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ヘルスケアの技術で人を支え、拡張する 企業探訪⑯ 京セラ

ヘルスケアの技術で
人を支え、拡張する

シリーズ・企業探訪⑯
京セラ

文/木村 悦子
写真/川合 穂波(amana)

京セラのセラミック技術とライオンのオーラルケアのノウハウがコラボし、歯に当てると、まるで頭の中にだけ音楽が流れる魔法のような歯ブラシが誕生しました。異例の企業タッグに加え、ソニーのスタートアップ支援プログラムを利用して開発が行われたのも興味深いところ。オープンイノベーション時代の象徴ですね。京セラが2019年7月19日に開設した「みなとみらいリサーチセンター」を訪ね、話を伺いました。

研究者として、父として着想

「Possi(ポッシ)」は、親が子どもの歯の「仕上げ磨き」をするために生まれた、ちょっと不思議な歯ブラシ。開発者である京セラの稲垣智裕さんは、3児のパパとして育児に奮闘する中でアイデアを着想したそうです。コンセプトや開発中のエピソードなどについて聞きました。

稲垣 智裕(いながき・ともひろ)/京セラ 研究開発本部 メディカル開発センター所属。学生時代は音楽ひと筋。卒業後は補聴器エンジニアとしてメーカーに就職し、2005年に京セラへ転職 


Possiとはどんな商品ですか?

稲垣 子ども用の歯ブラシですが、子どもではなくパパやママが使うものです。子どもが自分で歯磨きができるようになっても、しばらくは親による仕上げ磨きが欠かせません。とはいえ、子どもがじっとするわけもなく、暴れたり歯ブラシを噛んだりと、なかなか大変です。

そこで、子どもが仕上げ磨きを楽しめるよう、歯にブラシが当たると音楽が流れる設計にしたのがPossiです。付け替えブラシはライオンさんが担当してくださり、清掃力も申し分ありません。

Possiは、2019年7月3日に ソニーのクラウドファンディングサイト「First Flight」で支援募集をスタート。総支援額は2,183万8,700 円となり、目標額の2,000万円に対して109%の達成率という結果に。現在は支援者向けに先行販売商品を製造している

音が鳴る仕組みを解説していただけますか。

稲垣 付け替え型ブラシのヘッド部分には、電気を流すと振動が生じる「圧電セラミック素子*1」という部品、持ち手の部分には「デジタル駆動アンプ*2」を埋め込みました。これにより、歯にブラシが当たる間だけ振動が音として歯に伝わり、子どもは歯磨き中に音楽を楽しめるというわけです。

デザイン性をキープするため単5電池駆動にしたく、小さな躯体と省電力を両立させるのには苦心しました。

ヘッド部分に「セラミック素子」を搭載。持ち手内部の「デジタル駆動アンプ」から受信した音の信号を振動に変換し、歯に振動を伝え、骨伝導(こつでんどう)で音を伝える。ブラシが歯に当たる時間だけ音楽が聴こえる仕組みだ

単5電池2本で駆動。持ち手接合部には電極が4つあり、2つから圧電セラミック素子を振動させる電気信号が出て、残り2つにはエラーを検出する抵抗体が入る。ブラシが外れると電気信号は出ない。ただし、もともと危険な電圧は使っていない。防水機能は生活防水レベル

子どもが歯ブラシを噛んだときに、音楽を止めるボタンもユニークですね。

稲垣 オーディオジャックをPossiと接続すれば電源オン、抜けばオフというシンプルな設計になっています。子どもが歯ブラシを噛んだら、親がミュートボタンを押して音を止めることで歯磨きを習慣づけつつ、「歯ブラシは噛んだらダメ」と教えられます。

*1 圧電セラミック素子

京セラのセラミック技術を応用した、圧電性を持つファインセラミックス。力を電気に変える性質、電気を力に変える性質がある。Possiでは、振動に変換した音を歯を通じて骨伝導で伝える働きをする。

