a
アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
Series

連載

木を接ぐ新技術は、食の未来を救うか? 企業探訪⑮ グランドグリーン

木を接ぐ新技術は、
食の未来を救うか?

シリーズ・企業探訪⑮
グランドグリーン

インタビュー・文/腰本 文子
写真/西川 知里(LUCKIIS Inc.)

古くからの農業手法の1つである「接木」(つぎき)。これまでは近縁の植物同士でないと不可能とされてきましたが、名古屋大学発のベンチャー企業、グランドグリーンが異科間植物の接木を可能にする新技術の実用化に乗り出し、注目を集めています。同社の技術とその先に見据える農業の未来について、代表取締役社長の丹羽優喜さんに伺いました。

「RETHINKING TOBACCO」
英語による解説を交えた、異科間植物の接木を可能にする新技術のイメージムービー
©︎DENTSU / GRA&GREEN / Todai To Texas / PICT INC.

接木(つぎき)とは、植物の葉や茎(「穂木」と呼ぶ)を切り取り、根のついた別の植物(「台木」と呼ぶ)とつなぎ合わせ、1つの植物にする農業技術。接木により双方の植物の長所を併せ持った、生産性に優れた育てやすい苗ができます。

例えば、味は良いが病気に弱いトマトと、病害虫や連作障害に強いトマトを接木すると、味も良く病気にも強い「接木苗」ができ、質の良いトマトをたくさん収穫することが見込めるのです。

しかし、これまでは接木の組み合わせに制限がありました。ナス科植物ならナス科、ウリ科植物ならウリ科といった具合に、近縁な植物同士は接木できるものの、分類学的に科が異なる植物との接木は、不可能とされていたのです。

そんな常識を覆したのが、名古屋大学生物機能開発利用研究センターの 野田口理孝(のたぐち・みちたか)准教授 が発見した、タバコ*1を用いた異科接木技術「iPAG」*2 です。

2017年に創業したグランドグリーン株式会社は、このiPAGを応用した商品開発を進める名古屋大学発のアグリバイオベンチャー。世界に類を見ない接木の新技術を活かして、農業にどのようなイノベーションを起こそうと考えているのか、代表取締役社長の丹羽優喜さんに話を伺いました。

丹羽 優喜(にわ・まさき)/1985年岐阜県生まれ。グランドグリーン株式会社 代表取締役社長。持続的な社会の達成のため、食料生産や地球環境に価値のある技術開発を目指し、幼少の頃より研究者を志す。2008年京都大学農学部卒業。2013年京都大学大学院 生命科学研究科修了。博士(生命科学)。京都大学での博士研究員、助教を経て、グランドグリーンの基盤となる技術と出会い、2016年に名古屋大学の研究プロジェクトに参画。研究成果の事業化を目指し、2017年4月に野田口准教授らと共同創業、2018年3月より現職。
https://www.gragreen.com/

*1 タバコ

南米の熱帯を原産とする、ナス科タバコ属(Nicotiana )の多年草。栽培種は一年草として扱われ、夏には茎の先端部分に基部が白く、先端が淡紅色の総状花序の花をつける。花冠の形状は漏斗に似て、先端が五裂する。異科接木技術「iPAG」を発見するきっかけとなったベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana )は、植物関連の研究室には常備されている、動物関連でたとえるとマウスのような存在。

*2 iPAG

本来は接木できないとされた、科が異なる二種の植物の間にタバコ属の植物を挟み込んで接木することで、三者の接木を成立させる技術(異科接木法 iPAG,特許 第6222720号)。主要な作物で異種の植物間で接木ができることを確認し、海外でも特許を取得している。


起業家として研究者を支える

丹羽さんの前身は京都大学助教ですね。京大の研究畑から名古屋大学発ベンチャーの社長へ転身された経緯をお聞かせいただけますか?

