仲むつまじい新種の魚、
ヒメタツのひみつ
文/神吉 弘邦
つい2年前、日本近海で発見された新種の魚。その名は、小さなタツノオトシゴという意味の「姫竜(ヒメタツ)」です。本の出版にあわせて、写真展を開催している写真家の尾﨑たまきさんに、その魅力をうかがいました。
2017年の秋。熊本県・水俣(みなまた)の海に生息するタツノオトシゴが、新種の「ヒメタツ」と認定されました。尾﨑さん、ヒメタツってどんな生きものなんですか?
尾﨑さん「人間っぽいところが魅力ですね。例えば、オスとメスの絆がすごく深いんです。1年に3〜4回くらい、メスからオスが卵をもらって出産するのですが、それを同じペアで続けることが多いんですよ」
メスがオスの体内に卵を託すんですね。魚類の中ではたぶん一度に産卵する数も少ないほうだから、こういう生存戦略を選んだんだなぁ。
尾﨑さん「ヒメタツの繁殖は、冬から始まります。1回目の卵の受け渡しが毎年2月くらいから。そのときは水温が低いので、オスが卵を抱えている時間は2ヶ月くらいです。初夏の時期になると、1ヶ月前後ですね」
ある日、さかなクンと一緒に尾﨑さんが水俣の海に潜ったときのこと。さかなクンは「水俣で見たタツノオトシゴとされていた魚が、これまで見たタツノオトシゴと明らかに違う」と感じて、魚類学者の瀬能 宏さん(神奈川県立生命の星・地球博物館 主任学芸員)に疑問を投げかけました。
瀬能さんは、韓国・釜慶大学と京都大学の先生とともに論文を発表。2017年11月には、ヒメタツがタツノオトシゴ種群に属する新種と認定されました。こうして、水俣に生息しているタツノオトシゴの多くが、新種のヒメタツだとわかったのです。
海藻や海底、アオリイカの卵など、周囲に合わせて体色を変えるヒメタツ。体長10cmほどの “かくれんぼの名人”を見つけるのは、至難の業です。尾﨑さんは、水俣で5年間をかけてヒメタツを追い続けました。
水俣はかつて水銀で汚染され、たくさんの命がうばわれた場所です。一度は人間の手によってよごされた海ですが、いまは多くの生きものたちが息づく命あふれる海です。
(『フシギなさかな ヒメタツのひみつ』あとがき より)
尾﨑さん「水俣の海は、おだやかな内湾の不知火(しらぬい)海に面しています。だから小さなヒメタツも流されることなく、棲みやすいんでしょうね。順調に数が増えてきているし、パートナー同士の愛情を感じさせる魚として、ひそかな人気を集めているんですよ」
2019年6月3日(月)まで、リコーイメージングスクエア新宿 で開催されている「姫竜が織りなす愛の物語」では、約40点の写真を鑑賞できます。
尾﨑たまき 写真展「姫竜が織りなす愛の物語」
会期:2019年6月3日(月)まで
会場:リコーイメージングスクエア新宿ギャラリーI
住所:新宿区西新宿1-25-1 新宿センタービルMB(中地下1階)
時間:10:30~18:30(最終日16:00終了)
入場:無料
NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「水俣の海に潜って撮影するのをライフワークにする尾﨑さんは、動物愛護センターや、東日本大震災で被災した岩手・宮城・福島にも通っています。すべての生きものたちへ向ける、あたたかな視線が作品から伝わってきます」