*2 デジタル駆動アンプ

アンプにはアナログ方式とデジタル方式がある。Possiは、CRI・ミドルウェア社と共同開発したデジタルアンプを採用。クリアな音声出力・省電力・小型を実現した。デジタルアンプは歯ブラシ持ち手内部に埋め込まれ、ヘッドの圧電セラミック素子を駆動する。


子どもと親、両者の目線で設計

子どもは歯磨きに協力的でなくても、親たちは虫歯予防のために手際よくしっかり仕上げ磨きをしたい……。子育て世代から注目を集めるPossiには、どんな秘密や工夫があるのでしょう。

コロンと丸みを帯びた形がかわいいですね。デザインのポイントを教えてください。

稲垣 歯磨きが苦手な子どもって多いんです。歯磨きをさせてくれないどころか、口を開けてくれさえもしない。この歯ブラシの本質は、歯を磨かせてくれるよりもっと前の「自主的に口を開けさせること」にあります。私は「音楽プラスかわいい」がカギだと考えました。

また、これは使ってはじめて価値がわかる「体験型」の商品です。クラウドファンディングの際は、デザインの魅力で購入を促す狙いもありました。

そこで、無理を承知で「ソニーのデザイナーさんに依頼できませんか?」と聞いてみたんです。すると、2歳のお子さんがいるデザイナーが、「ヒットの予感がする。ぜひやりたい!」と手を挙げてくれました。一緒に仕事ができて、嬉しかったですね。

いいお話ですね。ところで、無線化は検討しなかったのですか?

稲垣 無線にすると、充電するリチウムイオンバッテリー*3 が必要ですし、試作品を作るまでは約半年しかない。限られた期間で仕上げるためにも機能はシンプルにしました。自分は、有線のちょっとアナログな感じが気に入っています。

「当初は子どもが好きな効果音やフリー音源などを内蔵させる予定でしたが、スマホなどの外部入力機器と接続する設計にしました。その結果、お気に入りの音源と連動することで、多種多様な音楽にアクセス可能となりました」と稲垣さん


稲垣 もし無線で使いたいなら、オーディオジャックを無線のBluetoothヘッドセットで中継させれば可能です。「子どもにスマホを見せたくない」という意見もあり、その場合はこのように無線化すればスマホが手元になくとも音楽が流せます。

稲垣さんのお子さんたちの評判はいかがですか?

稲垣 6歳と4歳、上の子2人は、「今日は普通の歯ブラシ」「今日は音が鳴るほう」など、その日の気分で注文してくれます。さまざまな音楽を動画サイトで画面を見せながら聴かせられるのは便利ですね。サウンドエフェクトなどの無難な音楽を内蔵させる案もありましたが、その日の気分で聴きたい曲を選べるほうが子どもも飽きません。「運動会のダンスで流れる音楽がいい!」といった希望にも応えられます。

*3 リチウムイオンバッテリー(LIB)

旭化成工業(現旭化成)の研究者だった吉野 彰氏(2019年ノーベル化学賞受賞者)らが1985年に基本概念を確立、1990年代初めに日本で開発・実用化された充電可能なバッテリー(電池)。軽量でエネルギー密度が大きいため、スマホやノートパソコンなどに欠かせない。リチウムイオン二次電池。


Possi、量産に向けた体制へ

京セラは新規事業を創出するため、2018年9月より1年間、ソニーのスタートアップ支援プログラム「Sony Startup Acceleration Program*4 (以下、SSAP)」に参加していました。そのSSAPで誕生したのが「Possi」。京セラの社員でありながらソニー社内の専用スペースに入居し、製品開発に取り組んだ稲垣さん、開発中はどんな感じだったのでしょうか。

ソニーの施設での仕事はどうでしたか?

