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特集

デザインの視点で、 虫と自然を捉え直す

デザインの視点で、
虫と自然を捉え直す

インタビュー・文/及川 智恵
写真/川合 穂波(amana)

解剖学者の養老孟司さんを企画監修に迎え、東京・六本木のデザインの展示施設「21_21 DESIGN SIGHT」で開催中の「虫展 −デザインのお手本−」(2019年11月4日まで)。同展のディレクションを手がけるデザイナーの佐藤 卓さんは、どうして「虫」に注目したのでしょうか。そこには、私たちと自然の距離についての持論や、デザイナーという職能が科学に対してできることの考えがありました。

「虫」と聞いて、あなたはどんな印象を持ちますか? 強そうでカッコいい? それとも、気持ち悪くて怖い? 子どもの頃は虫を捕まえていたけれど、大人になったら苦手になってしまった……という方もいらっしゃるかもしれませんね。

そんな人でもきっと楽しめる展覧会が、2019年11月4日まで東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催されています。「虫展 −デザインのお手本−」の展覧会ディレクションを手掛けたデザイナーの佐藤 卓さんに、「虫」をテーマとした理由や、デザイナーとしての虫や自然の捉え方などについて、お話をうかがいました。


とにかく、すべてが魅力的

虫展、拝見しました。虫との距離を縮められるような展示ですね。

それはとても嬉しいです。

佐藤 卓(さとう・たく)/1955年東京生まれ。デザイナー、21_21DESIGN SIGHT館長およびディレクター。1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了。電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所(現TSDO)設立。「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」などのパッケージデザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」などのシンボルマークデザインを手掛けるほか、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」総合指導を務める。愛好するのは、サーフィンとラテン音楽

佐藤 卓(さとう・たく)/1955年東京生まれ。デザイナー、21_21DESIGN SIGHT館長およびディレクター。1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了。電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所(現TSDO)設立。「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」などのパッケージデザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」などのシンボルマークデザインを手掛けるほか、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」総合指導を務める。愛好するのは、サーフィンとラテン音楽

今回、「虫」を展示のテーマに選んだのはなぜですか?

21_21 DESIGN SIGHTのディレクターとして展覧会のテーマを探すなかで、子どもの頃に虫が好きで、家の近くの公園で昆虫採集をしていたことを思い出したんです。

また、生き物の構造や機能などについて研究し、社会に役立てることを考える「バイオミメティクス」や「バイオミミクリー」といった分野も、だいぶ前から注目されていました。例えば、競泳用水着の表面には、水の抵抗を減らすために、サメ肌の構造が生かされています。生き物には、私たちの生活に役立つヒントがたくさんあるんです。

自分自身の幼少期の体験と、生き物に対する社会の注目。この2つが重なって、「虫をテーマに展示をやってみたい」と思ったんですね。

「虫の標本群」標本蒐集:福井敬貴、標本協力:九州大学総合研究博物館
「虫の標本群」標本蒐集:福井敬貴、標本協力:九州大学総合研究博物館

「虫の標本群」標本蒐集:福井敬貴、標本協力:九州大学総合研究博物館


虫がお好きだった幼少期のお話をぜひ聞かせてください。

私は昭和30年生まれで、東京・練馬区で育ちました。当時の練馬はまだまだ田舎で、道を歩いているとヘビが横切るし、カエルの鳴き声もうるさいほど。森や林もたくさんありました。

私は特に、クワガタムシの戦闘的なフォルムが好きだったのですが、朝早く森に入るとたくさん採れるわけです。宝物みたいな感覚ですよね。夢中でした。

デザイナーの視点で、虫のどんなところが魅力的だと感じますか?

それはもう、すべてに魅力を感じます。「なぜ、こんな形に進化したんだろう?」という不思議な形の虫もいれば、「なぜ、こんなにメタリックな質感なんだろう?」という虫もたくさんいます。見ているだけで次々に疑問が湧いてくる。虫を研究している先生方にお話をうかがうと、また目から鱗が落ちるんです。

例えば、山中俊治(工業デザイナー)さんが中心になって制作された「READY TO FLY」という作品で再現されているように、甲虫は硬い羽根を一回広げた後に柔らかい羽根を開きます。柔らかい羽根は折り畳まれていて、それが一瞬で開いて飛ぶわけですが、開いた羽を閉じるときには、ちゃんと折り畳まれて収納されるんです。誰かが外側から畳んであげているわけでもないのに。

