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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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宇宙構想会議 2050④後編

宇宙構想会議 2050 ④

ALE 岡島礼奈と描く青写真
 
ゲスト
森永邦彦さん(後編)

構成・文/久保田 和子 写真/清水 北斗(amana)

ALE(エール)代表の岡島礼奈さんが、各分野の識者に尋ねて未来の青写真を描くシリーズです。第4回のゲストは、ファッションデザイナーの森永邦彦さん。さまざまな洋服を実際に体験した前編に続き、後編ではこれからの服作りの構想もうかがいました。

「目では見えないもの」の大切さ

>>宇宙構想会議 2050 ④(前編) からの続き

森永 僕のバイブルは『星の王子さま』*1 なんです。そのなかに、「家でも星でも砂漠でも、その美しいところは目に見えないのさ」という言葉が出てくるのですが、「目では見えないもの」だったり、「目が見えることによって、見えなくなってしまっているもの」を、ファッションで表現しようとしているこの精神は「星の王子さま」から学んだのかもしれません。

*1 『星の王子さま』

フランスの作家、飛行士であるアントワーヌ・サン=テグジュペリ(1900-1944)によって執筆され、1943年4月6日に出版された児童書。およそ180カ国語に翻訳されている。本書の「ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」(新潮社版 p108、翻訳:河野万里子)という考え方は、アンリアレイジが「目では見えないもの」や「目が見えることによって、見えなくなってしまっているもの」を、ファッションを通して表現し続けていくうえでの軸にもなっている。

 
岡島 私も『星の王子さま』は大好きです。アンリアレイジの作品で、この本がテーマになっている作品もあったりしますか?

森永 直接のテーマになったわけではないのですが、「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」*2 というプロジェクトに関わらせていただいた際に、そこで出会った視覚障害者の方たちと共同でライゾマティクスリサーチと「echo wear」という洋服を作りました。

*2 ヨコハマ・パラトリエンナーレ

2014年にスタートし、3年に一度開催されてきた「障害者」と「多様な分野のプロフェッショナル」による現代アートの国際展。最終回の2020年は11月18日〜24日をコア期間とし、オンラインと横浜市役所(新市庁舎)を会場に開催。

https://www.paratriennale.net/2020/


 
岡島 パラトリエンナーレとは、どんなプロジェクトなんですか?

森永 障害を持った方とクリエイターが集い、障害のある・なしに関係なく共に作品をつくり発表することで、価値観を再考するきっかけを作ろう、というアートプロジェクトですね。

ダイアログ・イン・ザ・ダークの檜山 晃、ライゾマティクスリサーチ、アンリアレイジが「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」で発表した「echo」プロジェクトでは、感覚に関する対話を通して、空間と呼応する服を制作(2017年10月) ©︎ Ken Kato

ダイアログ・イン・ザ・ダークの檜山 晃、ライゾマティクスリサーチ、アンリアレイジが「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」で発表した「echo」プロジェクトでは、感覚に関する対話を通して、空間と呼応する服を制作(2017年10月)
©︎ Ken Kato

岡島 まさに「目では見えないもの」「目が見えることによって見えなくなってしまっているもの」という「感覚の差」を埋める活動ですね!

森永 そうですね。そのプロジェクトを通して、ファッションは特にビジュアル(視覚)によって服を選んでいることが多いということを再認識しました。


暗闇との出会い

森永 ファッションは、特にビジュアルによって選ばれている。あらためてそう思ったとき、「視覚に頼らずに服を選んでいる方は、どのようにして服を選んでいるのか?」と気になったんです。

岡島 考えたこともありませんでした。どうやって選んでいるんですか?

森永 「触覚」で情報を把握して、服を選んでいるそうです。

岡島 素材の肌触りを感じているということですか?

