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昆虫の世界がすごい!

昆虫の世界がすごい!

地上でもっとも繁栄する生物

文/佐藤 暁

©︎Seiya Kudo

生物や環境、自然科学の分野にまつわる企画や編集を得意としているのが、私たちアマナ NATURE & SCIENCE Div.(ネイチャー&サイエンス ディビジョン)です。最近手がけた仕事から、とっておきの話題を紹介。今回の話題は「昆虫」。私たちが編集を担当した本もご紹介します。

適応力の高さで繁殖

現在、地上でもっとも繁栄している生物が何か、ご存知でしょうか。ここでいう繁栄の基準とは「種数*1」で、もっともそれが多いのは、昆虫です。

例えば、鳥は約9,000種、哺乳類は約4,000種が現在知られています。一方、昆虫はというと、約1,000,000種。この100万という数字は、確認されている生物種の半分以上になり、しかも毎年新種が報告されています。ほかの生物群と比べると圧倒的、そもそも桁がちがうのです。

生物はふつう、利用する環境要因がおよそ種ごとに決まっています。生物学用語ではそれをニッチ(生態的地位)といい、それをいくつかの生物が共有してそれぞれの生態系が成り立っています。

例えば、シマウマはアフリカの草原・サバナにすんでいますが、ヌーやトムソンガゼル、キリンやゾウなど、ほかの多くの草食動物と環境を共有し、彼らを狩るライオンやチーターなどの肉食動物と共にサバナの生態系を構成しています。

セレンゲティ国立公園 ©︎Nigel Pavitt/awl images /amanaimages

セレンゲティ国立公園
©︎Nigel Pavitt/awl images /amanaimages

また、草食動物は、限りあるサバナの植物の食べ分けをしています。アカシアなどの高い木の葉はキリンやゾウが、足元の草の先端をシマウマが、茎の部分をヌーが、そしてトムソンガゼルはシマウマやヌーが食べ残した根元に近い部分や落ちた種子を主に食べるといった具合。

昆虫の場合も、それぞれの植物の部位を食べるのに適した口器(こうき)*2 をはじめとした特別仕様の体をそれぞれが獲得しています。

マサイキリン ©︎Charlie Summers/naturepl.com /amanaimages

マサイキリン
©︎Charlie Summers/naturepl.com /amanaimages


そうしたことから、ある生物が、いま生息しているニッチを奪われると、別の完成した生態系に後から入り込んで生きつなぐのは難しいし、入り込まれた方の生態系も崩れてしまいます。気の遠くなる遥か昔から作り上げられてきた、奇跡のバランスで成り立っているのが生態系で、地球のあらゆる環境には、それぞれにそうした美しくてもろい生態系が成り立っています。

昆虫の種数が多いということは、あらゆる環境に生活の場を広げているということでもあります。つまり、昆虫はどこにでもいるのです。それを可能にしたのは、彼らのサイズが「小さい」ことも一因で、地中に存在するわずか数ミリの空隙さえ、生息環境として考えられます。

そして寿命が短いことも、進化のスピードに大きく関わっています。それらを最大限に生かして、昆虫はありとあらゆる場所に適応していきました。

*1 種(species)

生物分類上の基本単位で「属(genus)」の下位分類にあたる。環境省の「平成20年版 環境/循環型社会白書」によれば、全世界の既知の総種数は約175万種。このうち、哺乳類は約6,000種、鳥類は約9,000種、昆虫は約95万種、維管束植物は約27万種としている。ただし、まだ未知の生物も含めた地球上の総種数は、およそ500万~3,000万種とも言われる。

*2 口器(こうき)

無脊椎動物、特に節足動物の口(餌を捉えて、咀嚼するための器官)を構成する構造。昆虫の場合、上唇、大顎、小顎、下唇、下咽頭などの多様な構造があり、それらを総称した呼び名。食物に合わせて口器を特殊化させることで、昆虫は多種多様な摂食ができるようになった。


甲虫はどうして繁栄できた?

さらに、昆虫の中でもとりわけ種数の多いのが甲虫で、100万種いる昆虫のうちの約37万種を甲虫が占めています。

美しい甲虫オオセンチコガネ(別冊太陽『昆虫のすごい世界』より) ©︎Seiya Kudo

美しい甲虫オオセンチコガネ(別冊太陽『昆虫のすごい世界』より)
©︎Seiya Kudo

甲虫は硬い前翅(ぜんし)*3 で、膜状の薄い後翅(こうし)*4や柔らかい腹部を鎧さながらに守っています。馴染み深いところだとカブトムシやテントウムシが挙げられます。もはや硬い前翅に飛ぶ機能は残っておらず、後翅の2枚だけで飛行しますが、あまり器用な飛び方とは思えません。夜、室内の明かりめがけて突進し、明かりにまともにぶつかりボトッと床に落ちて呆然とするカナブンには愛嬌すら感じます。

