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橋を守る技術は、サンゴも救えるか

橋を守る技術は、
サンゴも救えるか

シリーズ・企業探訪⑦
エム・エム ブリッジ

文/箕輪 弥生

©YUHEI KIRYU/a.collectionRF /amanaimages

東京湾アクアライン、横浜ベイブリッジ、明石海峡大橋……日本を代表する名だたる橋を手がけてきた橋梁メーカーのエム・エム ブリッジ。近年、同社が持っている技術を転用したユニークなサンゴ増殖技術の研究が注目を集めています。橋をつくる会社が、どのようにしてサンゴを救う技術を生み出したのでしょうか。

サンゴ礁の海で起きたこと

沖縄の海といえば、色とりどりのサンゴ礁で彩られている美しいイメージですが、今、その海に大きな異変が起きています。それは「白化現象」によるサンゴの死滅です。

実は、サンゴはもともと透明。色がついて見えるのはサンゴの体内に多く棲む「褐虫藻」(かっちゅうそう)という小さな生き物がいるからです。

この藻はサンゴが出す二酸化炭素と太陽の光を使って光合成を行い、サンゴは藻がつくった酸素やエネルギーを利用して成長します。つまりお互いに共棲する関係です。

サンゴはクラゲやイソギンチャクと同じ「刺胞動物」という動物。サンゴの本体はイソギンチャクのように触手がある形で、それが“クローン”をつくり、たくさんの群れになって大きくなる
©YASUAKI KAGII/SEBUN PHOTO /amanaimages

しかし、海水温が30度を超える状態が数週間続くと、サンゴから共生藻が減り始め、透明なサンゴの体の奥の白い骨が透けて見えてしまうのが「サンゴの白化」です。白化したサンゴは酸素やエネルギーを十分得られず、栄養失調状態になり死んでしまうのです。

環境省による2017年6~7月の調査では、9割を超えるサンゴ礁が死滅したという危機的な状況が報告されています。

沖縄県 石垣島・米原のサンゴ白化現象
©kurasawa eiichi/Nature Production /amanaimages


これまでも何度かサンゴが白くなり死滅してしまう白化現象は起こっていましたが、2016年はこれまでになく海水温が高い時期が続き、大規模なサンゴの白化現象が起こってしまいました。

石垣島と西表島の間にある国内最大のサンゴ礁「石西礁湖(せきせいしょうこ)」でもサンゴの7割が死滅しました。

2009年6月7日の石西礁湖(写真提供:エム・エム ブリッジ)

2017年3月4日の石西礁湖(写真提供:エム・エム ブリッジ)

私たちも年々夏の暑さが厳しくなるなど温暖化を意識するようになってきましたが、海の中でも温暖化は起こっていて、日本近海の海面温度は2015年までの100年間で1度以上も上昇。世界平均の倍の温度上昇が記録されています。


海水温上昇による影響は?

海洋生物種の4分の1が生息している「命のゆりかご」であるサンゴ礁が死滅すると、そこを棲み家とした生物たちにも大きな影響があり、漁業の不振にもつながります。

また、海は地球のCO2の約3割に相当する量を吸収する重要な吸収源でもあります。CO2は水温が低いほど水に溶けやすい性質があるため、海水温が上がるとCO2の吸収量が減ってしまいます。

さらに、サンゴが白化するとサンゴの光合成もされにくくなり、これも海のCO2吸収量が減る要因になります。温室効果ガスの一つであるCO2が海に吸収されず大気中に多く留まると、温暖化がますます進むことになります。

気象庁 平成31年2月15日発表資料 海面水温の長期変化傾向(全球平均)
http://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/shindan/a_1/glb_warm/glb_warm.html

このまま海水温が上昇すると、「60年後に日本のサンゴは消滅すると予測される」(環境省会議)など状況は深刻です。


思いがけない発見

サンゴ礁の消失が現実化しつつあるなか、12年前からユニークなサンゴの再生、増殖方法を研究してきた企業が、エム・エム ブリッジ(https://www.mm-bridge.com)です。

