空想科学で味わう!
『スター・ウォーズ』
写真/川合 穂波(amana)
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いよいよシリーズ完結作『エピソード9/スカイウォーカーの夜明け』が2019年12月20日に公開される、映画『スター・ウォーズ』。東京・天王洲で2020年1月13日まで開催中の「スター・ウォーズ アイデンティティーズ:ザ・エキシビジョン」会場を、『スター・ウォーズ 空想科学読本』の著書がある柳田理科雄さんと巡り、科学の視点から夢の世界を楽しむ方法を伝授してもらいます!
『スター・ウォーズ エピソード4』が日本で公開されたのは1977年。当時、筆者は高校2年生。初めて見たときは、大きな衝撃を受けた。
画面の奥に向かってテロップが流れていく。「遠い昔、はるか彼方の銀河系で……」に始まる文字列は、奥のほうほど細くなり、その先端はまさに無限の宇宙に続くかのようだ。
直後、画面の上から、小さな宇宙船を追う巨大な宇宙船の船底が現れる。両舷がスッパリ切られたような直線で、二等辺三角形のその船影は、冒頭の文字列とイメージが重なる。感心していると、やがて異様な感覚に襲われた。進めども進めども、その船体が終わらない! どこまでデカいんだ、この船は!?
この「どこまで感」を際立たせているのが、船体が二等辺三角形であることだろう。通常の船の両舷は、先端は三角形だが、中央部では平行で、船尾では幅が狭くなる。だから、同じような現れ方をしても、両舷が平行に近づくと、全長はともかく全幅はだいたい予測がつく。だが、直線に挟まれた二等辺三角形であるがゆえに、数学的にも感覚的にも、大きさがまったく予測できない!
このスター・デストロイヤーの登場シーンは、多くの人に強い印象を残しただろう。それから40年あまり、新しいエピソードが公開されるたびに、われわれは多くの驚きに見舞われてきた。広大なスケール感、予想を裏切るストーリー展開、魅力的なキャラクター、古めかしさと未来感が綯(な)い交ぜになったメカの数々……。
この『スター・ウォーズ』の世界に、斬新な視点から斬り込んだ展覧会「スター・ウォーズ アイデンティティーズ」が開催されている。『スター・ウォーズ』をアイデンティティー(自分とは何か)の物語と捉え、「アナキンはなぜダークサイドに堕(お)ちたのか」「ルークはなぜライトサイドに留まれたのか」などを、「種族」「遺伝子」「親」「文化」「師弟」「仲間」「人生の出来事」「活動(職業)」「性格」「価値観」の10段階で形成されていくアイデンティティーの面から解き明かそうと試みている。
1人の人間の在り方が、本当にこの10段階で決定されるのかについては議論の分かれるところだが、1つの物語を要素に分けて捉え直すという発想は、とても面白い。そこで筆者も、この10のキーワードのいくつかから『スター・ウォーズ』の世界に迫ってみたい。
ここでいう「種族」とは、「どんな生物か」ということ。すると真っ先に思いつくのは、ジャバ・ザ・ハットだ。でっぷりした体から長い尻尾が伸びていて、しわだらけの顔には巨大な目と口がある。体長は3.9m、垂直に立った上半身の高さは1.75m、体重は1,358㎏、およそ1.4t。本名はジャバ・デシリジク・ティウレ。ハットというのは種族の名前だ。ハット族とは、どのような生物なのか。
もちろん、宇宙にはどんな生物がいても不思議はないが、ジャバ・ザ・ハットは、アナキンやルークと同じ砂漠の惑星タトゥイーンの出身。ルークたちの存在は、太古、この惑星で生まれた生物が、進化の果てに人間と同じ姿になったことを物語っている。ハット族も、その進化の流れのなかで生まれたのだろうから、地球の生物と共通点を持っている可能性もある。ここでは、ハット族が、地球の生物のどれに近いかを考えてみよう。
ジャバ・ザ・ハットは、瞳のある巨大な眼球を持っている。このような目を「レンズ目」と言い、地球では脊椎動物(背骨を中心とした骨格のある動物)と、軟体動物の頭足類(タコ、イカ、オウムガイ)だけが持つ。ジャバ・ザ・ハットは関節のある腕を持っているから、レンズ目を持つことと考え合わせると、地球の脊椎動物に近いのだろう。
脊椎動物には、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類がいる。砂漠の惑星の陸地で暮らすジャバ・ザ・ハットは、明らかに魚類ではないし、翼もないから鳥類でもない。また、彼はレイア姫に首を鎖で絞められて死亡したから、呼吸量の半分を皮膚呼吸で賄う両生類でもない。すると、爬虫類か哺乳類のいずれかに近いことになるが、どちらなのか。
爬虫類と哺乳類には、さまざまな違いがあるが、その1つに、爬虫類が卵を産みっ放しにするのに対して、哺乳類は子どもを育てるという点がある。ジャバ・ザ・ハットは、ロッタという息子を溺愛しているという。すると意外にも、哺乳類に近いのだろうか?