2015年、共同創業者である野田口理孝の研究から接木の特許技術iPAGが生まれ、この技術を食農に活用すべく、名古屋大学発ベンチャーを立ち上げるプロジェクトがスタートしました。野田口と私はともに京都大学大学院出身で、同じ研究室の先輩と後輩だった間柄なんですね。その縁で “野田口先輩” に声をかけられ、私もこのプロジェクトに参画することになりました。

当時の私は、京都大学の助教という立場でしたが、ゼロからのリスタートに迷いはありませんでした。かねてから彼の研究に将来性を感じていたし、大学での研究に終わらずに、事業を通して研究成果を農業の現場に役立てることができる点も、非常に魅力でした。

名古屋大学に移って1年間の研究活動を経た後、2017年4月、野田口とグランドグリーン株式会社を共同創業しました。とはいえ、実用化に向けては研究課題が山積みです。そこで、野田口は大学に残ってさらなる研究を進め、私は代表を引き継いで事業を展開していく。互いの成果をフィードバックしつつ役割分担する、というかたちで今に至っています。


常識を覆す技術は偶然から

グランドグリーンの特許技術「iPAG」について、あらためて教えてください。「近縁な植物同士でないと接合できない」という、接木の組み合わせの「制約」を突破する鍵となったのが、タバコ科の植物(ベンサミアナタバコ)なんですよね。

その通りです。われわれは、タバコ属の植物が極めて稀有な接木能力を持っており、あらゆる植物から拒絶されずに接木できることを発見しました。数千年来の技術の蓄積から知られてきた接木の常識を覆す、おそらく世界で初めての発見です。

無数の植物の中から、どうやってタバコにたどり着いたのですか。

実は、研究プロセスの中で見つけた偶然の産物という側面があるんですよ。

発見者の野田口は、もともと植物の内部で移動している「シグナル伝達物質*3 」の専門家です。この物質には、植物が外的ストレスなどから自己防衛するために出すホルモンや酵素などを伝達する働きがあります。

彼は、植物の中を駆け巡るシグナル伝達物質の同定と機能の解析を行っていて、その研究のツールとして接木を使っていたのです。その際、まったく異なる種類の植物同士をつなぐ必要があったのですが、接木が成立せず、研究の壁にぶち当たってしまった。

そんなある日、ふと研究室にあった「ベンサミアナタバコ」というタバコ属植物の一種を接木に使ってみたところ、問題なく接合に成功しました。そればかりか、実験に使った植物のRNA*4 も、接木したタバコに移動することが確認できたのです。「異科接木は不可能」という従来の常識がひっくり返った瞬間でした。

ベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana 
実験室でよく使われるタバコ属植物の一種で、写真は実際に研究室で育てたもの。他のタバコ属の種類でも接木が可能
(画像提供:グランドグリーン株式会社)

タバコ属というのは、植物学の基礎研究では最もポピュラーな実験植物の1つであり、彼の研究室にも普通に常備されていたことは好運でしたね。


実用化に向けた接木苗の研究開発は、現時点でどこまで進んでいますか。

現在、科の異なる2種類の植物の間にタバコ属を挟み込み、タバコ属を「中間台木」とした新しい接木苗をいろいろと開発中です。

例えば、窒素固定に優れて土壌を肥沃にするマメ科の雑草と、トマトをタバコでつなぐことも可能で、実際に生育にも成功しています。ただし「適地適栽」の観点から、畑に植えて農業生産に適した収量を見込めるトマトになるかどうかは未知数な点も多く、今後の課題です。収量を上げるための接木の組み合わせや、接木のタイミング、接木の手法など、実用化に向けた改良を進めているところです。

*3 シグナル伝達物質

外部からの刺激(信号)が、細胞内部の受容体と結合するときに作られる物質で、細胞の代謝や変化に影響を及ぼす。

*4 RNA

遺伝物質の基本単位であるヌクレオチド(塩基、糖およびリン酸)が多数重合したもので、細胞の核や細胞質内に存在し、DNAとともに遺伝やタンパク質の合成を支配する。DNAの遺伝情報を読み取り、転写する働きがある。リボ核酸。


不適地で農業ができる可能性

タバコを介すれば、自由自在に理想の作物ができるかもしれないわけですね。

原理的には、アイデア次第でどのような長所を持った植物も作れます。

私が特に期待しているのは、塩害のある土地や砂丘地など、これまで農業には適さないとされていた土地であっても、iPAGの接木技術を応用すれば、作物が育てられるようになるかもしれないということです。

例えば、自然界には塩分に対して非常に強い根を持つ植物が存在しています。海辺に生える海浜植物などがそうですね。それらの植物の根に、タバコの台木を用いて作物を接木すれば、塩害地で作物の栽培が可能になるかもしれません。私たちも実際にそういう接木苗を作って、栽培にトライしています。

