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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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宇宙構想会議 2050①前編

宇宙構想会議 2050①

ALE 岡島礼奈と描く青写真
 
第1回 ゲスト
舩橋 真俊さん(前編)

構成・文/神吉 弘邦
写真/猪飼 ひより(amana)

いまだ地球の衛星軌道上にある、現在の宇宙ビジネス。将来、人類の活動が他の惑星や深宇宙へと及ぶ時代、必要になる哲学やテクノロジーとは。「人工流れ星」プロジェクトの実現に向けて歩むALE(エール)代表の岡島礼奈さんが、各分野の識者に尋ねて未来の青写真を描くシリーズです。第1回はソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)で協生農法を研究する舩橋真俊さんのもとへ。

惑星改造という思考実験

岡島 私たちALEは「科学を社会につなぎ、宇宙を文化圏にする」ことをミッションに掲げています。これからは絶対に人類は宇宙で暮らす時代になる。例えば、2050年をターゲットイヤーにしたとき、自分たちは何をやろうかという話からいろんな方の知恵をお借りしようと思ったんですね。なので、第1回は舩橋さんでしょう、と。

舩橋 そうですか。ありがとうございます。

舩橋 真俊(ふなばし・まさとし)/1979年生まれ。2004年東京大学獣医学課程を卒業(獣医師免許保持)。仏 Ecole Polytechnique 大学院卒、物理学博士(Ph.D)。生物学、数理科学を学んだ後、複雑系科学を経て、2010年よりソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャー。実験室内の現象のみに着目し機械論化する生物学に対して、自然状態で初めて発揮される生命現象を含んだ関係主義的生命科学を志す。その実験系として「協生農法(Synecoculture)」を学術的に構築。人間社会と生態系の多様性の双方向的な回復と発展を目指している
https://www.sonycsl.co.jp
https://synecoculture.org

岡島 最初に「協生農法」*1 のお話を伺ったときは、そこまでちゃんと理解しきれなくて。「たくさん植物を寄せ集めたら、何か強いものが出てきて、それらが結構ちゃんと育つ」みたいな話なのかなと思っていたんです。その後いろいろお話を聞いたり、お送りいただいた本(『好奇心が未来をつくる ソニーCSL研究員が妄想する人類のこれから』)を読んだりすると「ものごとを区切らないで、全体感で統一のものとして見たときに何が生まれるのか」というお話なのかなと思って。これで理解は合っていますか?

舩橋 なるほど、分野が違う方にもそこまで抽象化されると通じるものがあるのは面白いです。

岡島 舩橋さんは、食料問題というよりは生態系を全部大きく捉えて、全体としてどうするかを考えられていられますよね。その考え方が、おそらくテラフォーミング*2 などをするとき絶対に必要になってくると思うんです。

岡島 礼奈(おかじま・れな)/1979年鳥取県生まれ。株式会社ALE 代表取締役社長/CEO。東京大学院理学系研究科天文学専攻、理学博士(天文学)。在学中にサイエンスとエンターテインメントのベンチャー企業を代表取締役として設立。ゲーム、産学連携のサービスなどを立ち上げる。JAXA宇宙オープンラボ採択。卒業後、ゴールドマン・サックス証券戦略投資部にて、債券投資事業、PE業務等に従事。2009年より、新興国ビジネスコンサルティング会社を設立、取締役。2011年9月に株式会社ALE設立。2020年春に広島・瀬戸内上空で世界初となる「人工流れ星」プロジェクトに挑戦する
http://star-ale.com


舩橋 僕は農業の研究者ということに表向きなっているんですが、今は地球語で「農業」しかないからその言葉を使っています。宇宙語で言うと、まさしく「テラフォーミング」です。農業には1万2,000年ぐらいの歴史がありますが、生産性を上げていくと生物多様性、つまり生態系を破壊します。この傾向は、現代に至るまで加速し続けているんですね。昔はテクノロジーがあまりなかったから、ある程度まで生態系を破壊すると続けられなくなるから文明が滅び、また復活する繰り返しでした。でも今のサイエンスを使うと、滅びるときはもう全球的*3 に滅びるしかないところまで来ちゃっているんです。

