空想でめぐる江の島、
ダイナミックな自然へ
花と自然の鎌倉さんぽ
「8月・葉月」編
花と自然の鎌倉さんぽ
「8月・葉月」編
真っ青な青空が広がる夏! 残暑も厳しく広い海を眺めたくなる季節ですが、今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、毎年150万人が訪れる湘南の各海水浴場は開設を中止しています。そこで、バーチャルツアー(空想旅行)で、夏の江の島自然探検へご案内しましょう。鎌倉フラワー&ネイチャーガイドの村田江里子さんがご案内します。
2020年8月18日現在、国内における新型コロナウイルスの感染が再び拡大しています。お出かけを計画される際には、各自治体からの発表や要請に十分注意をして、マスクの着用、手洗いや消毒の徹底とともに、3密(密閉・密接・密集)の条件を避けるようにしてください。(編集部)
江の島と言えば観光スポットの印象ですが、自然の視点でめぐってみると、海辺の生きものたちの息吹や、壮大な地球のストーリーと出会うことができます。
江ノ電や小田急線などの江ノ島駅から歩いて……海風が爽やかに吹く江の島へ! 青い海を眺めながら、弁天橋を渡っていきます。
この弁天橋は、もともとあった砂州の上にかけられた橋。江戸時代の浮世絵には、江の島詣をする人々が列をなして、この砂州を渡っていく様子も描かれています。陸の近くに島があると、沖からの波は島かげで流れが打ち消されて弱まり、島と陸との間に砂がたまります。こうして橋のように砂州ができた島を、陸繋島(りくけいとう)といいます。
大潮の日の干潮時には、片瀬海岸から江の島まで、この砂州を歩いて渡ることもできるんですよ。こうして潮の満ち引きによって島になったり、陸地と地続きになったりする現象を、「トンボロ*1」と呼びます。限られた地形でしか現れないため珍しく、全国で10カ所程度と言われています。
*1 トンボロ(tombolo)
土と陸繋島をつなぐ砂州または砂嘴(さし)。沿岸流で運ばれた漂砂が、静水域に堆積して形成される。語源は、「土手」を意味するラテン語の「tumulus」から。干潮時のトンボロ現象で渡れる陸繋島をタイダル・アイランド(Tidal Island)とも呼ぶ。陸繋砂州。
いにしえから人々がお参りしてきた様子を思い描きながら、風光明媚な江の島へ……! 青銅の鳥居をくぐり、シラスや貝など海の幸を活かしたお土産屋さんが並ぶ、江島神社のにぎやかな参道を進んでいきます。
風格ある老舗旅館「岩本楼(いわもとろう)」の角に来て、その手前の細い路地を右手に入ると……西浦という静かな浜辺が広がっています。ここは大潮の日の干潮時などに訪れると、磯が出現するところ。キラキラ輝く水面を覗くと、カニやヤドカリ、魚たち……思わず童心にかえって、夢中になってしまいます。
夏なら岩場の斜面の緑の中に、明るいオレンジ色のスカシユリが咲いているかもしれません。海岸の岩場などに自生するユリで、鎌倉や江の島かいわいでは、以前より少なくなってきています。
道を戻り、参道をまっすぐ進んで……急な石段をゆっくり登って、辺津宮(へつのみや)へお参り。江島神社は辺津宮・中津宮(なかつのみや)・奥津宮(おくつのみや)の3つの神社からなり、いずれも海の女神様をまつっています。
境内には日本三大弁財天に数えられる江島弁財天をまつる奉安殿や、弁財天の「財」の字にちなんでか、お金を洗うと金運のご利益があるという「銭洗白龍王」の池もあります。
縁結びのご利益があるというご神木・2本の大きなイチョウの幹が並ぶ「むすびの樹」の脇からは北に展望が開け、干潮時なら、先ほどの弁天橋の下に砂州も見下ろせるかもしれません。
辺津宮を出て登っていくと……今度は東に視界が開け、ヨットハーバーの向こうに、鎌倉方面の山並みや、七里ヶ浜や由比ヶ浜の海、三浦半島まで望めます。
