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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
Feature

特集

生きている力

生きている力

生きものの知恵と
観察家たちの目

文/渡辺 政隆


© TOSHIAKI ONO/a.collectionRF /amanaimages

生きものたちはみな、人でいうところの「知恵」をもって巧みに生きています。それは「科学」が発展途上だった時代から、ひたむきな目をもつ歴代の観察家たちによって発見されてきました。科学史、サイエンスコミュニケーション、進化生物学を専門にする渡辺政隆先生もまた観察家の一人として、生きものが生きるうえでの「知恵」と、それにまつわる「科学」の道すじを考察します。

蝶の生まれるところ

かつて都心で暮らしていたとき、ベランダに鉢植えのレモンを置いていた。何気なく位置をずらしたところ、葉陰で憩うアゲハチョウの終齢幼虫を発見。街中の住宅街の片隅にまで目配りをして産卵するアゲハチョウの健気さに感動した。

アゲハの終令幼虫。においを放つ黄色い角を出して威嚇(いかく)している © shinkai takashi/Nature Production /amanaimages

アゲハの終令幼虫。においを放つ黄色い角を出して威嚇(いかく)している
© shinkai takashi/Nature Production /amanaimages

古代ローマの博物学者プリニウスが編纂した『博物誌』(77年)には、蝶は朝日に温められた朝露から生まれるとの記述があるという。日本の伝説では、蝶は人の霊の化身だとされていた。幼虫かさなぎを経て成虫となる変態と輪廻転生とのアナロジーともとれる。


蝶をめぐる逸話といえば、中国・戦国時代の思想家である荘子の説話 “胡蝶の夢*1 ” を思い出す。これも霊魂を蝶になぞらえたものだが、虫けらと己を同体と見なす発想は、霊をDNAと読み替えて、生命の本質は同質であることを見抜いたものと言いたくなる。

ただし今は21世紀。蝶の産卵を朝露になぞらえるのはレトリックとしてしか許されない。アゲハチョウは、柑橘類の葉に含まれる10種類の化合物の組み合わせを感知して産卵する。これを19世紀イギリスの詩人、ジョン・キーツ(1795-1821)ばりに、科学のせいで詩情が奪われたと嘆く御仁ももはやいない。

アゲハには春に羽化する春型と夏に羽化する夏型があり、夏型のほうが大きく羽の黒い割合が多い © TOSHIAKI ONO/a.collectionRF /amanaimages

アゲハには春に羽化する春型と夏に羽化する夏型があり、夏型のほうが大きく羽の黒い割合が多い
© TOSHIAKI ONO/a.collectionRF /amanaimages

*1 胡蝶の夢

夢と現実が区別できないことのたとえ。また、人生のはかないことのたとえ。中国・戦国時代の思想家である荘子が、胡蝶になった夢を見て目覚めた後、自分が胡蝶になったのか、胡蝶が自分になったのか区別がつかなくなったという『荘子:斉物論』の故事に基づく。


「サイエンス」を思う

科学、英語で言うサイエンスの本来の意味は、語源的には「知ること」であり、それが「知識」という意味に転じた。オーストリア出身の思想家・歴史家、イヴァン・イリイチ(1926-2002)は、立ち返るべきサイエンスの原点として、12世紀の神学者である聖ヴィクトルのユーグ(1096-1141)の名を出している。

「ユーグのサイエンスは,真理を発見してそれを公刊する目的でなされる純粋な血の通わぬ探求ではない。(中略)サイエンスについて第一に強調されねばならないことは,人間の弱さへの救済の試みということであって,自然を統御し,支配し,征服して,それをにせの楽園に変えてしまうことではない。」
『シャドウ・ワーク―生活のあり方を問う』I. イリイチ 著、玉野井芳郎・栗原彬 訳(岩波書店)より

『シャドウ・ワーク―生活のあり方を問う』I. イリイチ 著、玉野井芳郎・栗原彬 訳 (岩波現代文庫)

『シャドウ・ワーク―生活のあり方を問う』I. イリイチ 著、玉野井芳郎・栗原彬 訳 (岩波現代文庫)

もともと、森羅万象について知りたいという衝動に突き動かされた知的営為は哲学の一部だったのだ。たとえば、かのアイザック・ニュートン(1642-1727)は、自身の学問を自然哲学と呼んでいた。それを研究するものは自然哲学者である。

