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東京の水源となる森をたずねて

東京の水源となる
森をたずねて

ゼロから学ぶ、SDGsのこと④

インタビュー・文・写真/田中 いつき

世界有数の巨大都市、東京。その水を守る東京都の取り組みの1つに、民有林を再生させる事業があるという。それが、2002年に始まった「多摩川水源森林隊」と呼ばれる活動で、管理の遅れた民有林を再生させていく取り組み。なんと一般の人が森林ボランティアとなって、管理作業をしているという。活動の現場を訪ねた。

日本では、蛇口から出るのが当たり前になっている水。ひとたび出ないとなると、地域に大きな混乱をもたらし、命の危機につながることも。2019年の台風15号や19号による関東地方の断水は記憶に新しいところではないだろうか。

東京都は100年以上前から水を作るための努力を積極的に行ってきた。江戸時代に玉川上水*1 を引いた話は有名だが、それ以降、近代水道が引かれるようになっても、首都である東京の水を安定的に確保するために小河内貯水池(奥多摩湖)の他に「水道水源林」を管理してきたという。

*1 玉川上水(たまがわじょうすい))

1653年に作られた、多摩川の水を四谷まで引いた導水路。東京都羽村市を起点とし、終点の四谷まで全長43㎞を手堀りしたもの。江戸の南西部一帯を潤し、江戸の街の繁栄の一助となった。現在では一部が東京都の「歴史環境保全地域」として指定され、保全されている。

 
国連が定めた持続可能な開発目標(SDGs)のゴール6には「安全な水とトイレを世界中に」という項目があり、安全な水を確保するために関連する生態系を保護すること*2 が挙げられている。

また、ゴール15には「陸の豊かさも守ろう」として森林資源の保護と回復*3、生態系の保全を行っていく*4 ことが記されている。

いずれにおいても、水資源が持続可能な開発に必須な項目であることが明記され、それを育む、森林を適正に管理保全することが求められている。

*2 ターゲット 6.6

「2020年までに、山地、森林、湿地、河川、帯水層、湖沼を含む水に関連する生態系の保護・回復を行う。」

*3 ターゲット 15.2

「2020年までに、あらゆる種類の森林の持続可能な経営の実施を促進し、森林減少を阻止し、劣化した森林を回復し、世界全体で新規植林及び再植林を大幅に増加させる。」

*4 ターゲット 15.4

「2030年までに持続可能な開発に不可欠な便益をもたらす山地生態系の能力を強化するため、生物多様性を含む山地生態系の保全を確実に行う。」

 
こうした目標に、先駆的に取り組んできたとも言えそうな東京都の取り組み。詳しい話を、東京都水道局 水源林事務所の木村高士さんに伺った。


森林が水をつくるとは?

東京都水道局 水源事務所 技術課 課長代理の木村高士さんは、多摩川水源森林隊の隊長でもある。林業職として、東京都の水源林の管理・普及啓発事業を行う

東京都水道局 水源事務所 技術課 課長代理の木村高士さんは、多摩川水源森林隊の隊長でもある。林業職として、東京都の水源林の管理・普及啓発事業を行う

「東京都水道局では多摩川の上流の森林を水源林として管理しています。森林には木材生産のほかにも、二酸化炭素の吸収や土砂災害防止、気候緩和など多くの機能があるのですが、中でも水源涵養(かんよう)機能を重視しています」(木村さん)

水を確保するというと、ダムを想像しがちだが、実はその周りにある森林がキーになる。日本は水に恵まれた国だと言われるが、急峻な山地が多く、雨水はあっという間に海に流れ出し、塩水となってしまう。それを山地に押しとどめているのが、森林なのだ。

「東京都水道局は、多摩川の源流域である東京都奥多摩町から山梨県丹波山(たばやま)村、小菅(こすげ)村、甲州市といった東京都以外の地域についても土地を保有し、東京都の『水道水源林』として管理しています」(木村さん)

森林の土壌は落葉を貯め込み、腐葉土になる。それはスポンジのように内部に水分を蓄え、少しずつ流す。水源に生えている樹木は体内に水分を保つほか、根を張り巡らせ、森林の土壌を山地に固定する役割を持つ。

