Nature & Science

アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
Series 連載
パキスタン辺境の村で
出会った女性たち①
地球、旅、ジュエリー。
写真・文/白木 夏子

地球や宇宙の歴史に想いをはせるのが好きで、かつては自然科学者の道を志したこともあるという、ジュエリーブランド「HASUNA(ハスナ)」代表の白木夏子さん。鉱物や宝石をめぐる旅の途上でよぎった想いを綴ります。まずは、クォーツ(石英)を求めてパキスタン・フンザ渓谷を目指した道のりから。

ジュエリーブランドHASUNAを立ち上げてから10年。中南米からアフリカ、アジア、様々な土地へ鉱物探しの旅をしてきた中で、最も印象に残っているのが、パキスタン北部の鉱山への旅だと思う。

HASUNAの「Lucent」は18Kと天然石のシンプルなデザイン。写真のコレクションはパキスタン・イスラム共和国(通称パキスタン)で採掘されたクォーツを現地で1つ1つ磨いたもの。これらのジュエリーの背景にあるストーリーとは?

はじめて渡航したのは2012年。バンコク経由で首都のイスラマバードへ飛び、そこからさらに国内線に乗り換えて、数時間で目的地の空港に到着する計画を立てていた。

成田からイスラマバードに行くだけでもまる一日かかり、到着後はホテルに一泊。翌朝、国内線に乗るために空港へ向かうが、嫌な予感がした。国内線の発券カウンターに人だかりができていて、沢山のパキスタン人がカウンターの空港職員になにか大声で話しかけている。こういう時はだいたい、いいことがない。

この国内線というのが、当日出発時刻ぎりぎりになるまで飛ぶか飛ばないか分からないものだった。

なぜかというと、目的地のパキスタン北部地域は、カラコルム山脈とヒマラヤ山脈に囲まれた8,000メートル級の山が連なる山岳地帯で、そこをレーダーの搭載されていないプロペラ機で山間をすり抜けるようにして飛ぶため、少しでも雲が出ていると飛べないからだ。過去には飛行中に出た雲の影響で前が見えず、山にぶつかって墜落したニュースも読んだことがある。

当日の出発時刻ギリギリにならないと飛ぶか飛ばないかは分からず、カウンターに並んでいる人たちは皆フライトの情報を空港職員に聞くために今か今かと待っている人たちだった。

そしてこの日は結局、雲が出ているとのことでフライトはキャンセルになった。致し方なくイスラマバードで一泊待機し、翌朝、再度空港へ向かう。また人だかりができているカウンターをのぞくこと1時間余り。

この日も結局、飛ばなかった。

迷い、夢見ることをはばかるな

明日も明後日も飛ぶという保証はなく、これ以上待っていられないと判断した私は、陸路で向かうことにした。飛行機であれば1時間ほどの距離は、山道を通って行くということもあって、まる2日かかる。

四駆のトヨタ車に、ドライバーとガイドと共に乗り込み出発。イスラマバードから出てすぐに、舗装されていない道が延々と続く。途中の山あいの村で一泊する計画だと聞かされ、「そこまでどのぐらいかかるか」と聞いたら「8時間」と言われ、途方に暮れてしまった。

1947年に英国から独立後、20世紀後半のパキスタンは戦いに翻弄された。首都イスラマバードから、中国やアフガニスタンとの国境を目指して北へ。フンザ渓谷まではいくつもの峠を越えてようやく辿り着く
©Natsuko Shiraki

そして「これが今回のルートだよ」と手書きの地図を渡された。よくよく見ると「山賊に注意」と書いてある箇所がいくつもあった。冗談かなにかかと思って聞くと、本当に山賊が出る時もあるから、会わないように祈りましょう、とニヤニヤしながら言われ、また唖然とした。

車内ではドライバーがカーラジオをかけていた。ウルドゥー語のMCとパキスタンのポップミュージックが流れるなか(ドライバーもそれに合わせてノリノリで歌う)、頭が天井につくほど揺れがひどいので本を読むことも眠ることもできず、ひたすら外の景色を眺めていることしかできない。

はじめはガイドからパキスタンの文化や宗教などを色々と聞いていたが、そのうち話すこともなくなり、ガタガタと揺れる車内で考え事をしていた。

「山賊にあって身ぐるみはがされたら、宝石買って帰れないなあ、どうしよう。人質になって迷惑をかけることだけは避けたい……」などとぼんやり祈りつつ、そしてそのうち考えることもなくなり、ただひたすら山を眺めていた。

パキスタンはさまざまな鉱石の産出国。石英(クォーツ)の化学組成はSiO2(二酸化珪素)で、多くの岩石に含まれる。石英が六角柱状に自然結晶すると水晶と呼ばれる
©Natsuko Shiraki

ぐにゃぐにゃと曲がりくねった山の道にはガードレールはなく、行き交う農作物を積んだトラックとぶつかりそうになるぐらいに狭い。下を見下ろすと断崖絶壁で、少し前に発生した集中豪雨による鉄砲水により道路が崩れてしまっている場所も多くあった。

この時のことを語ると、「なぜそんな危険な場所に行ってまでジュエリーを作りたいのか」と聞かれる。

きらきらと輝く美しい宝石がどんな場所から産出されているのか。その美しい石が育まれた場所に行き、採掘をしている人や研磨をしている人たちにも会いたい。そんな好奇心に突き動かされ、長い旅を続けている。それに、国連やJICAの職員をはじめ、国際協力に携わる人たちは皆このような場所に来ることは日常茶飯事で、リスク管理さえしておけば危険な目にあうこともほとんどない。

“迷い、夢見ることをはばかるな。高い志向はしばしば子供じみた遊びのなかにあるのだ”

18世紀のドイツの詩人フリードリッヒ・フォン・シラーの言葉が好きで、いつも心のなかに響いている。

私にとってはこんなパキスタンでの経験も、学生時代の研究と遊びの延長線にある、地球をめぐる旅なのだ。

(つづく)

Profile
Writer
白木 夏子 Natsuko Shiraki

ジュエリーブランドHASUNAファウンダー、CEO。英国ロンドン大学卒業後、国際機関、投資ファンドを経て2009年4月HASUNA設立。ペルー、パキスタン、ルワンダほか世界約10カ国の宝石鉱山労働者や職人とともにジュエリーを制作している。13年世界経済フォーラム(ダボス会議)に参加。14年内閣府「選択する未来」委員会委員、16年内閣府「アジア・太平洋輝く女性の交流事業」調査検討委員会委員などを歴任。
http://www.natsukoshiraki.com/

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