サイエンスという語が、今で言う「科学」を意味するようになったのは、19世紀になってからのことだ。ただしその時代にあってもチャールズ・ダーウィン(1809-1882)は、自身をナチュラリストと呼んでいた。研究領域としてはナチュラルヒストリー(日本語では博物学、自然史学、自然誌などと訳される)である。


ニュートン力学*2 は、宇宙は神が定めた法則に従って動いているとのテーゼの下、自然法則の解明を目指した。ダーウィン以前の自然史学の目標も、生物界の諸現象に創造主が定めた自然の摂理を見出すことにあった。

レモンの木に産卵するアゲハ。チョウは前脚に味覚を司る感覚毛があり、葉を前脚で触り食草かどうかを確認する © ito fukuo/nature pro. /amanaimages

レモンの木に産卵するアゲハ。チョウは前脚に味覚を司る感覚毛があり、葉を前脚で触り食草かどうかを確認する
© ito fukuo/nature pro. /amanaimages

たとえば動物の行動。プリニウスはともかく、虫の観察家なら、科学などという言葉がまだない頃から、アゲハチョウが灌木(かんぼく)のあいだを飛び回りながら、葉にとまっては、前脚をトントンと動かす行動に気づいていたはずだ。その行動の意味を探るには、化学刺激という概念が必要だし、それ相応の分析装置なども必要となってくる。つまり観察から答にたどり着くには、知識の進歩を待たねばならない事案は多い。

ならば、「科学」の発達を待たなければ何も説明できないのかといえばそんなことはなかった。虫の行動でいえば、かの博物学者アンリ・ファーブル(1823-1915)の『昆虫記』を思い出すがいい。

『完訳 ファーブル昆虫記(全10巻20冊)』ジャン=アンリ・ファーブル 著、奥本大三郎 訳(集英社) 『昆虫記』は多くの出版社から翻訳書が刊行されている

『完訳 ファーブル昆虫記(全10巻20冊)』ジャン=アンリ・ファーブル 著、奥本大三郎 訳(集英社)
『昆虫記』は多くの出版社から翻訳書が刊行されている

*2 ニュートン力学

ニュートンの運動3法則(慣性の法則・運動方程式・作用反作用の法則)と万有引力の法則に基づいて組み立てられた力学体系。相対論的力学や量子力学に対していう。


生きるための知恵

ファーブルは、たとえば狩りバチが獲物を捕らえ、あらかじめ用意した巣の中に運び込むさまを観察し詳述している。特に、毒針を獲物の急所に過(あやま)たず刺し込んで麻痺させ、安全な部位に卵を産み付ける本能的行動のすごさは、何度読んでも驚嘆させられる。博物誌的観察の真骨頂といえるだろう。

ただしそうした本能的行動の説明原理は、その後大きく様変わりした。ファーブルは、同時代人だったダーウィンの進化理論に対する反動として、本能の不思議を強調しすぎたきらいがあった。機械的な試行錯誤の繰り返し、還元的な説明原理で精妙きわまりない行動を説明することに耐えられなかったのだろう。

狩りバチのクロアナバチが獲物を巣穴に運ぶ © yasuda mamoru/Nature Production /amanaimages

狩りバチのクロアナバチが獲物を巣穴に運ぶ
© yasuda mamoru/Nature Production /amanaimages

一方、やはり卓越した自然観察家だったダーウィンは、複雑精緻な行動も、もとを質せば単純な行動から発達したにちがいないと考え、進化理論に到達した。ファーブルが首をかしげた、本能の完璧さを損なう、人間の目には間抜けに見える通り一遍の行動こそが、進化の道筋を明かす動かぬ証拠だと見抜いたのである。

オランダ生まれでイギリスに移住した動物行動学者、ニコ・ティンバーゲン(1907-1988)は、ツチスガリという狩りバチの造巣行動を観察した。ツチスガリというのは、ミツバチやコハナバチといったハナバチ類を狩る狩りバチである。

狩った獲物は毒針を刺して麻痺させ、地面に掘った穴に隠して卵を産み付ける。ツチスガリの雌は、あらかじめ巣穴を掘っておいてから狩りに行き、獲物を持ち帰って巣穴に隠す。そのとき、雌バチは何を目印にして巣穴を見つけるのか。それを確かめるために、ティンバーゲンはエレガントな実験をした。

