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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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〈科学〉と〈民俗〉をつなぐもの

〈科学〉と〈民俗〉を
つなぐもの

科学のフォークロア⓪

文/畑中 章宏

©Caiaimage /amanaimages

民俗学者で作家の畑中章宏さんが、民俗学の視点から先端科学や自然現象を読み解く新連載。民俗学というと「古いもの」というイメージ。でも、古いものは古いままではなく、かたちを変えながら現代へと続いているのです。そんな、現代のさまざまな中に息づく「今のカタチ」の民俗学を見つけ、考察していきます。

〈非科学〉的だとみなされがちな学問

民俗学は人文科学の諸領域のなかでも、最も〈科学〉から遠い学問だと考えられているのではないだろうか。なぜなら民俗学は、霊魂や妖怪、しきたりやまじない、民間伝承や民間信仰といった〈非科学〉的なものごとを研究・調査対象にしていると思われているからである。

民俗学というと、河童、座敷童子、雪女などの妖怪や、風習、伝説など民間伝承のイメージが強いのではないだろうか ©Bridgeman Images /amanaimages

民俗学というと、河童、座敷童子、雪女などの妖怪や、風習、伝説など民間伝承のイメージが強いのではないだろうか
©Bridgeman Images /amanaimages

さまざまな学問は、その学問を代表する “学者” によってイメージされることが少なくない。日本で最も知られる「民俗学者」と言えば、柳田国男*1 が挙げられるだろう。その柳田は、ザシキワラシやオシラサマといった妖怪、山男や山女といった異人の存在、死者との遭遇、山里に伝わる風習や信仰に光を当てた。

『遠野物語―付・遠野物語拾遺 』柳田国男 著(角川ソフィア文庫) 柳田が岩手県遠野地方に伝わる伝承を記した『遠野物語』は、最も広く一般に知られている民俗学の資料だろう

『遠野物語―付・遠野物語拾遺 』柳田国男 著(角川ソフィア文庫)
柳田が岩手県遠野地方に伝わる伝承を記した『遠野物語』は、最も広く一般に知られている民俗学の資料だろう

柳田は山里で起こる怪異を分析・解釈するのではなく、「目前の出来事」であり「現在の事実」だと主張し、読者に突きつけた。日本民俗学の最初期に著され、いまでもこの分野の代表作と目される著作でもこんな調子だから、民俗学が〈非科学〉的であるとみなされてもしかたがないかもしれない。

柳田国男が〈非科学〉的であるからといって、すべての民俗学者が〈科学〉的でないとはいえない。柳田とともに “日本民俗学の3巨人” などと言われるあとのふたりは、折口信夫*2 と南方熊楠である。

仮構の「古代」を措定し日本人の深層意識や日本の下部構造に迫ろうとした折口にも、科学への志向がなかったわけではない。しかし、民俗と科学の接点を探るとき、熊楠ほどそのイメージに合う探求者はいない。

*1 柳田国男(1875-1962)

東京帝国大学法科大学卒。農商務省に入省し、法制局参事官貴族院書記官長などを歴任。朝日新聞社客員論説委員、国際連盟委員として活躍するかたわら雑誌「郷土研究」の刊行、民俗学研究所の開設などを進めて、常民の生活史をテーマとする日本民俗学を創始した。

*2 折口信夫(1887-1953)

國學院大學国文科卒。日本文学・古典芸能を民俗学の観点から研究し、歌人としても独自の境地をひらく。また釈迢空(しゃく・ちょうくう)と号して詩人・歌人としても活躍した。研究書『古代研究』、歌集『海やまのあひだ』、詩集『古代感愛集』、小説『死者の書』などの著作がある。


南方熊楠の〈科学〉する眼

南方熊楠は日本民俗学の先駆者であるだけにとどまらず、菌類、粘菌類、藻類などの研究者としても数々の業績をあげたことはよく知られている。

南方熊楠(みなかた・くまぐす) ©文藝春秋/amanaimages

南方熊楠(みなかた・くまぐす)
©文藝春秋/amanaimages

大学予備門(東京大学教養課程の前身)を中途退学してアメリカ、イギリスに渡った熊楠は、独学で動植物学を研究。大英博物館では考古学、人類学、宗教学を自学し、同館の図書目録編集などの職に就いた。帰国後は和歌山県田辺町(現在の田辺市)に住んで、粘菌類などの採集・研究を進める一方、民俗学に対する関心を高め、数多くの論考を発表した。

