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Feature 特集
宇宙の果てまで見える目。夢の超大型望遠鏡を叶える、オハラのゼロ膨張ガラス(前編)
宇宙の果てまで
見える目(前編)

夢の超大型望遠鏡を叶える、
オハラのゼロ膨張ガラス

インタビュー・文/鳥嶋 真也
写真/大竹 ひかる(amanaphotography/parade)

2027年以降の完成を予定する、超大型の光学赤外線望遠鏡「TMT」。観測が始まれば、ノーベル賞級の発見がもたらされると期待されている。その巨大な主鏡に使われるのは、温度変化によって伸縮しない特殊なガラス。開発したのは、日本を代表する光学ガラス・メーカーの「オハラ」。いったい、どんな技術で理想のガラスが実現したのか。開発を手がけた同社の南川 弘行さんに話を伺った。

口径30m、超大型望遠鏡の主鏡とは?

ハワイ・マウナケア山頂に建設が予定されている、超大型望遠鏡「TMT」(Thirty Meter Telescope、30m望遠鏡)*1。アメリカやカナダ、中国、インド、そして日本が計画に参加するこの望遠鏡は、その30mという大きな口径によって、宇宙の始まりや太陽系外の惑星などを観測することができ、ノーベル賞級の発見がもたらされると期待されている。

ハワイ・マウナケア山頂に建設が予定されているTMTの想像図。ドーム状の構造物に、大きな口を開けるように望遠鏡本体が設置されている。主鏡はその基部にある。背後の稜線の上に見えるのは、すばる望遠鏡とアメリカのケック望遠鏡 
©National Astronomical Observatory of Japan

口径の大きな望遠鏡は、主鏡*2と呼ばれる大きな鏡によって宇宙の光を反射させ、一点に集めて観測装置に送る。しかし、口径30mのTMTは、主鏡の直径もまた30mと巨大。それほど大きな一枚鏡を造ることは難しいため、492枚もの鏡に分割し、それを並べることで主鏡を構成する。もし、鏡1枚1枚の精度がしっかり出ていなければ、光が歪み、観測することができなくなる。

国立天文台が制作したTMTの紹介動画。アメリカやカナダ、中国、インド、そして日本が協力して、ハワイ・マウナケア山頂に建設されるTMT。口径30mという大きさの望遠鏡と、大気の影響を補正する最新鋭の「補償光学」技術によって、最遠方にある宇宙初期の銀河や初代星(ファースト・スター)の探索、多数の銀河や恒星の効率的な分光観測、太陽系外惑星の直接撮像や分光観測といったことを可能にする。
©National Astronomical Observatory of Japan

その精度にとって大敵となるのは熱である。たとえ鏡をきれいに磨き上げたとしても、観測時に温度の変化によって鏡が伸び縮みすれば、それによって歪みが生じてしまう。そこでTMTの主鏡には、温度が変化しても伸縮しない「ゼロ膨張ガラス(極低膨張ガラス)*3」と呼ばれる特殊なガラスが使われている。開発したのは、日本を代表する光学ガラス・メーカーの「オハラ」。オハラは神奈川県相模原市に本社を置く企業で、従業員数は約400人。1935年の創立以来、光学ガラス製品を変わらず手がけている。

光学ガラスとは、カメラのレンズなどの精密機器に用いられる高品質のガラスのこと。ガラスと一口にいってもさまざまで、たとえば身の回りを見渡すと、家の窓やコップなどもガラスでできているが、光学ガラスはその性質上、組成や原料、造り方、品質基準もまったく異なる。

さらに光学ガラスにもさまざまな種類があり、同社ではカメラやプロジェクター、顕微鏡といった比較的身近な製品向けのガラスから、半導体製造機器や医療用光ファイバーに用いられるような特殊ガラスまで、幅広く手がけている。

こうした背景から、同社は宇宙開発や天文分野との関係も強い。たとえば1969年にアメリカのアポロ計画に同社のガラスが採用されたのを皮切りに、スペースシャトルや、日本の月探査機「かぐや」*4にも搭載された。また天体望遠鏡にも使用されており、市販のものから天文台にあるようなものまで、大小さまざまな望遠鏡の中にオハラの技術が生きている。

*1 TMT

ハワイ・マウナケア山頂に建設が予定されている望遠鏡。アメリカやカナダ、中国、インド、日本の5か国が計画に参加している。TMTとはThirty Meter Telescope(30m望遠鏡)の頭文字から取られており、その名の通り望遠鏡の口径が30mもある。この大きな口径と、大気の影響を補正する最新鋭の「補償光学」技術によって、宇宙の始まりや太陽系外惑星などの観測を可能にする。建設予定地のマウナケア山頂の保護地区利用許可の問題から建設開始が遅れており、現在のところ2027年以降の完成を目指している。

