a
アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
Series

連載

バリスタの徒然草③

私たちの健康と、
小さな幸せの場所。

バリスタの徒然草③

文/久保田 和子

©︎a_collection/amanaimages

10代に競泳選手として世界を転戦したあと、現在はライター、バリスタとして活躍をしている、久保田和子さんによる連載エッセイです。第3回のテーマは、コーヒーと「健康」。人生100年時代と言われるようになった今、どんな状態が本当に「健康である」と言えるのでしょうか。

家族でにぎやかに、新しい年を迎えた人、
一人で穏やかに、迎えた人もいるだろう。

迎えた場所と人数が違っていても、
少し特別な2020年という区切りの年を迎えて、
「今年こそは、ずっと行きたかった、あの場所へ行こう」とか、
「今年こそは、先送りにしていたあの長編小説を読破しよう」とか。

いつもより少し熱量多めに、「今年こそは」と意気込んで、
夢と呼ぶには少しちがうけど、通りすがることはできそうにない大切な約束を抱き、
「自分の中の自分」と指切りをした人は多いのではないだろうか。

毎年、欠かさず年賀状を送ってくれる姪っ子の
「今年はラ・カンパネラを完璧に弾けるようになる!」
と、少しお姉さんになった文字に、そんな思いを巡らせた。

わたし自身も、夫と「今年こそは、ずっと行きたかったあの場所に旅行へ行こうね」
と約束したし、
義父は、家族と御節(おせち)を囲みながら、分厚い黒革の手帳を開き、
「今年はおじいちゃんの法事をするけど、何月なら大丈夫そう?」と、
働き盛りの息子たちや、幼稚園や習い事で忙しくなって来た初孫に、スケジュールを聞いていた。

©︎Niigata Photo Library/a.collectionRF/amanaimages

©︎Niigata Photo Library/a.collectionRF/amanaimages

みんなの予定を考慮しながら、1年間の「家族ごと」が、決まっていく。
この光景を、料理好きな義母の漬けてくれた数の子を頬張りながら見ていて、
こんなに平和なお正月の迎え方もあるのかと、幸せを噛み締めていた。


「健康」の定義ってなんだろう

テレビでは箱根の山を登り切り、たすきをつないだ青年たちが
「来年、必ず、またこの場所に戻って来ます!」と、力強く約束してくれた。

箱根を走り切った青年の姿を見ながら、
昨年、大病をした義父の看病をしていた義母が、
「この子たちも、また来年、箱根に元気に戻ってこられるといいねぇ」と、
今ではすっかり回復した、義父に向かって呟いていた。

義父は、みんなで集まると決めた「家族の約束」を書き込んだ黒革の手帳を、
閉じることもせず、すでになんだか思い出の詰まったアルバムかのように、
ずっと微笑みながら、眺めていた。

©︎KOICHI SAITO/orion/amanaimages

©︎KOICHI SAITO/orion/amanaimages

約束が生まれた時の義父の微笑みに、
自分がいかに、健康や平和を当たり前なこととして、
自分や自分の大切な人たちとの未来を設計していたかを痛感してしまった。

わたしたちが暮らす毎日に生まれる約束のほとんどが、
「健康」があって成り立つものであって。
その「健康である」という前提が崩れることで、約束や希望のほとんどが、変更されたり、消去されたりしてしまうことに慄(おのの)いてしまう。


子供の頃は漠然と、おばあちゃんやおじいちゃんに「長生きしてね」と伝えていたけれど、
「人は100年生きます」と公言された世界では、
「次会う時も、必ず一緒に、笑いながらご飯を食べたい」と願うようになった。

そうした「願いごと」と掛け合わせ、
自分なりの「健康」の定義を考えてみる。例えば……

自分の手で蟹を剥くことができて、
自分の足で除夜の鐘を鳴らしに出かけられ、
自分の頭の中のアルバムをめくって、これまで旅して来た場所の水の冷たさや風の音、紅葉の紅さを伝えられるような会話ができることだなぁ、と、
これらをお屠蘇(とそ)でいい気分になっている義父の姿が教えてくれた。


コーヒーは健康に役立つ?