管理されている人工林。奥多摩エリアの山中は、道をそれると立っているのも難しいような傾斜が続く

管理されている人工林。奥多摩エリアの山中は、道をそれると立っているのも難しいような傾斜が続く

「水道局というと、『浄水場や小河内貯水池の管理をしている』と言われますが、それだけではなく、水道水源林の約24,000haを約120年前から計画的に管理しています。しかし、水道局が森林を管理していることは、あまり知られていないのが現状です。そこで、2002年から始まったのが「多摩川水源森林隊」(以下「森林隊」)という取り組みです。東京都森林組合の方々に指導していただきながら、一般の方に森林の管理作業を行っていただく活動になります」(木村さん)

ひと昔前は、意識しなくても材木を確保するための林業や、山での暮らしの一環として、森林は保全されていたという。ところが近年、森林を取り巻く状況は悪化。海外材に押された材木の価格の低下や、周辺地域の過疎などの複合的な要因により、森林が適切に管理されなくなっているのだ。


多摩川水源森林隊の看板を背負う

こうした森林の危機に対して、文章や映像による紹介だけではなく、実際に体験してもらうことで深く理解してもらおうという「森林隊」の取り組み。16歳以上の健康な方なら、居住地に関わらず(東京都民以外も可)登録し、参加することができるという。

今回、森林隊の活動に同行した。活動日は毎週木曜と土曜、日曜の週3回と月末の水曜日。森林ボランティアとしても、体験プログラムとしても、かなり多い開催数である。

多摩川水源森林隊の事務所玄関。講義室や休憩スペース、更衣スペースのほか、浴室があり、「作業後に汗を流して帰るのが一番の楽しみ」と語る参加者も

多摩川水源森林隊の事務所玄関。講義室や休憩スペース、更衣スペースのほか、浴室があり、「作業後に汗を流して帰るのが一番の楽しみ」と語る参加者も

まずはJR「奥多摩」駅から徒歩10分ほどの森林隊事務所に集合。9時30分に朝礼がスタートするということで、9時前後には参加者が集まり、活動できる服装に準備していく。片道3時間近くかけて、千葉県や埼玉県などの近隣の県から来る方もいるそう。

この日の参加者の多くは定年退職された男性たち。日によっては学生や女性の会社員が参加することもあり、参加層は幅広い

この日の参加者の多くは定年退職された男性たち。日によっては学生や女性の会社員が参加することもあり、参加層は幅広い

指導員から、本日の作業内容である「枝打ち*5」について説明があり、特に気をつけるべき作業の確認も行われた。準備体操を行った後、森林隊のクルマに分乗して現場へ向かう。

*5 枝打ち(えだうち)

幹についている下枝や枯れ枝を切って落とし、木の手入れをすること。林業における保育作業の一つだが、節がなく価値の高い材木を生産する目的もある。

森林隊の基本アイテム、スパイク付きの地下足袋。林業のプロも用いる装備で、急峻な奥多摩エリアでの活動には必須だ

森林隊の基本アイテム、スパイク付きの地下足袋。林業のプロも用いる装備で、急峻な奥多摩エリアでの活動には必須だ

この日の現場は、山梨県小菅村。奥多摩からクルマで30分ほどの距離で、東京都ではない。

「実は、多摩川の源流は山梨県にまたがっています。そのため、東京都水道局が所有する森林が山梨県にもあります。民有林での活動を行う森林隊の活動も同様に、山梨県でも実施しています」(木村さん)


現場まで行ったものの、この日の天候は雨がち。予報も下り坂ということで、安全を最優先するために、滑りやすい枝打ちの作業は中止となった。そこで、以前の作業現場の点検をすることに変更された。

「こちらはヒノキの林です。枝打ちを3ヶ月くらいかけて行ないました」(木村さん)

「こちらはヒノキの林です。枝打ちを3ヶ月くらいかけて行ないました」(木村さん)

森林を保全する作業は、植林、下草刈り、枝打ち、間伐*6 という4つに大きく分かれる。森林隊の主な作業は、間伐と枝打ち。そのほか、森林内を安全に歩くための道づくりだ。例年4月から9月は間伐、10月から3月は枝打ちをメインに行っている。

*6 間伐(かんばつ)

成長が進み、隣の木との距離が狭くなった樹木を間引く作業。成長の遅れている木や、曲がってしまった木を中心に伐(き)り倒し、残った木の成長を促す。従来の林業では冬に間伐を行うことが多いが、森林隊の活動では木材を搬出する作業がないため、木の含水率が高い夏でも行える。