樹液をなめるアオカナブン(別冊太陽『昆虫のすごい世界』より) ©︎Seiya Kudo

樹液をなめるアオカナブン(別冊太陽『昆虫のすごい世界』より)
©︎Seiya Kudo


しかし、機能性はなくなったものの、頑丈なこの前翅のおかげで、砂利の中を這い回っても傷がつかないし、捕食者の猛威に対しても無防備ではなくなりました。また、前翅の下にできた空間が熱を伝えにくく、体から逃げる水分の蒸発を抑え、砂漠へと生活圏を広げることが可能になり、さらに、この空間に空気を備蓄して、水中でくらす甲虫が現れたのです。

水面で呼吸をするゲンゴロウ ©︎JAPACK/SEBUN PHOTO /amanaimages

水面で呼吸をするゲンゴロウ
©︎JAPACK/SEBUN PHOTO /amanaimages

こうして甲虫は、地上のありとあらゆる環境に進出し、植物や動物、その死骸など、種によってさまざまな物を食べています。手のひらほどの巨大な甲虫がいる一方で、米粒より小さい甲虫が存在し、宝石のように美しい甲虫がいるかと思えば、石や枝に似た地味で目立たない甲虫がいます。甲虫は硬い前翅とそれによる抜群の適応力で、繁栄という成功を手に入れたのです。

*3 前翅(ぜんし)

昆虫が持つ4枚の翅(はね)のうち、前部の一対を指す。まえばね。硬く丈夫にできている。甲虫の場合は「鞘翅(しょうし、さやばね)」とも言うが、これは甲虫目を以前は鞘翅目と言っていた名残りから。

*4 後翅(こうし)

昆虫が持つ4枚の翅(はね)のうち、後部の一対を指す。うしろばね。甲虫の場合も前翅とは違い、薄く透けている。

 

昆虫の「すごい世界」をもっと知りたくなった方には、以下の3冊の本にある詳しい解説をお勧めします。


デザインや生態がすごい!

 

[監修]丸山宗利(九州大学総合研究博物館准教授) [写真]尾園 暁・工藤誠也・小松 貴・島田 拓・鈴木知之・永幡嘉之・安田 守・丸山宗利 [デザイン]川添英昭 [企画・編集]佐藤 暁(アマナ)

[監修]丸山宗利(九州大学総合研究博物館准教授)
[写真]尾園 暁・工藤誠也・小松 貴・島田 拓・鈴木知之・永幡嘉之・安田 守・丸山宗利
[デザイン]川添英昭
[企画・編集]佐藤 暁(アマナ)

気鋭の写真家や研究者が一堂に会し、大判ビジュアル本では最古参の雑誌で、昆虫の魅力を余すことなく紹介。昆虫のデザイン性や生態を、斬新な切り口で魅せる心を揺さぶる1冊です。


美麗な色合いがすごい!

 

『きらめく甲虫』(幻冬舎)

きらめく甲虫』(幻冬舎)

[写真・文]丸山宗利(九州大学総合研究博物館准教授) [デザイン]鷹觜麻衣子 [編集・文・書き文字]佐藤 暁(アマナ)

[写真・文]丸山宗利(九州大学総合研究博物館准教授)
[デザイン]鷹觜麻衣子
[編集・文・書き文字]佐藤 暁(アマナ)

甲虫の多様性が一目でわかる写真図鑑。昆虫研究者による深度合成技法で全写真撮影。眺めるだけでもうっとりする甲虫たちの美麗写真の数々が収められています。


へんてこで、すごい!

 

『とんでもない甲虫』(幻冬舎)

とんでもない甲虫』(幻冬舎)

[写真・文]丸山宗利、福井敬貴 [デザイン]鷹觜麻衣子 [編集]前田香織(幻冬舎) [書き文字]佐藤 暁(アマナ)

[写真・文]丸山宗利、福井敬貴
[デザイン]鷹觜麻衣子
[編集]前田香織(幻冬舎)
[書き文字]佐藤 暁(アマナ)

姿形や生態がへんてこな甲虫を厳選したビジュアルブック。人気シリーズの第3弾が7月11日に発売。標本作製の名手・福井敬貴氏を共著者に迎え、掲載数は279種!

この夏、ぜひ本を片手に、昆虫たちの世界へ足を踏み入れてみてください。

クロウスタビガ(別冊太陽『昆虫のすごい世界』より) ©︎Seiya Kudo

クロウスタビガ(別冊太陽『昆虫のすごい世界』より)
©︎Seiya Kudo


Profile
Writer
佐藤 暁 Aki Sato

NATURE & SCIENCE Div.所属。編集者・ライター。得意分野は昆虫、植物。書籍編集のほか、企業のカタログやウェブサイトコンテンツ、地方自治体の冊子編集などに携わる。

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