コーヒーは健康にいいという、さまざまな報告が上がっている。
適量のコーヒーを摂る習慣があるだけで、
糖尿病や認知症の予防になったり、パーキンソン病やアレルギー疾患を抑制できたり、筋肉の減少を抑えることさえできると言われている。

その主人公が2人。
「カフェイン」と「クロロゲン酸」。

©︎Vladimir Godnik/fStop/amanaimages

©︎Vladimir Godnik/fStop/amanaimages

コーヒーの象徴でもあるような「カフェイン」という存在。
「カフェイン」は眠気覚ましの代名詞みたいに言われるが、
その正体は「穏やかな刺激物」(アルコールは刺激物)とも呼ばれており、
脳にほどよい刺激を与え、眠気と戦ってくれる。

少し難しい言葉に代えれば、脳の中枢神経系を刺激し、ドーパミンなどの神経伝達物質の産出を高める作用があるということである。
そして、こうした特性が認知症や脳卒中など、脳神経系の疾患から守ってくれるかもしれない、と研究が進められていて、年々、健康への朗報が届いている。


そして「クロロゲン酸」。
コーヒーからは、80種類以上の「酸」が抽出される。

その中でも、「健康」と大親友なのが「クロロゲン酸」。
クロロゲン酸はポリフェノールの一種で、コーヒーは赤ワインに匹敵するほどのポリフェノールを含んでいる*1

©︎maruk/amanaimages

©︎maruk/amanaimages

ポリフェノールとは、植物が自身を活性酸素から守るために作り出す物質で、抗酸化物質の代表とされている。また、血糖値の上昇とインスリンの分泌を抑える働きが報告され、糖尿病の予防になると期待されている。

加えて、活性酸素を抑えるので、紫外線による細胞や肌線維へのダメージ、メラニンの過剰産生などによるシミやしわの発生を減らし、アンチエイジング効果も期待できると言われている。

コーヒーは赤道を挟んだ南北緯25度の間のコーヒーベルトと呼ばれる地域で育つ植物。コーヒーがわざわざ、暑く、そして強い紫外線の下で生きることを選んだのは、その種にクロロゲン酸をぎゅっと閉じ込めることだったからではないだろうか。

*1 コーヒーは赤ワインに匹敵するほどのポリフェノールを含んでいる

関連記事:「コーヒーと眠りの知られざる関係 シリーズ・企業探訪⑬ネスレ日本」
https://nature-and-science.jp/nestle/


海の向こうのコーヒー事情

熱いお湯でコーヒーを抽出すると、熱に不安定なクロロゲン酸の含有量が少なくなってしまうと言われるけれど、
コールドブリューコーヒー(第2回「“酸っぱい”の正体と、真っ赤な傘。」 参照) と呼ばれる水出しコーヒーは熱を使わないので、クロロゲン酸の量が減らずに健康効果も大きいとされている。

最近のNYでは、ミネラルウォーターの代わりにコールドブリューを飲んで、ダイエットをする人が増えているという。
もはや伝統文化といっても過言ではないほど、脂っこい食生活の国での話だ。

コーヒー大国ブラジルやメキシコでは、食後のコーヒーを意識的に飲むことを勧めており、
酸性の肉料理のあとには、アルカリ性のコーヒーはサラダを食べるような爽やかさがあるとして、「コーヒーはサラダ」だという表現も聞かれるようになった。

©︎Doable/a.collectionRF/amanaimages

©︎Doable/a.collectionRF/amanaimages


香りで「心」を整える

調子が優れなくて病院に行っても、具体的な病名はなく「ストレスです」と、納得させられてしまった経験がある人も少なくないのではないだろうか。

ストレスが蓄積すると、うつ病や自律神経失調症などの原因になる。ストレスは「デイリーハッスル(daily hustle)」と呼ばれるように、日々の小さなトラブルによって生まれる。

ストレスは、その原因を取り除くことが難しい。上司と喧嘩をしても会社を辞めるわけにはいかないし、工事現場の騒音が嫌でも工事をストップさせることは困難だ。自分の側で対処するしかない。

ストレス緩和には「アロマテラピー」や「音楽療法」などがあげられるが、コーヒーが生み出す香りにも「アロマテラピー」効果があると言われている。

800種類以上の成分があると言われているコーヒーの香り。
梅干しを想像しただけで、唾液が分泌されるように、
コーヒーを想像しただけで、目の奥にコーヒーカップから立つ湯気が描かれて、やすらぎを感じることもあるだろう。

©︎WavebreakMedia Ltd/amanaimages

©︎WavebreakMedia Ltd/amanaimages

コーヒーの香りが心にいいことはもちろんだけれど、
近年、コーヒー豆の品種や作られる原産国ごとに異なる香りや風味によっても、与える効果が違うことが分かって来た。
海外では、スポーツ選手やビジネスマンの多くが、この「アロマ」による効果を上手にトレーニングや仕事に応用しているそうだ。

