バーチャルな世界から
想像の道筋を示す
シリーズ・企業探訪⑭
ダッソー・システムズ
©︎Dassault Systèmes
シリーズ・企業探訪⑭
ダッソー・システムズ
ダッソー・システムズは、フランスの複合企業体グループ・ダッソーに属するソフトウェア企業。2018年のミラノサローネ(ミラノ国際家具見本市)では、将来を見通した企業や予見者たちと協働して成功を収めている。翌2019年も同社が企画した「Design in the Age of Experience(実験の時代におけるデザイン)」は注目を集めた。現代が “実験の時代” とは、どういうことなのだろうか。キーパーソン3名へのインタビューで振り返り、デジタルテクノロジーをめぐる2020年代への指針としたい。
イタリア・ミラノ市内の数カ所で展示が行われるミラノサローネにおいて、特に実験的なインスタレーションが集まるのが、トルトーナ地区のスタジオ・ピウ会場。2019年のサローネで、ダッソー・システムズは「Design in the Age of Experience(実験の時代におけるデザイン)」という展示を行った。
会場の中央には、カリフォルニアを拠点に活動する建築設計事務所「モーフォシス」によるサスティナブル(持続可能)なイノベーションや3Dソフトウェアの活用性・応用性を問うインタラクション「Interfaces」が配された。
モーフォシス代表のトム・メイン氏、同建築事務所のアドバンストデザインテクノロジー 杉内 敦氏、ダッソー・システムズのデザイン室長、アンヌ・アソンシオ氏に聞いた。
昨今のソフトウェアなどのテクノロジーと建築は、どのような関係性にあるのでしょうか。
今日の建築をひと言で定義づけるなら、“ソーシャルなiPhone” といった表現が適切でしょう。建築とは、環境やエネルギーなどの面で、あらゆるパフォーマンス性やサイエンスの成果を(まるでアプリのように)反映し、すべてをリンクさせる存在だからです。
建築業界では90年代半ばに、手を使った設計や制作から、デジタルツールの利用へ急速にシフトしました。プロジェクトの初期段階からデジタルでの作業が導入され、直線や直角だけでなく、パラメトリック・モデリング*1 を駆使したプランや3D処理が、複雑な立体を組み合わせた建築を生み出すのを可能にしました。
さらに、今日の施主が強く意識している「建築による環境へのインパクト」や「消費エネルギーの削減」にもデジタルツールは貢献してくれます。情報と物質の関係性は流動的で、最終的な図面に至るまでのサイクルで無限に変化していきます。それらを整理し、検証し、更新し続けていくのにデジタルツールは有効です。
また、そうした情報をチーム全体で共有し、実践可能なかたちでシステム化することで、より連結性が向上します。そのようにして、大きなアイデアを創出していけるのです。
*1 パラメトリック・モデリング
3次元CADにおいて、寸法や複数の図形の関係性(拘束条件)をあらかじめ指定して定めることで、結果的に作成された形状を設計データとして使う手法。
Design in the Age of Experience の中で、モーフォシスが手がけたインスタレーション「Interfaces」には、どのような意図が込められていたのですか?
このインタラクションで披露したデジタルイメージは、建築家が頭の中に描いたアイデアをアウトプットして可視化したものです。
建築家は都市の環境や社会問題を考慮し、解決していくための情報を汲み取らなければなりません。建築は、際限のない情報を搭載していける「器」でもあります。今日、建築を通じたイノベーションや新しいアイデアに到達するために、やはりデジタルツールは創造性と密接なものになっています。
技術の刷新は、さまざまなパフォーマンスを向上させます。人工知能(AI)との協働をどのようにお考えですか?
人工知能を利用するメリットは、私たちのアイデアとの「ハイブリッドな視点」が持てることですね。アップデートを続ける人工知能と、人間知能の今後の協働に興味は尽きません。
私にとってハイブリッドとは、複雑さの1つのピースです。独自性を追求すればするほど、複雑さと多様性が後押ししてくれ、自由なアイデアへと開放してくれるのです。
デジタルテクノロジーは、地域に根付いたアイデンティティーを持った建築をつくるのにも役立つでしょうか?
シンガポール、ソウル、中東などの都市部のホテルで目が覚めてカーテン越しに見える景色は、雑居ビルが過密に隣接する同様の光景だったりします。地域のアイデンティティーがある建築を設計するには、もはや建築家が政治にも関与する必要があるのかもしれません。
しかし、建築が場のアイデンティティーを引き出すことは大切だとは思いますが、今日ではそれに代わって、気候や都市計画などに適した自然環境を取り入れた設計が、より重要視されているのではないでしょうか。
一方、他の文化を誤訳することで魅力を引き出せることもあります。不正確さが新たなアイデアを生むこともあるのです。冷戦下の80年代半ばには、東西をつなぐ傾向も流行りでした。才能ある者はアクシデントから育まれるアイデアをコントロールしながら、正しい道を見つけ出すのです。
「Interfaces」はデジタル情報をまとった3枚のパネルが回転する演出でした。その仕掛けで表現したのは、どんなものだったのでしょうか?
