a
アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
Series

連載

図鑑制作者のおしごと③ ハイラックスに噛まれた話

ハイラックスに
噛まれた話

図鑑制作者のおしごと③

文/丸山 貴史


©︎ Matt Parry/robertharding /amanaimages

近年はメガヒット作品も生まれている、生きものや科学の図鑑。そのつくり手はどんな人たちで、どんなことをいつも考えているの? 私たち NATURE & SCIENCE のOBであり、『ざんねんないきもの事典』『わけあって絶滅しました。』の執筆でも知られる「図鑑制作者」の丸山貴史さんが綴るお話。ハイラックスを求めて、イスラエルを旅します。

減りつつあった大型哺乳類

第2回記事はこちら

ハイラックス探訪の旅は、紅海に面した最南端のエイラットから、レバノンと国境を接する最北端のメツラまで、路線バスとヒッチハイク、徒歩で回りました。イスラエルは四国と九州の中間くらいの大きさしかなく、道路網が複雑にのびていないため、できたことです。

道中では、ゴラン高原の山中で野宿をしていたらシマハイエナに襲われそうになったり、宿がなくて警察の留置場に泊めていただいたりしつつ、マサダの砦でジャンプして鳥をしとめるカラカルや、砂漠を疾走するドルカスガゼル、岩場を跳ね回るヌビアアイベックスなども観察することができました。

エイラットはイスラエル最南端の都市。ネゲブ砂漠と紅海に面した美しい土地
©︎Walter Bibikow/awl images /amanaimages


シマハイエナ。黒いしま模様が特徴。雑食性で、屍肉(しにく)も食べる。ハイエナの仲間では分布が最も広く、アフリカのサバンナからサハラ砂漠、インドの草原まで生息する。日中は巣穴や物陰で休み、夜に活動する
©︎Kevin Schafer/MINDEN PICTURES /amanaimages

ドルカスガゼル。ウシの仲間でオスもメスも角をもつ。走るのが速くジャンプ力もある。水はほとんど飲まず、植物から水分を得る
©︎Nigel Pavitt/awl images /amanaimages

カラカル。ネコの仲間で鳥やネズミなどを食べる。ずば抜けたジャンプ力で2mもとび上がり、飛んでいる鳥を捕まえる。大きな耳の先には長い房毛が生える
©︎Minden Pictures /amanaimages

ネゲブ砂漠のサファリパークのようなところでボランティアをしたときには、下半身が動かなくなったヒョウの世話もしました。1997年時点で、イスラエルには野生のヒョウが4頭しかいなくなっていましたが、そのうちの1頭が民家に近づいたため、住人に拳銃で撃たれ、運び込まれたとのこと。

当時、フェネックやダマジカなどはすでに絶滅したと考えられており、砂漠ばかりであまり開発が進んでいないように思えたイスラエルでも、大型の哺乳類は減少していたようです。


ハイラックスに出会えた……が、噛まれる

さて、肝心のハイラックスですが、わりといろいろなところに生息していました。とはいえ、群れているところが観察できたのは、ガリラヤ湖畔からヨルダン川の西岸地域、そして死海のほとりの泉周辺といった水辺ばかりです。

ただし、森林の広がる北部のゴラン高原ではまったく姿を見なかったので、基本的には乾燥した環境を好むのでしょう。また、集団で暮らすかれらにとって、遮蔽物(しゃへいぶつ)の少ない乾燥した環境のほうが敵を発見しやすいというメリットもあるのかもしれません。

たとえば、私がゆっくりとハイラックスに近づいても、ある程度の距離までは逃げません。しかし、タカが上空に現れると、発見した個体が「ピピーッ!」という高音を発し、なかまはいっせいに岩場の隙間にもぐりこみます。

岩場でくらすケープハイラックス。よく日向ぼっこをしている
©︎Pete Oxford/Nature Production /amanaimages


その後、私は紆余曲折を経て、死海のほとりにあるエン・ゲディ*1というところに移籍することができ、毎日近場でハイラックスを観察できるという僥倖(ぎょうこう)に恵まれました。

しかし、ある日、ハイラックスを舐めすぎていた私は、岩場を登ろうと手をかけたときに、岩の隙間にひそんでいたハイラックスに左手を噛(か)まれてしまいます。

ケープハイラックスは上の前歯2本が長い牙になっていて、一生伸びつづける
©︎丸山貴史

ハイラックスが、アフリカ獣類の中でもゾウやジュゴンに近縁の近蹄類(きんているい)*2だということは、最近はよく知られるようになってきました。その証拠としてよく挙げられるのが、門歯*3が牙になっている点です。ハイラックスの門歯は細長い牙になっており、噛まれると深く刺さります。ただし、私が噛まれたときの痛みは、それほど強いものではありませんでした。

その後、ハイラックスは植物食だから狂犬病を持っていないだろうと、傷口を洗うだけで放置していたところ、傷の周囲がだんだんとドーム型に腫れてきました。そこで、バスを乗り継ぎエルサレムの病院へ行くと、即日入院となったのでした。

ハイラックスに噛まれた傷の跡。20年経った今でも、うっすらと残っている。ハイラックスの門歯は薄いので、歯型はハの字型
©︎丸山貴史

(つづく)


*1 エン・ゲディ

「子ヤギの泉」という意味で、近くには小さな滝もあるほど、砂漠にしては水が豊かなところ。

*2 近蹄類

ツチブタ目やハネジネズミ目を含むアフリカ獣上目の下位分類で、ハイラックス目、ゾウ目、ジュゴン目のほか、絶滅した束柱目(デスモスチルスなど)と重脚目(アルシノイテリウムなど)が含まれる。門歯が牙状であるものが多く、睾丸が腹腔内に留まるため陰嚢がないという共通点がある。

*3 門歯

哺乳類の歯列の中央上下にある歯。ヒトでは前歯ともいう。ハイラックス目やゾウ目は門歯が牙だが、サル目やネコ目は犬歯が牙になっている。

Profile
Writer
丸山 貴史 Takashi Maruyama

1971年東京生まれ。法政大学卒業後、ネイチャー・プロ編集室勤務を経て、イスラエル南部のネゲブ砂漠でハイラックスの調査に従事。現在は、図鑑の編集・執筆・校閲などに携わる。今泉忠明著『世界珍獣図鑑』、熊谷さとし・大沢夕志ほか著『コウモリ観察ブック』(共に人類文化社)の編集や、『ざんねんないきもの事典』『続ざんねんないきもの事典』(共に高橋書店)、『プチペディアブックにほんの昆虫』『プチペディアブックせかいの動物』(共にアマナイメージズ)、『わけあって絶滅しました。』(ダイヤモンド社)の執筆などを担当。

Recommend
`
Page top