森永 そうなんです。触覚でかなり正確に素材の違いを感じ取れるそうです。このときに「触覚のフィードバック」によって、見える世界があることを知ったんです。

森永 視覚障害を持つ方は、私たち以上に音の反響を感じ取り、自分と周囲の建物や障害物との距離や、空間の大きさなども、かなり正確に感じることができます。コウモリやイルカが目ではなくて、超音波を出して自分と周囲との距離を測れるエコー能力を持つ感覚と近く、反射を感じることで空間認識をしていることを知りました。

そこから発想を得て、この「エコー(反射効果)」を、服自体に機能(センサー)として備えつけて作った服が「echo wear」です。これは、服がレーザーの信号を発して、物体との距離を計測し、その反応が「振動」になって返ってくることで空間を認識でき、周囲との距離を測れる服になっています。

ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017に引き続き、日本科学未来館 イノベーションホールでバージョンアップした「echo wear」を発表。暗闇の中で空間を知覚する服の体験型展示を開催した(2018年7月)

岡島 まるで自動運転車とか「ルンバ」のような感じですね。

森永 まさに、そのようなイメージです。もともとはロボット掃除機などに備わっている3Dスラム*3 という、空間を認識しながら動ける機能を「人」でもできないかという話から始まりました。echo wearは、人が障害物に迫ったことをセンサーが感知すると、服が距離に応じて振動して知らせるので、視覚によらず、振動を頼りに空間を歩くことができる仕組みになっています。

*3 SLAM(Simultaneous Localization and Mapping:スラム)

直訳すると、位置同定と地図作成の同時化。移動主体の「自己位置の推定」と「環境地図の作成」を同時に行うための技術の総称。コンピュータの計算速度の向上と、カメラ映像やLidar(Light Detection and Ranging:ライダー)と呼ばれるレーザーセンサーの精度向上により、ロボティクスや自動運転車、建築設計の研究現場などで発展している。


 
岡島 そうすると、目が不自由な方は、杖がなくても歩けるということですか?

森永 既存のecho wearではまだ対応できていませんが、もっと範囲が広く、感度の高いセンサリングができれば、可能だと思います。

岡島 つまりセンサー側の問題なのですね。

森永 そうです。このセンサーの精度が上がっていくことで、より遠くのものを感知できるようになり、例えば、夜空に浮かぶ衛星を知覚することもできますし、逆に、近くにいる微生物や細菌やウイルスなど、目に見えないものにセンサーが勝手に標準を合わせ、それを避けながら生活することだって可能になるかもしれません。

岡島 素晴らしい研究開発です。視覚障害者の方との「感覚の差」を埋めていけば、私たちの実生活でも役立つことが多そうですね。

森永 そうなんです。ほかにも興味深かったお話があって、僕はある程度、自分なりに天気を予測して、「そんなに陽も出てないし大丈夫だろう」と、少し厚手の生地の服を選んだりするんですけど、「意外に今日、暑かったな」と、汗をかいてしまうことが多いタイプなんですが(笑)。お話を聞いた視覚障害を持つの方は、それがほとんどないそうです。

岡島 湿度とか気圧などを感知できるということですか?

森永 あくまでも僕が聞いた範囲でのイメージですが、その方は自分自身の「体温」も「外気の温度」も自分の触覚で感じ取ることができ、感じ取ったその2つの温度を比較して、「今日の気温」に最適な洋服を選ぶ感覚が、私たちよりも敏感だということだと思われます。

岡島 五感の使い方によって、服の選び方も変わるということでしょうね。


2050年の服作りとは?

岡島 太陽光でデザインのサスティナビリティを表現したり、「echo wear」でも「知覚を着る」というような最先端のファッションを追求し続けている森永さんですが、2050年に向けて、ファッションはどのように変わってくると思われますか?

森永 ファッションは人の心にとって、とてもポジティブな存在である一方で、産業としては、サスティナビリティな循環をつくるのが難しい業界です。パリコレクションも今までは年4回の開催でしたが、今後は年2回の開催になる可能性もあります。消費を加速することが美徳でしたが、そのことに対して疑問の声が上がりはじめています。

ANREALAGE Spring/Summer 2021 Backstage movie ”HOME”
新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、2021年春夏のパリコレクションはオンライン開催となった。アンリアレイジが富士山の裾野で撮影したデジタルショー「HOME」の舞台裏を収めた映像


森永 素材の進歩や働き方改革などの影響で、近年は一人一人が所有する服の数が明らかに少なくなってきています。気候変動との戦いは一生続いていきますし、加齢を始めとするサイズの変化は避けられない。今後のファッション業界では、「オールシーズンで着られる一着」や、「サイズが変わっても着られる一着」が求められていくのではないでしょうか。

