ヤンバルクイナと
やんばるの森の仲間
日本で唯一の飛べない鳥
© tozuka gaku/Nature Production /amanaimages
日本で唯一の飛べない鳥
飛べない鳥、といったらどんな鳥を思い浮かべるでしょう。ペンギンやダチョウでしょうか。実は、日本にも飛べない鳥が暮らしているのを知っていますか。その名はヤンバルクイナ。沖縄県北部に広がる、やんばる(山原)の森だけに生きる固有種です。日本で唯一の不思議な飛べない鳥、ヤンバルクイナを紹介します。
ヤンバルクイナが発見されたのは今から40年ほど前に遡(さかのぼ)ります。
沖縄本島北部に広がる「やんばるの森」では、以前から謎の鳥の情報がありました。
録音された音声や写真、目撃情報はあるものの、その正体はわからないまま。
しかし、1981年、調査に入った山階鳥類研究所のチームが新種のクイナ類*1の捕獲に成功します。
その鳥が「やんばる地方に生息するクイナ」ということからヤンバルクイナと命名されました。
*1 クイナ類
ツル目クイナ科に属する鳥。世界に130種ほど確認されており、そのなかで飛べないクイナ類は33種いるが、そのうち13種はすでに絶滅している。
新種発表の後にわかったことですが、実は、地元の人には「アガチ(アガチャ)」とか「ヤマドゥイ」といった名前で知られた鳥でもありました。
アガチ(アガチャ)は「慌て者」、ヤマドゥイは「山の鳥」という意味です。
このユニークな飛べない鳥は、どのようにして誕生したのでしょうか。
ヤンバルクイナが暮らす沖縄本島を含む沖縄諸島は、かつてユーラシア大陸の一部でした。
海面の上昇や地殻変動によって、大陸と切り離されたり、つながったりを繰り返しますが、およそ100万年前には完全に切り離され、その後大陸とつながったことはないと考えられています。
外部からの介入がない隔離された島の中で、生きものたちは長い年月をかけて独自の進化を遂げることとなりました。
こうして、ヤンバルクイナをはじめ多くの固有種からなる、やんばるの森の生態系も築かれていったのです。
インドネシアやフィリピンには、ムナオビクイナというクイナ類が生息しています。
ムナオビクイナはヤンバルクイナに最も近縁な種であると考えられており、かつての沖縄諸島と大陸とのつながりを物語っています。
ただ、ムナオビクイナには飛翔能力があり、一方のヤンバルクイナは天敵となる生物がほとんどいない沖縄で飛翔能力を失っていったようです。
やんばるの森には、ヤンバルテナガコガネやノグチゲラ、オキナワトゲネズミなど、ほかにも多くの固有種が確認されています。
飛べない鳥のヤンバルクイナですが、空を飛ぶことができない代わりに肢(あし)が発達し、地上をすばしっこく走ります。
確かに、からだの大きさと比べると、羽は小さいものの肢が太く大きいことがわかります。
地元の人からアガチ(アガチャ)と呼ばれていたヤンバルクイナですが、小さなからだで駆け回るその姿には、慌て者という名前がぴったりではないでしょうか。
また、昼行性で、日中は餌をとったり水浴びをしたりして過ごしているようですが、警戒心が強くわたしたちの前にはなかなか姿をみせることがありません。
しかし、その鳴き声は小さなからだに似合わずとても大きく、やんばるの森には「キョキョキョキョキョ……!」とヤンバルクイナの大きな声が響き渡り、その存在を教えてくれます。
そんな平和なやんばるの森に暮らすヤンバルクイナに、危機が訪れています。
大陸から切り離された閉ざされたやんばるの森で、ほかの生きものたちとともに独自の生態系を築き上げてきたヤンバルクイナ。
しかし、天敵もほとんどいない平和な森で、飛べない鳥となったことがヤンバルクイナを追いつめてしまいます。
ひとつ目の危機は、マングースやノネコ*2 など、ヤンバルクイナを捕食する生物が外部から持ち込まれたこと。
飛べないヤンバルクイナは、捕食者にとってはこれ以上なく捕まえやすい恰好の獲物となります。
*2 ノネコ
野生化したネコ。現在、やんばる地域にあたる北部三村(国頭村・大宜味村・東村)では、ネコを適正に飼育し野生生物を保護するため、飼いネコに飼い主の情報を記録したマイクロチップを埋め込むことが条例で定められている。
そしてもうひとつの危機は、やんばるの森が開発によって開かれ、道路がたくさんつくられたことです。
道路がたくさんつくられてきたことで、生息域が分断され、縮小しました。
さらに、飛ぶことができないヤンバルクイナは歩いて道路を渡ります。急に駆け抜けていくこともあり、交通事故の被害に遭うことも多いのです。
ヤンバルクイナの繁殖期は3月~7月。
地面の上に枯れ葉などを集めた皿状の巣をつくり、一度に4個~5個の卵を産みます。
卵はつがいとなったオスとメスが交互にあたため、孵化(ふか)までは3週間ほどです。
ひなは孵化してからすぐに巣を出て親鳥の後をついて歩きます。親鳥はオスとメスが協力して、ひなのためにせっせと餌をとってまわります。
特にそんな子育ての時期、親鳥が餌をとるために道路に出てきて、犠牲となってしまうことが多いのは大変悲しい事実です。
1985年には1,800羽と推定されていた個体数は、2006年には700羽にまで落ち込みます。
さまざまな取り組みによって個体数は回復傾向にあり、現在は1,500羽程度になったと推定されていますが、まだまだ予断は許さない状況です。
大陸から離れ、閉ざされた世界となったやんばるの森では、ほかに類をみない生態系がつくりあげられていました。
進化の果てに飛べなくなったヤンバルクイナはまさに、やんばるの森の象徴のような存在ではないでしょうか。
そして同時に、この閉ざされた森の中でしか生きていくことができない、とてもか弱い存在であるとも言えます。
外部から移入した生物も、やんばるの森を通る道路も、人によってもたらされたものです。
私たちのあり方で、この森の未来は変わってくるでしょう。
ヤンバルクイナたちが当たり前のように、平和に暮らせる世界を大事にしていきたいですね。
主な参考・引用文献
『ヤンバルクイナ 世界中で沖縄にしかいない飛べない鳥』江口欣照 著(小学館)
「ヤンバルクイナを守る獣医師の取り組み」長嶺 隆(ヤンバルクイナたちを守る獣医師の会・沖縄県獣医師会会員) ※PDFファイル
サイエンスライター。中学校・高等学校の理科教員として10年間勤務したのち、世界に散らばる不思議やワクワクを科学の目で伝えるべくライターへ。「執筆にあたりヤンバルクイナの映像を何度も観ましたが、すばしっこく走り回る姿は愛嬌(あいきょう)たっぷりで、時期が落ち着いたらぜひとも会いに行きたいと思いました」
Twitter: @yuruyuruscience