この展示では、スマートフォンを使ったAR(拡張現実)とデジタルプロジェクションによる投影によってインタラクティブな演出にしました。それぞれのプロジェクトのジオメトリー(幾何学)が持っている、いわば隠された情報を可視化させるプログラミングを施したのです。
5分、6分、7分でゆっくり1回転する3枚のパネルは、210分ごとに一直線に並びます。
各パネルに投影されたデータはそれぞれ、ニューヨークの「エマ&ジョージナ・ブルームバーグセンター(Emma and Georgina Bloomberg Center)」、テキサス州ダラスの「ペロー自然科学博物館(Perot Museum of Nature and Science)」、ソウルの「コーロン ワン&オンリー タワー(Kolon One & Only Tower)」の建築プロジェクトです。
「CATIA*2 」を用いて設計されているのが、いずれの建築にも共通する特徴です。
*2 CATIA(Computer Graphics Aided Three dimensional Interactive Application)
ダッソー・システムズが1977年から開発しているハイエンド3次元CADソフトシリーズ。読みはキャティア。建築から航空機の設計にまで使われている。
3次元CADのソフトウェアは、どのように革新されていくのですか?
ソフトウェアは決められたことしかできませんが、自分たちがデザインするうえで使いやすいツールにしていきます。そのためには、最適化されたソフトウェアを想像します。極端な例ですが、ボタン操作一つでドローイングを描いてくれるソフトがあったらいいなと、日々、同じような作業を繰り返すうちに思うわけですね。
しかし、現状でそのような製品はないため、ソフトウェアからツールをつくるのです。建築業界においても、おそらく皆が同じようなソフトを望んでいるので、ダッソー・システムズのソフトウェアをユーザーの視点から実際に使った感想を同社にフィードバックもしています。
ダッソー・システムズでは、BIM(Building Information Modeling)の開発に特化した専門企業が参画する「コンストラクション・トライブ」というグループがあり、意見交換の場として使われています。同社からの解説と同時に他の企業のユーザーの声も聞けますし、私たちも共に向上していけるという、とても刺激的な集まりです。
そのような過程を踏んだソフトウェアの革新によって、どんな利点が生まれていくのでしょうか?
例えば、エクセル上の数値データから3Dデータをアップデートするようなことが可能になりました。現場の施工業者は、パネルなどの1枚1枚の寸法をデータで管理しているので、仮にパネルのサイズ変更の要請が彼らからあっても、即対応できるわけです。
デザイナーの立場からも、最終的にでき上がるものを管理しないとなりません。QA/QC(Quality Assurance and Quality Control:品質保証と品質管理)の一貫として、データを3D化してチェックできるということです。
日本と米国では建築文化の背景が異なりますが、モーフォシスではデザイナーがQA/QCまで管理します。おそらく、施工会社のレベルが十分でなかったり、デザインが特殊であったりしたため、デザイナーがそこまで関与するようになったのだと思います。
将来のソフトウェアは、どんな操作を可能にしていくと思いますか?