岡島 繊維や素材にとどまることなく、「技術」や生活そのものに対する「概念」さえも、進化していきそうですね。

森永 そうだと思います。僕個人としては、サイズが合わなくなって着られなくなるという循環が、一番悲しいことだと思っています。デザインや機能性は好きなのに、サイズが合わなくなったという理由で着られなくなるなんて、非常にナンセンスじゃないですか。何かの要素で服が体に合わせて寄り添っていく服のように、「サイズの概念」を打ち砕いていきたいと思っています。


医療がファッションと融合する

岡島 2020年はコロナ抜きでは語れない年になりましたが、コロナ禍を通して、気づきや変化などはあったでしょうか。

森永 まず、ファッションという分野は、オンライン上で「伝えられること」と「伝えられないこと」が、明確に分かれてしまっていると感じました。オンライン上で、特に伝わりづらい「触覚」に焦点を当て、画面越しでも、テクスチャーや質感を連想できるような「何か」を生み出していかないといけないでしょうね。

岡島 現状のオンラインでそれを伝えるのは、難しくなってきていますか?

森永 そうですね。どんなにわかりやすい文章と美しい画像で説明してあっても、触ったことのない素材を買うには勇気がいることですし、現状では、かなりの限界が来ていると思っています。

その半面、可能性も感じています。例えば、ある手法で、服が映っている画面を指の腹で触れば「擬似的な触覚」を生み出すことができ、服の質感が分かるようになる研究をされている方もいらっしゃいます。そのような技術がもっと使いやすく、生活に浸透していけば、オンライン上でも、今よりは伝えたいことを届けられるようになるのではないかと思います。


森永 そして、生活スタイルの変化といえば「マスク」でしょうか。ファッションブランドに留まらないと思いますが、マスクなんて、そもそも「ブランド」が売るものではありませんでした。それが、ファッション業界や飲食業界まで、それぞれのブランドカラーを付けてマスクを販売し始めましたよね。

マスクは今後も間違いなく求められていくはずなので、せっかくなら「メディカル(医療)」という概念を飛び越えたものとして「マスク」を作りたいと思っています。

岡島 今、手に持たれているパッチワークになっているマスクをアンリアレイジで作っているんですよね。

森永 そうです。アンリアレイジのパッチワーク技術は、通常の「上から縫いつける」という製法ではなく「小さなパーツで一枚の布に仕上げる」ことにこだわっています。このマスクに関しても、1枚1枚、手作業で作っています。

森永 こちらの服にも、同じパッチワーク技術を採用しています。これは服を作るときに必ず出てしまう「ハギレ」を回収し、集めて縫い上げています。この手法では、同じ柄を作ることは、絶対にできません。世界に1着しかない柄になり、物語が詰まっている。信頼できる作り手とともに、昔からずっと続けているデザインです。

岡島 このハンガーも素敵ですね!


岡島 ハンガーの中に入っているのは「お花」ですか?

森永 これはドライフラワーです。このような小さくなってしまったドライフラワーは、パッチワークの「ハギレ」と同じく、使い道がなくて、もう捨てられてしまう花なんです。この素材はiPhoneケースにも展開しています。

岡島 このハンガーやiPhoneケースもすべて違う柄になるんですね?

森永 その通りです。

岡島 アンリアレイジのサスティナビリティは、こんなところにも根付いているんですね。

森永 ファッションは時代ごとに用途が変化することで、歴史を彩ってきました。例えば、迷彩柄のミニタリーウェアは軍事用でしたし、今では誰もが持っているジーンズは、もともと肉体労働者のワークウェアでした。近年では誰もが着る日常着にかわって、ますますファッショナブルになっています。

岡島 なるほど。そうやって、本来とは違う目的に使われていたものがファッションに吸収されて、現在の洋服の歴史は積み重なってきたのですね。

森永 これからは、その焦点が「マスク」にも当たると思います。抗菌・予防という機能が、よりファッションに取り入れられ、「メディカル(医療)」という分野が特別な存在ではなく、「日常的」な存在に変わる日が、来るかもしれません。


服を通じて、宇宙と繋がれる!?