そして、哺乳類は爬虫類より圧倒的に知能が高い。これは、未来を予測したり、推論をしたりする「大脳新皮質」が、哺乳類では発達しているが、爬虫類にはほとんどないからだ。あらゆる悪事に手を染め、アウターリムのギャング王と言われたジャバ・ザ・ハットは、生物学的な意味では、きわめて知能が高い。なんと、ジャバ・ザ・ハットは、ああ見えて哺乳類にきわめて近いということだ。人は見かけによらないものである。
『スター・ウォーズ』では、遺伝子が重要なファクターになっている。銀河共和国(のちの銀河帝国)軍の兵士であるクローン・トルーパーは、すべてジャンゴ・フェットの遺伝子から生まれた。遺伝子操作で自我を削られていて、どんな命令にでも従う。その数なんと120万人! そのなかで遺伝操作を受けなかった唯一の個体が、ジャンゴの息子として育てられたボバ・フェットだ。
そのためか、クローン・トルーパーたちの身長は、すべてジャンゴと同じ183cm。顔も全員ジャンゴと同じ。ヘルメットをかぶっているときは、まったく見分けがつかないクローン・トルーパーだが、ヘルメットを脱いでも、見分けはつかないのだ。
これは一見、不思議だ。身長や姿かたちは、遺伝子でも決まるが、生まれてからの生活も影響する。充分な栄養を摂り、規則正しい睡眠を取り、適度な運動をすれば、身長は高くなり、どんな精神状態で育つかによって、表情筋の発達の仕方が変わり、顔立ちも違ってくる。クローン・トルーパーたちは、水の惑星カミーノで集団生活を送っていたが、これによって遺伝子ばかりか、誕生後もまったく同じ生活環境で育った結果、身長も顔も同じになったのだろうか。
「遺伝操作で自我を削る」というのも、驚くべき技術だ。自我は生物学的には、成長の過程で大脳新皮質のなかで生まれる。遺伝子操作は、1個の細胞の段階で行われるから、まだ大脳新皮質などカゲもカタチもない段階で自我を削れたとは、恐るべき科学力である。
だが、これに成功すれば、細胞分裂のたびに同じ遺伝子を持つ細胞が生まれるから、クローン・トルーパーは無限に作れる。1個→2個→4個→8個→16個→32個→64個→128個→256個→512個→1,024個と、たった10回の細胞分裂で1,024個に。20回で1,024×1,024=104万8,576個に、21回で104万8,576×2=209万8,152個に。
つまり120万人のクローン・トルーパーは、遺伝子操作を施したジャンゴの細胞を21回分裂させ、それを育てて生まれたと考えられる。人間の受精卵は、受精してから38時間後に2つに分裂する。その後の分裂に要する時間も同じだとすれば、38時間×21=798時間=33日と6時間。クローン・トルーパーになる細胞は、きわめて短時間で作られた可能性があるのだ。
すると、心配なのは、ボバ・フェットである。自分の父親とまったく同じ顔と体つきの人間が120万人! 自分もだんだん父親に酷似してくる……。遺伝子がアイデンティティーに最も大きく影響したのは、この人かも知れない。
『スター・ウォーズ』で、もっとも大きな「人生の出来事」を経験したのは、アナキン・スカイウォーカーだろう。ダークサイドに堕ち、師のオビ=ワン・ケノービと戦って、両足を切断され、マグマの熱で顔を焼かれる。そして大手術を受け、黒い装甲服をまとったダース・ベイダーとして蘇った。あのかわいかった幼少期のアナキンからは想像もつかない人生だ。
その装甲服は、生命維持装置も兼ねていて、生身の体は20%しか残っていないという。いったい、どの部位が残っているのだろうか。
本人が本人である以上、体重の2%を占める脳は自分のものだろう。また、装甲服は、ベイダーの脊髄と神経針でつながっていて、脳の命令を装甲服に伝え、体を動かしている。脊髄も自分のものと見られる。また、ヘルメットを外して緑色の液体を飲んでいた。人間は食べたものを胃と十二指腸と小腸で消化し、小腸から吸収する。液体を飲むということは、消化の機能は失われているが、飲めばいいのなら吸収はできるはずで、小腸は健在に違いない。
明らかに失われているのは、呼吸器だ。「ゴーパー」と機械で呼吸していたから。そして、大火傷をしたのだから、皮膚も失われているだろう。皮膚は細菌やウイルスの侵入を防ぎ、発汗によって体温が上がりすぎるのを防いでいる。おそらく装甲服には侵入した細菌などを倒す薬を注入する装置や、体温を調節する機能もあるに違いない。肝臓や腎臓も残っているかどうか……もうこれは集中治療室で安静にしていなければならない重病患者である!
