量から質へ。
魚の価値を上げる技法
ゼロから学ぶ、SDGsのこと③
編集/草柳 佳昭
ゼロから学ぶ、SDGsのこと③
2015年に国連で採択された、SDGs(持続的な開発目標)。そのゴール14「海の豊かさを守ろう」では、目標の一つに水産資源の持続的な利用を掲げています。魚をはじめとした水産資源の減少は、世界的に大きな課題です。フランスで日本の伝統技術「活け締め」を広め、魚の付加価値向上に取り組む鮮魚店のオーナー、エルワン・ランシューさんにお話を伺いました。
毎年テレビを賑わせる「今年はサンマが不漁」「シラスウナギが獲れない」といったニュース。
世界の海洋水産資源の状況をまとめているFAO(国際連合食糧農業機関)の調査でも、持続可能なレベルで漁獲されている水産資源の割合は、減少傾向にあると言われています。
いわゆる「獲りすぎ」であったこれまでの水産物の利用のしかたに、転換が求められているのです。
日本でも盛り上がりをみせているSDGs*1のターゲットの中でも、水産資源の持続的利用について具体的に記されています*2。
今回取材させていただいたのは、毎週末、パリの露店マルシェで鮮魚店「レ・ヴァン・ドゥ・ラルジュ(Les vents du large)」を営むエルワン・ランシューさんと森田晃子さんご夫妻。おふたりは、フランスの漁業関係者たちに日本の伝統技術「活け締め*3」を普及させる活動を行なっています。
エルワンさんに、その活動に込められた想いをうかがいました。
*1 SDGs(Sustainable Development Goals)
国連が定めた持続可能な開発目標のこと。2030年までにクリアすべき17の目標(ゴール)と169のターゲット、232の指標で構成されている。
*2 ターゲット14.4
「水産資源を、実現可能な最短期間で少なくとも各資源の生物学的特性によって定められる最大持続生産量のレベルまで回復させるため、2020年までに、漁獲を効果的に規制し、過剰漁業や違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び破壊的な漁業慣行を終了し、科学的な管理計画を実施する。」
*3 活け締め(いけじめ)
魚を漁獲した後に行われる処理方法の一つ。後述の明石浦漁協では、手鉤(てかぎ)を打ち込んで活魚を脳死させた後、動かなくなった魚の背骨をエラから包丁を入れ断ち切って血を抜き、さらに尾びれの付け根からワイヤーを差し込んで背骨の上側を通る神経を抜く、という方法で行われる。この作業によって、死後硬直の時間を遅らせ鮮度を保つことができると言われており、自然死(野締め)した魚より高値で取引される。
まずお二人の営む魚屋さんについて教えていただけますか?
2007年から、この週末のマルシェ11区と16区で魚屋を営んでいます。
生き物と関わり販売する立場として、自然の声に耳を傾けていないとできない仕事です。私たちは、自然の恵みを提供しており、マルシェで購入するお客様たちにも「旬」を楽しんでいただきたいと思っています。
現在フランスの漁業が抱えている問題はどんな点でしょうか?
海で魚が獲れてから、みなさんが魚屋で一尾の魚を購入するまでには、さまざまな業者が関わっています。漁師、競り売り業者、海産物仲介人、運送業者、問屋業、魚屋と、少ない場合でもこれだけあります。各々の品質管理を徹底させるのは大変困難です。
そうした背景からフランスで「活け締め」を普及しようとお考えになられたのですか?
その通りです。「活け締め」を活性化させるための一つのツールとして、フランスでのモデルケースになれればと思っています。フランスではまだまだ知られていない技術ですので、今後はそのための予算化に期待しています。
私たちの願いは、現在の漁師が新しいノウハウを学ぶことで将来的にも職業を続けていけること。また、学校を卒業して漁師になる若者たちにとっても、新技術への関心は高いことでしょう。
そもそも「活け締め」との出会いは何だったのでしょうか?