この展覧会の準備を始めて、あらためて虫のすごさを感じるようになりました。

山中俊治+斉藤一哉+杉原 寛+谷道鼓太朗+村松 充「READY TO FLY」 カブトムシなどの甲虫は、硬い前翅(ぜんし)の内側に、薄い後翅(こうし)が巧みな方法で折りたたまれている。1箇所に力を加えるだけで一瞬のうちに全体が展開。その構造を3Dプリンターで再現した (撮影:淺川 敏)

山中俊治+斉藤一哉+杉原 寛+谷道鼓太朗+村松 充「READY TO FLY」
カブトムシなどの甲虫は、硬い前翅(ぜんし)の内側に、薄い後翅(こうし)が巧みな方法で折りたたまれている。1箇所に力を加えるだけで一瞬のうちに全体が展開。その構造を3Dプリンターで再現した
(撮影:淺川 敏)


人類が生き延びるヒントがある

虫展のサブタイトルは「デザインのお手本」ですね。このサブタイトルに込められた想いや背景を教えてください。

虫に限らず、自然界はすべて「デザインのお手本」だと以前から考えていました。例えば木の葉は、養老さんがこの展覧会のために文章を寄せていただいているように、無駄なく多くの光を浴びられるよう、それぞれの葉が太陽の動きとともに向きを変えています。これをお手本にすると、例えば「太陽の動きに合わせて動くソーラーパネル」といったアイデアになるでしょう。

ですから、自然界はすべてデザインのお手本であり、当然ながら虫もデザインのお手本だと言えるな、と思いました。デザインをテーマにしている21_21 DESIGN SIGHTとしては、非常に大きなサブタイトルです。

佐藤 卓「シロモンクモゾウムシの脚」 昆虫写真家、小檜山賢二の精密写真を元に、シロモンクモゾウムシの左側の中脚(5mm)を700倍に拡大した模型。鑑賞者が700分の1のサイズになって見上げる状態とも言える (撮影:淺川 敏)

佐藤 卓「シロモンクモゾウムシの脚」
昆虫写真家、小檜山賢二の精密写真を元に、シロモンクモゾウムシの左側の中脚(5mm)を700倍に拡大した模型。鑑賞者が700分の1のサイズになって見上げる状態とも言える
(撮影:淺川 敏)

展覧会冒頭のパネルに、「虫は人間が生き延びるためのヒントになる」という内容がありますが、佐藤さんは虫に何を学ぼうと思われたのですか?

まずは実験的に虫をデザインのお手本にしてみることで、何かヒントが垣間見えないだろうか、ということです。

虫は何億年も前に地上に生まれ、環境になじみながら、さまざまな方法で進化してきました。近年は地球温暖化が問題視されていますが、地球は昔から大きな変動を繰り返しています。かつての状態をベストと考え、そこに戻そうという単純な考え方では、私たちは生き延びられないのではないか。環境に沿って生き延びるにはどうしたらいいのか、知恵を出すべきではないかと思うんです。


「虫展」を見た人に感じてほしいこと、伝えたいことはありますか?

いえ、何かを伝えたいという気持ちは、さらさらないんです。何をどう感じていただいても構いません。

どうしても現代社会では頭を使って考えてしまいがちですが、人間が物事に出会うときは、先に「感覚」に響くはずなんです。虫の世界で起きていることをクリエイターの方々のアイデアとともに提示したときに、皆さまに何をどのように感じていただけるだろうか、という点に興味があります。

 

鈴木啓太「道具の標本箱」より 身体そのものを道具として進化させ、自分だけの特別な技術を磨いてきた、虫。その「知恵」には人間の道具との類似点が多く見られる。それらを発想源に新しい道具を考案。写真は、テントウムシの脚先の微細構造に着想を得てデザインしたスニーカー

鈴木啓太「道具の標本箱」より
身体そのものを道具として進化させ、自分だけの特別な技術を磨いてきた、虫。その「知恵」には人間の道具との類似点が多く見られる。それらを発想源に新しい道具を考案。写真は、テントウムシの脚先の微細構造に着想を得てデザインしたスニーカー

あくまで、そのための「場をつくる」ことに専念されているわけですね。

その通りです。虫の世界に触れられる場を、東京のど真ん中につくったということですね。東京は虫を排除する場になってしまいましたから。もちろん厄介な虫もいるのですが、「嫌な虫もいるけれど、かわいい虫もいるんだな」というふうに少しでも見方が変わるとしたら、こういう場をつくった甲斐がありますね。

「虫に対する見方」という点で言うと、人工的な環境で起き上がろうとするカブトムシの映像には、なんだか親しみを感じました。

あの映像を担当された佐々木正人さんは、「アフォーダンス」、つまり「私たちの行動が、知らずのうちに環境の影響を受けている」という概念について研究していらっしゃいますが、これはデザインにも密接に関係します。あの映像を見ていると、なんだか気持ちが入りません?