リラックス効果が高い豆、集中力を高めてくれる豆。
現在の研究で分かっているのは、 グアテマラやブルーマウンテンはリラックス効果が高く、
マンデリンやハワイコナ、ブラジルは集中力を高める効果が強いということ*2

©︎WavebreakMedia Ltd/amanaimages

©︎WavebreakMedia Ltd/amanaimages

「今の自分の心に不足している感情は何かな?」と、一瞬目を閉じて向き合って、
欠けた月の黒いところを埋めるように、コーヒーの香りで補いながら、心からの健康を目指してみては。

*2 リラックス効果が高い豆、集中力を高めてくれる豆

引用:「コーヒードクターに聞く 香りから生まれる、『癒し』と『集中力』。」(全日本コーヒー協会)
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/health/doctor/health69-2


自分だけの三ツ星店へまた来よう

人生100年時代。
「寿命」「健康」の定義も変わって来るのではないかと思う。

2050年には80歳未満のがん死亡者がいなくなり、
人工臓器や再生医療による臓器移植が普及して、人が「死ねない恐怖」に苦しむと言う時代らしい。

「長生きしてね」と、敬老の日におじいちゃんの似顔絵を描いていた頃には、
想像できなかった時代になったと痛感する。

便利も豊かさも増えたけど、
技術と想像力が作り上げたのは、
「長生き」イコール「健康」が結びつかない時代でもあるような気がする。

臓器面の健康は「技術」と「想像力」が維持し続けてくれたとしても、
「ストレス」が減っていく時代は、まだまだ先になると感じている。

ストレスに “解決” はないけれど、自分だけが知っている「小さな幸せ」を身近に作って、たとえストレスを感じたとしても、「蓄積」させなければいい。


©︎iijima yutaka/Nature Production/amanaimages

©︎iijima yutaka/Nature Production/amanaimages

ミシュランガイドで三つ星が付く判定基準は「それを味わうために旅行する価値があるか」なのだそうだ。

言葉を選んだ挙句に間違えて、せっかくのチャンスが台無しになったとき、
心の声を聴いてくれるバーテンダーがいる行きつけのバーがあったり。

自分のところだけ重力が10倍になっているのではないかと思えるほど、上を向いて歩けないとき、
何も言わずいつもの元気な笑顔で、ご飯をよそってくれる定食屋のおばちゃんがいたり。

これと決めた一本道の上で、行きの道か、帰りの道か、分からなくなって迷子になったとき、
自分でつけて来た足跡を照らしてくれるような温かい光の射す、コーヒーを淹れてくれるバリスタがいるカフェが待っていたり。

そこに行けば「大丈夫」という、お守りみたいな場所。
自分だけの「三つ星ミシュラン」を持つことで、心を健康に育むことができるのではないだろうか。

©︎Cavan Social/amanaimages

©︎Cavan Social/amanaimages


ここまで、コーヒーの成分を読み応えたっぷりに語ってきたけれど、
「コーヒーは体にいい」と、
コーヒーの成分だけが、健康維持のヒーローになるのではなく、
あのコーヒーを飲みに行くと決めた予定が、
いくつかの困難を乗り越えるための支えになるのだろうと思う。

コーヒーを淹れるバリスタの熱量に感じた興奮が、明日を生きる糧となる。
そして、「またここへ来たい」という希望こそが、コーヒーの持つ、本当の健康成分なのかもしれない。

そんなふうに、コーヒーという身近な存在を活用して、栄養のバランスをおいしく解決し、ひとりでも多くの人に健康的な生活を送ってほしいと、新年の暁に願いを込めた。

©︎TAKEHIKO HASHIMOTO/SEBUN PHOTO/amanaimages

©︎TAKEHIKO HASHIMOTO/SEBUN PHOTO/amanaimages


Profile
Writer
久保田 和子 Kazuko Kubota

バリスタ。フリーライター。「地球を眺めながらコーヒーが飲める場所にカフェを作りたい」その夢を実現するために、STARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYOでバリスタをしている。フリーライターとして、雑誌やWebでコラムやインタビュー記事を執筆。1,000年後の徒然草”のようなエッセイを綴った Instagram は、開設2年でフォロワーが35,000人に迫り、文章を読まなくなった、書かなくなった世代へも影響を与えている。
http://bykubotakazuko.com

`
Page top