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先人が見出し、研究で証した炭の力

先人が見出し、
研究で証した炭の力

シリーズ・企業探訪⑧
出雲カーボン

インタビュー/伊藤 恒治(clover)
写真/常松 啓二(INFOTO) 文/木村 悦子

©️mon printemps /amanaimages

人類が火の利用を始めたころからの付き合いとも言われる、炭。水や空気をきれいにするなどの効果は広く知られていますが、科学的な文脈で語られることは多くありませんでした。そんな炭に注目し、住宅の“調湿”を目的とした木炭「炭八」を開発したのが、出雲カーボン株式会社の石飛裕司代表。炭の持つ力と開発秘話を伺いました。

木炭の歴史は古く、はるか昔の石器時代までさかのぼるという説があります。道具として火を使い始めた人類は、木を直接燃やすよりも炎や煙が少なく火力が得られる木炭を発見し、その後、さまざまな用途に使うようになりました。

©︎Koji Hanabuchi/Image Source RF /amanaimages

©︎Koji Hanabuchi/Image Source RF /amanaimages

高温多湿な日本においては、古くから風通しや湿度の調整は大きな課題でした。事実、歴史ある神社・仏閣なども、その床下に木炭が埋設されていることがわかっています。いにしえの人は、湿気を吸収すると腐りやすくなる木造建築の保護に、木炭の吸湿作用が有効であることを知っていたのです。

出雲カーボン代表の石飛裕司さんは、住宅設備の現場から木炭の可能性を感じ、各界の有識者からの知見を得ながら、多くの人が納得して使用できる工業商品としての木炭を生み出しました。開発エピソードから今後の展望などお話を伺います。


きっかけは廃材リサイクル

石飛さんは、もともと測量や衛生空調が専門です。出雲土建の代表として新規事業を立ち上げたきっかけを教えていただけますか。

1991年に出雲土建の社長に就任したとき、土木・建築・造園という3つの部門がありましたが、これからは公共工事が減り、土木と建築だけでは経営が厳しくなると予測しました。そこで何か新たな事業の柱をつくろうと思い立ち、当時トレンドだった「環境」「健康」「福祉」というキーワードの中から、一番身近な環境をテーマに選んだんです。もともと、住居環境については経験と知識がありましたから。

石飛 裕司(いしとび・ゆうじ)/1953年生まれ。出雲カーボン株式会社代表取締役。普通高校卒業後、測量会社を経て1974年衛生空調設備会社に入社、1983年出雲カーボンの親会社である出雲土建株式会社に移籍入社。1991年同社代表取締役。2001年出雲土建の関連会社として出雲カーボン株式会社を創業し代表取締役、現在に至る。2007年第2回ニッポン新事業創出大賞アントレプレナー部門で優秀賞を受賞

石飛 裕司(いしとび・ゆうじ)/1953年生まれ。出雲カーボン株式会社代表取締役。普通高校卒業後、測量会社を経て1974年衛生空調設備会社に入社、1983年出雲カーボンの親会社である出雲土建株式会社に移籍入社。1991年同社代表取締役。2001年出雲土建の関連会社として出雲カーボン株式会社を創業し代表取締役、現在に至る。2007年第2回ニッポン新事業創出大賞アントレプレナー部門で優秀賞を受賞

2000年に地元で3万m2の大病院の解体を手掛けたとき、木材の廃材が大量に出ました。

当時、コンクリートやアスファルトは日本中にリサイクル施設があってリサイクル率も高かったのですが、木材に関しては年間600万tのうち40%程度しかリサイクルされていなかったんです。カラーボックスなどに使われるパーチクルボード用のチップや、ボイラー用の燃料、ダンボールなどにリサイクルされるケースが多く、残りはほとんど燃やして捨てていました。

建設リサイクル法が公布されたのも、この年です。日本は森林王国ですから、これからまだまだ廃木材は出るはず。単に焼却炉で燃やして終わりにするのは環境的にもどうかと考え、思い付いたのが木材のリサイクルです。

