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特集

藍と “ジャパンブルー”(前編)

藍と “ジャパンブルー”
(前編)

発酵が生む、一期一会の彩り

インタビュー・文/中野 富美子
写真/大竹 ひかる(amana)

首都圏郊外の静かな街。その川沿いの丘の上にある「草木工房」は、先々代から三代続く染色家である山崎和樹氏の染色工房。ここでは、古代から変わらない植物による染色によって、四季折々の美しい色が生まれています。なかでも藍染めでは、藍の葉を発酵させ、さらに瓶で発酵させることで、深い青が生まれます。農学と工学を研究した学術博士でもある山崎氏に、藍染めの魅力と発酵の基本をうかがいました。全3回の前編です。

草木が豊かに茂る庭で

緑に包まれた工房。奥の畑では、染料になる植物が育てられている

和樹先生は、おじい様の代から続く染色家でいらっしゃいます。作家で草木染作家の山崎 斌(あきら)氏がおじい様、染色工芸家で日本画家の青樹(せいじゅ)氏がお父様、そして、染色工芸家で染色研究家の和樹先生で三代目。大学、大学院で農学を修められた後、すぐにお父様のもとで草木染の研究を始められましたが、染色家への道へ進むことに、迷いはなかったのですか。

私は、大学院で植物色素を研究していたんですが、ずっと研究室にいるより、自然の中にいるほうがいいなと思いました。研究室ではさまざまな有機溶媒を使うのですが、それが苦手でした。

庭で植物を育て、それで布を染める。私には、こっちの方が向いています。毎日、自然の空気を吸っているほうがいいんです。


山崎 和樹(やまざき・かずき)
1957年群馬県高崎市生まれ。草木工房(草木染研究所柿生工房)主宰、染色工芸家、染色研究家。東北藝術工科大学非常勤講師、高崎市染料植物園講師、朝日カルチャーセンター講師。草木染の研究、作品制作を行い、展覧会、講習会を開催。1982年明治大学農学部修士課程修了後、父・青樹氏(群馬県指定重要無形文化財保持者)のもとで草木染の研究を始める。1985年川崎市麻生区に草木工房(草木染研究所柿生工房)を設立し、草木染講習会を開催。2002年信州大学工学系研究科博士後期課程修了、学術博士取得。国際天然染色会議で日本の草木染について発表(韓国、インドネシア、アメリカ、インド、フランス、中国)、2005年ミラノで草木染展とワークショップを開催。著書多数
http://yamazaki-kusakizome.com

庭で育てた植物で色を染めるなんて、素敵ですね。

これは「染めという仕事」というより、「植物と暮らす」ということなんです。雑草が生えていても、「これも染料として生やしているんだ」なんて表現したりして(笑)。

心地いいんですよ。親がやっていたからということで染色を始めましたが、こういう環境で暮らしたいんですね。子どもの頃から、こうして植物と暮らしていましたから。

工房の奥には先々代が暮らした古い家があり、貴重な書籍や機など、たくさんの資料が保管されている


庶民の色だった、日本の藍

四季折々にさまざまな染色をされていると思いますが、今日は「発酵」がテーマの特集取材ですので、まず藍染めについて教えてください。

藍染めは、世界各地で古くから行われています。古代エジプトでは、紀元前2400年頃と思われる布に、藍染めの糸が織り込んであるのが見つかっていますし、インド、中南米、ヨーロッパなどでも古くから行われていました。

ただ、藍染めに使われる草は、それぞれ違う草なんです。日本ではタデ科のタデアイですが、インドではマメ科のインドアイ、ヨーロッパではアブラナ科のウォードという具合です。沖縄ではキツネノマゴ科のリュウキュウアイが使われてきました。いずれも「インディゴ」*1 という青色の染料になる物質が入っています。

江戸時代、日本の街には藍色が溢れていました。日本にも、古代からさまざまな染色技術はありましたが、それはたとえば十二単の彩りのように、高級なものだったんです。それが江戸時代になって、藍染めは木綿と出合って急速に普及しました。木綿は丈夫で暖かく、藍染めは繊維を堅牢にする効果も得られるため、藍は庶民の色として、さまざまなものが藍で染められました。

1890年に来日した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、『日本の面影』の冒頭「東洋の第1日目」のなかで記しています。

「まるでなにもかも、小さな妖精の国のようだ」「青い屋根の小さな家屋、青いのれんのかかった小さな店舗、その前で青い着物姿の小柄な売り子が微笑んでいる」「見渡すかぎり幟が翻り、濃紺ののれんが揺れている」「着物の多数を占める濃紺色は、のれんにも同じように幅を利かせている」「名画のような町並みの美しさ」

