a
アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
Feature

特集

藍と “ジャパンブルー”(後編)

藍と “ジャパンブルー”
(後編)

発酵が生む、一期一会の彩り

インタビュー・文/中野 富美子
写真/大竹 ひかる(amana)

首都圏郊外の静かな街。その川沿いの丘の上にある「草木工房」の山崎和樹氏に藍染めと発酵についてうかがった、全3回記事の後編。藍から生まれる多様な色や文化、世界の染め事情など、藍染めと発酵から生まれる可能性をお聞きしました(最終回)

自然の循環のなかで染める

藍と “ジャパンブルー” (中編) からの続き

地球には、これだけたくさんの緑の葉があるのに、そこからはほとんど緑色が染まらないというのが不思議ですね。

色の三原色*1がないと、さまざまな色が出せないのですが、自然の植物の中で、緑が染まるものはほとんどありません。

藍で染めた上に黄檗(きはだ)などで黄色を染めることで緑色が染まります。また、藍の上に、紅花やコチニールなどで赤を染めることで紫色を染めることができます。この工房では、藍がないといろいろな色が染められません。

工房には、さまざまな美しい色の糸が並べられている。もちろんすべて自然素材で染められたもの

染めの流れを見せていただき、ケミカルな部分がなくていいなと思いました。

藍染めは、藍の葉や発酵した液があれば、ただ染めて干すだけで染まります。媒染(ばいせん)*2も不要ですし。草木染といっても、ものによっては、媒染剤としてある程度危険なものを使うものもあります。鉄やアルミなどはいいですが、クロムやスズなどを使うと廃液の問題があります。

僕たちは、廃液も使用済みの染料も、庭の隅に捨てていますが、自然に循環できるものしか捨てません。やはり、自分の庭に捨てられるようなものしか使わないというのがいいと思っています。

工房では、すべて土に還せる染色を目指し、天然繊維、安全な染料・媒染剤による草木染を行っている


先生の工房では、タデアイをはじめたくさんの植物を育てておられますね。タデアイは、阿波国(徳島県)で、たびたび氾濫するため暴れ川と呼ばれる吉野川の流域で栽培が盛んということなので、ここ関東地方で育てるのは難しいのではないですか。

たしかに、タデアイは肥沃な土地が向いているので、水だけでなく、油かすや鶏糞など、肥料をたくさんやる必要があります。

また、蒅(すくも)を作るには大量の葉が必要なので、蒅は作っていません。蒅は作れませんが、沈殿藍*3は作れるので、息子が作っています。沈殿藍は、顔料や絵の具になります。

畑のタデアイには、薄紅色の小さな花が咲いていた

沈殿藍。型染めなどにも利用される

工房は、四代目の広樹さんがおられるので心強いですね。

私たちがここで暮らし始めた30年ほど前は、この周りにはほとんど家などなかったので、広樹は小さい頃は、いつも近くの森で遊んでいました。

今は、草木染だけでなく、沈殿藍の研究をして作ったり、絹糸を採るためにカイコを育てたりと、新しいことにも挑戦しています。

工房の外には、次の染めの準備をする広樹氏の姿があった

*1 色の三原色

シアン(青緑)、マゼンタ(赤紫)、イエロー(黄)の3色。この3色の割合を変えて重ねることでさまざまな色を表すことができる。ところが、青も緑も、赤も紫も黄も、自然素材で美しく染めるのは簡単ではない。

*2 媒染

椿灰や明礬(みょうばん)などアルミを含む水溶液や、古い釘などを発酵させた鉄分を含む液などにつけることで、染料を繊維に吸着させ、色を落ちにくくし、発色をよくさせる染色法。

*3 沈殿藍

沖縄やインドでつくられる藍の染料。インディゴを含む草を水に入れて発酵させ、染料を沈殿させて作る。生葉を煮出した液と、葉を攪拌した液を混ぜて消石灰を加えて作ることもできる。


世界で見直される自然の染料

先生も息子さんも、爪が藍色に染まっているのが印象的です。

僕たちは藍染めだけやっているわけではないので、それほど濃く染まりませんが、藍染め専門の染色家や、蒅を作っている藍師の爪は濃い藍色です。

この本は、1995年にフランスで行われた「国際インディゴ・ウォード会議」という会議に参加したときに出会った研究者が書いた、その名も『indigo』という本ですが、その中に「Blue Nails : Indigo Dyeing Worldwide」という章があります。

