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図鑑制作者のお仕事④ ゾワゾワ怖い 海外の感染症事情 

ゾワゾワ怖い
海外の感染症事情

図鑑制作者のお仕事④

文/丸山 貴史


©︎Gemma Ferrando/Westend61/amanaimages

近年はメガヒット作品も生まれている、生きものや科学の図鑑。そのつくり手はどんな人たちで、どんなことをいつも考えているの? 私たち NATURE & SCIENCE のOBであり、『ざんねんないきもの事典』『わけあって絶滅しました。』の執筆でも知られる「図鑑制作者」の丸山貴史さんが綴るお話。ハイラックスを求めての中東の旅、最終回です。

野良アニマルに噛まれたら

第3回記事はこちら

ハイラックスに噛まれた私は、エルサレム郊外の病院に入院することになりました。傷自体は大したことがなかったものの、傷の周囲がものすごく腫れ上がったためです。

私は膿が溜まっているのだと思い、カッターで傷口を刺してみましたが、膿ではなかったようで、抗生物質の点滴を続けると腫れは治まり、2週間ほどで退院することができたのでした。

この診察のときに、医者に質問されてわからなかった言葉に “tetanus” と “rabies” があります。それぞれ「破傷風」と「狂犬病」という意味ですが、どちらも発症すると致命的で、破傷風は30%以上、狂犬病に至っては100%の死亡率です。

破傷風の原因細菌(Clostridium tetani )。土壌中に生息しており、傷口から体内に入る。この細菌がつくる神経毒で中毒を起こし、痙攣や呼吸困難などを起こす
©︎Science Source/amanaimages


1968年以降に日本で生まれ育った人は破傷風の予防接種を受けている可能性が高いようですが、10年程度でワクチンの効力は落ちるそうです。一方、狂犬病のワクチンを集団接種することはありませんから、通常は抗体をもっていません。

どちらのワクチンも、感染後であっても発症を防ぐことができるので、海外で野良アニマルに噛まれたらとりあえず接種したほうがいいでしょうね。ただし、どちらも複数回接種しないと免疫が得られないので、海外旅行保険に入っていないとかなり痛い出費になります。


予防接種を示すイエローカード

退院後しばらくして1年間の滞在を終えた私は、イスラエルのエイラットからスエズ運河を越えてエジプトのカイロに行きました。

エジプトのスエズ地峡にあるスエズ運河は、地中海と紅海を結ぶ世界最大の運河。1869年に開かれた
©︎dpa picture alliance/Alamy Stock Photo/amanaimages

アフリカや南アメリカの国に入国する際には、黄熱(おうねつ)病(yellow fever)の予防接種を受けたことを示す「イエローカード」の提示が求められることがあります。

黄熱病の病原体である黄熱ウイルス。カによって媒介され、罹ると発熱、筋肉痛、吐き気などの症状があり、重症化すると黄疸が出て死に至ることも。野口英世がその研究途中で感染し、亡くなったことで知られている
©︎Science Photo Library/amanaimages

そこで私は、カイロにある安宿・スルタンホテルで知り合ったワンチャイ氏の勧めにより、カイロの雑居ビルで予防接種を受けることにしました。お値段はわずか6米ドルほどとリーズナブルでしたが、きちんと目の前で注射針を開封し、「使いまわしじゃないよ」とアピールしていたのを憶えています*1

*1 目の前で注射針を開封

当時はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染経路として注射針の使い回しが問題になっており、「東アフリカの某国では成人のHIV感染率が80%に達した」とも噂されていた。


カが媒介する伝染病

イエローカードを手に入れた私は、今度は飛行機でケニアのナイロビに飛びます。

そこでたいていの日本人が最初に行うミッションといえば、日本大使館の医師よりマラリア(malaria)の予防薬の処方を受けることでした。抗マラリア薬にはメフロキン(C17H16F6N2O)とクロロキン(C18H26ClN3)という2種類の飲み薬があり、どちらも週に1回服用すればマラリアを予防できるというものです。

マラリア原虫をもったカに刺されることで感染する、マラリア。原虫が体に入ると赤血球の中で増殖する。発熱、頭痛、嘔吐、筋肉痛などの症状が出て死に至る場合もある
©︎Visuals Unlimited/amanaimages