緑豊かな出雲市郊外に建設された日本最大級のリサイクル炭化プラント。ここで年間9,000tの木材がリサイクルされる (写真提供:出雲土建)

緑豊かな出雲市郊外に建設された日本最大級のリサイクル炭化プラント。ここで年間9,000tの木材がリサイクルされる
(写真提供:出雲土建)

リサイクル炭化プラントに持ち込まれた廃材の山(上段)と、用途別に3段階に粉砕されたチップ(下段)。このうち7割が炭八の材料として炭化炉に回される
リサイクル炭化プラントに持ち込まれた廃材の山(上段)と、用途別に3段階に粉砕されたチップ(下段)。このうち7割が炭八の材料として炭化炉に回される

リサイクル炭化プラントに持ち込まれた廃材の山(上段)と、用途別に3段階に粉砕されたチップ(下段)。このうち7割が炭八の材料として炭化炉に回される


廃材のリサイクルから転じて炭に着目したのは、なぜですか?

先行している全国の産業廃棄物業者を訪ねて、一体どんなビジネスをしているのか聞いて回ったんです。業界新聞や、炭を焼くための「炭化炉」メーカーからの情報を頼りに、北は北海道の旭川、青森の六ヶ所村、さらには高崎、熊谷、和歌山、鹿児島など、あらゆるところに出向きましたね。

行った先々で「炭を使うと環境が良くなる。特に空気がきれいになる」ということを耳にしました。その一方で「炭には確かな効果を感じるが、具体的な効果を説明できる会社はない」「炭でビジネス的に成功している会社はない」ということもわかったんです。

ビジネス的にうまくいっていない理由は、なんだったのでしょうか?

産廃業の延長で炭を扱っているだけで、「炭の製造」を真剣に考えていなかったからです。

具体的な問題は、販売ルートにありました。ホームセンターでの販売が中心だったため、素人にはその効果が伝わりにくかった。そもそも、家の床を剥がして炭を入れることなど一般の人にはできませんから。ここはプロを対象にした建材として流通する必要があると感じました。

それと、効果を明確に示す科学的なデータが存在しないことも大きな理由でした。


産学連携で炭の効果を証明

商品開発にあたっては、さまざまな大学や研究機関と連携されてきたと聞きました。

炭がいいというのは、多くの人が体感的に知っています。ですが、口コミレベルに過ぎず、科学的なデータがない。湿度を下げる効果があるとはいえ、「これだけ下がりますよ」と数値化して見せられないと、商品として成立しないと考えました。

エビデンス(科学的根拠)は非常に重要です。炭化プラントを本気で検討するにあたり、島根大学の産学連携センターや、つくばの森林総合研究所などにコンタクトをし、共同研究を依頼しました。大変優秀な研究員の方々が協力を申し出てくれました。彼らは科学が専門、私は空調や建築が専門。お互い良い連携となり、有意義な研究ができましたよ。

廃材として持ち込まれる木材のほとんどは松や杉、檜などの針葉樹です。これらを詳しく調べてみた結果、針葉樹の炭は、備長炭などに使われている広葉樹よりも、仮道管(かどうかん)*1 が大きく、調湿を行う機能が高いということもわかったんです。

針葉樹でつくった炭(左)と、広葉樹でつくった炭(右)の断面を比較した電子顕微鏡写真。針葉樹のほうが仮道管が大きく、水の吸着能力が高い (写真提供:島根大学産学連携センター)

針葉樹でつくった炭(左)と、広葉樹でつくった炭(右)の断面を比較した電子顕微鏡写真。針葉樹のほうが仮道管が大きく、水の吸着能力が高い
(写真提供:島根大学産学連携センター)

*1 仮道管(かどうかん)

シダ植物と種子植物、維管束(いかんそく)がある植物すべての茎幹にみられる組織で、根で吸収した水分や無機塩の輸送をする役割を担う組織。死んだ細胞で構成され、重力に対して自立する役目もある。仮導管。被子植物の多くの種には、隔壁を失った道管(導管)がある。