縁があって、兵庫県にある明石浦漁港の方々と出会って知りました。明石浦では、活魚でセリが行われるのが基本で、漁協の方や仲買さんの活け締めの技術がとても高いんです。
日本人でも活け締めについてよく知らない方は多いのではないでしょうか? 調理された魚が皿の上に盛り付けられるまでに、どの段階で命が断たれたのかという点はあまり意識されていないかもしれませんね。
日本とフランスで「活け締め」の定義に対する見解の違いはあるのでしょうか?
漁師が釣った活魚を船上で脳死させて「活け締め」であると言って魚の値段を上げようとする悪どい手口もあります。フランスでまだまだ知られていない技法を正しく理解してもらうには、その規定や基準を築いていかないとなりません。
日本では、釣った魚の中から「活け締め」に適した魚を選別します。そのためには、魚を選ぶための基準がないといけません。
活け締めを普及させるには団体組織も巻き込んだ目標が必要ですね。
そうです。漁師も仲介業者も魚屋も「最高の魚介を届ける」という意識を高めないとなりません。しかし、冒頭でも申し上げたように漁師から消費者に渡るまでの業者の品質管理を統一することは困難ですので、従来の流通モデルに「活け締め」された魚を落とし込むことは不可能です。
そこで、私たちはブルターニュ地方の漁業団体と連携して、「活け締め」のマニュアルを制作しようと検討中です。しかし、技法をラベル化させるのであれば、品質管理書や同意書などが必要になり、誰が管理して出資するのかなど課題はたくさんあります。
さらに、日本では技術がとても高いので「活け締め」であることで消費者にとって付加価値が高まりますが、フランスでは「活け締め」のレベルがまだ安定していないので、そうした訳にはいきません。
どんな条件が関係者の方々に求められるのでしょうか?
最高の状態で活魚を競り売り場まで運べる理解ある漁師、そして競り売り場では、魚の状態を最高に保つための生け簀が必要です。連携した作業を営むには、コミュニティーを強化していかないとなりません。
まさしく、漁師と魚屋にとっての衛生や品質の基準を管理し、漁業に関連する組織にギャランティーを保証することのできる競り売り業者の役割が大切になるのです。
個人レベルではなくコミュニティーの力がないと「活け締め」を浸透させていくことは到底できないでしょう。幸いにも、ブルターニュ地方にあるサン・マロ港の競り売り業者で新たに就任した代表者が理解ある方なので、プロジェクトを前向きに捉えてくださっています。
プロジェクトの実現に向けて具体的にどんな活動をされているのですか?
キブロン港 、ロリオン港やサン・マロ港で、漁業関係者に向けた「活け締め」の実演をしています。参加者には、競り売り業者や漁師の他に、漁港の管理代表者、漁業組合代表者もいらっしゃいます。
「活け締め」をした鮮魚の鮮度や美味しさは、試食して初めて実感できるものです。定期的ではありませんが、先日も明石浦港からいらした中谷さんによる「活け締め」の実演をロリオン港とサン・マロ港で行いました。
「活け締め」への関心が高い方と接点を持ち、調理士・サービスの育成学校や、将来の漁師を育成する海洋学校の生徒たちに向けた技術のプレゼンテーション、在フランス日本大使館でのデモンストレーションなど、さまざまなアプローチがあります。
美味しさを実感できるのは大切ですね。さらにどんな提案や戦略を考えていらっしゃいますか?