ここから見える海のあたりが、2021年に延期になった東京オリンピック・パラリンピックのセーリング(ヨット)競技の会場。新型コロナウイルスが収まって、晴れやかにヨット競技が行われたら……と、願ってやみません。
石段を登って、朱塗りの社殿が鮮やかな中津宮へ。
江島神社がまつる弁財天は、芸術の神さまでもあることから、歌舞伎役者が奉納した石灯篭や手形、しだれ桜などもまつられています。
弁財天は、もとはインドの川の神さまでした。さらさらと音を立てて流れる川の様子から音楽・芸術の才能、そして豊穣をもたらす神さま「弁才天」となり、やがて日本では「才」の字は「財」の字に置き換えられて、金運もつかさどる神様といわれるようになりました。
中津宮には、水をかけるとピチャン、と涼やかな音色を響かせる水琴窟(すいきんくつ)もあります。
中津宮を出てさらに登って……ようやく島の一番上あたり、亀ヶ岡広場に到着。青い海が目の前に広がります。江の島サムエル・コッキング苑に入ると、カナリーヤシなど南国風の植物が茂り、トロピカルな雰囲気。
入口付近では、温室遺構が一般公開されています。英国貿易商のサムエル・コッキング氏が明治中期につくったもので、ボイラーの熱を利用した温室で南国の植物を栽培していました。レンガ造りの温室としては、現存する唯一のものです。
江の島シーキャンドル近くに生える、巨大なアロエのようなアオノリュウゼツランは、メキシコ原産の多肉植物の仲間。
30~50年に一度、10 m近い花茎を伸ばして、黄緑色の細かい花を咲かせると枯れてしまいます。数十年に一度の花をつけるため、自らがもつ葉をすべて枯らし、蓄えていたデンプンを糖化させて花に送るのだといいます。メキシコでは、蜜や花粉を食べるオオコウモリが受粉を媒介するといいます。ここでは群落の中に、まれにニョキッと木のように花茎を伸ばして咲く花が見られることもあり、生命の不思議と神秘を感じます。
園内には、世界周航家・キャプテンクックが南太平洋パイン群島で発見したといわれるシマナンヨウスギや、キャプテンクックの名にちなむクックアロウカリアなどの巨木もそびえています。どちらも、サムエル・コッキングが植えたと伝わるものです。
そして、いよいよ江の島シーキャンドルへ……! ガラス張りのエレベーターに乗れば、ぐんぐん高度が上がって……デッキからは360 °の大パノラマが望めます。高さ59.8 m、海抜100.0 mからの景色は、圧巻です。
地球の丸さを感じられる相模湾の青い水平線、東に三浦半島や鎌倉方面、西に伊豆半島や箱根、丹沢方面を見晴らして。天気のいい空の澄んだ日には、大島や富士山が望めることもあります。
天にも届くような高みから地球を見晴らしているような壮大なスケール、自然の雄大さを感じられる感動体験。この高みから俯瞰するからこそ体感できる、大いなる地球に生かされている私たちの存在、この地球で命をもち暮らす「今」の意味に、改めて気づかされる気がします。
北西の方に目をやれば……江の島の龍口寺あたりから七里ヶ浜奥に広がる、緑の山並み。このあたりの森は、江の島弁財天や、江の島のそこかしこで見られる龍のモチーフと、深いゆかりがある地なんですよ。江島縁起に伝わる、龍神様と弁財天の伝説を、お話しましょう。
昔、深沢という地に5つの頭をもつ龍がいて、人の子どもを食べてしまうなど、悪事を繰り返していました。欽明13年(552年)、突如として海の中に爆発が起こり、海の上に島ができました。これが江の島です。このとき現れた美しい弁財天に五頭龍は恋をし、結婚を申し込みました。しかし、「あなたのような悪い龍とは結婚できません」と言われてしまい、龍は改心を誓って、弁財天と結ばれました。それからというものの、龍は津波を押し返したり、台風を吹き戻したりして、人々のために尽くしました。しかしそのたびに、龍の体は衰えていきました。