タバコを中間台木として利用する際の概念図。
土壌改良に優れるマメ科の植物の台木と、トマトの穂木との間に、中間台木としてタバコ属の植物を挟み込む
(画像提供:グランドグリーン株式会社)

また、極端な乾燥地の場合、私がよくイメージするのがナミビア砂漠なんですが、そこには砂漠の中で生育するスイカの仲間が生えていて、現地の人は水分補給のためにスイカを食べているのだそうです。地球上には地下水脈まで到達するほど長い根を持つ植物も存在するので、そういう植物の根っこに作物を接木すれば、砂漠地でも農業ができるかもしれません。

(画像提供:グランドグリーン株式会社)


ゲノム編集も新品種に応用

現在、力を入れている商品開発について、さらに教えてください。

起業するにあたって「これは絶対に取り組みたい」と強く思ったのが、スピーディーな新品種の開発です。

人工交配による一般的な品種改良は、良い性質を持つ品種同士を、年間100単位もの組み合わせで交配し、個体選抜*5 を何度も繰り返して行うため、1つの新しい品種ができるまでに5〜10年という長い歳月を費やします。生育に時間がかかる樹木の場合には、さらに20年、30年もかかってしまうのです。

新品種誕生までに費やす膨大な手間と時間が、農業のイノベーションを停滞させていると感じていました。


その点、接木を利用すれば、すでに存在している植物を使うわけですから、ずっとスピーディーに新しい価値を生み出すことができます。また、近年の研究で明らかになったのは、接木では遺伝子産物であるRNAも台木から穂木へと送られる ということです。

そこで私たちが注目したのが、ゲノム編集技術です。

ゲノム編集技術というと、遺伝子組み換えの代替として登場した品種改良技術ですね。遺伝子組み換えとの違いは?

端的に言うと、遺伝子組み換えでは、目的の性質を持つ遺伝子を、全く異なる生物から持ってきて作物などに組み込むことで遺伝子を組み換え、新たな性質を獲得させる手法です。例えば、植物ではない細菌の遺伝子を植物である野菜に導入して、病害虫に強いとか、除草剤に耐性があるなど、新たな性質を加えるわけです。

これに対してゲノム編集の基本的な手法では、その植物がもともと持っている遺伝子を人為的に傷つけ、突然変異を起こし、作物の性質を変化させます。詳しく言うと、その作物が持っているある特定の遺伝子を狙った場所で切断し、作物自身が傷ついた遺伝子を治癒・修復しようとする際に、何十万回、何百万回に1回の割合で起きるエラーによって変異を引き起こし、目的の性質を持つ作物に品種改良するというわけです。

 
(画像提供:グランドグリーン株式会社)

生物の遺伝子が何らかの原因で傷つき、治癒するときに失敗して、変異が起きる。自然界ではランダムに、一般的に起きていることです。

グランドグリーンが開発を進めているのは、ゲノム編集ツール自体をタバコ属に作らせ、接木を介してそれを標的作物に送り込むという、独自のゲノム編集デリバリー技術です。これにより、自然に近い状態のまま、より短期間で理想の新品種が作れると期待しています。

*5 個体選抜(individual selection)

植物(作物)の集団から、希望する特性を備えた個体を選び出すこと。その個体を育成し、さらに5年から10年をかけて個体選抜を繰り返すことで、新たな品種とする。


種苗分野から起こす次の革命

どれくらい短期間で商品化が見込めると考えていますか。

企画の準備に半年、開発期間に半年、種を増やすのに1年くらい――合計しても最短2年で新種をマーケットインできると考えています。作物の種類にもよりますが、開発をスタートして半年後には形質の変化した種を採取できた例もあります。

膨大な時間がかかる交配育種よりも、5分の1、あるいは10分の1の時間で新しい品種の種が採れる可能性があるわけですね。

接木苗づくりの時間短縮も、現代農業の課題の一つです。今の農家さんは労働力不足の問題もあって、接木苗を自分で作らなくなっていています。だから接木苗の需要は非常に拡大していて、現在、日本で年間5億本ほど、世界だと推計100億本、およそ7,000億円くらいのマーケットがあると言われています。それでも生産が追いつかないのが現状なのです。