除湿プラス加湿が「調湿」

炭の調湿効果は、アトピーにも良いことがわかったそうですね。

島根大学医学部と、アトピーの共同研究を16年前に行いました。現代の家は高気密・高断熱な仕様でつくられた結果、エアコンによる過乾燥を引き起こしています。過乾燥による悪影響の一つがアトピー性皮膚炎だと考えています。アトピーの人は皮質に脂分が少なく、乾燥肌の方が一般的です。

共同研究によって「肌が乾燥すると、田んぼの地割れのような状態になる。すると汗が出にくくなり、気化熱で体温を下げる機能が低下する。脳が指令を出して血液を送り、放射熱で毛細血管を冷まそうとして、肌が赤くなる。さらに、毛細血管はかゆみの神経を圧迫してかゆくなり、かいてしまう。かくと、傷口からダニやカビなどが侵入しアレルギー反応が起きる」という一連の流れがわかりました。

食べものやストレスなども関係しますが、アトピーの最大の原因はエアコンによる乾燥です。

その点、炭を天井や床下に利用するとエアコンの使用量が減り、過乾燥対策と余分な湿気を取り去り、多湿を好むダニが繁殖しにくい環境をつくり出すことができるのです。

また、高気密・高断熱の家で良くないのは、湿気が逃げにくい点です。

昔は夏になると、一斉に畳を上げて乾燥させるのが日本の恒例行事でしたが、最近はほとんどやらなくなりました。換気できないと、湿気は空気がこもりやすい押し入れやベッドの下、靴箱などに溜まります。すると、カビやダニが繁殖しやすくなるのです。これまでも床下がカビだらけになった家など、ひどい現場を数多く見てきました。


炭というと、湿気を除去する「除湿」を思い浮かべます。それだけでなく、湿度を調節する作用もあるそうですね。

調湿とは、湿気を吸ったり、吐いたりする作用のことです。例えば、障子紙。雨の日は湿気を吸ってボヨボヨになり、晴れると湿気が抜けてピンとなります。

それに対して除湿は、ただ水を抜くだけの働きです。木材などの天然素材には、環境を一定のレベルに保つ力が備わっています。加湿だけ、除湿だけではなく、そのときどきに応じて湿度を調整するのが、調湿です。

「炭八」で住宅の調湿を行うと、室内の体感温度が快適に保たれるだけでなく、年間を通じて湿度を人間の健康に適した40~60%に近付けることができます。

(写真提供:出雲カーボン)

(写真提供:出雲カーボン)


省エネ、静音も見込める

住環境にもたらす効果について、さらに詳しく教えてください。

人の体感温度は、湿度によって変わります。同じ気温でも湿度が低ければ涼しく、湿度が高ければ暑く感じるもの。天井に炭八を入れると、調湿機能により室内の平均湿度が5~10%程度下がるため、夏でも涼しく感じられます。

それから、蓄熱性や防音効果。蓄熱性の高さは、炭が多孔質構造であることと、質量が大きいことによりますが、これにより冬の暖房費が削減でき、夏の冷房費も3割ほど減るというデータが得られています。

天井裏に炭八を敷設した場合と、そうでない場合のエアコン(冷房)消費電力量の比較グラフ。日中の電力消費が抑えられていることがわかる (データ提供:出雲土建)

天井裏に炭八を敷設した場合と、そうでない場合のエアコン(冷房)消費電力量の比較グラフ。日中の電力消費が抑えられていることがわかる
(データ提供:出雲土建)


音については、天井に炭を敷設したマンションの入居者にアンケートを取ったところ、「こんなに静かなマンションは初めてだ」という声が多かった。実際に公的機関にお願いしてデータ測定をしたところ、床衝撃音が4〜5dBも下がることがわかりました。

上下階で発生する騒音は、じゅうたんや畳を敷くと高い周波数域は低減できるのですが、子どもが走り回るような低い周波数域の音はまず消せません。炭を入れた天井では、こうした振動音を制振効果により低減する効果があることが、私たちが建築音響学者と研究に取り組んで初めて明らかになったのです。


製造プロセスにおいて、炭のポテンシャルを最大限に引き出すポイントはありますか?  