森永 ALEの人工流れ星は、いつ頃に実現されるのでしたっけ?

岡島 残念ながら、衛星の動作不良などがあって少し予定が変わり、次は2023年に3号機を打ち上げる予定です。

森永 楽しみですね。

新しいALEのコーポレートビジュアルのモチーフは、ピンボール 。ALEのシンボル「⻘い球」が地球と宇宙を⾏き来しながら、さまざまなポジティブな影響を⽣み出していくことをイメージ (写真提供:ALE)

新しいALEのコーポレートビジュアルのモチーフは、ピンボール 。ALEのシンボル「⻘い球」が地球と宇宙を⾏き来しながら、さまざまなポジティブな影響を⽣み出していくことをイメージ
(写真提供:ALE)

岡島 森永さんの先ほどのお話に出てきた「空間を認識できる仕組み」などを応用すれば、「ALEの流れ星が宇宙で流れたとき、地球で『アンリアレイジの空間認識機能を搭載した服』が反応する」というような、宇宙と地球がつながる服も作れますか?

森永 たぶん作れると思います。望遠鏡やレーダーからの観測データが把握できれば、ALEの人工流れ星と地上で繋がれると思いますから。

岡島 そんな風に星を感知できるようになれば、私たちが宇宙とつながるだけでなく、視覚障害者の方も「流れ星が見える」ようになりますよね!

森永 そうですね。やりましょう! 


岡島 ぜひ、お願いします! 最後に、森永さんが宇宙開発に期待することはありますか?

森永 自分が体験しないと想像では追いつかない世界なので、自分が宇宙へ行ってはじめて洋服の日常を考えてみたいですね。

岡島 いいですね!

森永 想像できることが多くなった世の中で、「知らない世界」という存在があるのは、本当に魅力的に感じます。自分が生きているうちに、今の「この地球の環境」だけで服を考えるのではない場所に身を置いて、服を考えたいです。環境が変われば、必ず、その環境と人との差を埋めるべき服が必要になると思うので、僕はその差を埋め続けていきたいですね。

岡島 こんなに世界観が広がる対談になるなんて、来るまでは思っていませんでした。明日から服を選ぶときは、一度、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませてみようと思います。今日は貴重な体験とお話をありがとうございました。


Profile
Interviewer
岡島 礼奈 Lena Okajima

1979年鳥取県生まれ。株式会社ALE 代表取締役社長/CEO。東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻、理学博士(天文学)。卒業後、ゴールドマン・サックス証券戦略投資部で債券投資事業、PE業務などに従事。2009年より新興国ビジネスコンサルティング会社を設立、取締役。2011年9月に株式会社ALE設立。世界初となる「人工流れ星」プロジェクトに挑戦している。
http://star-ale.com

Writer
久保田 和子 Kazuko Kubota

バリスタ。フリーライター。「地球を眺めながらコーヒーが飲める場所にカフェを作りたい」その夢を実現するために、STARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYOでバリスタをしている。本サイトで「バリスタの徒然草」を連載中。「ファッションの魅力的な部分の1つに、“人と違うことを価値にしてくれるもの” という要素があると思います。自分が『変わりたい』と思ったら、まず、変えるのがファッションであることも多いはず。それは、服を着替えるとき、きっと心も着替えているのかもしれません。森永さんはまさに、『心』や『時代』の衣替えの職人だと感じました。これからも、哲学的にファッションを追求し続けていってもらいたいです」
http://bykubotakazuko.com

Photographer
清水 北斗 Hokuto Shimizu

1990年埼玉県生まれ。フォトグラファー。現在、amanaに所属し、広告を中心に活動中。
https://amana-visual.jp/photographers/Hokuto_Shimizu/

Editor
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「コロナ禍によって、デジタルショーとなった2021年S/Sパリコレクション。そんな逆境のさなかにあっても、森永さんはまっすぐなクリエイションを世に届けました。現在の私たちの状況を反映した『HOME』というテーマを据えたのが見事です。テクノロジーだけでなく、さらに大事なものがあると洋服に教わった気がします」

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