パキスタン辺境の村で
出会った女性たち②
地球、旅、ジュエリー。
地球、旅、ジュエリー。
地球や宇宙の歴史に想いをはせるのが好きで、かつては自然科学者の道を志したこともあるという、ジュエリーブランド「HASUNA(ハスナ)」代表の白木夏子さん。鉱物や宝石をめぐる旅の途上でよぎった想いを綴ります。前回に引き続きフンザ渓谷への道のりから。そこで出会った人々の面影を振り返ります。
パキスタン北部のフンザ渓谷へ向かう途中、車の中で2日間ただ座って外の景色を眺める。話すことも、考えることもなくなり、視界に入ってくる景色にただ全ての感覚を委ねることは非日常的な経験だった。
私たちは常に、人に囲まれ、時間を意識し、外を見れば様々な企業が打ち出すマーケティングのメッセージに囲まれ、毎日を過ごしている。それらは私たちが本当に必要なものなのだろうか? ないと生きていけないものなのだろうか?
パキスタンやその他いわゆる途上国や自然の多い場所から東京に戻ると、人工的に作られた物と情報の多さに辟易(へきえき)してしまう。ブータンに1週間ほど滞在した後で都内のスーパーに入った時は、物の多さに吐き気がしたほどだった。
私が作っているジュエリーだって、百貨店に行けば何十ものブランドが並び、遠目から見たら全て同じものに見えるほど小さなもので。こんなにたくさんのジュエリーがあるのに、さらに生み出す意味はどこにあるのだろう、とずっと自問自答しながら作っている(……と、こんなことを考えているのは、きっと社内の人間もほとんど知らないと思う)
そして毎回、同じ答えに辿り着く。作る意味は確実にある。なぜなら、ここまで素材にこだわり抜いたジュエリーを作るブランドは、とりわけ日本のブランドや売ることだけを目的としたブランドにはないからだ。
私は、私が心から欲しいと思うジュエリーを作りたいし、それが誰の「痛み」も伴うことのない、「美しいものでできている」ものを追求したいと思っている。
途中、5,000メートル級の峠に差し掛かった。森林の生育が不可能になる森林限界の高さをとうに超え、四駆で峠を登る。
周りには家も建物もなく、剥(む)き出しになった地層の中にゴロゴロとした岩が転がり、そのあいだに時々草が生えているのが見えるのみだ。
霧が出て、その中をゆっくりと走り抜けると、霧が晴れ頂上に着いた。雲と雲のあいだの灰色の世界。「少し降りてみるか?」と言われたので、ウインドブレーカーを着て頂上に立った。
遠くには雪がまだ残っている場所もあり、夏なのに風も強く凍えるような寒さ。冬場はこの峠も雪で覆われ、通行禁止になるようだった。
近くの大きな岩に目をやると、その上に仙人のような髭を生やした老人が座っていた。まさかこんなところに人がいるとは思いもよらず、本当に仙人なんじゃないかと目を疑った。正直、今でもあれは仙人だったんじゃないかと思うほどに不思議な光景だった。
その仙人の隣にはふたりの5、6歳の男の子が立って、じっと私たちの方を見ていた。皆、ボロボロに穴が開いて薄汚れた服を着ている。おまけに子供たちは目が爛(ただ)れ、皮膚病を患っているようだった。このあたりには病院も薬もないのだろう。
私たちは何を話すこともなく、じっと見つめあって、そしてお別れした。あの子たちのことは、今でも夢に見るほど印象深く残っている。一期一会とはこういうものなのかもしれない。
(第3回へつづく)
ジュエリーブランドHASUNAファウンダー、CEO。英国ロンドン大学卒業後、国際機関、投資ファンドを経て2009年4月HASUNA設立。ペルー、パキスタン、ルワンダほか世界約10カ国の宝石鉱山労働者や職人とともにジュエリーを制作している。13年世界経済フォーラム(ダボス会議)に参加。14年内閣府「選択する未来」委員会委員、16年内閣府「アジア・太平洋輝く女性の交流事業」調査検討委員会委員などを歴任。
http://www.natsukoshiraki.com/