コハナバチを狩って帰巣したナミツチスガリ  © fujimaru atsuo/nature pro./amanaimages

コハナバチを狩って帰巣したナミツチスガリ
© fujimaru atsuo/nature pro./amanaimages

ティンバーゲンは、ハチは視覚的な目印で巣穴を覚えるに違いないと考えた。そこで、造巣中の巣穴の周りを松かさで取り囲み、雌バチが狩りに出かけた隙に偽の巣を作ってみた。すると獲物を持ち帰った雌バチは、はたせるかな偽の巣に舞い降りた(下図)。雌蜂は、巣穴を取り囲む松かさで、巣穴の位置を記憶していたのだ。(ティンバーゲンは何度も実験を繰り返したほか、においなど、別の要因が手がかりとなっている可能性を探る実験も試みた上で、最終結論を出している。)

ティンバーゲンによる実験の図 『好奇心の旺盛なナチュラリスト』ニコラース・ティンベルヘン 著、安部直哉・斎藤隆史 訳(思索社)より引用

ティンバーゲンによる実験の図
『好奇心の旺盛なナチュラリスト』ニコラース・ティンベルヘン 著、安部直哉・斎藤隆史 訳(思索社)より引用

ティンバーゲンは、他にもさまざまな動物を用いた巧みな実験によって、動物の精妙な行動も、本能的にプログラムされた刺激反応システムによってコントロールされていることを証明した。


ハーヴァード大学の大学院生だったドナルド・グリフィン(1915-2003)は、1944年にコウモリの反響定位(エコロケーション)を発見した。暗闇の中、障害物を巧みに避けて飛ぶコウモリは、バンパイア伝説も宜(むべ)なるかなの謎に満ちた動物だった。それが、超音波による反響定位という「超能力」を駆使していることが、科学の目で明かされたのだ。かくしてグリフィンは、若くして動物行動学の大家となった。

トビイロホオヒゲコウモリ。昆虫などを食べる小型コウモリは、口から出した超音波がものにぶつかった反響を受け取り、ものの位置を測るエコロケーションの能力をもつ © Minden Pictures/Nature Production /amanaimages

トビイロホオヒゲコウモリ。昆虫などを食べる小型コウモリは、口から出した超音波がものにぶつかった反響を受け取り、ものの位置を測るエコロケーションの能力をもつ
© Minden Pictures/Nature Production /amanaimages


生きものの「思考」

ところが70年代後半、60歳を過ぎたグリフィンは動物の「心」を探る認知エソロジー(動物行動学)の研究に乗り出した。たとえば葉を紡ぐハキリアリの行動は、神経の機械的な信号伝達だけでは説明できない。要所要所で個々の働きアリが「思考」をめぐらせているとしか思えないといったようなことを公言するようになったのだ。

葉を紡いで巣をつくるツムギアリ。働きアリがアゴや脚をつかって葉を丸めて組み合わせ、幼虫が出す糸で固定する © NPL/amanaimages

葉を紡いで巣をつくるツムギアリ。働きアリがアゴや脚をつかって葉を丸めて組み合わせ、幼虫が出す糸で固定する
© NPL/amanaimages

グリフィンの言動は、時代錯誤の擬人主義だとの批判を招いた。しかしどうだろう。たしかにグリフィンの物言いは擬人主義的なところもあった。しかし、動物は、まだまだわれわれには予想もつかない能力を用いている可能性を否定してはいけないという警句として受け取ることも可能である。「思考」の中身を探ることこそが、科学に託された使命なのである。

これまでも、科学者の好奇心に突き動かされた探求により、見逃されていた細部に科学の光が当てられ、驚きのメカニズムが見つかってきた。しかしそれは、決して一足飛びに進化した能力ではない。生物界のあちこちで利用されてきた能力が、ある意味で継ぎ接ぎ(つぎはぎ)される形で進化してきた能力なのだ。これぞ、ダーウィンの説明原理にかなった発見である。