幹の際で、一本一本、枝を切りおとす「枝打ち」。夏は木の中の水分が多く、枝を伐ると木へのダメージが大きくなるため冬に行う

幹の際で、一本一本、枝を切りおとす「枝打ち」。夏は木の中の水分が多く、枝を伐ると木へのダメージが大きくなるため冬に行う

「従来の林業では、価値の高い無節(むふし)の材木を生産するために行われてきた作業が『枝打ち』です。森林隊では、無駄な枝をなくすことによって、地面近くまで日光を入れ、土壌の中に眠っている、いろいろな植物の種子が芽を出すことを期待しています」(木村さん)

植物は不要となった枝葉を “枯れ枝” として落とすことが多いが、ヒノキはそれが少ないのだという。そのため、林内の環境が暗くなりやすい。枝を切り落として林内が明るくなると、「下層植生」と呼ばれる草や低木が芽を出す。それらがあることで、土砂流出の防止や生物多様性を高める効果が期待できるそうだ。


平均10mほど登り、のこぎりで枝を切る (画像提供:東京都水道局 水源管理事務所)

平均10mほど登り、のこぎりで枝を切る
(画像提供:東京都水道局 水源管理事務所)

安全に枝打ちを行うために「登降機」を使い、木に登る。従来では、木登りのテクニックを身に着けた林業従事者しか高所の枝打ちを行えなかったが、この登降機の登場で、経験の浅い人間でも安全に枝打ちを行えるようになったそう。

登降機の解説をする木村さん。チェーンとロープを組み合わせた国産の装置が身体を支えてくれる。いったん扱いに慣れれば、簡単に登れるようになるという

登降機の解説をする木村さん。チェーンとロープを組み合わせた国産の装置が身体を支えてくれる。いったん扱いに慣れれば、簡単に登れるようになるという

森林隊では参加者4~5人につき1人の指導者がつき、それぞれが作業を進めていく。そのため、初心者からベテランまで、能力差があっても自分のペースで作業を進めることができ、安全の担保になっているという。

作業が終わった森林内には、切った枝が地面に整然と置かれている。これは森林隊の活動の特徴だそう。通常の事業者では、その日に終わらせなければならない面積(ノルマ)があるため、枝を整えることは滅多にないという。どちらにせよ、数年で自然に朽ちていくからだ。

しかし、森林隊では、作業自体の丁寧さ、安全性をなにより重視している。長年の参加者からは「(森林隊の)看板を背負っているから、美しく作業しないと」という声が聞かれた。

東京都水道局 水源管理事務所の徳江美都さんと、ベテランの森林隊の方からお話をうかがう

東京都水道局 水源管理事務所の徳江美都さんと、ベテランの森林隊の方からお話をうかがう


活動する森林は、個人所有の民有林。木村さんが所有者1人1人に活動趣旨を説明し、活動地として提供をお願いして回る地道な作業を行って確保している。

「活動が始まった当初は、所有者にお願いしても『うちの山を素人なんかに任せられるか』といった反応が返ってくることが多かったと聞いています。今ではそんなことも減り、所有者同士の口コミで勧めてもらった依頼も増えてきました」(木村さん)

所有者にとって1本1本の木は資産であり、間違った管理を行えば、資産価値が下がってしまう。そうしたかつての反応は、当然といえば当然だったのだろう。

技術力を持った指導者が的確に指導を行い、丁寧で安全な作業をしていくことで、その懸念をクリアしてきた。

夏の間伐風景。夏でも安全のために長袖長ズボンを着用する。倒す方向を見極めて伐っていく (画像提供:東京都水道局 水源管理事務所)

夏の間伐風景。夏でも安全のために長袖長ズボンを着用する。倒す方向を見極めて伐っていく
(画像提供:東京都水道局 水源管理事務所)

指導員は地元の森林組合である東京都森林組合に委託して、森林隊専業で指導を行ってもらっている。森林組合では全国規模で事故例が共有されているために、事故につながりそうな事例を事前に回避することができている。

今回のような雨天時や荒天時は無理に作業をせず、道具の手入れに回るほか、過去の作業地を点検したり、奥多摩町のビジターセンターなどを見学したりして知見を深めているそうだ。


きれいにした山で味わう弁当

活動地には看板を立てていく。これもモチベーションの一つだという

活動地には看板を立てていく。これもモチベーションの一つだという

参加者の方々が活動に参加するきっかけとして多く聞かれたのが、登山の趣味。山が好きになっていくうちに、森林に興味を持ったり、何かのタイミングで森林隊の活動を知ったりして参加するようになったという。中には発足当初から17年間参加しているというベテラン参加者の方も。