稲垣 重要な報告をするときだけ京セラに帰って、それ以外はほぼソニーで自由に仕事をしていました。「管理されないがゴールだけ設定されている」という状態ですね。今後は、こういうケースも増えていくのかもしれません。

ソニー内のスペースでは、「ライオンさんを隣に入居させてください!」と頼み込みました。居室スペースを隣同士にしてもらったことで、スムーズに意見交換ができるのは理想的な環境です。居室には測定装置まで持ち込みました。ライオンとは試作品について音響性能の測定装置のデータを見ながら、その場でざっくばらんに意見交換ができる雰囲気でした。

今後の予定を聞かせてください。

稲垣 Possiのブラシ部は消耗品なので、量産性を考えると、高品質の商品を安定的に製造、品質評価するための生産技術の開発も必要です。コストダウンのため、工程をロボット化できないだろうかなど、考えることも山積みです。

*4 Sony Startup Acceleration Program(SSAP)

ソニー・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム。2014年、スタートアップ創出と事業運営支援のためソニーが社内向けに始め、2018年には社外との連携を強化。アイデア創出から事業化、販売、拡大までをサポートする。
https://sony-startup-acceleration-program.com/


横浜から予防医療へ漕ぎ出す

今回お話を伺ったのが、みなとみらい21地区にある「みなとみらいリサーチセンター」。2019年7月に関東の研究開発拠点、オープンイノベーションの拠点として京セラが新設しました。6階は社内外の人が交流する「イノベーションスクエア」、1階は試作品を制作したり、社内外の人が交流したりできる「クリエイティブファブ」となっています。

施設の概要と、ここを拠点とした今後の取り組みについて、メディカル開発センター所長の吉田 真さんに聞きました。

吉田 真(よしだ・まこと)/京セラ 研究開発本部 メディカル開発センター所長。セラミック材料の開発に携わったのち、現場を離れマネジメントの立場に。技術者の先輩として稲垣さんを見守る


みなとみらい駅からも近く、横浜港を一望できるロケーションですね。

吉田 「みなとみらいリサーチセンター」は、横浜市内や東京の天王洲などに点在していた研究所を集約し、関東の研究開発拠点と位置づけました。ここが東の窓口となり、西の窓口となるのが京都の「けいはんなリサーチセンター」。材料やデバイス、電子部品の研究を支える施設です。みなとみらいリサーチセンターのほうが、より完成品に近いシステム、ソフトウェアやソリューション関連を扱います。

横浜市がオープンイノベーションを推進する企業などの誘致に力を入れていることもあり、私たち以外にもさまざまな会社が研究開発部門を置きはじめています。ソニーさんもカメラ事業の開発拠点を新設し、3,000名ほどの技術者を集めるそうです。

この施設は海に面しているので、「ここから大海原に漕ぎ出す」という思いを込めて、船をモチーフにしたデザインを随所に配しています。

イノベーションスクエアの入口には、こんな言葉が掲げられていました。「船を造りたいのなら 男どもを森に集めたり 仕事を与えたり 命令したりする必要はない。代わりに広大で無限な海の存在を説けばいい。」(サン=テグジュペリ)

吉田さんは、稲垣さんの開発への取り組みをどのように見ていましたか?

吉田 実は、Possi以外にも「メガネ型ヒアラブル機器」と「ボディソニック製品」という開発案もありました。結果として、メガネ型ヒアラブルは各社から類似品が出てきてありふれたものになり、ボディソニックのほうはソニーにも似たコンセプトの製品がすでにあったんです。こうした事情から、新しい事業としての先進性があると判断した歯ブラシのPossiに絞って進めることになりました。

稲垣がずっと関わってきた圧電セラミック素子を用いたオーディオ技術とそれを使った部品があったので、安心して見守りました。「すでにある技術から新しい商品を構想するのだから、間違いない」と。それから、稲垣本人が子どもの歯磨きで困っていることや、親御さんたちの負担を軽らしたいという想いにも共感しました。

メディカル開発センターでは、これから歯ブラシに続き、医療ヘルスケア関連事業に注力していくのでしょうか?

