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図鑑制作者のおしごと①  ダチョウ牧場で働くことになったワケ

ダチョウ牧場で
働くことになったワケ

図鑑制作者のおしごと①

文/丸山 貴史


©️Henrik Olund/Masterfile /amanaimages

近年はメガヒット作品も生まれている、生きものや科学の図鑑。そのつくり手はどんな人たちで、どんなことをいつも考えているの? 私たち NATURE & SCIENCE のOBであり、『ざんねんないきもの事典』『わけあって絶滅しました。』の執筆でも知られる丸山貴史さんが、「図鑑制作者」の生態を綴ります。まずは、かつて働いていたイスラエルのダチョウ牧場の場面から。

わたしは「図鑑制作者」を自称しています。
平たくいえば、図鑑を作っている人ということですね。

今回は、NATURE & SCIENCE編集部からのご依頼で、図鑑制作者となった経緯について、少しお話しさせていただきたいと思います。

わたしは大学在学中から、ネイチャー・プロ編集室*1 でアルバイトをはじめたのですが、そこはいわゆる編集プロダクションで、動植物の図鑑や雑誌の編集作業を請け負っていました。
この会社に在籍していた2年と数か月のあいだに、うっすらと編集という仕事を学ばせてもらいました。

でも、初めて通った企画である『進化がわかる動物図鑑』(ほるぷ出版)が完成したあたりで、退職することを決めます。
イスラエルのネゲブ砂漠というところにある、ダチョウ牧場で働くことになったのです。

ダチョウ牧場にて。ダチョウはオスも抱卵(ほうらん)する
©丸山貴史

当時のネイチャー・プロ編集室では、漁師になったり、漫画家になったりと、他業種への転職が珍しくありませんでした。

*1 ネイチャー・プロ編集室

1979年に設立された制作プロダクション。累計800冊以上の書籍や学習教育コンテンツを手がけてきた。2012年にアマナグループの一員となり、2014年に「ネイチャー&サイエンス」と名称を変更。


ツチブタに畏敬の念を抱く

なぜわたしがダチョウ牧場で働こうと思ったのか……それは、たまたまです。

当時はインターネットも大して普及しておらず、外国の動物について書いてあることは、どの図鑑を見ても同じ、という時代でした。

そこで、「実際にいろいろな生きものを自分で見てみたいものだ」と考えていたところ、たまたま知り合った日本人のユダヤ教徒が、「イスラエルにダチョウ牧場をやっている友人がいる」というので、紹介してもらったというわけです。

ダチョウ牧場の給料は小遣い程度でしたが、住み込みで食事もつくというので、砂漠に滞在するにはうってつけの環境でした。

わたしはこのネゲブ砂漠で、ハイラックスの観察をすることにしました。

イスラエル南部にあるネゲブ砂漠。古代ローマ時代の遺跡などが点在し、古くから都市が栄えた地域
©imageBROKER / Martin Dr. Baumgartner /amanaimage

でも、実はわたしが最も興味があったのは、ツチブタでした。

当時の分類では、ツチブタは哺乳類で唯一の1目1種*2 で、他のグループとの関係もよくわかっていませんでした。

ツチブタ。ウサギみたいな長い耳、ブタみたいな上向きの鼻。でもブタとは関係ない動物。夜行性で地面に巣穴を掘ってくらす
©Frans Lanting/Frans Lanting Photography /amanaimages

しかも、シロアリ食なのに臼歯(きゅうし)がしっかり残っていて、「この歯で水分補給のため地中のウリ Cucumis humifructus を食べる」と今泉吉典先生*3 が書いていましたが、なぜつるつるなのかは謎です。

そんな特殊な動物が、哺乳類の強豪ひしめくアフリカのサバンナで生き残っているという点に、驚きとともに畏敬の念を感じていたのでした。


ツチブタのつるつるした臼歯。歯根がなく、アゴに固定されていない
©丸山貴史

しかし、ツチブタを継続的に観察するのは困難です。
夜行性で単独行、しかも広大なサバンナに生息するわけですから、かなりの資金がなければ滞在すらできません。

そこで、ツチブタに比較的近縁な*4、ハイラックスをメインターゲットに選んだのです。

*2 哺乳類で唯一の1目1種

今はチロエオポッサムも1目1種。ツチブタはハネジネズミやテンレックに近いとされている。

*3 今泉吉典(1914-2007)

日本の動物学者。主にネズミなどの小型哺乳類を研究対象としていたが、1965年に発見されたイリオモテヤマネコの記載・研究を行ったことで知られる。国立科学博物館動物研究部長、日本哺乳動物学会会長、動物保護審議会会長などを歴任。著書に『原色日本哺乳類図鑑』『イリオモテヤマネコの発見』ほか。同じく動物学者の今泉吉晴と今泉忠明は息子。

*4 比較的近縁な

どちらもアフリカ獣上目(じゅうじょうもく)。ただし、当時は顆節目(かせつもく)の子孫ではないかと考えられていた。


いざ、異国の砂漠へ

いまでこそ、ハイラックスはどこの動物園でも見られますが、当時は飼育している施設がなかったと思います。
より希少なツチブタですら、静岡県の日本平動物園まで行けば見られたというのに、ハイラックスは東中野の動物商で一度見たきりでした。

おそらく、あまり大きくはないし、見た目がテンジクネズミ類のようなので、お客さんに受けないと思われていたのでしょう。

ケープハイラックスの子どもたち。ネズミのような見た目だが、じつはゾウに近い仲間
©Nature Picture Library/Nature Production /amanaimages

当時は写真ライブラリーに行っても、アフリカのサバンナでライオンやキリンのついでに撮ったと思われる、キボシイワハイラックス Heterohyrax brucei の写真しかありませんでした。

そんな時代なので、ハイラックスの知名度はものすごく低く、友人に「ハイラックスを観察するので、ネゲブ砂漠にあるダチョウ牧場で働くことになった」と伝えたところ、「その話、なにもかもわからない」と言われた記憶があります。
ちなみに、イスラエルのハイラックスは、南アフリカのケープタウンからアラビア半島まで生息しているケープハイラックス Procavia capensis のシリア亜種です。

わたしはメールアドレスもprocavia@aol.com(今は使っていません)を取得して、一路イスラエルへと旅立ちました。

(つづく)


Profile
Writer
丸山 貴史 Takashi Maruyama

1971年東京生まれ。法政大学卒業後、ネイチャー・プロ編集室勤務を経て、イスラエル南部のネゲブ砂漠でハイラックスの調査に従事。現在は、図鑑の編集・執筆・校閲などに携わる。今泉忠明著『世界珍獣図鑑』、熊谷さとし・大沢夕志ほか著『コウモリ観察ブック』(共に人類文化社)の編集や、『ざんねんないきもの事典』『続ざんねんないきもの事典』(共に高橋書店)、『プチペディアブックにほんの昆虫』『プチペディアブックせかいの動物』(共にアマナイメージズ)、『わけあって絶滅しました。』(ダイヤモンド社)の執筆などを担当。

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