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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
池の水をすべて抜く 本当に正しい方法。

池の水をすべて抜く
本当に正しい方法。

井の頭池、かいぼりで蘇る!

写真・文/高野 丈

東京都立「井の頭恩賜(いのかしらおんし)公園」で2014年から始まった「かいぼり」は、池の水をいったん全部抜いて生態系を回復させる取り組み。一時は絶滅が危惧されていた水草が蘇り、池の景観が大きく変わったことで話題になりました。いったい、どのようにおこなわれているのでしょうか。

もともとは農作業のひとつ

池の水を抜くバラエティ番組が人気だそうです。なにがおもしろいのかというと、水を抜いた池からいろいろと意外な生き物が出てくること。

日本全国の河川や公園などの池には人が放してしまって野生化した、いろいろな外来生物が生息しています。そのなかでも生態系に悪影響をおよぼす種類の外来生物は、心苦しいですが駆除しなければなりません。

その手段のひとつとして、水抜きをして生き物を捕獲する「かいぼり*1」があります。目的はかく乱されてしまったその環境の生態系を復活させることや水質浄化。生物捕獲は手段であって、捕獲が目的ではありません。

©︎Joe Takano

©︎Joe Takano


かいぼりは、そもそも農業用の「ため池」の維持管理方法で、冬場の農閑期に*2 ため池の水を抜いて天日干しすることをいいます。池底を掘り返して干すことで、土中の窒素は空気中に発散され、リンは水に溶け出しにくく変化します。つまり水中の余分な養分が減ることで、水質が改善されるわけです。

©︎Joe Takano

©︎Joe Takano

*1 掻い掘り(かいぼり)

池や沼の水をくみ出して泥をさらい、魚などの生物を獲り、天日に干すこと。換え掘り、換え乾し、池干し、泥流しなどのよび方もある。

*2 冬場の農閑期に

都立井の頭恩賜公園のかいぼりは、在来種を保護するため、生命活動がゆるやかな(一時的に捕獲しても生存率が高い)冬場に限定して実施している。


カイツブリに異変が

最近は水質浄化だけでなく、外来種を駆除し、生態系を復活させるために公園の池などでかいぼりが行われるようになりました。

私のホームフィールドである都立「井の頭恩賜公園」は近年、大々的にかいぼりを行っていることで知られています。いつ、どういうきっかけでかいぼりをすることになったのでしょう?

以前から池の中の外来生物の存在には気づいていましたが、実際の影響を実感したのはカイツブリの子育てがうまくいかなくなったことがきっかけでした。

子育てするカイツブリ ©Joe Takano

子育てするカイツブリ
©Joe Takano


池の中はいつの間にか侵略的な外来魚であるブラックバスとブルーギル(いずれも北米原産)だらけになっていて、もともとカイツブリが食べていたモツゴやスジエビといった在来生物が激減していたのです。

北米の魚が日本で突如湧いて現れることはあり得ませんので、違法な放流行為が原因です。

市民団体が許可を得て水中の生物を捕獲してみると、9割以上が外来魚で、在来魚はわずかでした。ブラックバスもブルーギルも外国産の魚類なので、日本のカイツブリはそれらを捕食するのが困難なのです。

捕獲したブルーギル ©Joe Takano

捕獲したブルーギル
©Joe Takano

エサが激減すれば、子育てができなくなるのは必然。繁殖成績は年々悪化し、ついには親鳥まで池から姿を消すありさまでした。

壊されてしまった生態系を取り戻すため、いろいろな網やわななど、有志がさまざまな手段で外来魚を捕獲しました。何年も駆除活動を続けましたが、外来魚も繁殖して増えるので、決定的な効果は得られませんでした。そして、「かいぼり」しかないという結論に至ったのです。


池の水を抜く、正しいやり方

①最初に、池の水を抜きます。

こう書くのは簡単ですが、実際には大変な作業です。井の頭公園の池は数万トンの水量がありますので、すべての水が抜けるまでには何日もかかります。

©Joe Takano

©Joe Takano

②水が少なくなってきたら、生き物を捕獲します。

NPOや市民団体、ボランティアで協働し、泥まみれになって捕獲します。

©Joe Takano
©Joe Takano

©Joe Takano

③捕獲した生き物を、在来生物と外来生物に仕分けします。

教育普及のための展示ののち、在来生物は池に水を戻すまで大切に飼育保管します。心苦しいですが、外来生物は処分せざるを得ません。

©Joe Takano

©Joe Takano


誤解してはいけないのが、外来生物は悪い生き物ではないということ。この世界に悪い生き物というのは存在しません。

さまざまな理由で、人間活動によって本来の生息地から移入されてしまったことで、移入先の生態系をかく乱する結果になってしまったのです。悪いのは人間活動なのです。

中国原産のアオウオ ©Joe Takano

中国原産のアオウオ
©Joe Takano

やはりいろいろな生き物が出てきました。

アルビノのアオウオ ©Joe Takano

アルビノのアオウオ
©Joe Takano

④さらに水を抜き、池を天日干しします。

井の頭池では2か月ほど干します。これにより、水質が改善され、泥の中で生き残っていた生き物を干すことができます。

©Joe Takano

©Joe Takano

⑤池の水を戻します。

抜くときと同じように、水を戻すのにも時間がかかります。

©Joe Takano

©Joe Takano

⑥在来生物を再放流します。

飼育保管していた在来生物を池に再放流します。元気に育ってね。

©Joe Takano

©Joe Takano


絶滅危惧種の水草も復活!

池の水は澄みきり、今までは消えていた水生植物が生えてきました。水質が悪かったときには池の底まで届かなかった日光が、水質が改善されて届くようになったからです。光によって池の底で休眠していた種子にスイッチが入り、目覚めたのです。

井の頭池(2019年6月) ©Joe Takano

井の頭池(2019年6月)
©Joe Takano

池の水を抜いている間、水鳥はもちろん姿を消します。水がない間、どこに行っているのかはわかっていません。ところが池の水が戻ってしばらくすると、どこでそれを知ったのか、いつの間にか池に帰ってきます。

帰って来たカイツブリは順調に子育てし、最初にかいぼりを実施した2014年は3ペアが合計12羽のひなを育てました。生態系復活という目的は見事に達成されました。

再びカイツブリが子育てできるようになった ©Joe Takano

再びカイツブリが子育てできるようになった
©Joe Takano


眠っていた種子があちこちで目覚め、池の中に絶滅危惧種の水草が繁茂しだしました。とくにイノカシラフラスコモは約60年ぶりに復活した絶滅危惧種です。

希少種・絶滅危惧種のイノカシラフラスコモ ©Joe Takano

希少種・絶滅危惧種のイノカシラフラスコモ
©Joe Takano

2019年の初夏には、同じく絶滅危惧種水草であるツツイトモが大繁殖。

井の頭池のツツイトモ(2019年6月) ©Joe Takano

井の頭池のツツイトモ(2019年6月)
©Joe Takano

水草が繁茂した井の頭池の様子は、「まるでモネの油彩画のようだ」と、SNSを中心に大きな話題になりました。

©Joe Takano

©Joe Takano

今度のお休みの日には、復活した池の様子を観に、ぜひ井の頭公園へお出かけください。

Profile
Writer
高野 丈 Joe Takano

NATURE & SCIENCE 編集部。身近な自然とそこにすむ生きものの楽しさと大切さを、自然科学メディアと自然観察会、講演活動を通して伝えることがライフワーク。ホームフィールドは井の頭公園。得意分野は野鳥と変形菌。

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