岡島 恐ろしいですね。

舩橋 その生産性と生物多様性のトレードオフからどうやって脱するかが、僕の根本にある課題でした。農業というと、どうしても耕したり、肥料をやったりという物質資源を使う方向に行ってしまって話が通じない。やがて、ソニーCSLで研究する中で、いろんな人と話す間に「農業というよりも、これは食料生産の新しいやり方であり、なおかつ生態系を構築する方向です」と言い始めました。増加し続ける人口を生物多様性の構築に利用した「テラフォーミングとしての食料生産」というパースペクティブ(展望)で『Nature』などにも論文を出しています。

協生農法を実践した畑の様子とそこで採れた多様な産物。周囲の自然界に開かれた小さな土地があれば、協生農法は誰にでも実践可能。「世界の農地数の9割で耕作し、8割におよぶ主要農産物を生産する小・中規模な農業が、生物多様性を損なわずに生産する方法へ転換することが必要」だと舩橋さんは言う
(写真提供:舩橋 真俊氏)

舩橋 生態系を全球規模で、生物多様性が高い状態にしていくという考え方自体、テラフォーミングが高度に発展した段階にあたります。それに対して、NASAなんかがやろうとしているのは、物理や化学で説明がつく範囲にあるテラフォーミングの最も初歩的なプロセスで、例えば金星の温度を下げようとか、火星の温室効果ガスを増やしたら生命が定着できるんじゃないかという物質的なアプローチです。

岡島 なるほど。

舩橋 テラフォーミングの先には当然、生態系をどう構築していくか考える必要がありますよね。しかも、地球とは宇宙空間で隔てられた、閉鎖系の別の生態系を作るという壮大な思考実験です。そういう文脈でALEの方とお話すると、「宇宙技術はここまで進んでいるんだ」とか「一方で地球の現状はこうなっているんです」というキャッチボールができるんですね。

ALEによる「人工流れ星」実証実験プロジェクトのコンセプトムービー。2019年1月、流れ星の素となる「粒」を搭載した小型人工衛星「ALE-1」初号機の打ち上げに成功。このプロジェクトはエンターテイメントの試みと同時に、自然界の隕石や流れ星のメカニズム解明、高層大気の挙動観測などを通じ、科学への貢献も掲げる

*1 協生農法

不耕起、無施肥、無農薬、種と苗以外一切持ち込まないという制約条件の中で、植物の特性を活かして生態系を構築・制御し、生態学的最適化状態の有用植物を生産する露地作物栽培法。協生農法の科学的研究成果の社会還元と普及活動のため、舩橋さんは一般社団法人シネコカルチャーを設立。海外ではアフリカのブルキナファソに協生農法研究教育センターが設立されているほか、ユネスコUniTwinプログラムの複雑系ディジタルキャンパスにもヴァーチャルラボが設立された。

*2 テラフォーミング

「テラ」はラテン語で「地球・大地」の意で、他の天体の環境を地球上の植物や動物が生存可能な状況に変える行為のこと。惑星改造、惑星地球化。

*3 全球的

地球全体、全世界。


鍵を握るのは微生物

岡島 例えば「火星」を考えましょう。テラフォーミングとまではいかないまでも、火星の土を使って、火星で閉鎖空間を作って、そこで一つの生態系を完成させるとしたら、最低で何種類の生物が要るものでしょうか。

舩橋 うーん、何種類でしょうね。実はここに火星の土を持ってきたんですよ。

岡島 うわっ、どこから!?

舩橋 証拠写真もね、ほら。

実際は、NASAの火星探査機ローバー「キュリオシティ」が火星で撮影した写真でした

岡島 って、 一瞬信じたけど……そんなわけない(笑)!

