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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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宇宙構想会議 2050②後編

宇宙構想会議 2050 ②

ALE 岡島礼奈と描く青写真
 
ゲスト
小野 雅裕さん(後編)

構成・文/久保田 和子 写真/川合 穂波(amana)

©NASA/JPL-Caltech

ALE(エール)代表の岡島礼奈さんが、各分野の識者に尋ねて未来の青写真を描くシリーズです。第2回のゲストは、NASA JPL(ジェット推進研究所)の小野雅裕さん。2021年2月18日、火星のジェゼロ・クレーターへ着陸が予定される「マーズ2020ローバー」を題材に、科学の可能性や宇宙論の未来にまで話が及びました。

宇宙人と人類が接触したら?

>>宇宙構想会議 2050 ②(前編) からの続き

2019年12月、NASA JPLで行われた「マーズ2020ローバー」の初走行テスト。ローバーのサイズは長さ3m、幅2.7m、高さ2.2mあり、通常の自動車よりひと回り大きい
First Drive Test of NASAs Mars 2020 Rover
©︎NASA/JPL-Caltech

岡島 今年7月に打ち上げられる「マーズ2020ローバー」で火星に生命の痕跡を探るというお話でしたが、これから宇宙で生命は見つかると思いますか?

小野 宇宙に他の生命はいると思いますが、今でも出会えていません。地球外知的生命体からのコンタクトは「待つ」ことしかできないので、どうすることもできませんから。

岡島 私たちが受け身でコンタクトを待つということは、地球外知的生命体のほうが私たちよりも文明が発達しているじゃないですか。それって、怖くないですか……もし、彼らが地球に来たら?

小野 来たらディスラプティブな(disruptive:既存の価値観をひっくり返すような)変化ですよね。今まで一生懸命、サイエンティストが考えてきたことの答えがもうあるわけですから。サイエンティストはみんな失職しちゃいますよ。

岡島 確かに!(笑)

小野 これまでサイエンティストの仕事は真理の追求だったのに、宇宙人が来た途端、彼らが発見した研究の解釈になるとすれば、ちょっと寂しい。いまだ子どものような人類に「全部の答えを教えてしまうのはかわいそう」だからって、僕たちを賢く育てるためにスルーし続けてくれているのかもしれません(笑)

岡島 そうか、「ちょっと彼らを育ててみよう」みたいな感じで。ちょうど『三体』(劉 慈欣 著)という中国のベストセラーSF小説でも、そういったテーマが描かれていたのでオススメですよ。


100年以上のタイムスパンを考える

小野 未来に何が起こるかということを予測することは、意外と簡単なんです。

岡島 えっ、そうなんですか?

小野 人のイマジネーションはいずれ実現するからです。物理法則に反しない限り、「こんなこといいな、できたらいいな」はいつか実現します。ですが、それが「いつ起こるか」を予想することは非常に難しい。例えば、いずれ火星に街ができるでしょう。でもそれは数十年後かもしれないし、数百年後、数千年後かもしれない。

岡島 確かにそうです。私たちが小学生のときに描いていた21世紀って、こんな感じの21世紀じゃなかったですよね。

小野 アポロ計画のとき、月面を踏みしめた乗組員たちは、2020年にもなってそれから1度も人類が月に行っていないなんて、誰一人として想像していなかったと思うんですよ。

岡島 電卓が何十万円もした時代、すでに人類は月へ行けたというのに。

小野 ここ10〜20年のイノベーションの中心がとかく「IT」だったので、イノベーションのタイムスケールが短くなりすぎている気がします。ITでは資金を大規模に投下してプログラムさえすれば、どんなことでもできるんです。


小野 しかし、「宇宙」はそうはいきません。例えば今、火星に出発したとしても、到着するのには最短でも6〜7カ月かかる。火星と通信するのにも、最低で片道4分はかかります。系外惑星まで片道30光年だとしたら、30年かかる。これは物理法則としてどうしようもないことです。宇宙というのは、資金を投下すれば早められるものではないんですね。