「起き上がるカブトムシ」展示監修:佐々木正人(多摩美術大学)、映像撮影:岡 篤郎

「起き上がるカブトムシ」展示監修:佐々木正人(多摩美術大学)、映像撮影:岡 篤郎

はい、思わずじっと見てしまいました。

単純な構図ですけど、なんだか情緒的になりますよね。

でも、佐々木さんのあの作品は、とても深いことを語っている気がするんです。自然界には、あの映像のように平らな空間なんてありません。何かしら引っかかるものがあるので、虫はひっくり返ってもあっという間に起き上がれます。ところが、人間がつくった引っかかりのない場所では、虫は起き上がれなくて命を失ってしまう。

「環世界」*1 という言葉があります。他の生き物の視点で世の中を見ることを指すんですが、あのカブトムシの映像を見ていると、虫の視点で世の中を見るということや、環境の一部として他の生き物と共生する私たち人間はどうすべきなのか、といったことを考えさせられます。

もちろん、「カブトムシってかわいい」と感じるだけでも構わないのですけどね。

*1 環世界(かんせかい)

ドイツの生物学者、哲学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864-1944)が提唱した生物学の概念。個々の生物が知覚する時間や空間は客観的な環境ではなく、それぞれが主体的に構築する独自の世界であるとする考え。環境世界。


いったん壊れた展示計画

企画監修をなさった養老孟司先生のこともうかがいたいです。ご参加いただいた経緯や、養老先生に受けた影響などを教えてください。

私は虫の専門家ではないので、企画の当初から、虫に詳しい方と組んで展示をつくりたいと考えていました。そこで浮かんだのが養老さんです。私は本などを通して、養老さんの広い視野に示唆を頂いていましたし、虫が大好きだという話も知っていましたので、「養老さんと一緒に展覧会をやってみたい」と思ってお声がけしました。

解剖学者の養老孟司氏 ©︎新潮社

解剖学者の養老孟司氏
©︎新潮社

養老さんの存在は、この展覧会にとって非常に大きかった。展示の大きな流れも、養老さんにきっかけを頂いています。

今回の虫展では、最後に「人間の脳」を展示しました。プラスティネーションというドイツの技術を使って、水分を樹脂に代える処理を施した、本物の脳です。虫の展覧会なのに、最後は人間に返る。展示を見ているのは人間だということに、あらためて気づかされるんです。

特殊樹脂によって学術研究用につくられた脳の標本と、養老氏が寄せた解説文。「(前略)この展示を見ているのもあなたです。デザインのお手本になるかどうか、感じるのも考えるのも、すべてあなたなのです。でもその外には、無限の世界があるんですよね。」 (展示協力:Institute of Plastination)

特殊樹脂によって学術研究用につくられた脳の標本と、養老氏が寄せた解説文。「(前略)この展示を見ているのもあなたです。デザインのお手本になるかどうか、感じるのも考えるのも、すべてあなたなのです。でもその外には、無限の世界があるんですよね。」
(展示協力:Institute of Plastination)

最後にこんな展開が待っていたのかと、驚きと戸惑いがありました。

養老さんがいなければ、きっと虫で終わっていたでしょうね。


その手前では、ラオスの山中で蛾と一緒に暮らし、蛾が舞うイメージでブレイクダンスを踊る青年、小林真大(まお)君の映像が流れていますが、彼のことを紹介してくれたのも、実は養老さんなんです。「面白いやつがいるんですよ」って、事務所に突然、小林君を連れてきたんですね。

蛾と一緒に暮らしてブレイクダンスを踊っているというから、僕の頭はすっかり覚醒してしまいました。「養老さん、何を考えているんだ!?」って(笑)

(撮影:淺川 敏)

(撮影:淺川 敏)

岡 篤郎+小林真大「MAO MOTH LAOS」 世界で最も多い種類の蛾が生息していると言われるラオス。父親から蛾の美しさを教わった小林は、標高1,400mの村で、フィールド研究者として、ブレイクダンサーとして活動している

岡 篤郎+小林真大「MAO MOTH LAOS」
世界で最も多い種類の蛾が生息していると言われるラオス。父親から蛾の美しさを教わった小林は、標高1,400mの村で、フィールド研究者として、ブレイクダンサーとして活動している

それまでの計画が、そこでいったん壊れました。「もっとやっていいんだ」ということに養老さんが気づかせてくださった。そこから、虫のディテールに始まり、さまざまな虫の展示を見て回った後に、人と虫が一体になり、最後は人間に戻ってくる、という展示の流れができました。