舩橋 実際はオーストラリア産です。酸化鉄が多く含まれていて、火星にあるものと似た土だそうです。

岡島 これって、溶岩ですか。

舩橋 ええ。この土は、火星探査機の写真から火山活動が新たに始まっている「ダークパッチ(黒い斑点)」を探す画像解析プロジェクトで、参加賞としてもらったものです。

岡島 順番に伺いたいんですが、火星に行ってテラフォーミングを始めます、と。まずは何をするべきですか?

舩橋 火星を好きに改造していいという前提で地球型生命を生み出すなら、水やそれなりの大気圧が必要になりますよね。地球の場合も、光合成細菌が出てくるまでは嫌気性バクテリアの世界でした。最近、地球の地下深くに嫌気性バクテリアがものすごい大量にいるというのが分かったんですよね。

岡島 そうそう。微生物の森*4 ですね。


舩橋 火星の大気中は何が多いんでしたっけ?

岡島 ちょっと薄いけど、二酸化炭素です。気圧はそんなになくて、大気が30キロメートルくらいかな。地球より低いんですよね、大気の層が。

舩橋 目で見える生き物だと、地球の高山植物あたりが生育環境に近い側にいると思うんです。それでも環境が厳しすぎて生き残れないと思うので、品種改良して何世代もチャンバーの中で減圧していって、火星環境に耐えるような品種を作らなくてはいけない。

岡島 放射線はどうなります?

舩橋 とても強いので、かなり変異が出ると思います。それらの植物は死ぬかもしれないし、変異が出てから生き残るかもしれない。宇宙線が多いというのは、進化速度が加速することにもなるので、うまく使えば火星環境に適応する変異が出やすくなる可能性があります。

舩橋 すごい減圧下で大気組成も違うけど、一応はCO2で光合成する資源がある。あと酸素も必要ですからね、植物は。そうした諸々の条件をクリアして、半ドーム状の施設内で半分は火星の大気を入れながら栽培するような状況になると思います。

岡島 それで、徐々に火星の環境に慣らしていく。

舩橋 ただし、前段のプロセスとして微生物叢(そう)をどうするか。菌がいない状態で植物個体を育てようと思ったら人間が完全に管理するしかありませんが、テラフォーミングをするなら別です。生命の発生順で言ったら、微生物が先だと思うんですね。倫理的に議論が分かれるところですが、地球の微生物を持ち込むべきかどうか。もし火星の下に海があるのなら、最初にいろんな微生物を打ち込んで、どういうエコシステムが出てくるのかを見るのが早いと思います。

岡島 あくまで思考実験ということで。ちなみに、地球の微生物を持ち込む以外には何があるんですか。

舩橋 手っ取り早く火星をテラフォームするなら、遺伝子組み換え細菌です。それも、地球にいる土壌細菌の何倍もの多様性がある集団を送り込む。いずれにしろ、火星と地球はもう宇宙空間で隔てられているので、ダーウィンの進化論的な考えで行くと、どうしても全く別のエコシステムになっていくんですよ。独自の生態系をメンテナンスせざるを得ないから、個別にどの種がいい悪いという議論ではなくなるはずです。システム全体としてどういう機能性を発揮させるのか。即物的に言うなら、火星の大気組成をどうしたいのかなど、そちらに手段の選択が移ると思います。

岡島 倫理的な話を無視するなら、地球上にいる何か、とにかくいろんな物質をバーッとバラまいたら、どれかが適応してうっかり地表を覆っていくということも?

舩橋 生き物だったら、クマムシなんかは生き残るかもしれないですね。

岡島 ああ、やっぱりそこはクマムシですよね!

