野生の動物は、
どんな病気になる?
『プチペディア』で迫る、
昆虫・植物・動物のヒミツ
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『プチペディア』で迫る、
昆虫・植物・動物のヒミツ
新型コロナウイルスで世界中が混乱するいま、あらためて動物に由来する感染症が注目されています。動物の病気にはどういったものがあり、人はどのように付き合ってきたのでしょうか? NATURE & SCIENCEが手がける『PETiT PEDiA せかいの動物』(アマナイメージズ)の掲載記事から再構成してお届けします。
もちろん動物も、人間と同じように病気になります。
ただし、研究されているものは、人と動物に共通して感染したり、家畜がかかったりする病気に限られています。野生動物の病気については、まだまだわかっていないことも多いのです。
たとえば、タヌキやキツネがかかることで知られるものに疥癬症*1があります。センコウヒゼンダニが皮膚に寄生すると、その痒(かゆ)みから体をかきむしって毛が抜け落ち、睡眠や食べ物が十分に取れずに衰弱死してしまうことがあるのです。
日本では、1980年以降に疥癬を発症したタヌキやキツネ、ハクビシンが報告されるようになりました。寄生するヒゼンダニの種類は異なりますが、ヒトも疥癬になることがあります。
*1 疥癬(かいせん)症
接触によって伝染する皮膚疾患で、ヒゼンダニ類の寄生によって発症する。ヒゼンダニ類が皮膚に入り込むと強いかゆみを伴うので、動物は自身をかきむしってしまう。
イヌがかかる病気でよく知られているものでは、ウイルス疾患である狂犬病*2、ジステンパー*3などがあります。日本ではワクチン接種が行われていますが、これらの病気はニホンオオカミの絶滅の要因の1つとも考えられているものです。
かつて日本でも多くの犬が狂犬病と診断され、ヒトにも感染していましたが、1950年に狂犬病予防法が施行されてから予防注射や犬の登録、野犬対策などが急速に進み、現在では根絶されています。
*2 狂犬病
ウイルス性の疾患で、おもに感染している動物に噛まれた際、だ液中に含まれるウイルスが傷口から入ることで伝播される。すべての哺乳類が感染する可能性があり、発症するとほぼ100%死亡すると言われている。
*3 ジステンパー(犬ジステンパーウイルス感染症)
イヌ科動物にとって重大なウイルス性疾患で、人には感染しないと言われている。若い個体に多く、死亡率は極めて高い。犬ジステンパーウイルスは、人間のはしかウイルスに似たものとされる。
さらに、東南アジアでは、サルの仲間も人間と同じようにハマダラカが媒介するマラリア*4にかかることが知られています。
一般的にマラリア原虫は宿主への特異性が高いため、動物種間を超えて寄生することは極めてまれですが、近年は一部のサルマラリアがヒトに寄生した例もあります。
現在もマラリアワクチンの開発は進められており、いまだ広く実用化されるには至っていません(2019年にアフリカの一部流行地域で、ある程度感染を予防できるワクチンの使用が始まりました)。
マラリア原虫に効果がある抗マラリア薬で治療することは可能ですが、薬剤耐性を持つマラリアが蔓延するなど、安心はできない状態が続いています。
これらのように、動物がかかる病気は数多くありますが、人間に影響のない病気は研究対象となりづらく、野生動物が病気にかかっても治療を受ける機会はほとんどありません。
ただし、わずか10年でタスマニアデビルの個体数を60〜70%も減少させた「デビル顔面腫瘍性疾患*5」のように、種の存続に関わるような重大な病気については、例外的に研究や治療が行われることがあります。
*4 マラリア
熱帯・亜熱帯を中心として、現在も年間2億件を超える感染事例があると言われている重要な感染症。ハマダラカによって媒介されたマラリア原虫が、肝臓に移動して増殖した後、血液に侵入して赤血球内に寄生するようになる。赤血球が崩壊し、高熱や貧血、脾腫(ひしゅ)といった症状が発現する。
*5 デビル顔面腫瘍(しゅよう)性疾患
1990年代に、タスマニアデビルのある個体が発病したことをきっかけに広まった伝染性のがんで、がん細胞自体が伝染することが特徴。ワクチンの開発が試みられているほか、タスマニアデビルの遺伝子自体に、がんへの抵抗力に関連する適応進化が起きているという研究もある。
新型コロナウイルスで世界中が混乱するいま、あらためて人と動物に共通する人獣共通感染症が注目されています。
動物由来感染症(ズーノーシス)*6とも呼ばれ、WHO(世界保健機関)が把握するだけでも200種類以上あります。
記憶に新しいSARS(重症急性呼吸器症候群)やエボラ出血熱、ハンタウイルス肺症候群などの新しい感染症の多くがズーノーシスであることもわかってきました。
*6 動物由来感染症(ズーノーシス)
動物からヒトに感染する病気の総称。WHOでは「脊椎動物と人の間で自然に移行するすべての病気または感染(動物などでは病気にならない場合もある)」と定義されている。
近年、ズーノーシスが問題になりやすくなった背景には、人口の都市集中化や世界的に交通手段が発達したことによる人や物の膨大な移動、絶え間なく続く土地開発による自然環境の悪化により人と野生動物の距離が近くなったことなど、さまざまな要因があると言われています。
これらの要因によって、新たな感染症が見つかったり、それらがより伝播しやすくなったりしていると考えられます。
新型コロナウイルスによって、私たちのライフスタイルも変更を余儀なくされている現在は、これまでの社会の仕組みを見直す転換点となるのかもしれません。
この記事の元になった本は……
プチペディアブック「せかいの動物」(アマナイメージズ)
「誕生・子育てのふしぎ」「成長のふしぎ」「能力のふしぎ」「生活のふしぎ」「寿命のふしぎ」の5つの章に分け、動物に関する疑問に最新データを交えて回答しています。ぜひ、お子さんと一緒にコミュニケーションしながら読んでみてください。好奇心を育み、動物に興味を持つきっかけとなるはずです。
[企画・編集]ネイチャー&サイエンス
[監修]成島悦雄(元井の頭文化園園長)[文]アートバーグ 丸山貴史
[判型]B6変 [ページ数]152ページ
本体価格 ¥1,400(+税)
編集者。1989年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。出版社で書籍編集担当、カメラマンとして勤務した後、フリーランスに。図鑑や実用書、Web媒体などの編集・撮影を行う。実家は鰻屋さん。「今回の新型コロナウイルスが落ち着いても、また新たな感染症が広がることはあると思います。その時のためどう社会が変わっていけばよいのか、とても興味が湧きました」