三菱重工業の橋梁部門だった同社は、横浜ベイブリッジや明石海峡大橋など、日本を代表する橋を手がけてきた橋建設のオーソリティー。この技術を活用して、近年では津波警報に応じて海底から浮上する防波堤の開発や、波力発電の開発など、防災や環境にも力を発揮しています。

エム・エム ブリッジが建設を手がけた富山県の庄川橋梁
(写真提供:エム・エム ブリッジ)

この橋建設の技術を活かして、20年前から宮古島や竹富島など沖縄の離島で10を超える浮桟橋(うきさんばし)を建設してきました。浮桟橋というのは、海底にアンカーで固定したフロート構造の桟橋のことで、船の発着場などに利用されます。
 
同社の木原一禎さんは橋を設計するエンジニアの一人。2004年、竹富東港につくった浮桟橋の側面に、サンゴが育っていることに気がつきます。

エム・エム ブリッジ株式会社 生産・技術部 木原一禎氏
(写真提供:エム・エム ブリッジ)


「近くのコンクリートで作った護岸にはサンゴが見あたらないのに、どうしてここだけサンゴが育っているのだろう?」

その疑問を追求していくと、どうやら浮桟橋に施したサビ止めの技術がサンゴの生育に関係していることに思い当たりました。

浮桟橋は鉄でできていて、海に浸かっている部分のサビを防止するために「電気防食」*1という技術を適用しています。電気防食とは、金属の性質を利用して電流を発生させるというものです。

微弱電流が通電されている浮桟橋の下部にサンゴが多数活着していた(竹富島・浮桟橋、2006年)
(写真提供:エム・エム ブリッジ)

「微弱な電流がサンゴの増殖や再生に応用できるのかもしれない」。そう考えた木原さんは、東京大学やサンゴの研究機関、防蝕技術の専門企業などとも共同して研究、実証実験を行ってきました。

*1 電気防食

塩や酸など、電気を流す性質のものが溶けた水溶液(電解液)では、物質の中の原子がプラスまたはマイナスの電気を帯びて「イオン」になる。電解液の中に金属を入れると、片方はプラス、片方はマイナスになり、その間で電気が流れる。例えば、鉄とアルミニウムではアルミニウムのほうがプラスのイオンになり、鉄よりも先に溶ける(その結果、鉄が守られる)。この電流の作用で、海中にある鉄の桟橋の腐食を防止(防食)する技術。


微弱電流で1.5倍の成長率に

竹富島の桟橋下部でサンゴが元気に育っているのを確認した木原さんたちは、3種類のサンゴを選んで、桟橋のどの部分で最も生育しているのかを調査しました。そして、電場の影響と生育とが、お互いに関係があることを確認しました。

これをさらに検証するため、2007年から石垣島のウニ礁と呼ばれる海域の海底に「サンゴ生育棚」を4基設置。電気が流れていない棚と、3つの異なる強さの電流を流した棚を製作して、サンゴの生育に差が出るかを調べました。

その結果、「50~100mA/㎡の微弱電場でサンゴが爆発的に育った」(木原さん)ことを確認しました。特にカリフラワーのような形状の「ハナヤサイサンゴ」の成長が早いこともわかりました。

サンゴ棚を設置するところ(写真提供:エム・エム ブリッジ)

海底に設置されたサンゴ棚(写真提供:エム・エム ブリッジ)

サンゴ棚につくサンゴを調査中(写真提供:エム・エム ブリッジ)

これに加えて、環境省の検証試験では、サンゴを移植して通電した場所としない場所とで比較。サンゴの成長速度は、電力が流れている場所の方が1.5倍以上早いことを確かめました。竹富島の桟橋でサンゴが元気に育ったのは偶然ではなかったことが、これらの実証実験によって確かめられたのです。

今ではサンゴの死滅で漁業の不振に悩む漁師さんが「なんとかサンゴを再生したい」と、同社の協力でサンゴ棚を設置するなど、地元での成果にも期待がかかります。


サンゴの卵の着床率が7倍に

海中で鉄のサビを防ぐ防食技術は、サンゴを育てる基盤作りにも利用できるのでは?と、同社は2009年から研究を進めています。

鉄の金網に強い電流を流すと、海水中のカルシウムイオン、マグネシウムイオンが集まり、炭酸カルシウムや水酸化マグネシウムが結晶化して金網全体にくっ付き、タイルのようになります。