クマムシは4対8脚を持つ、緩歩動物門に属する動物の総称。体長は大きなものでも1mm程度。地球上のあらゆる環境に生息し、1000種以上が知られている。乾燥、低温、高温、放射線、高圧、真空などに対する耐性が強く、水分のない環境では、代謝活動を停止して乾眠状態(クリプトビオシス)に入る。2007年にはロシアの科学衛星「フォトンM3」でクマムシを宇宙空間に10日間直接さらす実験が行われた後、生存が確認された
©︎EYE OF SCIENCE/SCIENCE PHOTO LIBRARY /amanaimages

舩橋 嫌気性細菌だったら地球の深いところの土を持ってきて、火星の地下に海があれば、そこに撒くだけで根付くんじゃないかと思います。もしくは、すでに菌がいるかもしれません。小天体が衝突して、地球から飛び出した隕石があるんです。それが地球の引力圏から脱出して、月に落ちているのが見つかっているんですね。恐竜が絶滅した時には、大隕石が衝突したとされているし。

岡島 地球由来の生物が火星にいるという説ですね。


未来の予測は難しい

舩橋 ひるがえって、地球の問題をどうするかという問題があります。僕が遺伝子組み換えは火星でやるべきと言ったのは、裏を返すと、地球では使う必要がないからです。地球上の一部地域しか見ていない食料生産においては、「遺伝子組み換え作物こそ未来だ」と主張する農学者、食料政策に関わる人たちもいるんですよ。それに一理はあるんですが、二理三理、四理以降はないです。

岡島 それ、面白い表現ですね。

舩橋 一石四鳥は当たり前に考えられるので、もっと一石五鳥以降をどうするか考えたいのに、そこを一石二鳥とかで終わらせてもしょせんはローカルな話でしかない。最も議論したいのは遺伝子組み換え作物自体の危険性ではなく、モノカルチャー*5 の農地に転換することで生物多様性が失われてしまっているということです。それをいろんな別のかたちで回復しない限り、人口増加に際して生態系が崩壊する危機は去りません。

『好奇心が未来をつくる ソニーCSL研究員が妄想する人類のこれから』ソニーコンピュータサイエンス研究所・編(祥伝社)では、舩橋さんが自身のこれまでや現在の研究内容を語っている

舩橋 僕の遺伝子組み換え作物に対するスタンスは、危険性というよりも、そもそも地球の問題解決にとって十分でないし、もっと言うと必要でさえないというもの。それよりもすでに地球上で進化した、もしくは人間が作出してきた3万種以上の有用植物があるわけだから、その使い方をどう最適化するかに取り組んだ方がいい。新しく2、30個の遺伝子をいじって多少強いものが出てきてもしょうがないという話です。

岡島 なるほど。

舩橋 一方で、火星で全く新しい生態系を作るという場合は、宇宙線でたくさん変異を導入できるのは、むしろポジティブに働く可能性があります。初期の段階ではいろんな可能性がある生物が生き残っているほうがいいですから。火星のテラフォーミング用に作出した「火星適応品種」が、逆にヒマラヤや南米、レソトなど高地の農業に貢献するシナリオも考えられます。

岡島 ちなみに本当に閉鎖空間みたいなもので、例えば「こっちにAという細菌とBという細菌を入れて、こっちはABCDまで入れてどういう進化するか」といった実験はどこかでやっているんでしょうか?

舩橋 基本的に、そういうストーリー系の実験ってあまりないでしょうね。評価のクライテリア(判断基準)があまりに膨大すぎて、「結局、何を見ているのかわからない」と普通のサイエンスではなってしまうと思います。ただ「火星に移住する!」といった目標があると、ちょっと別の風呂敷が広げられる。そこはぜひ、ALEさんとやりたいと思っているところです。進化圧、つまり環境条件がどんどん変わっていくと、それに応じて遺伝型がシフトしていくという理論が「複雑系生物学」にあるんですね。

岡島 複雑系生物学という分野があるんですか?