Indigo: Egyptian Mummies to Blue Jeans(Jenny Balfour-Paul 著)のページより。世界中で、古くからさまざまな方法で藍染めが行われていることが、豊富な写真とともに詳しく紹介されている


藍染めは、古代からの歴史という経(たて)糸と、世界という緯(よこ)糸が織り合わされているようですね。

藍染めの歴史はほんとうに古いです。そして、世界各地で古代から行われてきた藍染めが、あちこちに伝搬して広まりました。タデアイ、リュウキュウアイ、インドアイ、ウォードと、それぞれ科も違う別の種類の草ですが、世界中で同じようにインディゴという物質によって、さまざまな方法で青が染められていることが面白いですね。

ただ、中国やインド、韓国やインドネシア、アメリカや中南米などにも行きましたが、いまではまったく天然染料がなくなってしまっているところもありました。

先生は、国際的な染色の研究会議などで発表されたり、世界各地の伝統的な染めを視察に行かれたりしていますね。

「国際インディゴ・ウォード会議」では、世界中から天然染料をやっている人が集まっていて、とても刺激を受けました。僕は日本の草木染について発表したり、紅花染めや紫根染め、藍建て染めのワークショップなども行ったりしました。

ヨーロッパの藍草であるウォードは一度は廃(すた)れてしまったのですが、いま、ヨーロッパでは、地球環境問題の側面から自然の染料が見直されています。サスティナブル、つまり持続可能な社会を作るためにと、天然染料が見直されているんです。日本よりむしろ関心が高いかもしれませんね。

日本では、まだ藍染めも行われているので、一般の方はそれほど強い関心を持っておられないかもしれませんが、ヨーロッパではかえって一度廃れたために、とても強い関心が寄せられているように感じました。

工房には、さまざまな染料が保管されている

ベニバナの花弁。深い紅を染めることができる

ムラサキの根。紫色を染める。紅花染めも紫根染めも、たいへんな手間のかかる染めだ


人工知能にできないこと

  国内でも、この工房での講座だけでなく、カルチャースクールや大学などでも教えておられるのですね。

日本には着物の文化があり、色彩に対する感覚が鋭いために、大島紬や黄八丈など伝統的に行われてきた産地ごとの天然染色の文化を大切にしてきました。次の世代にこの文化を伝えるためには、若い人にも「染め」について伝える必要があると感じています。

日本人は、四季折々の変化を、季節感や自然観として大切にしてきました。すべての生活の中に季節感があって、そこには季節の色があります。色はとてもわかりやすいですし、表現もしやすいです。さらに、自然素材で色を染めることで、「自然とともに暮らす」という生き方ができます。それが、私の原点なんですね。自然の中には、いい刺激があります。そのよさを、多くの方にも感じて欲しいと思っています。

これからますます科学が発展し、AIなども普及して、AIにできないことは何だろうと思ったとき、それは、自然を感じること、自然の中で発見するというような感覚的なことではないかと思います。

大学では、「感性を育てる」というテーマで、種からベニバナを育てて、紅を染めるということを教えてきました。

色の変化を見極める

同じ藍染めでも、ひとつとして同じ色のものはない


若い方の反応はどうですか?

テキスタイルの学生に教えていますけれど、みな色にはとても興味があって、「自然のものが生む色は、とても深みがあってきれいだ」と言ってくれますね。

宝石も、天然の群青やラピスラズリはきれいですよね。自然の色は深みがあって、やすらぎを感じる色でもあります。自然の染料による青は、青の微妙な違いがあって、繊維に染み込んでいるので深みや奥行きがあります。もともと命あるものによる彩りは、雑味が加わることで深みが生まれ、光の加減でさらにさまざまな彩りが生まれるのだと思います。

また、草木の種類によっても季節によっても、思いがけない素敵な色との出会いがあります。染めるたびに違う彩りが生まれる。一期一会の彩りです。

自然素材で染めた布が、家の中やお店のエントランスなどで季節ごとにあったら素敵ですね。

そう。僕も、家の中にもっと布を飾るといいと思うんですよ。布というと、つい、まとうことを考えるけれど、インテリアにももっと採り入れたらいいと思います。季節ごとに違う彩りの布を。

たとえば、襲色目(かさねのいろめ)*4で、「桜の襲(かさね)」は、紅の上に薄布の白を重ねますが、その桜のイメージは、ソメイヨシノではなく、日本に古くからあるヤマザクラです。花びらはほとんど白で、赤みを帯びた芽吹きの赤を重ねたといわれています。

