キリンにまつわる
驚きの「数」
© daj /amanaimages
動物園で人気のキリンは、首が長く、ゆったり歩くさまは唯一無二の存在です。そのキリンに生えている角。2本だと思いがちですが、実は違うのです。そして、長い首に隠されてきた秘密とは? 日本におけるキリン研究の第一人者である郡司芽久さん(筑波大学システム情報系研究員)に伺いました。
動物園の花形、キリン。ですが、見れば見るほど不思議な動物です。
日本におけるキリン研究の第一人者で、『キリン解剖記』(ナツメ社)の著書もある郡司芽久さんに、キリンの秘密について伺いました。
イラストなどで見ると、キリンの角は2本ですが、実は3本あります。
大きな目立つ2本の角の前にある突起、人間で言えば眉間のあたりにあるのが3本目の角です。
この3本の中身は「皮骨(ひこつ)」という、独特な構造をしているパーツ。子どもの頃は頭骨と離れているのですが、歳を取ると頭骨と一体化していきます。
さらには、4本目、5本目の角も?!
「後頭部の耳と耳の間に、小さな膨らみが2つ見えませんか? この突起が、成熟した大人のキリンで時おり見られる角です。ただ、ハッキリわかるような角を5本持つ個体は、あまり多くはありませんね」と郡司さん。
キリンの頭は、思った以上に凸凹(でこぼこ)しているのですね。
なぜ、キリンに角があるのかはわかっていません。ちなみに同じキリン科のオカピは、オスだけが2本の角を生やしています。
オカピは一見、ウマのようにも見える動物です。
「オカピとキリンは偶蹄類と呼ばれる脚の先の蹄(ひづめ)が2つに割れている動物ですが、ウマは奇蹄類なので蹄が1つという最大の違いがあります。最近の研究では、キリンとオカピの共通の祖先は、アルパカのような『首が少し長くて、体が小さな動物』という説があります。キリンも元々はもっと体が小さかったということですね」(郡司さん)
では、なぜキリンはどんな動物より首が長くなったのでしょうか?
例えば、サバンナで高い木の葉を独占的に食べるために、首が長く進化したという説。
また、草原で天敵から逃れるために速く走れるように大型化し、脚が長くなった。それでは足もとの水が飲めないので、同時に首も長くなったという説も。
元々は森林で暮らしていたキリンとオカピの共通の祖先である動物のなかから、サバンナで暮らすキリンの祖先が出現しました。いずれにせよ、広大な草地であるサバンナで暮らすうちに、敵から逃げやすいよう、大きな体、首が長い個体が生き残ったと考えられています。
「キリンの首がなぜ長くなったかについては未だに謎が多く、研究が続いています。研究者によっても意見が分かれるところです」(郡司さん)
サバンナには乾燥に強いアカシアの高木が点在していますが、高いところの植物を食べられるのは哺乳類ではキリンだけです。背が高いことには大きなメリットがあります。
また、首が長いことで、身体に日の当たる面積が少なくなり、サバンナの高温乾燥な環境に強いのではないかという指摘もなされています。
キリンのオスたちがメスをめぐる争いでは、その長い首同士をぶつける「ネッキング」という方法を取ります。
首を長くしてきたキリンならではの習性と言えるでしょう。
争いはもちろん、毛づくろいなどでは「そんな風に曲がるの?」と思ってしまう角度で自由にぐねぐね曲がるキリンの首。
哺乳類では、見た目の首の長さに関係なく、首の中にある脊椎骨(せきついこつ)である「頚椎(けいつい)」の数は7個に決まっています。ネズミでもウマでも、頚椎は7個です。
しかし、郡司さんは2016年2月にこれを覆す研究結果を発表しました。
キリンの首の骨に “8個目” があった*1 というのです。いったいどういうことでしょうか?
「キリンでは、首の根元付近の筋肉や骨格の構造が変化し、7個の頚椎に続く8番目の脊椎骨である『第一胸椎(きょうつい)』がよく動くようになっています。7個の頚椎に加えて、本来は胴体の一部である第一胸椎をよく動かせるようになり、全部で8個の骨が首の運動に関わっていることがわかりました」(郡司さん)
この8番目の「首の骨」のおかげで、大人のキリンでは、首の可動範囲が約50 cmも広がっているそう。首の長さに磨きをかけてきたキリンならではの進化がうかがえます。
*1 「キリンの首は、もっと長い - 解剖学的解析による、8番目の『首の骨』の発見 -」
そうは言っても、キリンは首が長すぎて困ることはないのでしょうか?
首だけでなく体全体が大型化し、大人になると体重は550~1,900 kgにもなるキリン。時速50 km程度で走ることができるものの、敏捷(びんしょう)性を失っていて、いったんしゃがむと、すぐに立ち上がることはできません。
外敵のいない動物園では、座ったり横になったりすることが稀(まれ)にありますが、野生状態ではほとんどありません。そのため、キリンが水を飲むときは、前脚を大きく広げて踏ん張った体勢で、頭を地面に下げます。
脚を折ってしゃがみ込むよりはマシですが、この体勢は、不安定で無防備な状態になってしまいます。でも、キリンは乾燥に強く、水を飲む回数を減らすことで、無防備な時間を減らしているようです。
また、首が長いということは、心臓と脳の高低差が2 mもあるという血液循環に不利な状況であると言えます。それをキリンは、260/160 mmHg*2 という高い血圧でカバーしています。
*2 mmHg
圧力を表す単位。血の流れの強さを表す血圧もmmHgで表し、最高血圧/最低血圧で表記する。
また、後頭部には「ワンダーネット」と呼ばれる毛細血管網があって、血液が通過するのに時間がかかるようになっています。これは、頭を急激に上げ下げしたときに、脳への血流量が急激に変化することを防ぐような仕組みです。
首が長くなるのに関係して、体のいたるところに “進化の工夫” が生じているのですね。
しばらく外出できない日々が続いていましたが、動物園の営業も再開されました。
「キリンの首は、全長おおよそ2 mです。ソーシャルディスタンスを『キリンの首の長さ』で体感しながら、キリンの角の本数と首の動かし方を、実際に動物園で観察してみてください!」(郡司さん)
フリーランスライター。東京農業大学卒業後、自然体験活動に従事。2014年よりフリーランスライターに。ライフスタイル、エンタメ、レシピ作成記事などを執筆。ペーパー自然観察指導員(日本自然保護協会)。「キリンの餌やり体験で、その舌の長さに驚愕しました。首や脚だけでなく、舌がどのくらい長いのか、ぜひ観察してみてくださいね」
NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「古代中国で善政がしかれた時代に現れたという聖獣の麒麟(きりん)。それを聞くと、キリンの眼に聡明さを感じてしまいます。郡司さんによれば、サイやゾウなどに比べてキリンの研究は圧倒的に少ないそう。食道がん発症の解明などでも注目されていて、今後に期待が膨らみます」