舩橋 ええ。普通の生物学は「ゲノムはDNAでできていて、そのDNA配列に記述されている遺伝情報がアミノ酸に翻訳されて、タンパク質に合成される 」というセントラルドグマ*6 から始まりますよね。複雑系生物学では、そうした情報の流れを物理的な理論とシミュレーションで解こうとします。


舩橋 最初は化学物質のプールの中で酵素反応がお互いに作用したり、転写のような反応が起きて別の化合物を作ったり、分解したりする双方向的な過程だったのが、徐々に勝ち残る組が出てきて、化学反応の司令部のように機能してゲノム的な役割を果たしてくる。すると、初めは均一な化学スープだったところに、複製・保存されるような複雑な反応パターンが自己組織化されてくる。物理化学で言うとプリゴジンの「散逸構造論」*7 というものがあるんですが。

岡島 ??

舩橋 宇宙論で言うと「自発的対称性の破れ」*8 ですね。

岡島 あっ、その用語なら私もなじみ深い。

舩橋 ビッグバンがあって、インフレーションがあって、なんでそこから均質に広がっていかずに、宇宙の背景放射*9 なんかの姿があるのか。

岡島 そうですね、ムラがある。

舩橋 ダークマターにもムラがあるし、目に見えるものでは「銀河の泡構造」もそうです。全く均質な世界が作れないのはどうしてなのかは、こういう時空モデルでも当てはまるし、先ほどの代謝ネットワークでも当てはまるし、生態系でもそうです。同じ初期値の条件でも、時間が経つと全く違うものになっていってしまう。宇宙が最初にできたとき、時空の最小単位のわずかな「ゆらぎ」みたいなものが指数関数的にウワーッと拡がってしまい、数分後の状態は全く予想不可能になる。そういう「決定論的カオス」と呼ばれるものがあります。


舩橋 機械論で説明できるからといって、決定可能とは限らないというパラドックスを抱えるのがカオスです。それは脳のモデルでは我々の自由意志みたいなものにも関係しているし、生態系がどのような植生に遷移して行くかみたいなことにも関係しています。

岡島 火星に何種類の種がいれば生き残れるか、というシミュレーションはできないんだ。

舩橋 工学的にロケットを打ち上げようと思ったら、そうしたカオスってないほうがいいですよね。基本的には。

岡島 そうですね。私たちが今やっている軌道計算も、全くカオスはないですね。

舩橋 ところが、ロケットで別の星に行くだけだったらいいけれど、生態系を連れていこうと思ったら、もうカオスが内在的になるんですよ。どうカオスを殺そうとしても殺しきれないところがある。それがよく分かるのが「野菜工場」の例です。

*5 モノカルチャー

プランテーションを代表とする、単一農作物を生産する農業形態。旧植民地などの発展途上国によく見られ、独立後も特定の作物が主要な輸出品となるモノカルチャー経済に依存する場合が多い。生態系に大きな影響を与えるほか、経済が気候変動などに対して脆弱となりやすい。

*6 セントラルドグマ

遺伝情報はDNAからmRNA(メッセンジャーRNA)に「転写」された後、リボソームによってアミノ酸へ「翻訳」され、最後はタンパク質に変換されるという分子遺伝学の基本原理。1958年に英国の分子生物学者のフランシス・クリック(1916-2004)が提唱した。中心教義。

*7 散逸構造論

ロシア出身のベルギーの化学者・物理学者、イリヤ・プリゴジン(1917-2003)が1977年にノーベル化学賞を受賞した理論。開放系(外界とエネルギーや物質の交換がある)のシステムでは、外部から連続的なエネルギーを受けた無機物が自己組織化して高い秩序をつくる。生命でしか見られないと思われていたことが、非生物でも起こりうるという発見だった。

*8 自発的対称性の破れ

日本出身の米国人理論物理学者、南部陽一郎(1921-2015)が2008年にノーベル物理学賞を受賞した理論。ある理論や数式に対称性があっても、そこから導かれる実際の物理現象には対称性がなくても良いという概念で、クォークの重さの謎を解明した。この理論により、素粒子物理学の礎が築かれた。

*9 宇宙マイクロ波背景放射(CMB)

天球のどの方向からも一様に降り注いでいる弱い光(マイクロ波)で、ビッグバン理論の証拠とされる。宇宙誕生から約38万年後の姿を伝えている。1964年に米国ベル研究所のアーノ・ペンジアスとロバート・W・ウィルソンが発見し、1978年にノーベル物理学賞を受賞した。


完全人工食品の不可能性

 
岡島
 なんだか、すごいところに話が行きました。野菜工場って、あの水耕栽培の?