*2 主鏡

TMTなどの光学望遠鏡を構成する部品のひとつで、宇宙からの光を最初に受ける、一番大きな鏡のこと。TMTの場合、主鏡で集められた光は、望遠鏡の先端にある副鏡と、主鏡の中心部分に設置された第3鏡で反射され、望遠鏡の両側にある観測装置へ送られる。TMTの主鏡は30mにもなるが、それほど大きな主鏡を1枚の鏡で造るのは不可能なため、直径1.5mの鏡を492枚つなぎ合わせることで実現している。

*3 ゼロ膨張ガラス(極低膨張ガラス)

温度変化による膨張・収縮が極めて小さいガラス。ガラスをはじめ、一般的に物質は温度が上がれば膨張するが、そこに逆に温度が上がると縮む性質をもつ特殊な結晶を混ぜることで、温度が変化してもほとんど変形しないガラスが実現した。

*4 月探査機「かぐや」

日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した月探査機。「アポロ計画以来最大規模の本格的な月探査」と銘打たれ、2007年9月14日 に打ち上げられた。月の詳細な地図作りや地下構造の観測など、数多くの成果を残し、2009年6月11日に運用を終えた。

三度目の正直で「夢のガラス」に挑む

そのオハラに、現在は特殊品事業部特殊品ビジネスユニット長を務める南川 弘行さんが入社したのは1995年のこと。大学院では機能性セラミックスの研究をしており、光と材料に関する技術には人一倍関心があった。そして「会社でも研究・開発を続けたい、その技術で社会に貢献したい」という想いから、光学ガラスのトップメーカーである同社を選んだという。

南川 弘行(みなみかわ・ひろゆき)/1995年東京理科大学大学院修士課程修了。株式会社オハラ研究所配属、97年国立無機材質研究所(現:国立研究開発法人 物質・材料研究機構)外来研究員、99年株式会社オハラ研究開発部、2005年営業部を経て、16年より特殊品事業部特殊品ビジネスユニット長

南川さんがオハラに入社したころ、同社では悲願だったゼロ膨張ガラス、すなわち温度が変化してもほとんど伸縮しないガラスの開発に目処が立ちつつあった。このガラスこそ、のちにTMTに採用されることになるものの原型である。

オハラのゼロ膨張ガラスへの挑戦は、南川さんが生まれた時期と同じ、1970年代に始まった。当初は研究・開発の一環として始めたものだったが、カメラのレンズのようなガラスとはまったく異なる造り方のため苦戦する。なんとか形にはなったものの、設備の関係から大量生産が難しく、製品化は断念された。

その後、1980年代にも再挑戦し、ある程度は完成度が高まったのだが、このころにはすでに旧西ドイツの「ショット*5」やアメリカの「コーニング*6」といった企業が、ゼロ膨張ガラスの製品化に成功していた。さらに市場規模がまだ小さく、新規参入の余地が少なかったことから、再び製品化を断念。

さらに10年後の1990年代、バブル景気の追い風もあり、三度目の挑戦を行った。「これからはもっと高精度、かつゼロ膨張のガラスが必要になる」という熱い想いを持った研究開発者(南川さんの現上司)が開発を手がけ、ようやく製品化にこぎつけた。製品名は社内公募で、クリア(透明)なガラスセラミックス、そして究極という意味からアルファベット最後の文字であるZを加え、「クリアセラム-Z」*7と名付けられた。

南川さんがオハラに入社したのは、このクリアセラム-Zの開発終盤だった。

南川さんは先輩が手がけてきた技術を学び、品質向上や生産性の向上といった改良を実施。それと同時に、世界各地を飛び回って売り込みをかけ、市場調査も自ら行った。いわば「開発」と「営業」の二足のわらじを履くことになったのである。

一般的なメーカーでは、開発と営業は別の部署に分かれ、人員も別々なことが多い。しかしオハラでは、ゼロ膨張ガラスの製品化の目処が立ったころに、両者をひとつにまとめた新しい部署を設立。南川さんもその部署に入り、開発とともに営業も行い、そこで得た知見をすぐさま自らの手でフィードバックし、改良を行い、それをさらに売り込みに行く、という毎日を送った。

「ゼロ膨張ガラスのような特殊な製品は、研究・開発の現場で使われます。純粋な営業マンが売り込みをかけて説明しても、相手は納得しない。だから研究・開発をやっている人間が直接売り込みをかけ、説明し、話し合うことが大事です」(南川さん)

当時、ゼロ膨張ガラスの市場は、すでにショットとコーニングがほぼ独占しており、”三番煎じ”であるオハラが参入できる余地は少なかった。ショットは圧倒的な実績を誇り、コーニングはアメリカ航空宇宙局(NASA)とのつながりがある。そう簡単に彼らの牙城は崩せそうにない。

実際、売り込みをかけ始めた最初のころは、他社製品と比べられて「あそこが足りない、ここがダメだ」といった突っ込みの連続だったという。

南川さんらはそうした声を受け止め、すぐさまクリアセラム-Zを改良。開発と営業の二足のわらじを履いていたからこそできたことだった。こうした改良と実績の積み重ねで、徐々に販売規模を拡大。今では国内外のさまざまな企業や研究機関などで、地上の製造設備や実験装置から宇宙を飛ぶ人工衛星にまで、幅広く利用されるようになった。