競り売りから購入した魚介を運ぶ方法です。すでに活け締めされた魚の輸送は2℃の冷蔵でも大丈夫ですが、活魚を入れた水槽は水温を調整できないとなりません。
都心まで運送できる小型トラックを手配しています。水は重量がかさみますので運送費用にも影響してきますし、保管する経費なども考慮すると「活け締め」された魚を適正な価格に保つ戦略を考えないといけません。
漁の方法としては一本釣り、延縄(はえなわ)漁*4など手法があるのですが、高品質の魚を競りまで運ぶには、魚を速やかに引き上げることが必要です。
そうなると船上での漁師の作業は増えますので、高品質の活魚を得るための水揚げ量は、自ずと少なくなります。そのため労働力、燃料、船の維持費などの経費とのバランスを考慮すれば、魚の価格も高くなります。
こうして全容を理解していくと、「活け締め」は競り売り業者の業務の一貫として取り入れられて管理していくのが最適であると思います。私たちがイニシアチブを取るものの個人のプロジェクトではなく、組織団体として着手していくべきです。漁師も競り売り業者も同じ理解を育んでいくことが大切に思われます。また、日本からの後援がいただけるとなおさら嬉しいですね。
*4 延縄(はえなわ)漁
漁に使用する延縄は、中心となる1本の長い幹縄から、釣り針のついた枝縄が等間隔でたくさん伸びている構造。網による漁獲に比べて、魚を獲りすぎない漁法とも言われる。
「活け締め」は技術を超えた生命への問いでもありますね。
フランスでも、食料となる動物がどのように屠殺されているのか、毎回の食事で考えて食べてはいません。
首を切られた鶏はそのまま駆け出します。脳がなくなっても神経が働いているからです。魚を活け締めにする場合、先に脳死させても尾やエラが動きます。
見慣れていない人たちにとっては、残酷であるように思えますが、自然死させることに比べて生き物にとっては長時間苦しまずに死ねるのです。この現実を専門家と消費者の双方にきちんと伝えるのは、実際とても難しいです。
ビジネスだけに着眼した「活け締め」は意味がありません。しかし「活け締め」の正しい理解をすれば、さらにビジネスにも利益が出るのに、煩(わずら)わしい作業をするより現況維持でよいと思う人たちが多いのも現実です。
ご自身の活動と関係して、資源問題をどう捉えていますか?
10年前まではランジス(イル・ド・フランス圏に位置する生鮮食品公益市場)で魚を購入していましたが、年々種類数が少なくなり、品質が落ちています。姿形が良くないのに値段は上がる一方です。
私たちのような小さな規模の魚屋が他と差をつけるには、品質の向上に着眼するべきでしょう。漁港の競りで目利きをして仕入れることだと思います。仲介業者を減らすことで、ロジスティクスも見直され、高品質の魚を妥当な料金で販売可能にします。
ターゲットを絞った提案が競争力を持ち、あらゆる改善に繋がっていくと信じています。そして理解してくださる顧客に「活け締め」を定着させていくことです。
活け締めされた魚の美味しさが認知されて普及していけば、魚の付加価値が上がっていきますよね。そして先ほど申し上げたように、「活け締め」の魚を売るためにはとても手間暇がかかるので、自ずと漁獲量は少なくなっていきます。
適正な価格がつくことで、魚をたくさん獲らなくてもビジネスが成り立つようになっていけば、水産資源の問題に貢献できるかもしれませんね。
さらに、最終的には漁師の技量も向上させ、ひいてはコミュニティーレベルで成長できるのはないでしょうか。
最後に、将来に向けたお考えをお聞かせいただけますか?
どんな生き物にも、生まれ持った質と生命力があるように、どのように生かすか、どんな状態に持っていくのかは、それに関わる人たちの手にかかっているのだと思います。
関わるのであれば、最高の場と状態で死なせてあげることが責任だと思っています。
ジャーナリスト。翻訳・通訳家。東京生まれのパリ育ち。インテリア、プロダクト、環境デザイン Ecole Camondo 卒業。建築、デザイン、アート、産業、工芸などの「ものづくり」の現場を横断的に考察し、日本とフランスの専門誌に寄稿。フランス人間国宝のプロデュースとコンサルタント業も行う。「パリのマルシェで『活け締め』された鯛に舌鼓を打ち、絶句。
編集者。1989年生まれ、横浜市出身。国際基督教大学教養学部卒業。山と溪谷社で書籍編集担当、KADOKAWAでカメラマンとして勤務した後、フリーランスに。図鑑や実用書、Web媒体などの編集・ライティング・撮影を行う。実家は鰻屋さん。