なのに、彼は前線へ出て、ライトセーバーを振り回して戦う。なぜこんなことができるのか。筆者が思うに、その秘密は脊髄につながった神経針にある。おそらく、脊髄を経由した脳の命令は、神経針で電気信号に変えられ装甲服に伝わるのだろう。情報が神経を伝わる速さは、最大でも秒速100m。これに対して、電気信号が伝わる速さは、光速と同じ秒速30万km。300万倍も速いのだ。このおかげで、ベイダーはきわめて俊敏に動けるのではないだろうか。
生命を守る機能は瀕死の重体だが、身体能力は以前の300万倍。これほどの変化が、アイデンティティーに影響を与えないはずはない。
筆者は、映画やアニメなど、決して手の届かない世界で起きる出来事について、現実の科学の手法で考え、本を書くことを職業にしている。
こんな筆者にとって科学とは、夢の世界への架け橋だ。決して人間が入れない画面の向こうにも、科学の目なら入って行ける。そのたびに、ここに書いたような驚きに出会える。
もともと科学とは、宇宙や原子の内部や生きた生物の体内など、決して手の届かない世界を知ろうとする営み。科学者になりたくてなれなかった筆者は、その一点だけでも、同じことがやれているのが、嬉しくてたまらない。
STAR WARS ™ Identities:The Exhibition
スター・ウォーズ™ アイデンティティーズ:ザ・エキシビション
期間:開催中 ~ 2020年1月13日(月・祝)まで
時間(11月1日より):10:00~18:00 ※17:30 最終入場
会場:寺田倉庫G1-5F(東京都品川区東品川2-6-4)
休館:11月18日(月)、2020年1月1日(水・祝)~1月3日(金)
公式サイト: https://www.starwarsidentities.jp
<前売券(公式サイトより日時を指定)>
大人(中学生以上)3,200円、小人(小学生)2,000円、親子チケット(小人1名以上を含む家族4名)10,000円
<当日券>
大人(中学生以上)3,500円、小人(小学生)2,300円
※前売券・当日券ともに要システム利用料(330円/枚)。価格はすべて税込
1961年鹿児島県種子島生まれ。空想科学研究所 主任研究員、明治大学理工学部 非常勤講師。東京大学理科I類の在学中に子どもへ勉強を教える面白さに目覚め、中退して学習塾講師の道へ。その後、自らの塾を立ち上げる。1996年に塾経営のかたわら著した処女作『空想科学読本』が大ヒット。1999年、空想科学研究所を編集者の近藤隆史(現所長)と設立。執筆と研究を続ける一方、各地での講演、ラジオ・TV番組への出演も精力的に行う。2007年より希望する高校の図書館(約1,800校)に「空想科学 図書館通信」を配信中(高校以外の学校や機関、公共施設も可)。『スター・ウォーズ 空想科学読本』『MARVEL マーベル 空想科学読本』(ともに講談社文庫)、『ジュニア空想科学読本』シリーズ(角川つばさ文庫)、『ポケモン空想科学読本』シリーズ(オーバーラップ)ほか著書多数。
http://www.kusokagaku.co.jp
amana所属。広告写真家と並行して作家活動を行う。「柳田さんの空想科学の視点、また本展のテーマであるアイデンティティーという視点。さまざまな角度から楽しめるのが『スター・ウォーズ』が長く愛される魅力なのだと感じました」
NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「新作公開に向けて『スター・ウォーズ』を復習するとしたら、エピソード1から順に(合間に『ファンボーイズ』と『ローグ・ワン』を挟みつつ)8までを鑑賞する派です。柳田さんの『スター・ウォーズ 空想科学読本』をぜひおともに! 一般向け版(講談社文庫) と 児童向け版(講談社KK文庫) があります」