岡島 私は天文学出身なので、「100年後」と聞いても長いと思えないんですよ。

小野 だけど、人間の一生は延びないですからね。これまでの文明の歩みでは、人の一生にフィットする程度のスパンで物事を動かしてきました。会社であっても、投資家が生きている間に回収できる仕組みがあるからビジネスが回るわけじゃないですか。今投資して「100年後、ひょっとすると500年後にリターンがあります」と言われても、普通は困りますからね。

岡島 本当にそうです。

小野 今後、深宇宙の探査などで文明のゴールがさらに増え、タイムスパンが長くなったとき、現在のタイムスパンで経済を回していたら、どこかで行き詰まるはずです。人の考え方、世の中の仕組み、お金の流れなど、これまでのスパンより長い軸で考えられるようになるかが問われると思います。

岡島 例えば、アインシュタインがいたことで世の中に起こったブレイクスルーはとてつもない。でも、アインシュタインがお金持ちになったかと言えば、そうではないです。今の社会の考え方を見つめ直すと、このようなギャップを埋められるのかな。

小野 やっぱり、もっとロングスパンで人間の才能や活動を最適化する仕組みが必要になりますよね。

岡島 2050年になったら、それはもう出てきていますかね?

小野 産業革命が200年前だということを考えても、2050年ではまだ早いと思いますね。100年スケール、1000年スケールで、長いタイムスパンと人間の活動を調和させるような社会の仕組みが出現していたらいいなと思います。


科学と哲学の境界線を行く

岡島 そのほかに、未来へ向けた課題はありますか?

小野 人類にとって根源的な問いは、大きく2つあると思うんです。1つは「宇宙」そのものを巡る問題。「宇宙はなんであるのか」「どうやってできたのか」「そこに生命はあるのか」などという問いです。

岡島 なるほど。

小野 もう1つは、人間の「意識」の問題になるのではないかと思います。「なんで自分は存在するのか」というような。例えば、「僕がどうやって岡島さんを、岡島さんとして認識するか」といった人間の表層的な機能の部分は、もうニューラルネットワークでだいぶ再現できるようになったじゃないですか。

小野 そうではなくて、宇宙をただ「美しい」と認識することも「意識」ですよね。

岡島 主観的なものですよね。

小野 宗教的な魂は仮定しないとして、純粋にそういう「主観的体験」が、どうやって脳の電気回路から生まれてくるのか。これはまったくの未解決問題です。これは科学で扱える問題なのかすらもわかりません。

岡島 でも、この話がどう宇宙に繋がるんですか?


小野 こうも考えられませんか。「意識」をないものとした時点で、宇宙の存在がなくなる。つまり、どんなに宇宙に美しいと思えるものがあったとしても、それを主観的に認識する意識がなかったら、存在しないのと同じです。

岡島 物理学の世界で言う「観測者」のことですね。

小野 つまり、宇宙を存在させ続けているものこそ「意識」だということになります。もし、私たちが宇宙に存在する唯一の意識だとしたら、私たち自身が存続することが、「宇宙が存在すること」や「宇宙を守ること」に等しいということになります。

岡島 うーむ、深い!

小野 これを僕の研究テーマのAIに当てはめると、では「AIに意識はあるのか、ないのか」ということになります。例えば、最近読んだ『Life 3.0』*1 という本にあったのですが、いずれ人類が滅びてしまい、人類の子孫がAIだけになってしまったとき。AIに意識があればいいのですが、もし、AIに意識がなかったら、それは宇宙がなくなることに等しいということにつながってしまうわけなんです。

岡島 そうですよね。意識がなければ、「観測」という行為ひとつとっても問題がありますから。

小野 量子力学の「観測」の概念とつながりますよね。量子論では、波動関数*2 は観測されると収縮*3 する。つまり、世界の不確定なものは誰かに「見られた」ときに消失する。じゃあ、「誰」が見たらそれが起こるのか? 観測者が人間だったら収縮するのでしょう。でも、それが誰も見ていないカメラだったら? 見ているのが人間ではなくAIだったら?