小林さんが踊る映像は、混乱するというか、見ていて身体がぞわぞわして。

そうですね、その感覚は正しいと思いますよ(笑)

その後の「眼状紋」の展示もそうです。その場所を歩いているだけで、ものすごく気持ち悪くて。気持ち悪さを抱えた状態で、最後に「脳」を見せられるわけです。「何なんだろう、これは」と。

眼状紋とは、生物の体にある眼のように見える模様。昆虫の天敵である鳥などの眼にそっくりなものもある

眼状紋とは、生物の体にある眼のように見える模様。昆虫の天敵である鳥などの眼にそっくりなものもある

展覧会って、コースが決まっていて、わかってもらいたい部分があって、最後はきれいに完結するものが多いと思うんですが、私は来場者の気持ちを完結させようとは思っていません。混乱したまま会場を出ていただき、帰り道に「あれは何だったんだろう?」と思いを巡らせていただく。そのきっかけを虫でつくれたとしたら、すごく嬉しいですね。


身体の中にもある自然

今回の特集テーマは「サイエンスコミュニケーション」です。虫や自然のことを伝えるにあたって、専門家ではないデザイナーだからこそ果たせる役割は、何だと思いますか?

デザイナーによって考え方が違うかもしれませんが、デザインとは「間でつなぐ」仕事だと私は思っています。

21_21 DESIGN SIGHTに関わり始めた頃から、「デザイナーはもっと学際的であるべきではないか」という意識がありました。ジャンルの垣根を超えて、デザイナー以外の人たちとも協力しながら、世の中のありとあらゆる物事と多くの人たちを、その間でつなぐお手伝いをするのがデザイナーの役割だと考えるようになったのです。

そう考えると、科学の世界と多くの人々をつなぐことができるのは、デザイナーしかいません。科学者は科学を突き詰めていく人たちで、それを一般の人に伝えるための方法を知らない場合が多い。彼らの本来の役割ではないからです。しかし、デザイナーを間に入れることで、科学者がやっていることを多くの人たちに伝えることができます。

国立科学博物館で開催されている「風景の科学」展(2019年12月1日まで)も佐藤さんによる企画ですが、こちらもまさに「つなぐ」展示ですね。

写真という芸術を科学の入口にできるのではないか、と考えて企画しました。通常、芸術と科学は別々に扱われますが、この2つを融合してみようという展示ですね。芸術と科学をデザインがつないでいるわけです。

上田義彦による写真を収めた公式図録『風景の科学 芸術と科学の融合 Illuminating Landscapes』

上田義彦による写真を収めた公式図録『風景の科学 芸術と科学の融合 Illuminating Landscapes』

風景の中には科学への入口が無数にあります。研究者の人たちには、入口となる展示物を用意していただきました。会場は写真展のような感じですが、写真とセットで展示物と文章も飾られている。一瞬何のことか分からないんですが、文章を読んでいくと「ああ、なるほど」と気づく。そして、もう一回写真を見ると、景色の見方が変わります。

面白いです。「間に入ってつなぐ」ということであれば、デザイナーの果たせる役割はまだまだたくさんありますね。

まだまだどころか、いくらでもありますよ(笑)。つながっていない部分が社会にはたくさんあります。物事を的確につなぐことを、もっとデザイナーが模索しなければならない。デザイナーの意識を変えていかなければならないと思っています。


それにしても、ご専門ではない科学の世界にもどんどん興味を持って面白がっていく、佐藤さんの好奇心にも驚かされます。

子どものまま大人になっちゃったんですよ(笑)。子どもって、何にでも興味がありますよね。

私は科学の専門家ではありませんから、知らないことだらけです。でも、「知らない」ということを知っていれば、いかに面白い世界が身の回りに広がっているか、気づくことができるんです。

大人になると好奇心がどんどん薄れていきます。大人は物事を概念化してしまって疑わなくなるので、知らないはずのことまで「知っている」と思い込んでしまう。私は、知っているはずのことをいかに知らないかということに気づくためのきっかけを、展示を通してつくっているんです。

水江未来「Inside the Cocoon」 「虫展 −デザインのお手本−」会場で上映されたアニメーション作品。幼虫から蛹(さなぎ)になり、成虫になる過程を「完全変態」と言う。蛹の内部では成虫の姿になるため、身体の各部位をつくり直すという驚くべき変態(メタモルフォーゼ)が起こっている。その神秘さを独自のビジュアルで再現

水江未来「Inside the Cocoon」
「虫展 −デザインのお手本−」会場で上映されたアニメーション作品。幼虫から蛹(さなぎ)になり、成虫になる過程を「完全変態」と言う。蛹の内部では成虫の姿になるため、身体の各部位をつくり直すという驚くべき変態(メタモルフォーゼ)が起こっている。その神秘さを独自のビジュアルで再現

だいたい、私たちは自分の身体の中で何が起きているかさえ知らないでしょう? 身体の中にも自然があるんです。重力だって大自然だし、台風なんかも、もちろん大自然です。「都会には自然がない」などと、いったい誰が言ったのか。大間違いですよ。私たちの身体そのもの、私たちの身体で起きていること自体が大自然なんですから。


あなたにとって、科学とは?