クリアセラム-ZがTMTに使われるきっかけを掴んだのは2003年ごろ、まだ南川さんらがクリアセラム-Zの販売拡大に苦労していた時期だった。

*5 ショット

ドイツのガラス・メーカーで、1884年、ガラスの専門家であるオットー・ショットらによって設立された。130年以上にわたる研究開発や素材と専門技術の蓄積をもち、特殊ガラス、ガラスセラミックスの分野における世界有数の企業。家電から医薬品、エレクトロニクス、光学、自動車、航空機など多くの産業分野に使われている。

*6 コーニング

アメリカ・ニューヨーク州にある世界最大級のガラス・メーカー。1851年にエイモリー・ホートンによって創立され、165年以上にわたり、特殊ガラスやセラミック、光学物性に関する分野で高い実績をもつ。あのエジソンが製作した電球のガラスも手がけた歴史ももつ。現在でも液晶ディスプレイのパネルや光ファイバーなど、さまざまな分野で活用されている。

*7 クリアセラム-Z

オハラが長年培った「高均質熔解技術」と「結晶制御技術」を応用して実現した、極低膨張ガラスセラミックス。ガラス組成、析出する結晶の大きさと析出量を厳密に調整することで、熱的性質、機械的性質、化学的性質が著しく向上したという。

宇宙を観る、最先端分野を目指して

出張先のアメリカに滞在中、ひとつの論文が南川さんの目に留まった。それは「直径1.5mの鏡を何百枚もつなぎ合わせて、30mの望遠鏡を造る」という内容で、のちのTMTにつながる発端となった論文だった。

この論文を読んだ南川さんは「これはすごい」と思いつつも、「オハラが参加できることはないだろう」と考えたという。当時、こうした大きな鏡はショットやコーニングがすでに手がけていたからである。

たとえばハワイのマウナケア山にある「すばる」望遠鏡*8も、先日まで国内最大の天体望遠鏡だった岡山県の「なゆた」望遠鏡*9も、その主鏡はコーニング製だった。そもそも当時、オハラが造れるクリアセラム-Zの大きさは直径70cm、つまり要求の半分以下の大きさでしかなかったのである。

一方で同時期、顧客からクリアセラム-Zの大型化を求める声があった。そこで、まずはそうした要望に応えるという理由から、大型化の開発に着手する。

「そのころまだ、のちにクリアセラム-Zを納品することになる国立天文台*10さんとは話をしていませんでしたし、社内でも『大きな望遠鏡に使うためのガラスを造る』などという話は、簡単に通るものではありませんでした。『将来的にこの技術が、大きな望遠鏡に使ってもらえればいいね』くらいの雰囲気でしたね」と南川さんは当時を振り返る。

かくして、超大型望遠鏡への採用という将来をひそかに見据え、クリアセラム-Zの大型化が始まる。しかし、その開発の道のりは一筋縄では進まなかった。

後編に続く

*8 「すばる」望遠鏡

ハワイ・マウナケア山頂にある、国立天文台の望遠鏡。1999年に完成した。口径は8.2mで、1枚の鏡で構成される主鏡をもつ。一枚鏡を使う望遠鏡としては当時世界最大だった。ちなみにその鏡材を開発したのはコーニングだった。

*9 「なゆた」望遠鏡

兵庫県立大学西はりま天文台にある光学望遠鏡。2004年に完成した。口径は2mで、今年完成した岡山県の「せいめい」望遠鏡(口径3.8m)の登場までは日本一の大きさだった。ちなみにその鏡材を開発したのも同じくコーニングだった。

*10 国立天文台

東京都三鷹市にある天文台。日本の天文学研究の中心。1888年に麻布区飯倉に設立された東京天文台を前身とし、現在は自然科学研究機構に属する研究所のひとつとなっている。長野県の野辺山宇宙電波観測所をはじめ、ハワイのすばる望遠鏡など、国内外に各種の研究拠点や観測所をもつ。

Profile
Writer
鳥嶋 真也 Shinya Torishima

宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
http://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info

Photographer
大竹 ひかる Hikaru Otake

amanaphotography/paradeフォトグラファー。人やもののストーリーを考察し写真を撮る。「ガラスというものには、昔から魂が惹かれるものがありました。美しさと強さを持ったオハラの最高のガラスが見られて良かったです」
http://amana-photographers.jp/detail/hikaru_otake

Editor
荒井 正 Tadashi Arai

NATURE & SCIENCE 副編集長。「ガラスの歴史は紀元前4000年前まで遡るとのこと。私たち人類とガラスのおつきあいは、かれこれ6000年にも渡るわけで、こんなに長い歴史がありながら、ゼロ膨張ガラスのような新しい発明や発見があるという、素材と技術力の掛け合わせの奥深さに感動しました」

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