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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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地球、旅、ジュエリー。パキスタン辺境の村で出会った女性たち⑤

パキスタン辺境の村で
出会った女性たち⑤

地球、旅、ジュエリー。

写真・文/白木 夏子

地球や宇宙の歴史に想いをはせるのが好きで、かつては自然科学者の道を志したこともあるという、ジュエリーブランド「HASUNA(ハスナ)」代表の白木夏子さん。鉱物や宝石をめぐる旅の途上でよぎった想いを綴ります。第5回では、フンザ渓谷の研磨工場をあとにして、鉱山へ。身近なジュエリーは、どんな環境から産出されているのでしょうか。

第4回 からの続き)

©︎Natsuko Shiraki

©︎Natsuko Shiraki

女性たちが働く研磨工場を訪れた翌日、私は何人かの鉱山労働者と、NGOの職員とともに、鉱山へと向かった。


鉱山労働者はこの近辺に住む、20代の若者から70代まで、さまざまな年代の男性たちだった。皆、立派な髭をたくわえ、日焼けした褐色の肌に深い皺が刻まれ、筋肉質で逞(たくま)しい風貌をしている。

©Natsuko Shiraki

©Natsuko Shiraki

鉱山近くの村に到着すると、NGOの職員がひとりの老人に挨拶し、握手をしていた。聞くと、その老人は村の長で、「鉱山の土地はこの村に属しているから、まず村長に挨拶をしてから入るんだよ」と教えてくれた。


テント泊をしながらの採掘

このあたり一帯では、何十年、何百年も前から宝石の採掘をして生計を立てている山岳民族がいる。はじめに宝石の鉱脈を見つけた人は羊飼いであったそうだ。

羊飼いは羊に草を食べさせるため、季節ごとに羊とともに、山を登ったり下りたりして移動している(今でもアフガニスタン系の山岳民族たちは、このあたりの土地で羊飼いのノマド=遊牧民として生活をしている)。そんな中で、きらきらと輝く珍しい石が落ちていたら拾い、それを街で売って金銭を得る。

「山には街で売れる宝の石があるらしい」と噂を聞いた村人が、鉱脈に入り、採掘がはじまったのだという。

フンザ渓谷で産出されるジュエリーの品質を調べる筆者 ©Natsuko Shiraki

フンザ渓谷で産出されるジュエリーの品質を調べる筆者
©Natsuko Shiraki

連れて行ってもらったのは、この近辺にある3箇所の鉱山だ。そのうち1つは崖の下にあり、私がロープで降りるのは危険だったため断念した。あとの2つは岩山を少しの距離だけ登って辿り着く、ルビーや水晶が採掘される鉱山だった。

足下にある岩はひとつひとつが小さく不安定で、積み上がった岩を何度か滑りそうになりながら登る。

©Natsuko Shiraki

©Natsuko Shiraki

案内してくれた鉱山労働者いわく、今回訪れている鉱山は採掘場まで私の足でもなんとか登っていけるが、多くの場合は数日かけて辿り着くはるか遠い場所にあり、そこでテントを張り、2週間から1ヶ月の間滞在しつつ採掘をするとのことだった。


原石が産出される現場で

©Natsuko Shiraki

©Natsuko Shiraki

太陽が照りつける中、鉱山の中はひんやりとして暗く、足を踏み入れると崩れ落ちて来ないか……という恐怖に駆られる場所だった。

鉱山労働者たちは岩の中に埋まっている宝石を崩さぬよう、ハンドドリルで少しずつ割りながら採掘の作業をしている。小さなエメラルドのような色をした石が採れると「フンザエメラルドだ」と言って見せてくれた。他にも水晶や、何種類もの宝石がひとつの鉱脈から採掘されていた。


©Natsuko Shiraki

©Natsuko Shiraki

私たちがジュエリーショップで見かけるカラーストーンと呼ばれる石、例えばルビーやサファイア、アクアマリン、トパーズなどは、このようにして末端にいる山岳民族や鉱山労働者の手によって採掘されているものが多い。

鉱山にはガスも電気も、水さえもなく、村や街から皆、テントと食糧を背負ってここに来る。何日もかけて採掘を行い、やっと採掘できた宝石の原石を袋に詰めて持ち帰り、街で売り、彼らの生計が成り立っている。

しかし、前回にも書いた通り、昨今は密輸業者によって原石の買い叩きが頻繁に行われ、貧困状態に陥ってしまった労働者も多い。案内してくれたNGOの職員は、こうした問題を解説しながら鉱山を案内してくれた。


この仕事から強く感じるもの

ひとつの宝石が生み出されるまでに、これだけ多くの人が関わっている。鉱山の背景に拡がる雄大な自然と、先史以前から変わらないであろう山脈の風景、そこに生きる力強い人々の姿に感動し、心の芯が震える想いで鉱山労働者たちの背中を眺める自分がいた。

©Natsuko Shiraki

©Natsuko Shiraki

人助けにもなり、社会のためになるという「エシカル*1」の思想も素晴らしいことなのだが、私自身はこのような美しく大きな自然のこと、そこにいる人々の息づかい、宝石を育んだ地球への感謝の気持ちのほうが、この仕事を通じて強く感じるところなのである。


©Natsuko Shiraki

©Natsuko Shiraki

*1 エシカル(ethical)

倫理的・道徳的という意味で、「人、社会、地球環境、地域」に配慮した行動をいう。生産者であれば、不当な契約の低賃金労働や児童労働、紛争の引き金になる素材の使用、環境破壊につながる採掘などを行わないというのが一例。

パキスタン編・最終回につづく

Profile
Writer
白木 夏子 Natsuko Shiraki

1981年鹿児島生まれ。起業家。ジュエリーブランド「HASUNA(ハスナ)」ファウンダー、CEO。英国ロンドン大学卒業後、国際機関、投資ファンドを経て、2009年4月株式会社HASUNA設立。パキスタン、スリランカ、ベリーズほか世界約10カ国の宝石鉱山労働者や職人とともにジュエリーを制作している。13年世界経済フォーラム(ダボス会議)にGlobal Shaperとして参加。14年内閣府「選択する未来」委員会委員を務め、Forbes誌「未来を創る日本の女性10人」に、17年にはCNNが選んだ日本人女性「リーディング・ウーマン・ジャパン」に選ばれるなど多方面で活躍。
http://www.natsukoshiraki.com/

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