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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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地球、旅、ジュエリー。パキスタン辺境の村で出会った女性たち④

パキスタン辺境の村で
出会った女性たち④

地球、旅、ジュエリー。

写真・文/白木 夏子

地球や宇宙の歴史に想いをはせるのが好きで、かつては自然科学者の道を志したこともあるという、ジュエリーブランド「HASUNA(ハスナ)」代表の白木夏子さん。鉱物や宝石をめぐる旅の途上でよぎった想いを綴ります。第4回は、パキスタン辺境の村にある研磨工場で働く女性たちとの出会いを振り返ります。

第3回 からの続き)

フンザ渓谷の人たちの顔は、他の地域のパキスタン人たちの顔と比べて、どこかヨーロッパやギリシャ人のような顔立ちの人が多い。

それもそのはず。この近辺の場所には、古代マケドニアの英雄・アレキサンダー大王の遠征軍がいたとされ、彼らはその末裔と言われているのだ。

おばあちゃんたちに、この地域に伝わる民族衣装を着せてもらう
©︎Natsuko Shiraki

おまけに、町のつくりも小高い丘が多く、道の両脇にはレンガ造りの壁がある。ところどころにアプリコットとりんごの木が植わっていて、ロバや山羊を連れた村人が行き来している。まるでギリシャの小さな島の、穏やかな空気なのである。

フンザ渓谷では春になると杏の花が咲き誇り、日本の桜の季節のように一帯がピンクに染まるという
©Natsuko Shiraki

また、このあたりの地域で顔にまつわる面白い話がもうひとつある。

紀元前6世紀から11世紀まで栄えたガンダーラの古代王国も、この場所に近いところ(現在のアフガニスタン東部からパキスタン北西部)に栄えていた。ガンダーラ国は、ギリシャ、ペルシャ、シリア、インドの様々な文化が混ざり合った場所であり、インドで生まれた仏教の仏像を初めて作ったのもこの地域で、仏教美術の生まれた場所とも言われている。

ここでつくられた仏像というのが、ギリシャ彫刻に大いなる影響を受けたもので、仏陀の顔はいわゆる日本で見るものとは異なっており、鼻が高く、彫りの深い顔をしている。仏陀が纏(まと)う衣もギリシャ彫刻のような美しいドレープがあるものが特徴的なのである。

この仏像が中国に伝わり、その後日本に伝わる頃には中国人や日本人らしい顔に変化していった。


人々が貧困状態に陥る理由

話を現代に戻して、私がフンザ渓谷に到着してまず向かったのが、宝石の研磨工場。

フンザ渓谷を望む。桃源郷と謳われるこの秘境は、「風の谷のナウシカ」(作:宮崎 駿)の舞台のモデルになったとも言われる
©Natsuko Shiraki

磨く石は、近辺の鉱山から鉱山労働者たちが採掘してきたルビーやアクアマリンなど。これらの原石を適切な価格で買い取り、この地域に住む女性たちが研磨をしている。

©Natsuko Shiraki

工場はこの地域に住むパキスタン人のNGOによって運営されている。特に貧困状態が深刻な地域の、手に職のない、多くは教育を受ける機会がなかった女性たちを宝石研磨職人見習いとして公募し、6ヶ月間のトレーニングを経たあと、職人として自立できるよう支援している。


中を見せていただくと、数名の女性たちが真剣に宝石の研磨をしていた。

©Natsuko Shiraki

女性たちの話を聞くと、5人も6人もの子供を育て、自分の両親も含めて一家の生計を立てている人や、旦那さんに先立たれてしまったシングルマザーもいた。この地域では女性が手に職をつけることも非常に難しく、日本のように簡単にアルバイトが見つかるわけでもなく、一家に男性がいない場合、女性は親や親戚を頼って生きていかざるを得ない。

©Natsuko Shiraki

JICA(独立行政法人国際協力機構)で働く私の友人がこのNGOを紹介してくれたことから、今回の旅は始まった。イスラマバード大学の研究者の話では、この地域で採掘された宝石類の9割以上が密輸業者によって買い叩かれ、原石のまま国外に運び出されているとのことだった。

先祖代々、宝石の採掘をして一族や村の生計を立てている鉱山労働者も多い。

鉱山に入る労働者は、村や一族から採掘にかかるお金を借金して鉱山に入る。鉱山は山の上や村から遠い場所にあることが多いので、数週間から1ヶ月ぶんの食料や燃料、交通費やハンドドリルなど採掘にかかるお金を調達し、鉱山で採掘をした原石を街や業者に売り、借金を返済し、残りが手元に残るという仕組みだ。

鉱山があるのは、7,000m級の山々に囲まれた高地
©Natsuko Shiraki

しかし、昨今は密輸業者によって買い叩かれてしまうことが頻発しているため、この借金が返せず、深刻な貧困状態に陥ってしまう鉱山労働者たちも多いという話も聞いた。

このような事態を見て、この地域のパキスタン人が鉱山労働者を守るNGOを作り、安定した価格で原石を買い取り、女性たちが研磨をして宝石の生産を地域産業として守る仕組みを作ったのだ。


照れくさそうに、はにかむ彼女たち

素晴らしい仕組みに感動しつつも、残念なことに、私が現地に行った2012年の時点では、このNGOでは宝石の研磨をすることはできるものの、まだほとんど販売ができていない状態だった。パキスタン国内ではカラーストーンの需要は低く、なかなか買い取ってくれる業者もないということだった。

ルビーの原石
©Natsuko Shiraki

研磨された石をルーペで拡大して見てみると、表面に傷やクラックがあったり、内包物がはっきりと見えたりする宝石も多く、市場価値はほとんどないようなものが並べられていた。

その中で商品化できそうな石をいくつか選び、サンプルとして持ち帰り、そこからここでの宝石を使ったHASUNAのジュエリーコレクションの開発が始まった。

研磨・カッティングされたアクアマリンとルビー
©Natsuko Shiraki

女性たちは英語を理解していなかったが、私がカメラを向けると照れくさそうに、はにかんだ笑顔を見せてくれた。

©Natsuko Shiraki

ここで働き始めてから何が変わったか、とNGOの職員を通じて尋ねたら、「初めて自分でお金を稼ぐことができて、とても自信につながっている」と答えてくれた。皆、私と同じぐらいの歳の女性たちだった。


第5回へつづく

Profile
Writer
白木 夏子 Natsuko Shiraki

1981年鹿児島生まれ。起業家。ジュエリーブランド「HASUNA(ハスナ)」ファウンダー、CEO。英国ロンドン大学卒業後、国際機関、投資ファンドを経て、2009年4月株式会社HASUNA設立。パキスタン、スリランカ、ベリーズほか世界約10カ国の宝石鉱山労働者や職人とともにジュエリーを制作している。13年世界経済フォーラム(ダボス会議)にGlobal Shaperとして参加。14年内閣府「選択する未来」委員会委員を務め、Forbes誌「未来を創る日本の女性10人」に、17年にはCNNが選んだ日本人女性「リーディング・ウーマン・ジャパン」に選ばれるなど多方面で活躍。
http://www.natsukoshiraki.com/

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