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特集

藍と “ジャパンブルー”(中編)

藍と “ジャパンブルー”
(中編)

発酵が生む、一期一会の彩り

インタビュー・文/中野 富美子
写真/大竹 ひかる(amana)

首都圏郊外の静かな街。その川沿いの丘の上にある「草木工房」の山崎和樹氏に、藍染めと発酵についてうかがう全3回の中編。実際の藍染め作業を目の当たりにすると、途中経過の色の変わりようや、美しい所作の手さばきから目が離せませんでした。

温度、pH、栄養源、攪拌が大切

藍と “ジャパンブルー” (前編) からの続き

藍建て染めをするために「藍を建てる」のは、とても難しそうですが。

私たちの工房では、とてもシンプルな方法で行っています。最初に瓶に入れるのは、蒅、木灰(もくばい)*1、熱湯だけです。藍建ては発酵なので、難しさもありますが、そこが面白いところでもあります。

まず、45リットルほどの瓶もしくはポリバケツに、蒅2.8キログラム、木灰1.4キログラムを入れ、熱湯35リットルを加えて長い棒で底からよくかき回します。私はよく「これはカップラーメンだ」って言っているんですよ。「蒅と灰にお湯を注げばできます」って(笑)。藍建てをされている方からは叱られそうですが、多くの人にやって欲しいので、なるべくハードルを下げたいと思っています。

発酵なので、大切なのは微生物の生育条件を考えて管理することです。そのために必要なのは、温度とpH(ペーハー)*2と栄養源、そして毎日かき混ぜることです。まず、いい蒅であること、木灰を入れること、温度は25〜28℃にすること、そしてpH管理。発酵建て染めの場合は、適度なアルカリに保つことです。

「いろいろな条件によって違いますが、うちの場合はpH 10.5〜10.8にしています。最初はpHを低めにして徐々に上げるのがよいようです。pH管理には、pHメーターがあるといいです。それほど高価なものでもありませんから」(和樹氏)

微生物が成長するとpHがちょっと落ちるので、そのときに消石灰*3をちょっと入れてアルカリ性の度合いを高めます。石灰は、最初には入れず、あとからほんの少量ずつ入れるほうが良いようです。


発酵が進むと「藍の華」が生まれるんですよね。

そうです。毎日かき混ぜて1週間くらいすると、液の表面に赤みを帯びた泡、藍の華が生まれます。そうなると、染色できるようになります。

藍の華は、発酵が進み、染められるようになったサイン

*1 木灰

ナラなどの木の灰。木を燃やして作ることもできるが、染料店などでも購入できる。

*2 pH

水素イオン濃度。常温常圧の水溶液では、pH 7が中性で、より小さいと酸性、より大きいとアルカリ性。

*3 消石灰

水酸化カルシウム。染料店などで購入できる。


漬け物のように日常的な染め

藍建ての方法は、試行錯誤されたのですか。それとも先代から伝承されたものですか。

さまざまな文献や、父のレシピもふくめ、いろいろな方法で試したのですが、最初はなかなかうまくいきませんでした。

私は一応科学を修めた人間なので、データを取るわけです。必要といわれているものについても、絶対に必要かどうか、比較して検証したくなるんですね。また、私は人にこの染めを伝えるという仕事もしているので、「なぜ、ここでこれを入れるのか」を説明する必要があります。そうして、いろいろ研究しました。

工房の庭には先々代、斌(あきら)氏の句碑

書棚には先代、青樹(せいじゅ)氏の著書も

染色研究家でもある和樹氏のもとで、息子さんの広樹(ひろき)氏(右)が修行しつつともに染色に携わっている


そんななか、「正藍染(しょうあいぞめ)*4」の伝承者で、重要無形文化財 正藍染技術保持者でもあった千葉あやのさんが、灰をダイレクトに入れていることを知り、「これは簡単でいい」と思い、やってみたらうまくいきました。

中国のミャオ族*5など、伝統的な染めをしている人々のもとも訪ねましたが、藍染めについても、みな家族で自分の瓶を持っていました。これはおばあちゃんの瓶、これはお母さんの、これは自分の、というように。それぞれが当たり前のように染めていました。

なんだか、ぬか漬けみたいですね。

そうですね。ミャオ族にとって、藍染めは家庭に必要なもの、日常のものなんですね。

発酵は、科学的にもとても面白いものです。毎日かき回しますが、藍建てに関わる微生物は、酸素があってもなくても育ちますが、酸素がない状態の方が還元する力が強くなるそうです。だから、かき回し過ぎてもいけないのですが、かき回さないと雑菌が増えてしまいます。雑菌を殺すには、酸素を入れるのがいいからです。微生物の発酵という力のすごさを感じます。

発酵が生む藍の彩り。染め重ねることによってより深い藍が生まれる

 