そこで、私たちは手作業の8倍のスピードで接木ができる「自動接木システム」を開発しました。すでに試作済みで、2020年には販売を開始します。

自動接木システムの例。接木用のカセット(写真はトマト用)で押さえ込んだ植物を、自動で接木を行う装置と組み合わせる
(画像提供:グランドグリーン株式会社)


現代農業が抱える課題はたくさんあると思いますが、グランドグリーンは大学発ベンチャーならではの発想力と技術開発力を、特にどの分野へフォーカスを当てようと考えていますか。

農業の世界は、種苗分野がまだまだイノベーティブとは言えないので、独自のアプローチで種苗分野から農業を改革し、「第二次・緑の革命*6」を牽引していきたいですね。

種苗分野は「生産性の向上」に最も深くコミットできる分野です。もちろん、私たちの手元にある技術を世に出したいというモチベーションはありますが、それだけだと、視野が狭くなってしまいます。「スピード」「自動化」「低コスト」といった農家さんが求めているニーズを見据え、それに応えていきたいです。

*6 緑の革命

1940年代から1960年代にかけて、高収量品種の導入や化学肥料の大量投入などにより穀物の生産性が向上し、土地面積あたりの生産量が歴史上、飛躍的に増大した農業改革のこと。1941年にロックフェラー財団がメキシコで行った小麦の高収量品種開発が始まりと言われる。食糧危機問題を解決する技術の発展が評価される一方、大国の食糧戦略としての側面や、土壌や自然環境への過大な負荷も指摘された。


 

最後に、これからの展望をお聞かせください。

グローバルな視点とローカルな視点を併せ持った事業を展開していきたいです。

世界を見渡すと、地球温暖化による気候変動や環境問題などで、農業が危機的な状態に陥っている地域はあちこちにあります。先ほども話が出ましたが、 iPAGを始めとした接木技術を発展させることで、塩害地や砂漠地など、どんな厳しい環境下でも農業が可能になるかもしれません。

グランドグリーンは、毎年3月に米国テキサス州オースティンで開催される、世界最大のクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル「SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)2019」に参加。東京大学産学協創推進本部が主催する「Todai To Texas (TTT)」とのコラボレーションにより、電通グループブースでプレゼンテーションを行った。展示したのは、バラ(穂木)ー タバコ(中間台木)ー ヤシ(台木)の接木。砂漠緑化への貢献がイメージしやすく、世界から注目を集めた
(画像提供:グランドグリーン株式会社)

一方、ローカルに目を向けると、その地域にしかない在来野菜を守りたい、という農家さんはたくさんいます。

私は彼らと語り合えるコミュニティーに属しているのですが、「在来野菜を作りたいのだけど、この品種を育てやすくするのにすごくコストがかかるから、品種改良まではなかなか手が出せない」といった悩みも聞きます。でも今後、種苗技術がもっと洗練されていけば、低コスト・短期間で魅力ある地場野菜の開発も可能になり、食物の多様性がより豊かに保たれます。

現在のところ、世界の農業は、大手種苗業者が「これを作りなさい」「あれを作りなさい」と、トップダウン方式で大きな市場シェアを持っています。でも、いつかは「これが自分たちの品種なんだ」と、ボトムアップでマーケットシーンそのものを変える可能性だってあるのです。

種苗分野からイノベーションを起こすことで、バリエーションに富んだ「持続可能な農業」の実現に貢献していく──それが、グランドグリーンのミッションです。


Profile
Writer
腰本 文子 Fumiko Koshimoto

自然・旅・農業・環境などをテーマに活動する、ネイチャー&トラベルライター。著書に『蝶がいっぱい』(晶文社)、『初めての山野草』(集英社be文庫)、『農薬に頼らずつくる 〜虫といっしょに家庭菜園』(家の光協会)など。「今の世の中ではとかく悪いイメージがつきまとうタバコ。その原料となるタバコ属の植物が農業の未来を救うかもしれない。その事実を知って驚きました」

Photographer
西川 知里 Chisato Nishikawa

LUCKIIS所属。名古屋を中心に活動しています。「栽培方法ではなく、植物からの視点で見ていること、遺伝子組み換えでもない新しい方法があることを知り、見方を変えることの大切さを感じました」
LUCKIIS Inc. www.luckiis.com

Recommend
`
Page top