やがて龍は、「もう私は力尽きました。これからは山となって、皆さんをお守りしたいと思います。」というと横たわり、その体は山となったということです。
現在、江ノ電「江ノ島」駅近くにある「龍口寺(りゅうこうじ)」は、「龍ノ口(たつのくち)」と呼ばれ、この龍の口の部分にあたるといわれます。そして、西鎌倉にほど近い鎌倉広町緑地は、龍に食べられてしまった子らをまつったといわれる、5つの頭の龍のように太い幹が何本も伸びるサクラの巨木「稚児桜」があり、五頭龍と江島弁財天を絵馬に描く「龍口明神社」も付近にあるなど、五頭龍ゆかりの森です。
鎌倉広町緑地は、20年来の開発計画がありましたが、多くの方の想いとご努力で、公園として保全されました。奇跡のように保全されたその背後には、龍神さまのご加護もあったのかもしれませんね。
海を挟んで見つめ合うようにたたずむ、五頭龍の森と弁財天の江の島……いつまでも、この風景が守られていきますように……そんな想いで手を合わせて眺めたくなる、安らかな風景です。
一方、江の島の成り立ちを地球科学の視点で見れば……江の島は、約1,500万年前の砂岩がその主要部をなしており、過去の海食台を富士山や箱根山の火山灰が覆ってできているとされます。7~8万年前ごろ海上に現れ、その後も波の侵食と隆起を重ね、現在の姿になったと考えられています。自然の雄大な創造力が、江の島を形づくっているのですね。
キラキラ輝く波間を眺めて、爽やかな海風を浴び、思い切り深呼吸……心も身体も、解き放たれていきます。
高みからの海の眺めを満喫したら、江の島シーキャンドルのエレベーターを降りて……エレベーターの入口付近には、藤沢市郷土資料館もあります。江の島あたりの縄文時代の遺跡や土器、石器などの資料展示や、1951年から2002年まで設置されていた青色の旧展望灯台の灯具や模型、浮世絵や、弁天橋がまだ木の橋だったころなど明治・大正時代の江の島かいわいの白黒写真の展示もあり、江の島の歴史や文化に想いをはせることができます。
江の島サムエル・コッキング苑を出て、西の方に下っていきます。
やがて左手に視界が開け、V字型に切り立った断崖の向こうに海が見える「山ふたつ」へ。
ここは、海の浸食でできた「海食洞」と呼ばれる巨大な洞穴の、天井部分が崩落してできたと言われます。ここを境に、江の島が2つにくびれてみえることから「山ふたつ」の名が付きました。ダイナミックな自然の営みに、地球の息吹を感じます。
このすぐ後ろの道に面した斜面は、赤い土がむき出しになっています。これは関東ロームの赤土。富士山や箱根山の噴火で積もった火山灰の鉄分が、酸化して、赤茶色になっているのです。かなりの距離を経てこれだけの地層ができるほど火山灰が降り積もったとは、どんなに大きな噴火だったのでしょうね。
のり羊羹などの老舗のお土産屋さんが並ぶあたりに分岐点があり、右折すると島の西側を下って青銅鳥居付近へ戻れますが……まずはいったん直進して、奥津宮へ。
古めかしい石造りの源 頼朝奉納鳥居をくぐり、奥津宮へ参拝して上を向くと……天井に、こちらを見ているカメの絵が。これは「八方睨(にら)みの亀」といわれ、どこから見ても自分を見ているように見える絵なんですよ。江戸後期の絵師、酒井抱一(1761-1828)の作です。現在、原画は損傷が激しいことから取り外されて江島神社に保管され、現在は代わりに日本画家の片岡華陽による復元画(1994年)が掲げられています。
境内には、カメの甲羅のような形をした「亀石」もあります。カメの甲羅のような模様まで入り、なかなか真に迫ったカメらしさです。
カメは、奥津宮のご祭神のお使い(神使)であるとされ、浦島太郎の伝承では、常世に連れて行ってくれる縁起のよい動物であり、さらに江の島は横から見るとカメの形に見えたことから、江島神社は神仏習合の時代には「金亀山与願寺」とも呼ばれていました。
なお、奥津宮の社殿前の灯篭には、浦島太郎(お宮に向かって左側)と乙姫(右側)の彫刻があります。