熊楠の代名詞になっている「南方曼陀羅」は、世界は因果関係が交錯し、互いに連鎖して世界の現象になって現れることを説明しようとしたものである。この世界は物理学的な「物不思議」、心理学的な「心不思議」、両者が交わるところにある「事不思議」、予知的な能力によって認識できる「理不思議」から成り立ち、これらが「大日如来の大不思議」によって包まれていると熊楠は考えたのである。

「南方曼陀羅(みなかたまんだら)」 所蔵:南方熊楠顕彰館(田辺市)

「南方曼陀羅(みなかたまんだら)」
所蔵:南方熊楠顕彰館(田辺市)

こうした思想を背景にもつ熊楠の民俗学は、当時の民俗学のなかでは科学的な姿勢がかなり強く打ち出されたものだった。

昨年刊行された『怪人熊楠、妖怪を語る』(伊藤慎吾・飯倉義之・広川栄一郎 著)によると、熊楠が妖怪の“正体”を、自然現象を錯覚したもの、思い込みが生んだもの、実際は人間だったなどと分析し、解釈していたことがわかる。

たとえば、山中に生え信仰の対象とされてきた「山姥の髪の毛」はホライタケ属やナラタケ属などのキノコが作る菌糸の束であり、人にとり憑いて空腹にさせ死に導く「ダル」や「ダリ」などと呼ばれる妖怪(死霊)は脳貧血、現代医学でいう低血糖発作であり、町はずれの坂や川堤に現れる白い着物を着た幽霊はサギ類の鳥を見間違えただけだとみなすのである。


民俗学の内側からみる〈科学〉

熊楠が不可思議な体験や怪異な現象を “錯誤” と捉えていた事例を紹介する章のタイトルは、「南方熊楠の『科学する眼』と怪異・妖怪―科学の目で見る民間伝承」と付けられている。民俗学の主要領域のひとつである妖怪を、熊楠は科学的に調査・考察したうえで、その非実在を証明したのだと言ってよい。しかし、これを「科学」と「民俗」の交点と呼ぶべきであろうか。

熊楠の民俗学にはかけがえのない仕事があり、これから参照していくこともあるだろう。またその科学的精神にも敬意を払う必要がある、しかし私が考える〈科学〉としての民俗学とは、科学の眼で民間伝承の “真実” や怪異の “事実” をときあかしていく態度とは大きく異なる。

〈民俗〉の内側にいる当事者として、霊魂やまじないを信じながら対象の本質に迫ろうとすること。迷信や陋習(ろうしゅう)にまみれながら、発展や発達や発明、進歩や進展を批判的にみていくこと。こういう態度こそ〈科学〉でなくていったいなんだろう。

じつは柳田自身、戦前から「科学としての民俗学」を主張していた(「現代科学ということ」)のだが、そこでその特質として挙げたのは、「普遍性」と「実証性」と「現代性」だった。この3つのうち、「実証性」は民俗学が不得手とする性質のように思える。しかし柳田は、熊楠とは異なる証明の方法を追究したのではなかったろうか。


妖怪・怪異の実在の “しかた”

柳田国男の『遠野物語』は、現在の岩手県遠野市出身の佐々木喜善*3 から聞き書きした話をまとめて明治43年(1910年)に刊行された。

前述したように柳田は遠野地方の言い伝えを、「目前の出来事」、「現在の事実」としてとらえ、近代的知性や合理的思考の持ち主だと自認する人々を驚かせ、畏れさせようとしたのである。

雲海に包まれた遠野の里 ©️TAKASHI NISHIKAWA/a.collectionRF /amanaimages

雲海に包まれた遠野の里
©️TAKASHI NISHIKAWA/a.collectionRF /amanaimages

よく知られた次の亡霊譚を、私たちはどのように捉えて、どのように解釈すればよいのだろう。佐々木喜善の曽祖母が亡くなったとき、喪のうちは火を絶やさないようにと、喜善の祖母と母は囲炉裡の両側に座り、母は炭を継ぎ足していた。すると裏口から、亡くなったはずの曽祖母が現われたのである。

「……あなやと思ふ間もなく、二人の女の坐れる炉の脇を通り行くとて、裾にて炭取り*4 にさはりしに、丸き炭取りなればくるくるとまはりたり。母人は気丈の人なれば振り返りあとを見送りたれば、親縁の人々の打ち臥したる座敷の方へ近より行くと思ふほどに、かの狂女のけたたましき声にて、おばあさんが来たと叫びたり。その余の人々はこの声に睡を覚しただ打ち驚くばかりなりしといへり。」(『遠野物語』第22話)