(『新編 日本の面影』ラフカディオ・ハーン 著、池田雅之 訳/角川ソフィア文庫)

そして、藍色は「ジャパンブルー」とも呼ばれるようになりました。

*1 インディゴ

古くから染色や絵画に使用されていた青色の植物染料物質。


「生葉染め」と「藍建て染め」

私は以前、こちらの工房で藍の生葉染めをさせていただいたことがありますが、藍染めには、生の葉で染める「生葉染め」と、蒅(すくも)*2 を瓶などで発酵*3 させて染める「藍建て染め」があるんですよね。

葉を発酵させた蒅(すくも)。これを瓶でさらに発酵させる

そうですね。まず、生葉染めというのは「酵素」と「酸化」の反応です。葉の中にある「インディカン」という藍色のもとになる無色の物質と、葉の中にある酵素が反応して「インドキシル」という、これも無色の物質になります。

インドキシルが繊維に吸着し、それが、水や空気の中の酸素によって酸化することでインディゴという青色の物質になり、繊維が青く染まります。


生葉染めを化学式で表すと…
(文化財情報学研究 第10号をもとに作成)

藍の生葉と水をミキサーで攪拌した緑色の液に絹の布を浸し、引き上げて風に当てると、緑色だった布がどんどん鮮やかな青になる変化がとても印象的でした。

生葉で染めた色は、とてもクリアな青です。葉がフレッシュなので彩度が高く、夏らしくすがすがしい青、この色はほんとうに美しいです。

ただ、生葉染めでは、絹やウールなど動物性の繊維は染まりますが、木綿や麻など植物性の繊維には染まらないんですね。また、藍の葉が育つ夏だけでしか染められない色です。

藍の生葉で染めた絹(シルクオーガンジー)。生葉で染めたものは、夏空のようなクリアな青に染まる


そこで、発酵による藍建て染めが生まれたんですね。

その通りです。藍建て染めでは、まず、藍の葉を乾燥させてから水を加え、腐葉土を作るような形で発酵させ、蒅を作ります。蒅の中では、インディカンはインディゴになっています。ただし、インディゴは、そのままでは水に溶けません。

蒅を瓶の中で発酵させると、微生物の働きで蒅の中のインディゴが還元されて、水に溶ける「ロイコインディゴ」という形になります。それが繊維に染み込み、繊維の中で水や空気の中の酸素によって酸化してインディゴに戻ることで、繊維が藍色に染まるのです。つまり、発酵建て染めというのは「還元」と「酸化」の作用なんです。


藍建て染めを化学式で表すと…
(文化財情報学研究 第10号をもとに作成)

この微生物はアルカリ性の環境で活動するので、瓶の中のpHをアルカリに保つ必要があります。藍建て染めは、木綿など植物性の繊維も染めることができます。

藍建てで染めた木綿。右から、1回染め、2回染め、3回染め、4回染め、5回染め

>>藍と “ジャパンブルー”(中編) へ続く

*2

藍の葉を発酵させ、乾燥させた藍建て染めの染料。

*3 発酵

微生物がもつ酵素によって、有機物を分解したり変化させたりすること。藍染めでは、生葉染めの変化は葉がもっている酵素による作用なので発酵作用ではない。一方で、藍建て染めの蒅作りや瓶の中での変化は、微生物がもつ酵素による作用なので発酵による変化だ。


Profile
Writer
中野 富美子 Fumiko Nakano

フリーランス編集者、ライター。東京都生まれ。自然や伝統文化をテーマにした書籍や雑誌の製作にたずさわっている。編集と文を担当した本に、『色の名前』『森の本』(ともに角川書店)、『自然のことのは』『深海散歩』(ともに幻冬舎)、『NATURAふしぎをためす図鑑 しぜんあそび』(フレーベル館)、『追跡!なぞの深海生物』『バイオロギングで新発見!動物たちの謎を追え』(ともにあかね書房)などがある。

Photographer
大竹 ひかる Hikaru Otake

「草木染めの青のグラデーションがとても印象に残りました。」

Photographers web: http://amana-photographers.jp/detail/hikaru_otake

Editor
室橋 織江 Orie Murohashi

NATURE & SCIENCE 編集部。「初めて目にする、藍染め作業。白い布が、まるで泥の中のような藍瓶に沈んでいく場面は、なんとも戸惑った気持ちに……。しかし、瓶から引き上げた布地を水で濯いだ瞬間、鮮烈な青へと変貌。水から引き上げて空気に触れさせると、青はさらに洗練されていく。植物に水に酸素に、そして微生物。どこにでもあるもので、こんなに心動かす変化と色が出現する。特別は普通の中にある。世界って、うまくできている。」

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