岡島 観測の概念的なものは分かりますけれど、定義ってよく分からないですもんね。結果を求めてふたを開けて、見る。その「ふたを開ける行為」とは何なのか。こういうことにも定義づけが必要になりますから。

小野 まさに、科学と哲学の境界領域の問題ですよね。

*1 『Life 3.0』

副題は「Being Human in the Age of Artificial Intelligence(人工知能時代に人間であること)」。著者は、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授で、物理学者・理論物理学者のマックス・テグマーク(Max Tegmark)。ボストンを拠点とするボランタリーな研究組織「フューチャー・オブ・ライフ・インスティテュート(Future of Life Institute)」の共同創設者でもある。

*2 波動関数

量子論における状態(いくつかの異なる状態の「重ね合わせ」で表現される)を表す関数。複素関数(複素数値の関数)となる。

*3 波動関数の収縮

初めはいくつかの状態の重ね合わせであった波動関数が、「観測」すると観測値に対応する状態に変化し、ある1つの状態に収縮すること。波動関数の崩壊。

火星でサンプルを採取する「マーズ2020ローバー」のコンセプトCG ©︎NASA/JPL-Caltech

火星でサンプルを採取する「マーズ2020ローバー」のコンセプトCG
©︎NASA/JPL-Caltech


サンプルを採取する「マーズ2020ローバー」のCGアニメーション
©︎NASA/JPL-Caltech

岡島 火星からサンプルが帰って来る頃には、小野さんのお子さんも中学生ですね。新しいローバーの名前はもう決まったんですか?

小野 アメリカの学生たちに名前の候補と、その名前の由来を作文にして提出してもらったんです。その中からセレクションにかけられ、最後はファイナリストへの投票で新しいローバーの名前が決まるんですよ。先日、ファイナリストに残った9つの案への投票が終わりました。この記事が出る頃には発表されているかもしれません。

岡島 どんな名前が付けられるのか、とても楽しみです!

歴代の火星探査機の降下地点を記した火星の地図。2021年、この地に降り立つ予定の「マーズ2020ローバー」には、どんな名が与えられているのだろう ©NASA/JPL-Caltech

歴代の火星探査機の降下地点を記した火星の地図。2021年、この地に降り立つ予定の「マーズ2020ローバー」には、どんな名が与えられているのだろう
©NASA/JPL-Caltech

対談の最後には、二人とも同年代のお子さんを持つ親の顔になって、サイエンスが輝かせる未来について想いをはせていた。

子どもたちが生きる世界が、今よりも良き世界になりますように。
岡島さんと小野さんを突き動かす、本当の原動力は、そこにあるのではないだろうか。
そう、この二人の親の顔に思った。



Profile
Interviewer
岡島 礼奈 Lena Okajima

1979年鳥取県生まれ。株式会社ALE 代表取締役社長/CEO。東京大学院理学系研究科天文学専攻、理学博士(天文学)。卒業後、ゴールドマン・サックス証券戦略投資部で債券投資事業、PE業務などに従事。2009年より新興国ビジネスコンサルティング会社を設立、取締役。2011年9月に株式会社ALE設立。世界初となる「人工流れ星」プロジェクトに挑戦している。
http://star-ale.com

Writer
久保田 和子 Kazuko Kubota

バリスタ。フリーライター。「地球を眺めながらコーヒーが飲める場所にカフェを作りたい」その夢を実現するために、STARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYOでバリスタをしている。本サイトで「バリスタの徒然草」を連載中。「小野さんは『革命は出会いから生まれる』と著書に書いた。彼のように夢を語り、それを描く力のある技術者と、岡島さんのように初心を守り、宇宙と社会を繋げていきたいと願う経営者の出会い。誰にも流れ星に願いたくなるような夢を抱かせ、想像できなかったような革命が起きるカウントダウンが始まったのかもしれない」
http://bykubotakazuko.com

Photographer
川合 穂波 Honami Kawai

amana所属。広告写真家と並行して作家活動を行う。「過去に想像されていた未来と現在、またこの先の未来について、お子さんのいらっしゃるお二人のお話を聞いていて、自分の過去・現在・未来にも思いをはせました。先の見えない不安もありますが、自分のやっていることが、誰かの未来をちょっとでも良くしたら嬉しいです」
https://amana-visual.jp/photographers/Honami_Kawai

Editor
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「1年前、第1回の記事が掲載されたころに比べて大きく前進したALEのプロジェクト。『マーズ2020ローバー』の報道も、日々更新されていきます。まさに日進月歩の宇宙開発。2020年は本連載も次々と新たなゲストを訪ねる予定です」

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