*4 正藍染

藍瓶を加温して四季を通じて染める藍建て染めに対して、加熱せず自然に発酵させた藍液で染める古来の藍建て染め。宮城県出身の千葉あやの氏(1889-1980)が伝承し、1955年重要無形文化財に指定された。

*5 ミャオ族

中国南西部の貴州省(きしゅうしょう)に多く住む少数民族で、同系統の言語を話す人々が、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナムなどの山岳地帯に住んでいる。伝統的な織りや染めが盛んで、美しい民族衣装を作ることで知られている。苗族、モン族とも呼ばれる


酸素とふれ、ドラマティックに色が変化

実際に、発酵による藍建て染めを見せていただけますか。

まず、染める布は、のりなどがついていることがあるので、中性洗剤を入れたぬるま湯で洗い、すすぎ、脱水しておきます。

瓶には藍の華が咲いています。藍の華をそっと取り除き、布を二人で広げて持ち、瓶の中に、斜めに入れていきます。

瓶の中に、そっと布を入れていく。二人の呼吸がぴったり合う必要がある

こうやって入れないと、うまくいきません。布が水面から出てしまうと、そこだけ酸化してムラになりますし、瓶の中でも、布をうまくさばけないのです。手工芸は、なかなかひとりではできないものなんです。

緑の中、流れるような作業で布を染めていく

全体がムラなく染まるよう、染液の中で布をたえず動かします。今回は30秒間。瓶から出して軽く絞ると色が変わります。

瓶から引き上げると、布は深い緑色に染まっている


さらに、水で洗い、空気に触れるとロイコインディゴが酸化してインディゴになり、どんどん鮮やかな青になります。水で洗うことで不純物が流され、水の中の酸素と空気の中の酸素によって酸化して、鮮やかな藍色が生まれるのです。

絞って水で洗うと、鮮やかな青が生まれる

水から引き上げると、さらに美しい青になる

一瞬で色が変わり、さらに色が変化するのがドラマティックですね。

布を広げてタオルドライしたら、さらに風に当てます。藍染めで生まれる色は、薄い色から何度も重ねて深みを増した濃い色まで、さまざまな色を染めることができます。

それぞれの色は「ほんの少し瓶を覗(のぞ)いただけ」という意味の「瓶覗き」から、「水色」「浅葱(あさぎ)」「浅縹(あさはなだ)」「縹」「藍」「紺」と、微妙な色の違いによって呼び分けています。

水から引き上げた布をタデアイの畑でさらに風に当てる様子

輝くような青が生まれる


この行程を繰り返すのですか。

1回の染め時間を長くすることでも色は濃くなりますが、染めて酸化、染めて酸化、と繰り返すほうが、手間はかかりますが色はきれいに出ます。最低でも、3回はこれを繰り返します。

1回、染めた布をさらに2回、3回と染め上げていく

瓶の状態や季節などによって、毎回、彩りは違います。そのため、染まった色を見ながら染める時間や回数を変えます。今回は、瓶の中で30秒染めて洗って風に当てるという工程を3回、繰り返しました。この布は、冬になったら紅花などで重ね染めをする予定なので、このくらいの色が丁度よいです。

あまり濃くすると、ほかの色を重ねられなくなってしまいますから。その時々の用途によって、色を決めていきます。

3回染めた藍色。染める度に彩りが変化する

>>藍と “ジャパンブルー”(後編) へ続く


Profile
Writer
中野 富美子 Fumiko Nakano

フリーランス編集者、ライター。東京都生まれ。自然や伝統文化をテーマにした書籍や雑誌の製作にたずさわっている。編集と文を担当した本に、『色の名前』『森の本』(ともに角川書店)、『自然のことのは』『深海散歩』(ともに幻冬舎)、『NATURAふしぎをためす図鑑 しぜんあそび』(フレーベル館)、『追跡!なぞの深海生物』『バイオロギングで新発見!動物たちの謎を追え』(ともにあかね書房)などがある。

Photographer
大竹 ひかる Hikaru Otake

「草木染めの青のグラデーションがとても印象に残りました。」

Photographers web: http://amana-photographers.jp/detail/hikaru_otake

Editor
室橋 織江 Orie Murohashi

NATURE & SCIENCE 編集部。「初めて目にする、藍染め作業。白い布が、まるで泥の中のような藍瓶に沈んでいく場面は、なんとも戸惑った気持ちに……。しかし、瓶から引き上げた布地を水で濯いだ瞬間、鮮烈な青へと変貌。水から引き上げて空気に触れさせると、青はさらに洗練されていく。植物に水に酸素に、そして微生物。どこにでもあるもので、こんなに心動かす変化と色が出現する。特別は普通の中にある。世界って、うまくできている。」

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