当社の炭化炉は、最高800℃という高温で焼ける点、24時間連続で稼働可能という点に特長があります。

©️mon printemps /amanaimages

©️mon printemps /amanaimages

また、温度と入れる空気の量や炭化時間を調整できるので、炭の物性を自在に変えられます。これによって、臭いを取る能力を強くする、水を取る能力を強くする、などの性能差が付けられるのです。

その理由は、炭を焼くときの温度や雰囲気により、表面に空く穴の大きさが変わることによります。炭の調湿・吸着能力というのは、細孔容積と細孔直径によって左右されます。ここをコントロールする技術とノウハウが非常に重要なんです。

2001年に完成導入した、曉技研製の炭化炉。1時間で廃材約2.5tが炭に変わる。直接水をかけない間接冷却により、調湿に適した良質な炭が生み出されるという

2001年に完成導入した、曉技研製の炭化炉。1時間で廃材約2.5tが炭に変わる。直接水をかけない間接冷却により、調湿に適した良質な炭が生み出されるという

炭の効果は半永久的と言われますが、本当ですか?

はい。もともと建物に使われている木材も半永久的に調湿をしていると言っていいのですが、有機物であるため、どうしても腐ってしまう。

その点、炭はリグニン*2 やセルロース*3 などの有機成分がなくなって、完全に炭化しているので腐りようがない。まさに、効果が半永久的に続くんです。

*2 リグニン

植物の細胞壁を構成する主要成分の1つで、高等植物の木化に関与する高分子化合物。名前の由来は「木材」を意味するラテン語 lignum から。

*3 セルロース

植物の細胞壁や植物繊維の主要成分の1つ。天然の植物質の3分の1を占め、地球上で最も多く存在する炭水化物。繊維素。


第一線の研究者と出会いたい

最後に、これからの展望を聞かせてください。

炭には、まだまだ無限の可能性が秘められています。炭八の開発を通して、ダニの第一人者、カビの第一人者、防音の第一人者、住居環境の第一人者にお会いすることができました。本物を追求するとキリがなく、無限にやるべきことがある。

だから、第一人者のところにしか行きません。「なぜだろう?」を追求すると、彼らのもとへ行くように導かれるのです。真理を追いかけているからこそ、確かな情報を吸収できるのだと思います。

「技術は人の生活に役立つためにある」と、あらためて感じています。これまで私たちが取り組んできたことも、やがてはすぐに追いつかれるでしょう。でも、ビジネスについては、うちの身の丈でやっていければ良いかな。ノウハウはもっともっと世の中へオープンにしたほうが良いですからね。

でも、常に先を行く努力は怠りません。大変ですが、そこが一番楽しいんです。


Profile
Writer
木村 悦子 Etsuko Kimura

法学部を卒業後、出版社3社の勤務を経て、編集プロダクション「ミトシロ書房」を創業。雑誌や書籍、Webの編集・執筆を行う。文系街道ひと筋だったが、最近では生物などの理系領域に興味津々。著書に『入りにくいけど素敵な店』『似ている動物「見分け方」事典』など。
http://mito-pub.mystrikingly.com/

Planner
伊藤 恒治 Koji Ito

プランナー。地域に根ざした優れたものづくり企業を見出し、そのプロダクトを国内外に流通させるお手伝いをしています。「調湿木炭という極めてユニークな商品を開発された石飛社長に、炭との出会いから、今後の展望までインタビューさせていただきました。あらためて炭の持つ可能性について、たくさんの気づきがありました」

Photographer
常松 啓二 Keiji Tsunematsu

INFOTO NETWORK所属、出雲市スタジオシルク経営フォトグラファー。島根広告賞 金賞、銀賞、消費者特別賞など多数受賞。「本物を追求していくと本物の人に出会うという社長の言葉が印象的だった。この取材を通じて、少年のような探究心を持続し続けることが大切だと感じた」
https://infotonetwork.com/
http://www.studio-silk.com/

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