奥津宮のすぐ先に、龍野ヶ岡自然の森があり、森の小道の奥には、五頭龍と弁財天の伝説にちなむ「龍恋(りゅうれん)の鐘」があり、恋人どうしで鳴らすと別れないのだそう。鐘の周りの柵には、二人の愛を誓う南京錠が無数にかけられています。
夏の森では、クサギの白い花が点々と咲いています。この花は、虫たちのレストラン。アゲハチョウなどが蜜を吸いにやってきます。漢字で臭い木、と書いてクサギ。葉をもむと、クリのようなちょっと独特の匂いがします。秋に赤いガクの中になる青い実は、青い染め物の染料にもなるんですよ。
森を出て、急な石段を下ると、稚児ヶ淵(ちごがふち)へ……幅50 mにわたり、海水の浸食で平らになった海食台地が広がっています。関東大震災のとき隆起したものです。
この海食台地の奥にあるのが、岩屋洞窟。波の浸食でできた洞窟です。弘法大師空海は、弘仁5年(814年)、京の都を出て旅立ち、相州津村の湊に泊まって江の島を望むと、金龍が現れたといいます。弘法大師が船で江の島に渡り、金窟(きんくつ:岩屋)に参拝して祈ると、災難を除き国土を鎮めよと弁才天のお告げがあり、弘法大師は金窟に社殿(岩屋本宮)を創建しました。これが江の島の社殿のはじまりと言われます。
大海原や、三浦半島から伊豆半島、丹沢・箱根の山並みに、空気の澄んだ日には富士山まで見晴らせるこの江の島を、いにしえの人々も、自然のダイナミックな力をいただけるパワースポットと感じていたのでしょうね。
江戸時代には、男神をまつる大山詣と併せて、女神・弁財天をまつる江の島詣が流行したといい、今も人々を魅了してやまない、魅力を秘めた地です。どうか、新型コロナウイルスの流行が収束して、晴れやかにリアルの江の島散策を楽しめる日が、早く戻ってきますように……心から願ってやみません。
急な石段を登って、元の道を戻ります。島内に点在するお食事処で、新鮮な海の幸をいただくのも一興。
再び、お土産屋さんの並ぶあたりの分岐点から、道を下って……暗い森の中には、ヤブミョウガの白い花も点々と咲いて。白い花がベールのように輪生する様は、踊り子たちのよう。
ミンミンゼミや、ジリジリと鳴くアブラゼミが鳴く森の道。夏の終わりの夕方には、郷愁を誘うツクツクボウシの声も響いてきます。茅ヶ崎の烏帽子(えぼし)岩を遠くに眺めて……ゆるやかなカーブを下り、島の入口・青銅の鳥居に戻ります。弁天橋を渡って、江ノ島駅から帰途へ。黄昏時(たそがれどき)になれば、海の向こうにあかあかと沈む夕日が見えるかもしれません。
真っ青な海と空、ダイナミックな地球の造形や息吹を感じた江の島空想旅行。力強い自然のパワーに思いを馳せて……すこやかに、日々を過ごしていけたらいいですね。
鎌倉フラワー&ネイチャーガイド。鎌倉の自然と遊び育つ。日本生態系協会職員・鎌倉市広報課編集嘱託員を経てフリー。環境省環境カウンセラー・森林インストラクター。著書に『花をたずねて鎌倉歩き』(学習研究社)がある。「人は自然に生かされている生きものの一員。「楽しい」「好き」「大切にしたい」の想いをはぐくむことで、自然あふれるすてきなまちを未来に引き継ぐいしづえとしたい」と、鎌倉の花や自然、歴史を楽しむ講座「花をたずねて鎌倉歩き」を主宰し14年を迎える。「真っ青な海に行きたい! と、ふと思ってしまう夏ですが……今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、にぎわう観光地は避けたいところ……皆さんに空想旅行でのびやかな気持ちになっていただけたらと、想いを込めて、江の島の海や自然の息吹をお届けしました。心がのびやかになる海の景色に想いを馳せて……ダイナミックな地球の造形をも生み出す、自然のパワーを感じていただけたら嬉しいです。」
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