©️IWAO KATAOKA/SEBUN PHOTO /amanaimages

©️IWAO KATAOKA/SEBUN PHOTO /amanaimages

三島由紀夫*5 は『小説とは何か』(1972年)のなかで、この亡霊譚を高く評価している。

亡霊の出現について三島は、「幻覚は必ずしも、認識にとっての侮辱ではない」ものの、「裾にて炭取にさわりしに、丸き炭取なればくるくるとまわりたり」とくるともういけない、この瞬間に我々の現実そのものが震撼(しんかん)されたのだという。亡霊が出現しただけでは〈現実〉と〈超現実〉は併存している。しかし、炭取が回転したことにより、〈超現実〉が〈現実〉を侵犯してしまったのだと。

「幽霊が現実世界の物理法則に従い、炭取に物理的な力を及ぼしてしま」ったことから、幻覚である可能性は根絶され、「幽霊の実在は証明されたのである」。三島は、炭取が「くるくる」と回らなければこんなことにはならなかったといい、この炭取を「現実の転位の蝶番(ちょうつがい)」と形容し、ほめたたえたのだった。

三島由紀夫の『遠野物語』論はあくまでも文学としての評価だとされてきた。しかしここには、柳田が考えた「実証性」の一端が示されているのではないか、と私は思う。幽霊の実在を証明したのは、民俗的な〈感情〉であり、また科学的な〈事実〉であったと、三島は期せずして論証しているのだ。

柳田は『遠野物語』以降、『一目小僧その他』『妖怪談義』などで怪異伝承を、『妹の力』『木綿以前の事』などで女性の役割を、『海南小記』『先祖の話』などで “日本人” のルーツを、『明治大正史世相篇』で近代への過渡期に起こった大衆の感情のありようを捉えようとした。こうした仕事もすべて〈科学〉と〈民俗〉の遭遇と相克のなかから生まれてきたものなのである。

*3 佐々木喜善(1886-1933)

早稲田大学文学科卒。岩手県遠野に生まれ、鏡石と号して短編小説、詩歌などを発表。柳田国男の指導で民間伝承を調査研究したほか、東北の昔話を採集した。著書に『江刺郡昔話』、『聴耳草紙』ほか。

*4 炭取り(すみとり)

火鉢や炉に炭を継ぎ足すため、木炭を小出しにしておくための入れ物。

*5 三島由紀夫(1925-1970)

東京大学法学部卒。小説『仮面の告白』で作家としての地位を確立。唯美的傾向と鋭い批評精神を特質とする作品を発表し続けたが、割腹自殺を遂げた。小説『金閣寺』、『潮騒』、『憂国』、戯曲集『近代能楽集』など。


「現代民俗学」の視点から

本稿はこの場を借りて取り組んでいこうとする連載の、「前置き」のようなものである。現在、私は「現代民俗学」というべきものの定義づけをしているところで、まだ整理の途中だが、現代民俗学がどのようなことを前提とし、どのようなことを明らかにしていこうとしているかをあらかじめ述べておきたい。

時間と空間は重層的であること。すべての領域が多様であること。社会が複雑であること。宗教や信仰は相対的なものであること。技術を感情から捉えること。環境を主体的かつ客観的に捉えること。見えないものを見る想像力を批判的に評価すること――。

以上のような問題意識は、この連載でもつねに底流をなしていくことだろう。そしてこれから、自然景観、災害と気象変動、スポーツや運動能力、エネルギーと資源、死と葬送といった問題に取り組んでいきたい。

次回の第1回では、技術革新が進む 「顔認証システム」を、日本人特有の「影」による認識方法と対比しながら考えてみたいと思う。


Profile
Writer
畑中 章宏 Akihiro Hatanaka

1962年大阪生まれ。民俗学者・作家。“感情の民俗学” の視点から、民間信仰や災害伝承から流行の風俗現象まで、幅広い研究対象に取り組む。著書に『柳田国男と今和次郎』『『日本残酷物語』を読む』(ともに平凡社新書)、『災害と妖怪』『津波と観音』(ともに亜紀書房)、『天災と日本人』(ちくま新書)、『先祖と日本人』(日本評論社)、『蚕』(晶文社)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)、『死者の民主主義』(トランスビュー)ほかがある。最新刊は『関西弁で読む遠野物語』(エクスナレッジ、4月上旬刊行予定)。

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