舩橋 そう。液肥で、生物実験で育てるように一種類ずつ効率よく育てる方法ですね。小規模では結構うまくいくんですよ。種によっては、生産性も高い。もちろんエネルギーとか、有機物を作る元になる無機的な資源をたくさん使うので、そういう問題はあるんですが。小規模では非常にわかりやすくできるんですね。

岡島 見たことあります。

舩橋 ところが、それを大きなビル一杯にしてやろうとすると、途端にコンタミネーション(異物混入)の問題が出てくる。昔、野菜工場のベンチャーが大々的に報道されて登場したんですが、「これはコンタミでうまくいかないな」と思っていたらやっぱりそうでした。

岡島 やっぱり、どこかから何かが入ってきちゃうっていうことですよね。

舩橋 そもそも人が管理するものですから。それこそ、病院のオペ室に入るときみたいに全身消毒するんですよ。でも、仮に1回のコンタミの確率は非常に低くても、それが毎日の足し算で積み重なっていくわけですから、どこかの時点で破綻します。

岡島 じゃあ、宇宙で食べ物を作りたい場合、何をするのが一番いいんですか。

舩橋 ミッションの長さや、どういう栄養価の食事を作りたいかにもよりますね。野菜工場だけだと、タンパク質が足りないかもしれないし。液肥を与えて生理学的に太らせたものというのは、実は二次代謝産物が少ないんです。いわゆる薬効成分が減ってしまうこともあるし、増やせてもバランスが悪い。これは短期的にそこまでは問題にならないですが、長期には人間のヘルス・プロテクティブ・エフェクト、つまり健康維持効果というものに効いてくることが分かっているんです。簡単に言えば、長期の宇宙ミッションでは、ガン、糖尿病、血栓症、リウマチといった慢性疾患が頻発する恐れがある。

岡島 うーん……。

舩橋 今、どんなに完全食を謳う食品やサプリにしたって、必ず「バランスの良い食事も一緒に食べてください」と書いてあるじゃないですか。結局、人工的には作れないんですよ、完全な食べ物というものは。

岡島 なるほどねぇ。

舩橋 月を周回して戻ってくるぐらいなら野菜工場でいい。でも、火星に移住しようとか、もっと先の別の恒星系に行く、もしくは宇宙空間で世代を重ねるとなった場合は違います。どうしても、他の命が持っている「生き残って代を重ねていく力」とか、他の生物や環境とのつながりというものをパッケージングして乗せないといけない。何らかのかたちで、その最小単位が見つかるといいんですけど。

岡島 それって、人間という生き物がやっぱりずっと地球にいて、その栄養素で成り立ってきたからですよね。つまり、火星で……。

舩橋 宇宙人になっちゃえばいい?

岡島 そう。火星人みたいな進化を遂げて、そこにあるもので十分な生き物が生まれるはずでは。

舩橋 それは何千年ではできないかもしれない。ただ、何百万年かけて、別の種になってしまえばいけると思いますよ(笑)

>>宇宙構想会議 第1回(後編)に続く


Profile
Writer
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「いよいよ始まった新連載。初回では、岡島さんの長い時間軸を見すえた視線と強い好奇心、舩橋さんの広い視野から生まれる思考と高い理想に触れました。読者のみなさんのご感想、SNS(FacebooktwitterInstagram)でお寄せください」

Photographer
猪飼 ひより Hiyori Ikai

amanaフォトグラファー。「“もし宇宙に行けたなら…” なんて思っていた時代はもう古く、自分の視野を宇宙にまで広げて考えてみると、もっと膨大な可能性があるのだとワクワクしました」
http://amana-photographers.jp/detail/hiyori_ikai

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