離れていても
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シリーズ・企業探訪⑳
アバターイン
写真/小山 和淳(amana)
シリーズ・企業探訪⑳
アバターイン
新型コロナウイルスの感染拡大期において、注目を集めているのがテレプレゼンス(遠隔臨場感)の技術です。ANAホールディングス発のスタートアップ企業として、自分の分身キャラクター「アバター」となるロボットを使った非接触・非対面サービスを開発・提供しているアバターインを訪問しました。
航空事業を中心としたエアライングループ、ANAホールディングス。飛行機は空を飛んでこそ、航空会社は人や荷物を目的地に運んでこそ価値を生むものですが、このコロナ禍ではままなりません。
感染予防の観点から、移動や対面が推奨されない、されづらい時代が来るなど、誰が予想したでしょうか。その一方で、困難な現実を前に、非接触、非対面のサービスが活性化しています。
そのひとつが、アバター(avatar)。アバターとは、「自分の分身となるキャラクター」を指すインターネット用語、ゲーム用語として知られていますが、語源はサンスクリット語のアヴァターラ(avataara)とされ、インド神話などでは(神や仏の)化身を表します。そこから転じて、ネットやゲームなどの仮想現実において自分の化身、自分の代わりに動くキャラ、といった意味ができたようです。
ANAホールディングスがアバターのプロジェクトを立ち上げたのは、2018年のこと。2019年には事業化の準備を進め、2020年4月1日に avatarin(アバターイン)株式会社が設立されました。
アバターイン社では多種多様なアバターロボットを開発しており、象徴的存在が普及型遠隔コミュニケーションアバターの「newme*1」。Webサイトからこのロボットにアクセスすれば、自分の分身として操作可能となり、家から一歩も出ずに商業施設でリアルな買い物をしたり、水族館を見て回ったりといった体験ができます。
newmeはIT・エレクトロニクスの展示会「CEATEC(シーテック)」で2019年に紹介され、2020年は新型コロナウイルス感染拡大がきっかけとなり、大きな注目を集めました。
*1 newme(ニューミー)
アバターインによる第1弾のアバターロボット。10.1インチのディスプレイに操作者の顔が映し出される。
ANAグループのプロジェクト時代からリーダーとして関わってきたのが、深堀 昂(ふかぼり・あきら)さん。アバターイン社のCEO(最高経営責任者)に就任した深堀さんを、東京・日本橋室町に訪ねました。
オフィスは、東京メトロ三越前駅の出口にほぼ直結するビルに入居。再開発が進む日本橋室町の中でも、2019年9月に開業した商業施設「コレド日本橋室町テラス」にも近く、街の新鮮な空気がスタートアップ企業によくマッチしています。
newmeは最先端の技術を結集したロボットと聞いていましたが、すべてのパーツが丸っこく、愛らしい印象です。
オフィスで働くスタッフは、デスクでパソコンに向かったり、よそのnewmeを操作したり。会議室にあるnewmeにログインし、自宅から違和感なくミーティングに参加するスタッフも。海外から来日している技術者も見かけます。
「生まれも育ちも異なる多様な人材が集まってくれました。すでにビッグネームの企業でなく、『テクノロジーによって社会課題を解決できるはず』と、当社のポテンシャルを信じて選んでくれたわけです。『スマートシティーの開発をしていた』『自治体に出向して働いていた』など、それぞれ多彩なバックグラウンドをもつ優秀なエンジニアなんですよ」と深堀さんが教えてくれました。
別室のパソコンからnewmeに「ログイン」して操作させてもらうと、直感的に動かせて違和感がありません。操作している最中は、自分の意識はパソコンの前にいる肉体から、徐々にnewmeの中へ。視線の高さもうまく設計されていて、リモコン操作であることを忘れていきます。まさしく、化身=アバターですね。
「香川の『新屋島水族館』にも水族館』にもnewmeが置いてあり、好評をいただいています。顔が画面に映り、newme本体が動くと『存在感』が発生して動物と認識するのか、水槽のマナティーが追いかけてきたり、小さなお子さんも興味を示したりしてくれます」
「人体というものはすばらしく、目の機能ひとつとってもロボットでは適いませんが、人の見た目に近づけて、背丈や奥行などを工夫してデザインしました。スタイリッシュデザインの案もありましたが、もっとも親しみやすいものに決定しました」
newmeは、すでに100体以上が日本全国で活躍中。二足歩行アバターや高性能の腕機能を備えたハンドアバターなど、多くのロボットを手掛けてきた深堀さんの現在の目標は、「ロボット好きでない人が、社会インフラとしてアバターが活用される世界」です。