おそらくマシン・ラーニング(機械学習)を使って、デザイナーと施主の好みに合ったさまざまなデザインの提案が可能になると思います。形態のデザインだけではなく、環境のデザインや使用者のウェルネスの視点からの提案も可能になるでしょう。
デザイナーは、そんなソフトウェアからの「限りなく正解に近いと思われる提案」をアイデアとして受け止めながら、デザインを修正していく未来が訪れる気がします。それはデザインにおいて、非常に有効な手段になると思います。
建築家やデザイナーのあるべき像も変化していきますね。
今まで分業化していたものが一つになる時代です。デザイナーであり、3Dモデラーであり、プログラマー、そして構造家であるというように、一人の人間がさまざまなタスクを持つようになるでしょう。そうでなくても、プログラミングに特化した建築家はいずれ必要になる人材です。
チームのためにツールをデザインしていくことも視野に入れたデザインテクノロジー、そしてコンピュテーショナルデザインをもっと活性化させていきたいところです。
デザインとテクノロジーの関係性については、どう捉えているでしょうか。
この二つは常に、根底で結び付いています。私は1980年代から自動車業界でデザインを実践してきましたが、90年代になると建築業界ではフランク・ゲーリー*3 が三次元曲面を取り入れた建築を次々に生み出しました。これはデジタルテクノロジーのおかげです。自動車産業でも同様の歩みをたどりました。
最初にカーデザインに興味を寄せたのは、どのような理由からでしょうか。
個人が飛行機や列車を所有する例はあまりないですが、クルマは日常生活のコップやランプと同様に使われるプロダクトであり、生活環境に呼応してデザインされるオブジェでもあるからです。
複雑で多様な技術が盛り込まれるクルマは、その生産過程においても多分野のチームが横断的に関わってイノベーションを開発する必要があります。素材の選択に関しても、産業や工芸技術の知識を熟知しないとなりません。
1994年に、私がルノーで「Megane(メガーヌ)2」のカーデザインを担当していた時代、ダッソー・システムズが開発したデジタルソフトウェアによるモックアップに出会い、画期的だと思いました。車体構造の内部に視線を侵入させていくことが可能になったからです。
その後、ジェネラル・モーターズを経て、ダッソー・システムズで現職に就き、社内にデザインのシンクタンクでもあるデザイン・スタジオ(3DEXPERIENCE Lab *4 )を設立しました。
*3 フランク・O・ゲーリー(Frank Owen Gehry)
1929年カナダ・トロント生まれの建築家。モデリングと構造解析にCATIAを用い、複雑な形態を持つ建築を各地に実現させた。代表作に「ゲーリー自邸」「ヴィトラ・デザイン・ミュージアム」「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」「ウォルト・ディズニー・コンサートホール」など。プリツカー賞、高松宮殿下記念世界文化賞など受賞多数。
*4 3DEXPERIENCE Lab
2015年パリに設立。2017年にボストン、2018年にインド・プネーにも設立された。
https://3dexperiencelab.3ds.com/en/
そこでは現在、どんなことに取り組んでいるのですか?
クライアントからは時折、ダッソー・システムズのツールを使った製作のプロセスを最適化し、刷新したいという要請があります。
そのため、自分たちが実際に自社製品のユーザーとなって、使用感や機能のリサーチをします。最適なプロセスをリサーチする経験を元に、クライアントへのコンサルティングをするわけです。
他にどんなプロジェクトの事例がありますか?
外部のデザイナーが集まる、「コライダー(co-rider:同乗者)コミュニティー」のプラットホームを立ち上げました。フランス人デザイナー、パトリック・ジュアンもメンバーの一人です。異なる分野同士が協働する際、必要に応じてつながるための環境です。
通常のデザインエンジニアリングでは、最初に目的を定めて、課題を定義します。しかし、このコミュニティーでは、いわば「夢やフィクションのような状態」にあり、問題提起もなされません。互いに生じる考えがぶつかり合い、新たに挑戦するプロジェクトが浮かび上がってきます。
新しいプロジェクトは、どのように浮かんでくるのでしょうか。
新たなアイデアはどのようにして現れるのか……簡単なようで、本当は難しい問いです。ここではアイデアをただ吐き出すことをします。不十分でもいいのです。なぜなら、コミュニティーのメンバーが不完全性を受け止めることが肝心だからです。
自然界の現象と同じで、不完全なもの同士が補い合うこともあります。自然は技巧を持ち合わせていませんが、絶えず全体的なバランスを保とうとする戦略や解決手段を備えています。こうした考えが、サスティナブルデザインを支えます。つまり、スタート地点からサスティナブルに考えようとする姿勢です。
サスティナブルデザインにとって、デザインテクノロジーやサイエンスはどんな意味を持っていますか?
バーチャルの世界は、私たちに想像可能な道筋をつくってくれるのだと考えています。きっと科学者たちは首を横に振るでしょうが、サイエンスと信仰の間に、実は共通するものがあるのではないでしょうか。
両者の共通項とは?
例えば、数学や物理の方程式は、自然界がモデルになっています。定理は証明されることで存在しえますが、そもそもは最初にその存在を “信じた” からあるわけです。
つまり、ここで興味深いのは、新しい定理のプロセスを導き出すのは、常にイマジネーションであったということです。こうした繰り返しを続けることで、私たちも自らを刷新していけるのだと考えています。
ジャーナリスト。翻訳・通訳家。東京生まれのパリ育ち。インテリア、プロダクト、環境デザインEcole Camondo卒業。建築、デザイン、アート、産業、工芸などの「ものづくり」の現場を横断的に考察し、日本とフランスの専門誌に寄稿。教育・文化プログラムの企画、プロデュース、コンサルタント業も行う。共著『リージョナル・デザイン』では日仏の大学ワークショップ体験を綴る。