こうしてつくられた基盤表面は、サンゴの卵の着床に最適な凹凸を持ち、実験では素焼きタイルに比べ、サンゴの幼生着床が7倍以上に高くなるという結果が出ました。

「サンゴの骨格と同じ炭酸カルシウムであることも、良い影響を与えているのかもしれない」と木原さんは推測します。この基盤作成の技術は、サンゴの成長促進技術とともに、環境省にも実証効果が認められています。

電着作用によって作った着床基盤ですくすく育つサンゴ
(写真提供:エム・エム ブリッジ)

まだサンゴがついていない着床基盤。この凸凹がサンゴの着床を助けているかも?
(写真提供:エム・エム ブリッジ)


海水温上昇にも適応できるか

2016年で海水温が30度を超える状態が続いた結果、沖縄周辺のサンゴ礁で起こった大規模な白化現象。7割が死滅したなか、石垣島近くに設置したサンゴ棚では、4割が白化して死滅したものの、周辺海域に比べると高い割合で生存していました。

「もしかしたら、電場が高い海水温でもサンゴの生存にプラスの影響を与えているかもしれない」と、現在も研究が続いています。

2016年の海水温は、その後の2年のデータより高く推移している。30度を超えている期間は、2016年が最も長く、2ヶ月あまり高水温が継続していたことが分かる。2016年にサンゴが大規模な被害を受けたことが、温度経過グラフより裏付けられた
(データ提供:エム・エム ブリッジ)

高水温の続いた2016年7月に撮影したサンゴ棚。他に比べると生き残ったサンゴが多かった
(写真提供:エム・エム ブリッジ)


サンゴを卵から育て増やしたい

海水温の上昇によって、サンゴがわずか2ヶ月で消滅し、海がガレキの山になるのを目の当たりにした木原さんたち研究チーム。サンゴの成長促進だけでなく、再生についても急を要すると考えています。

しかし、従来から行われてきたようなサンゴの親株の破片を移植する方法は着床率も低く、母礁にダメージを与えるため、サンゴの卵を採取して受精させてから育てる方法を研究しています。

サンゴの産卵
©YASUAKI KAGII/SEBUN PHOTO /amanaimages

一般的に、サンゴは初夏の満月の夜に産卵します。研究チームはこの時期が近くなると産卵のため待機し、産卵後には卵を採集して、他のサンゴの卵と混ぜて受精させます。そして、この受精卵を防食技術でつくった着床用基盤に着定させ、微弱な電場を与えてサンゴを増やしたいと考えています。


未来の子どもたちのために

木原さんは「開発したサンゴ棚は母礁として、卵の供給場所としても活用できるのではないか」と考えています。

いまや、サンゴの卵の収集も困難になるほどの危機的な状況です。そして将来的には「サンゴの保護区をつくり、子どもたちにサンゴを残したい」と話します。

サンゴ棚の母礁イメージ(写真提供:エム・エム ブリッジ)

サンゴの卵から大きく育てるまでの微弱電流の使いかたについては「まだ課題が残っている」としながらも、着床や成長促進には明確な成果を収めています。

子どもたちがサンゴ礁を見られない……そんな日が来ないよう、国や自治体も協働する産官学プロジェクトとしてこの技術が活かされることを願わずにいられません。

サンゴの成長を促進させるこの技術に「GMC (Galvanic Method for Corals)」と名付け、エム・エム ブリッジ株式会社、東京大学、日本防蝕工業株式会社、株式会社CPファームの4者で共同研究している
(写真提供:エム・エムブリッジ)


Profile
Writer
箕輪 弥生 Yayoi Minowa

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に『エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123』『環境生活のススメ』(共に飛鳥新社)ほか。
http://gogreen.hippy.jp/

Editor
室橋 織江 Orie Murohashi

NATURE & SCIENCE 副編集長。「小さな気づきとひらめき、そして探求心が、危機に瀕しているサンゴを救うためのユニークな技術につながっています。地球、環境、生命、そして私たちを救うのは、私たち自身の思考や行動なのだと、あらためて気づかされました」

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