「一般の生活者からビジネス戦略としての導入まで、Webサイトを通じて多くのお問い合わせをいただいています。最近では、新型コロナのため出産に立ち会えなくなったのでアバターを使いたい、結婚式にアバターで参加したい、といったものもありました。お客さんが減ってしまったお店にアバターを置き、空間をオンライン化した『遠隔ショッピング』の実験も行いました」
コロナ禍においては、非接触・遠隔というニーズに見事に合致するサービスですが、航空会社発のプロジェクトで物理的移動以外の提案とは不思議な印象。ですが、この点で深堀さんには先見性と勝算はあったそうです。
「ANA勤務の時代、SARS*2、MERS*3が流行したときのように、パンデミックにならなくても人の移動が制限されることは以前にもありました。また、日本は災害も多く、モビリティーの “もろさ” が表れる瞬間があります」
「そのため、意識を瞬間移動させて誰もが社会参画できるようにしたい、と考えたのが取り組みのきっかけです。物理的に会えない人といつでも会える、したくないことをしないで済む、という社会を2016年ぐらいから構想していました。ただ、コロナによって、予想していたより早く世の中が動きはじめています」
*2 SARS(サーズ)
Severe Acute Respiratory Syndrome の略で、日本では「重症急性呼吸器症候群」と呼ぶ。2003年に初めて報告された。
*3 MERS(マーズ)
Middle East Respiratory Syndromeの略で、日本では「中東呼吸器症候群」と呼ぶ。2012年に初めて報告された。
アバターインが提供するサービスがユニークなのは、わざわざロボットを買ったり、所有したりしなくても、誰もがインターネット経由でアクセスできることです。
「これまでのロボットは基本的に買って使うものでしたが、newmeは “乗り物” として捉えているので、すでに自分が行きたい場所に置いてある機体に『アバターイン*4 』すれば、買わなくても使えます」
もしも自分専用として使ってみたい場合、気になるのは価格です。おそるおそるたずねてみると、「レンタルならひと桁万円ぐらいから可能です」とのこと。意外と良心的なのではないでしょうか!
*4 アバターイン
アバターイン社では、アバターにログインすることを「アバターイン」(動詞)として表現する。
「社会課題とは『解決できる人が現場にいない』のが問題なだけではないでしょうか。だから、このアバターロボットによってすべての課題が解決できると思っています。医療が脆弱な地域に熟練の医師が現地に行ける、世界中で日本語教師による教育が受けられる、労働人口が減る日本で地球の裏側にいながら人が働いてくれるなど、アバターが瞬間移動のインフラになればさまざまなことが可能になります」と深堀さん。
アバターロボット「newme」を操作し、深堀さんと話して、思わず「『私』とは何か?」について考えました。
「手が義手、足が義足になっても『私』は『私』ですが、脳が入れ替われば『私』ではありません。では、脳とは何か? それは、電気信号を送受信する器官のことです。インターネットも、信号を送受信する装置ですよね。脳は電気信号で筋肉を動かし、インターネットもアバターを動かせる。インターネットやアバターとは、人間の拡張そのものなんです」
アバターは操作者の意志で動くので、その人の特徴が出やすいと深堀さん。ログインする人が変わった途端、その場の人が何となくそれがわかると教えてくれました。まさに、人間拡張です。
「アバターで人間を拡張すれば、誰もが瞬間移動ができる。体を動かさないと移動できないというのは、昔のことだという世の中にしたいです。たとえ病気のためずっと無菌室にいる人でも、自由に移動できる社会をつくりたいですね」
深堀さんの描く未来の姿に、大きな希望を感じました。
フリーライター・編集者。普段は飲食店や動物園・水族館などを多く手掛けており、「飲食店はテイクアウトに取り組めるけど、動物園や水族館などのレジャー施設や観光地は客に来てもらう以外の方法がなくて大変……」と考えていたので、アバター観光にはポンっと膝を打ちました。
http://mito-pub.net/
amanaグループacube所属のフォトグラファー。
https://acube.jp/photographers/kazuaki-koyama/
NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「newmeのデザインは、究極にシンプルです。顔を表示するモニターをちょっとだけ前に出すことで、人間と接している感覚が増すことに気づいたと深堀さん。創意工夫の原点を見た思いがします」