メフロキンのほうが耐性をもつマラリア原虫は少ないのですが、「悪夢を見る」などの副作用があるため、体質に合わない場合はクロロキンということだったと思います。

同じくカが媒介する有名な感染症にデング熱(dengue fever)がありますが、当時、デング熱は予防薬がありませんでした(現在ではワクチンが開発され、承認されている国もある。日本では未承認)。

そのため、ただ「カに刺されないようにする」という対策しかありませんが、気をつけるといっても限界があります。実際、タンザニアのタンバトゥ島に夜行性のキノボリハイラックスを見に行ったときは、ありえない数のカに刺されてしまいました。

血を吸うネッタイシマカ。黄熱病、デング熱などを媒介する
©︎Science Photo Library/amanaimages

マラリアもデング熱も媒介するカの種類が決まっているうえに、ウイルスや原虫をもっているカはごく一部です(ウイルスや原虫をもっている動物の血液を吸ったカのみが、媒介者になる)。

なので、無防備な状態で長期間を過ごさなければ、確率的には感染しないんだろうと思っていましたが、私はのちにタイの山奥でデング熱にかかり、40℃オーバーの熱に1週間ほど苦しんだのでした。


東アフリカの旅で鍛えられた

アフリカ最大の湖・ビクトリア湖や、最長の川・ナイル川に入ると、皮膚を通して吸虫に寄生され、住血吸虫(じゅうけつきゅうちゅう)症(snail fever)になる可能性があります。これも内臓疾患の原因となる恐ろしい感染症です。

ただし、アフリカで最も深い湖・タンガニーカ湖は強いアルカリ性のため、住血吸虫はいないとされています。なので、私はチンパンジーを見にタンザニアのゴンベ ストリーム国立公園に行ったついでに、タンガニーカ湖で泳いでみました。

地元の人は誰も泳いでいませんでしたが、固有種のアフリカンシクリッド(カワスズメ科の魚)を獲っている漁師に沖合まで同行させてもらい、最大深度約1,470mの湖を堪能したのでした。

タンガニーカ湖はタンザニア、ザンビア、コンゴ民主共和国、ブルンジの4カ国にまたがる淡水湖で、固有種が非常に多い。ロシアのバイカル湖に次いで世界で2番目に深く、最大深度は約1,470m
©︎NPL/amanaimages


ほかにも、キリマンジャロに登頂した際、ビールを飲んだところ高山病(altitude sickness)の症状が出て非常に苦しい思いをしたり、長距離移動中にトウモロコシとバナナだけで過ごすはめになったり。また、トイレに行っているあいだに70リットルのザックを盗まれたりもしました。

トイレから出たらザックがなかったので呆然としていると、周囲でたむろしていたタンザニア人たちが「荷物を持った男はあっちへ行った」と笑いながら指を差します。急いでそちらへ向かったところ、ザックが重すぎて走れなかった窃盗犯は荷物を放り投げて逃げて行きました。それ以降、トイレに行くにも重いザックを担いで行くはめになったのです。

いろいろと消耗した東アフリカでした。しかしそのおかげで、以降はどこの国へ動物観光に行っても快適に過ごすことができるようになったのかもしれません。

そして日本に帰国した後は、図鑑部門を立ち上げようとしていた人類文化社という出版社に就職し、再び編集者として働きはじめます。このときに、『憧れの虫を飼おう!世界のカブト・クワガタ』(川上洋一 著)、『世界珍獣図鑑』(今泉忠明 著)、『コウモリ観察ブック』(熊谷さとし、大沢夕志、大沢啓子、三笠暁子 著)などを編集したのでした。

キリマンジャロ登頂での一枚
©︎丸山貴史


丸山さんが、さまざまな生きものと遭遇した中東からアフリカ滞在のお話は、ここでいったんおしまい。次回からは、図鑑制作について語る新章がスタートします。お楽しみに。

Profile
Writer
丸山 貴史 Takashi Maruyama

1971年東京生まれ。法政大学卒業後、ネイチャー・プロ編集室勤務を経て、イスラエル南部のネゲブ砂漠でハイラックスの調査に従事。現在は、図鑑の編集・執筆・校閲などに携わる。今泉忠明著『世界珍獣図鑑』、熊谷さとし・大沢夕志ほか著『コウモリ観察ブック』(共に人類文化社)の編集や、『ざんねんないきもの事典』『続ざんねんないきもの事典』(共に高橋書店)、『プチペディアブックにほんの昆虫』『プチペディアブックせかいの動物』(共にアマナイメージズ)、『わけあって絶滅しました。』(ダイヤモンド社)の執筆などを担当。

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