新たな発見を可能にしたのは測定装置の進歩だけではなかった。理論面、われわれの見方の進展も大いに貢献している。


他者への献身と遺伝子

ダーウィンは、社会性昆虫などに見られる利他行動の進化は、自然淘汰説では説明できないと考えた。社会性昆虫であるアリ、ハチ、シロアリなどのコロニーには、自分は繁殖せずに妹や弟の世話をするワーカー(働きアリ、働きバチ)と呼ばれる個体が存在する。自分の子孫を残すことこそが生物の至上命令であると考えていたダーウィンは、それらワーカー個体の存在をついに説明できなかったのだ。

しかし、イギリスの進化生物学者、W・D・ハミルトン(1936-2000)は、そのような利他行動も、自然淘汰説と矛盾することなく血縁淘汰説によって説明できることを1964年に明らかにした。

血縁度、あるいは同一遺伝子の共有率で計算すると、自分が繁殖して子どもを作るよりも、繁殖せずに弟妹の世話をしたほうが、より多くの子孫あるいは遺伝子を残せる場合がある。その典型が、社会性昆虫のワーカーの存在であることを、理論的に解明し、ダーウィンが悩んだ難問をみごとに解決したのだ。

むろん、ワーカー個体が自分と弟妹の血縁度を計算して行動しているわけではない。自然淘汰により、そのような行動をとらせる遺伝的な特性が選択された結果、そうなっているのだ。

巣の引越しの際に、かいがいしくさなぎをくわえて運ぶオオズアリ © Masafumi_Kimura /amanaimages

巣の引越しの際に、かいがいしくさなぎをくわえて運ぶオオズアリ
© Masafumi_Kimura /amanaimages


また、動物の行動を経済効率、ゲーム理論の観点から計算すると、きわめて合目的な行動であることが見えてくる。ファーブルが感嘆した行動もそれに類する。これを目的論で説明したのでは、科学は一気にアリストテレスの時代に逆戻りしてしまう。ダーウィン進化理論の教えでは、少しでも有利な資質が選択された結果の集積として説明する。

ダーウィンは、1882年4月19日に亡くなる前年の10月に、最後の著書『ミミズによる腐植土の形成』を出版した。その主題は、ミミズが土を耕して循環させる活動が長期的に及ぼす効果にあった。あのちっぽけなミミズが、それなりの「思考力」をめぐらせながら、せっせと大地を耕しているというのだ。

「広い芝生を見て美しいと感じるにあたっては、その平坦さによるところが大きいわけだが、それほど平坦なのは、主としてミミズがゆっくりと均したおかげであることを忘れてはいけない。そうした広い土地の表面を覆う腐植土のすべては、何年かごとにミミズの体内を通過したものであり、この先も繰り返し通過することを考えると不思議な感慨に打たれる。鋤は、きわめて古く、きわめて有用な発明品である。しかし人類が登場するはるか以前から、大地はミミズによってきちんと耕されてきたし、これからも耕されていく。」
『ミミズによる腐植土の形成』チャールズ・ダーウィン 著、渡辺政隆 訳(光文社古典新訳文庫)より

『ミミズによる腐植土の形成』チャールズ・ダーウィン 著、渡辺政隆 訳(光文社古典新訳文庫)

『ミミズによる腐植土の形成』チャールズ・ダーウィン 著、渡辺政隆 訳(光文社古典新訳文庫)

地球上の生命はみな、生きるためにそれぞれの「知恵」をはたらかせてきた。しかも、単独では生きてゆけない。そのことを、今こそ噛み締めるべきだろう。

© arc_image_gallery /amanaimages

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(この記事は、別冊日経サイエンス206『生きもの 驚異の世界』(渡辺政隆 編、2005年)に寄稿した「博物誌から科学へ」より改変したものです)

Profile
Writer
渡辺 政隆 Masataka Watanabe

サイエンスライター、東北大学特任教授、日本サイエンスコミュニケーション協会会長。専門は科学史、サイエンスコミュニケーション、進化生物学。著書に『一粒の柿の種サイエンスコミュニケーションの広がり』(岩波現代文庫)、『ダ―ウィンの遺産――進化学者の系譜 』(岩波現代全書)、『ダーウィンの夢』(光文社新書)など。訳書に『種の起源』〈上下〉巻(チャールズ・ダーウィン 著、光文社古典新訳文庫)、『ワンダフル・ライフバージェス頁岩と生物進化の物語』(スティーヴン・ジェイ・グールド 著、ハヤカワ文庫NF)、『生命40億年全史』(リチャード・フォーティ 著、草思社文庫)など多数。

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