30分で交わす、
真剣な明日への議論
パリ、ロックダウンの記録
パリ、ロックダウンの記録
新型コロナウイルスに関連した緊急事態宣言が全国で解除された日本。一足早くロックダウンを解除した国では、どのような対策が取られているのでしょうか。識者による「30分一本勝負」というユニークなオンライン討論会が行われているパリからのレポートです。
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の罹患者増大による「衛生危機緊急事態」が宣言され、フランスは2020年3月17日正午からロックダウン(都市封鎖)を強行した。
フランスでは、ミュールーズ(東部の都市)の宗教集会におけるクラスター感染から新型コロナウィルスが爆発的に拡大した。医療崩壊寸前だった東部の公立病院を救う手段として、軍が野外病院を緊急設営したほか、高速鉄道TGVで患者を西部の病院に搬送した。
2ヶ月前、報道から流れてくる情報は、ほぼ全て前代未聞の事態。有識者たちは、まるで「卵の上を歩くように」議論していたように感じられた。国民は、治療の第一線に従事する方々にエールを送るため「20時の窓辺の拍手」を毎夕始めた。
55日後の5月11日、全国一斉に緊急事態宣言が解除されたが、第二波を食い止めるため、国民一人一人に気を緩めない慎重な行動が求められている。そのために政府は、フランス全土を「グリーン」と「レッド」のゾーンに区分した。
この基準は「過去1週間の感染者数の推移」「地域公立病院の集中治療室の満床率」「地域ごとの感染検査や感染経緯観測システムの設置に要する時間」という3点で判断される。イール・ド・フランス圏(首都パリを中心とした経済圏)と海外地域圏マヨット(マダガスカル島とモザンビークの海岸の間にあるインド洋に浮かぶ島々)を含む北東部32県が、5月中旬現在でレッドゾーンとされている。
グリーンとレッドの区分で異なる点は、公園や庭園の利用、中学校など教育機関の再開。これらがグリーンゾーンでは可能となった。フィリップ首相は、「フランスを2分割して差別化しているのではない」とグリーンゾーンにもさらなる警戒を呼びかけている。今後の飲食店や観光サービスに関する営業に関しては、6月2日以降に明確にされていく見通しだ。
異なる屋根の下に生活する家族にも会ってはならない、自宅から1km圏内で1日1時間の外出しか許可されず、その際は外出証明書を持参しないとならない。
この「ならない」尽くしの生活の息抜きと、報道以外に関心を持ちたいと思っていた矢先、「未来都市」を課題軸にした “30minutes pour demain”(明日のための30分)に出会った。これは、フランスの建設会社 VINCIグループで、イノベーションとリサーチのためのプラットフォームを担う「Leonard(レナード)研究所」が主催する、ネット上でライブ配信される「バーチャルカンファレンス」プログラムだ。
30分間のプレゼンテーション後、チャットで寄せられた質疑を司会者がまとめて進行する。残り時間にはパネリストと聴講者、もしくは聴講者同士も意見交換ができる。パネリストは専門家たちばかりで、話のまとめ方も上手。会場での講演は質疑応答になると時間を大幅に超えることが多いものだが、配信時間の内に終えるレッスンもネット講演の特徴であると気付かされた。
4月20日の回は、エイズの病原菌VIHの研究を重ねてきた免疫学者でソルボンヌ大学の Didier Sicard(ディディエ・シカール)特任教授が出演。国立フランス倫理諮問会の理事も務めた専門家だ。対談相手は、ヌイイ・シュル・セーヌ(パリ西部近郊の都市)の Jean-Christophe Fromantin(ジャン・クリストフ・フロマンタン)市長。そこでは、集約農業の促進や、都市が自然に接近することで増大する人獣共通感染症のリスクが議論され、「自然保全と自然を取り入れる行為を履き違えてはならない」との指摘が両者からなされた。
世論調査からも今回の衛生危機により、大都市から中規模都市への移住を検討する意識が高まっていると伝えられたが、パリ市内のように500m徒歩圏内に教育、文化、商業、社会、医療システムが完備されている恵まれた街はそうそうない。
また、5月5日の討論テーマは「都市型の農園や屋上菜園」についてだった。
フランスでは年間20,000〜50,000ヘクタールの郊外にある農地が、都市開発の用途に転換されている。それと並行して、昨今は行政の政策のみならず、オーナーの意向で都心部の商業ビルやオフィスビル、複合型の新規ビルの屋上に菜園を設けるプロジェクトが増えてきた。実際のメンテナンスは専門業者に委託するケースが多く、労賃やロジスティックの相対比で商品の価格は高くつくものの、都市にいながら青果物の生産と消費が可能なことを謳う。
雨水や汚水を活用し、建物が消費するエネルギーの節約や再利用、持続可能性(サステナビリティ)の側面で評価されている。しかしながら、今回のような衛生危機で建物が閉鎖を義務付けられた場合、生産や収穫、さらに配布すら至らなくなることがわかった。
5月13日の「衛生危機によって生まれる新たな貧困層」をテーマにした回では、フランスには貧困層以下の苦しい生活を余儀なくされている人々が900万人いるという指摘があった。食糧支援や配給に携わる団体からの出演者は、「現状の都市型農園は理想的なモデルだが、我々が対象にする受給者に対応できる体制にはない」と結んだ。
今回のロックダウン期間中、識者や研究家たちは口々に、「ウイルスへの対応も重要な課題だが、社会で未解決だった問題が浮き彫りになった」と唱えた。
こういった充実したプログラムが 5月中旬までに35以上発信されてきた。これらは会場に聴衆を集めた講演会が再開されるまでの期間、続行されるという。
午後2時、考える意味を与えてくれる時間が訪れる。希望を持とう。
ジャーナリスト。翻訳・通訳家。東京生まれのパリ育ち。建築、デザイン、アート、産業、工芸 を横断的に考察し、日本とフランスの専門誌に寄稿中。「人生で『ロックダウン』を経験するとは想像すらしてこなかったが、緊急事態がいつ訪れてもおかしくない地球であることを痛感する。頭の中は無念と希望が行き来し、整理がつかない日々を過ごしている。」