最後に、皆さんにおうかがいしている質問なのですが、佐藤さんにとって科学とは何ですか。

科学とは……きっと「好奇心の入口」ですね。私は科学の専門家ではないので、あくまで「入口」という感覚です。でも、いろいろな専門家の方にお会いすると、面白い話が次々と出てくるわけです。「それってどういうことですか?」と、どんどんのめり込んでしまう。

そうすると、ただ知るだけではなくて、それを伝えなければという気持ちになるんです。私はデザインのスキルを持っているので、展覧会、本、テレビ番組や映像……さまざまな方法を考えますね。

小檜山賢二の写真集『TOBIKERA』(ブックデザイン:佐藤 卓)。被写体のすべてにピントを合わせた独自の撮影技法でトビケラの巣を捉えた

小檜山賢二の写真集『TOBIKERA』(ブックデザイン:佐藤 卓)。被写体のすべてにピントを合わせた独自の撮影技法でトビケラの巣を捉えた

小檜山賢二「トビケラの巣」 トビケラは、蝶や蛾に近い昆虫。幼虫は水中のミノムシであり、身近な素材で巣をつくる。材料によって個性が生まれ、さまざまな「作品」が生まれる。「虫展−−デザインのお手本」会場では、引き伸ばされた大きな写真を複数展示

小檜山賢二「トビケラの巣」
トビケラは、蝶や蛾に近い昆虫。幼虫は水中のミノムシであり、身近な素材で巣をつくる。材料によって個性が生まれ、さまざまな「作品」が生まれる。「虫展−−デザインのお手本」会場では、引き伸ばされた大きな写真を複数展示

自分が知ったことは、伝えたくなってしまう。

面白いことに出会ったら、誰でも伝えたくなりますよね。コミュニケーションの基本だと思います。だからこそSNSが発展したわけですし。

私自身も、クリエイターの方々とご一緒するたびに、刺激をたくさん受けます。思いがけないものがどんどん生まれてきて、それが自分をものすごく覚醒させてくれるんです。展覧会を企画した自分自身がとんでもなく驚かされる一方、準備しているときは、「これを来場者はどう見てくれるんだろう?」とハラハラもしますね。

でも「虫展」は、ちゃんと私の好奇心の入口になってくれました。

ありがとうございます。その言葉だけで、この先の1年は元気でいられます(笑)

21_21 DESIGN SIGHT 企画展
「虫展 −デザインのお手本−」

会期:2019年11月4日(月・祝)まで
会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2
(東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン内)
開館時間:10:00〜19:00(入場は18:30まで)
休館日:火曜日(10月22日は開館)
入場料:一般1,200円、大学生800円、高校生500円(中学生以下無料)
http://www.2121designsight.jp/program/insects/


Profile
Writer
及川 智恵 Chie Oikawa

ライター、編集者、翻訳者。医療系を中心に、幅広い分野のコミュニケーションに携わっている。「『デザイナーの仕事は間でつなぐこと』という佐藤さんのお話をまとめながら、私自身の役割についても思いを巡らせていました。執筆や編集、翻訳といった仕事も、主に言葉を使って『つなぐ』仕事なのだと思うのです。この記事を通して、『虫展』や虫の面白さと読者のあなたをつなげることができたら、とても嬉しく思います」

Photographer
川合 穂波 Honami Kawai

amana所属。広告写真家と並行して作家活動を行う。「虫への愛を語る佐藤さんの表情や仕草に、撮影するこちらもぐいぐいと引き込まれました。展示にもそんな愛がいっぱい詰まっていて、虫が苦手な私も虫たちを愛おしく感じました」
https://amana-visual.jp/photographers/Honami_Kawai

Editor
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「気候変動サミット開催中のニューヨークを訪れました。現代の文明にとって、地球温暖化はもはや目に見える脅威ですが、国どうしのけん制は続きます。佐藤さんの言う『かつての状態をベストと考え、そこに戻そうという単純な考え方では、私たちは生き延びられないのではないか』といった強い危機感までもが求められるのかもしれません」

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