ボランティアに参加する理由を「山が好きだから」と語った森林隊のメンバー。何十年後も美しい姿が保たれることを願う

ボランティアに参加する理由を「山が好きだから」と語った森林隊のメンバー。何十年後も美しい姿が保たれることを願う

1年を通してさまざまな作業がある森林隊だが、人気の作業は間伐だという。10mを超える大きな木を伐り倒すという、日常生活では絶対にない体験ができるのが醍醐味だという。

一方で、枝打ちも、普通では登れない高い木に登るアウトドア・アクティビティのような要素が人気だそう。作業後は「散髪後のようなスッキリ感」を味わえるのもポイントが高いようだ。

また、「昼の休憩時にきれいになっていく森林を見ながら弁当を食べるのが好き」という声も聞かれた。「山の中で昼食を食べる」という行為だけを取れば、登山中に食べる昼食と変わりないのだが、やはり自分が手をかけた森林には愛着が湧くということなのだろう。


週3回の活動日に毎回参加する必要はなく、参加できるときだけ事前に申し込んでおくシステムが取られている。また「ビギナー優先デー」として初心者歓迎の日も設定されていたり、大学生や高校生の校外学習を受け入れたりという工夫もしているのが、活動が長く継続されている理由だろう。

数日前には「会社のボランティア休暇で来た」という参加者たちがいたとのことで、参加者層の幅の広さがうかがえる。

事務所内休憩スペース。水源林の木材がふんだんに使われていて居心地が良い

事務所内休憩スペース。水源林の木材がふんだんに使われていて居心地が良い

一日の終わりには、事務所に戻って着替えたり、入浴したり。森林ボランティアの作業にはどうしても汚れが付きもので、そのまま電車に乗るのがはばかられることも多いが、その心配もない。至れり尽くせりになっているのだ。

数々の賞を受賞している森林隊の活動。参加者たちの誇りにもつながっている

数々の賞を受賞している森林隊の活動。参加者たちの誇りにもつながっている


17年間で、参加者の数はどう推移したのだろうか。

「2019年10月時点での活動回数は2,343回、のべ参加人数は29,589人になりました。この実績が認められ、2012年に水資源功績者(国土交通大臣表彰)として表彰され、2018年には緑化推進運動功労者 内閣総理大臣表彰を受賞しました。いずれもボランティアを始め、多くの方々の協力による継続的かつ大規模な取り組みにより、良好な水源の涵養に貢献してきたことや、環境意識の醸成を図っていることなどが評価されたと考えています」(木村さん)

現在までの活動累計面積は約300ha。確かに東京都の森林面積全体に対して、作業できた面積は多くはない。しかし、のべ3万人近くの人に、森林と水の関係を深く理解してもらったという実績は、大きなものではないだろうか。

文字通り、大河の水も一滴から。首都の水を守るという巨大な課題に、少しずつ活動を積み上げることで、理解者を増やす。美しい森をつくって、安定的に水を供給していくことを目指す東京都水道局の取り組み。SDGsの制定に先駆けて行われていた活動の今後が楽しみだ。

多摩川水源森林隊」へ参加するには?
16歳から森林保全活動への登録が可能。下記の東京都水道局ウェブページに、Q&A、活動予定表と申し込み状況、概要紹介のリーフレット(PDF)、問い合わせ先などがあります(2020年1月下旬現在)。
https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/kouhou/sinrintai/
 
※森林隊のガイダンスや森林保全作業(入門編)などの初心者向け特別メニューを実施する「森林隊入門デー」の開催日程は、活動予定表からご確認ください。


Profile
Writer
田中 いつき Ituki Tanaka

フリーランスライター。ライフスタイル記事やインタビュー記事を書いています。生き物や農林業の話題が好きです。ペーパー自然観察指導員(日本自然保護協会)。「ベテラン参加者の方の作業のうまさに感嘆しました。一方でビギナー歓迎の雰囲気も感じられ、過ごしやすい空間だと思います。奥多摩エリアの急峻さにも改めて、溜め息が。ここに苗木を担いで登り、植林した先人たちと、継続的に活動している多摩川水源森林隊に頭が下がります」

Editor
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「多摩川水源森林隊の事務所があるのはJR青梅線『奥多摩』駅のすぐ近く。以前までの “登山の玄関口” というイメージが、近年は話題のブルワリーなどもできて一変。若い移住者も増えたようです。都心から便利にアクセスできる自然と新たなカルチャーへ、森林隊の参加を機に触れるのもオススメです」

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