香りへの影響。タンパク質や多糖類などが分解されて、焙煎したときの香りの前駆体*4になるアミノ酸や単糖類へ変化していきます。また、発酵中には褐色反応*5が起き、カカオ豆の内部の色がチョレコートの色味に近づくという、色への影響もあります。

発酵を終えたカカオ豆はパティオなどに広げられ、カビなどが発生しないよう十分に乾燥させた後で出荷される (写真提供:蕪木祐介氏)

発酵を終えたカカオ豆はパティオなどに広げられ、カビなどが発生しないよう十分に乾燥させた後で出荷される
(写真提供:蕪木祐介氏)

*3 重合

単量体(モノマー)や重合体(ポリマー)を反応させて繋ぎ合わせ、高分子の重合体を合成する化学反応。

*4 前駆体

ある化学物質が生成する前段階の物質のこと。

*5 褐色反応

還元糖と、アミノ化合物を加熱したとき、褐色物質(メラノイジン)が生み出される反応。メイラード反応。


焙煎で香りを引き出す


蕪木
 乾燥によって発酵が収束したカカオの種を、ローストして香りを引き出してあげて、すりつぶしてチョコレートにしていきます。焙煎するところまでは、ほとんどコーヒーに近いですよね。焙煎をして初めていい香りが出るんです。生豆は全然チョコレートらしい味はしないですね。

右のカカオ豆を、外皮に包まれた状態で焙煎(ホールビーンロースト)した後に取り出したのが、左のカカオニブ(胚乳)。砕いたカカオニブの状態にしてから焙煎する方法もある(ニブロースト)

右のカカオ豆を、外皮に包まれた状態で焙煎(ホールビーンロースト)した後に取り出したのが、左のカカオニブ(胚乳)。砕いたカカオニブの状態にしてから焙煎する方法もある(ニブロースト)

中川 コーヒーも焙煎したらあんなに良い香りがするのに、生豆はかじってもニオイを嗅いでも、とてもコーヒーの風味は想像できない。

蕪木 発酵もそうですが、焙煎もまた難しいです。なんで最初に火にかけることを思い付いたんだろう?

中川 コーヒーの歴史で言うと、最初はそのままコーヒーの果実をただ煮出してクスリとして飲んでいただけで、コーヒーの発見から何百年か経ってようやく豆(種子)をローストするようになったと言われているんだよね。そこへたどり着くまでに、やはり試行錯誤や偶然の奇跡がいっぱいあったんでしょう。

Close-up of a woman roasting coffee on a piece of metal. Ethiopia ©︎Antoine Boureau/Millennium Images,UK /amanaimages

Close-up of a woman roasting coffee on a piece of metal. Ethiopia
©︎Antoine Boureau/Millennium Images,UK /amanaimages

蕪木 なにかの本に「真面目さ」と「美味しさ」を求める行為はわりとリンクしているから、真面目な人が美味しさを求めてたどり着いたんじゃないかって。

中川 なるほど(笑)

蕪木 どこまで本当かわかりませんが、「山火事説」とかいろいろありますよね。

中川 コーヒーの木が山火事で焼けたことによって、香ばしさが漂ってきたというね。ひょっとすると文献に残っていないだけで、もっと昔から今のコーヒーに近いものを飲んでいた人はいたかもしれないですね。


蕪木 コーヒーの発酵は、専門家がいろいろ研究されているじゃないですか。カカオの場合、そういうわかりやすい発酵じゃないと思うんですよね。ただ、デリケートな風味のでき上がり方で、チョコレートのほうは実に顕著です。本当に細かいところながら、発酵というのが……

中川 味の決め手に近い。

蕪木 そうです。カカオ豆は発酵させると、風味が明らかに良くなります。発酵させないままだと、すごく渋くなってしまう。それと同時に、香りに乏しいチョコレートになってしまいます。コーヒー豆の場合には、たとえ発酵というプロセスがなくても優秀な味の品種があると思うんですが、今とても注目されている。

中川 カカオのように、コーヒー豆をミューシレージが残った状態で発酵させていくのは、現在で言うところの「ハニーコーヒー」や「パルプドナチュラル」と呼ばれるジャンルですね。

>>コーヒー & チョコレート④ へ続く


Profile
Writer
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「一杯のコーヒー、一片のチョコレート。そこから広がった植物学や化学、文化史や経済までの対話に思わず惹き込まれました。増ボリュームでお届けします!」

Photographer
大竹 ひかる Hikaru Otake

amana フォトグラファー。人やもののストーリーを考察し写真を撮る。「製造工程の発酵の部分が奥深く、そのことを聞きながらいただいたコーヒーとチョコレートは格別でした。」
http://amana-photographers.jp/detail/hikaru_otake

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