5億年の歴史をもつ
クラゲの神秘
© minami toshio/NATURE PRO. /amanaimages
水族館で人気者のクラゲ。しかし、海で泳いでいて刺された経験のある方もいるのではないでしょうか。考えてみれば、クラゲはとても不思議な生きものです。魚ではないし、そもそもいったい何者なのでしょう? 毒のことも、そのライフサイクルも、知っているようで意外と知らないことがいっぱいです。
クラゲのからだは、その95%ほどが「水」です。
神経は全身に張り巡らされていますが、心臓はなく、脳もありません。
そんなクラゲは、「刺胞(しほう)動物*1」とよばれる動物のグループに分類されます。
意外かもしれませんが、クラゲは動物なのです。
*1 刺胞動物
動物界刺胞動物門に属する生物で、クラゲのほか、幼生時代に海中を浮遊した後に固着するイソギンチャクやサンゴが含まれる。その種数は13,000種以上。ほぼすべてが海に生息し、いずれの種も「刺胞」とよばれる毒針をもつ。
英語では「Jellyfish」とよばれるクラゲ。
透明でプルプルとしたからだは本当にゼリーのようで、その不思議な姿は私たちを惹きつけます。
5億年以上前に地球に誕生し、当時からその姿はほとんど変わっていないと言われています。
そしてこちらも意外かもしれませんが、クラゲは「プランクトン*2」でもあります。
クラゲは水中で生活していますが、傘を動かしてわずかに動くだけで、遊泳能力はほとんどありません。
プランクトンの語源は、ギリシャ語の「planktos(プランクトス)」です。
これは「漂流者」という意味で、私たちがプランクトンからイメージする「微小な生物」は、正確には正しくありません。
*2 プランクトン
水中を浮遊する生物の総称。ミジンコやゾウリムシ、アメーバ、珪藻類などはもちろん、魚類など水生生物の幼生も含まれる。これに対し、遊泳能力をもつ生物は「ネクトン」とよばれる。
水中をゆらゆらとただようクラゲは、まさに “プランクトン” なのですね。
クラゲをはじめとする刺胞動物は、「刺胞」とよばれる毒針をもっています。
刺胞は5 ㎛~1 mmくらいの大きさのカプセル状の構造で、内部に毒液を含んだ毒針(剣状棘(けんじょうきょく)と刺糸(しし))がしまわれています。
触手には刺胞がずらっと並んでいて、獲物が触れるなどの刺激を受けると刺胞から毒針が発射されて相手に突き刺さり、毒が注入されるしくみです。
クラゲはこの毒で相手を動けない状態にし、口に運んで食べています。
クラゲたちはどのような毒をもっているのか、毒の正体はなんなのか、気になるところです。
クラゲの毒素はタンパク質でできた「タンパク質毒*3」で、その毒性は溶血性、神経性などさまざま。これら複数の毒素を混合してクラゲは使用しています。
しかし、クラゲのもつ毒が極めて不安定で単離*4 が困難であることから、残念ながら一部を除いて毒素の詳しい研究は進んでいません。
*3 タンパク質毒
タンパク質はアミノ酸が多数つながってつくられる物質で、タンパク質からなる毒をタンパク質毒という。研究が進んでいる数少ないアンドンクラゲでは、分子量43,000と46,000の2つのタンパク質毒素の単離に成功し、アミノ酸の一次配列(つながっているアミノ酸の種類とその順番)も解明されている。
*4 単離
さまざまな物質が混在する混合物から目的の物質だけを取り出すこと。
私たちが普段目にするクラゲは、丸い傘から触手を伸ばした姿でしょう。
しかし、その姿はクラゲのライフサイクルにおける1つの時期にすぎません。
実は、クラゲは一生の中でその姿をさまざまに変化させているのです。この一連の形態の変化はクラゲの種類によって違いがありますが、例えば、幼生(プラヌラ)時に海中を浮遊、固着*5 (ポリプ)の生活を経て、また泳ぎ出す(エフィラ)というサイクルです。
*5 固着
水底の岩や構造物などの基盤に固定された状態。
ストロビアから分離してエフィラになると、ミズクラゲの浮遊生活が始まります。水中を漂いながら成長を続けたエフィラは、やがてメデューサとよばれるおなじみの姿に変わります。
メデューサとは、いわば親クラゲ。体内には生殖巣があってオスとメスに分かれており、有性生殖を行います。そして受精卵から誕生した「プラヌラ幼生」が変態してポリプとなり、固着生活が始まるのです。
「海水浴はお盆まで」という話を聞いたことはないでしょうか。
この原因になっているのもクラゲで、お盆あたりを境にして、アンドンクラゲというクラゲが大量に発生するためです。
アンドンクラゲは刺胞の毒も強く、カツオノエボシと同様、“電気クラゲ” とよばれているクラゲです。
アンドンクラゲは、固着性のポリプを経て、毎年初夏のころから浮遊生活に移っていきます。
それが成長し、大きくなった大量のアンドンクラゲが、ちょうどお盆のころに沿岸部に押し寄せてきます。
刺された瞬間に電気が流れたような鋭い痛みが走り、患部はミミズ腫れや水ぶくれになって痛みが続くので、アンドンクラゲが現れるようになると海では泳げません。
海水浴の時期にはミズクラゲも多く発生しているのですが、こちらは人に対する毒性が低いため、痛みもほとんどなく、あまり問題にはなっていないようです。
プルプルとしたゼリーのようなからだで、ふわふわと傘を動かしながら海の中を漂うクラゲ。
また、かわいい姿をしていながら毒をもつ、そんなところも多くの人を魅了しているのかもしれません。
海でクラゲを観察するのは難しいかもしれませんが、水族館ではたくさんのクラゲに出会えます。
実は、日本の水族館のクラゲ展示は非常に充実しています。
クラゲを飼育するのは容易ではありません。
餌や水温などの要因によってうまく育たなかったり、形が崩れたりするためです。
それでも、多くの水族館がいろいろなクラゲを飼育し、展示しています。
それぞれの水族館で工夫を凝らした展示がされており、楽しみながらたくさんのクラゲたちを目にすることができます。
5億年以上の昔から連綿と続くクラゲたちの世界。
私たちの常識からは想像できない、不思議がいっぱいです。
主な参考文献
『生物の科学 遺伝 』特集「刺胞動物の生物学」2020年7月号 No. 4( エヌ・ティー・エス)
『クラゲの不思議』三宅裕志 著(誠文堂新光社)
『ときめくクラゲ図鑑』峯水 亮 著(山と溪谷社)
日本水産学会誌 71(6),987-988(2005)「クラゲ類の生化学・利用学(PDF)」
日本水産学会誌 77(3),368-371(2011)「刺胞動物のタンパク質毒に関する研究(PDF)」
サイエンスライター。中学校・高等学校の理科教員として10年間勤務したのち、世界に散らばる不思議やワクワクを科学の目で伝えるべくライターへ。「今まであまり気にしていなかったのですが、繊細で飼育が困難なクラゲをたくさん展示している日本の水族館に感心しました。支えている飼育担当の方々のクラゲ愛を感じました」
Twitter: @yuruyuruscience