また、「柳の襲」は、淡青(緑)の上に薄布の白を重ねて早春の彩りを表現します。そうして、自然界の美しさを表現したんですね。衣食住の「衣」や「食」だけでなく、暮らしの場である「住」にも、もっと季節感が採り入れられたらと思います。

*4 襲色目

平安時代から行われた配色のこと。十二単(じゅうにひとえ)などの襲装束(かさねしょうぞく)だけでなく、御簾(みす)などの調度や、文(ふみ)に用いる和紙の色づかいなどにも用いられ、季節に合わせてさまざまな配色が生まれた。


微生物の恵みを活かす

  藍染めのほかに、発酵を利用してきた染色はありますか。

貝紫*5による染めで古代フェニキア人は貝の分泌液を発酵させたかもしれませんが、今は貝から布に直接分泌液をつけて紫色を染めています。

日本の古代の茜染は、『延喜式』*6によると、アカネと米と灰を使いました。いま、アカネと米と灰では赤は染まりません。そこに酢を入れるときれいな赤になります。そう考えると、当時は、米を発酵させて、アカネと灰で染めていたのではないかと考えられます。アカネの場合は、酸性に合うと、きれいな赤い色素が出ます。そのため、米を発酵させた液を使ったということですね。

また、お歯黒にも発酵を使います。米を炊き、古い釘を入れて発酵させ、「五倍子(ごばいし」*7の粉を加えたもので、かつては歯を黒く染めましたし、現在は、糸や布を黒く染め、また媒染剤としても利用しています。

工房の庭のヌルデの木でたくさん見つかった「虫こぶ」。五倍子のもとになる

染色でも、発酵の力は大きいのですね。

発酵は、「菌」という微生物の力です。日本では、昔から味噌や酒、漬け物など、微生物の恵みを大切にしてきました。

藍染めをしていると、菌とのつきあい方について考えさせられます。うっかり藍瓶の攪拌をさぼると変な臭いがして「雑菌が繁殖したかな」と思いますし、瓶にきれいな藍の華が咲くと、菌の力を感じます。

いま、腸内環境が大切だといわれ、「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」などといいますが、藍瓶も同じです。自分たちの身体と同じで、菌の状態をよく保つことが大切です。最近では、盛んに「抗菌」「抗菌」といいますが、無菌になったら大変です。身体でも染色でも、菌のバランスをよくすることが大事なんだと思います。

貴重なお話を聞かせていただき、どうもありがとうございました。

*5 貝紫

アクキガイ科の貝の分泌液。紫色を染める染料として古代から利用された。ローマ時代には、皇帝と元老院議員のローブにだけ用いられた。メキシコなどでも染色に利用され、日本でもかつては三重県の海女は潜水時に使う手ぬぐいに紫色を染めてまじないにした。

*6 『延喜式』

平安時代の法令集。当時の法律などだけでなく、社会や文化についても記され、染色についての詳しい記載もある。

*7 五倍子

ヌルデ(ウルシ科)の葉の軸などに寄生したヌルデシロアブラムシ(アブラムシ科)などによってできる虫こぶを乾燥させたもの。タンニンを多く含んでいるので、かつてはお歯黒に、現在は染色や薬用に利用される。別名「附子(ふし)」。


Profile
Writer
中野 富美子 Fumiko Nakano

フリーランス編集者、ライター。東京都生まれ。自然や伝統文化をテーマにした書籍や雑誌の製作にたずさわっている。編集と文を担当した本に、『色の名前』『森の本』(ともに角川書店)、『自然のことのは』『深海散歩』(ともに幻冬舎)、『NATURAふしぎをためす図鑑 しぜんあそび』(フレーベル館)、『追跡!なぞの深海生物』『バイオロギングで新発見!動物たちの謎を追え』(ともにあかね書房)などがある。

Photographer
大竹 ひかる Hikaru Otake

「草木染めの青のグラデーションがとても印象に残りました。」

Photographers web: http://amana-photographers.jp/detail/hikaru_otake

Editor
室橋 織江 Orie Murohashi

NATURE & SCIENCE 編集部。「初めて目にする、藍染め作業。白い布が、まるで泥の中のような藍瓶に沈んでいく場面は、なんとも戸惑った気持ちに……。しかし、瓶から引き上げた布地を水で濯いだ瞬間、鮮烈な青へと変貌。水から引き上げて空気に触れさせると、青はさらに洗練されていく。植物に水に酸素に、そして微生物。どこにでもあるもので、こんなに心動かす変化と色が出現する。特別は普通の中にある。世界って、うまくできている。」

Page top