吉田 高齢化社会や健康志向の高まりに伴い、医療ヘルスケア関連事業のニーズを感じ、現在数十名ほどの技術者に集まってもらいました。私たちの究極的な仕事は、健康寿命を延ばすこと。中でも、重要性が叫ばれているわりに進んでないのが予防医療。データサイエンスの力で、予防医療をどう実現するかを全員で模索しているところです。


予防医療と言えば、CEATEC2019に出展した「糖質ダイエットモニタ」が好評でしたね。

吉田 昔のお医者さんがよくやっていた「脈診*5 」がヒントです。「糖質ダイエットモニタ」をつけて脈波を測定し、出てきた波形から病気の予兆がわかるのではないかという研究があります。

「糖質ダイエットモニタ」は、食事による脈波形状の変化から、糖質代謝の状態をジャイロセンサを用いて測定するガジェット。CEATEC AWARD 2019で「スマートX」部門 準グランプリ受賞

吉田 最初は大掛かりな医療機器として、いったん開発に成功すれば、以後は一般の方が身に着けられるガジェットなどの汎用品に技術を応用できます。

例えば、従来の血圧計のような簡便に体調を計測できるデバイスができたなら、毎日測るうちに「今日はなんだか変だ」と気づきやすくなるでしょう。小さな異変を見逃さず病院に行くよう促せれば、本当の意味の予防医療になります。

*5 脈診(みゃくしん)

医師が患者の手首に触って脈を取り、その流れ方から全身の状態や体質などを診察する方法。西洋医学より東洋医学で、この脈診を重要視している。


人間の機能を拡張させたい

今の医療は失われた機能を戻すのが基本ですが、京セラが描く未来の医療は、「健康・健全だったときより、もっと上の状態になること」だと吉田さんは言います。

吉田 骨が折れたら、折れていない状態に戻すまでが現在の医療です。そこを、骨が折れたのが治るだけなくて、例えば、以前より強くなるといった「機能拡張」や「人間拡張(Human Augmentation)」の考え方を提案していきたいですね。心筋梗塞になった人が以前よりも高性能の心臓が得られる、「病院は嫌だ」と思っている人が、「あそこに行って体を強くしたい」などと前向きに考えるようになる方向です。

2020年の東京パラリンピック開催も追い風となり、さらに注目されそうなジャンルですね。

吉田 パラスポーツを観戦していると、選手たちがイキイキとしていることに驚かされます。選手だけでなく、サポートをする周りの人も希望に満ちています。障がいは大きな肉体的ハンディキャップですが、これを制約と捉える時代ではありません。障がい者でも装具を着ければ健常者よりも速く走れ、高く飛べるわけですし、車いすマラソンも素晴らしいスピードで力強く疾走します。デバイスや機器により人間の活動や感覚を強化する「人間拡張」の考え方は、これからさらに価値を持つと考えます。


みなとみらいリサーチセンター1Fの「クリエイティブファブ」を案内してくれた吉田さん。「これらの設備や空間を社外の方たちと一緒に使えるよう、オープンイノベーションに向け、間もなく準備を始めます」とのこと。3Dプリンターやレーザーカッターを始め、手を動かしてモデルを制作する環境が揃っていました

人間の活動を大きく広げる可能性のある、人間拡張。インタビューの締めくくりに、吉田さんは「こういう夢のある分野に、京セラの技術で貢献したい」と語りました。

また、稲垣さんは「Possiの開発では、別の部署の人や社外の人も自然に手を貸してくれ、心が熱くなりました」とオープンイノベーションへの手応えを感じています。社内外で手を取り合い、未来の事業を見据える視線を頼もしく思いました。


Profile
Writer
木村 悦子 Etsuko Kimura

法学部を卒業後、出版社3社の勤務を経て、編集プロダクション「ミトシロ書房」を創業。雑誌や書籍、Webの編集・執筆を行う。「京セラは、聞きしに勝る『新しいもの好き』の社風でした。時代の空気を読み取るセンスも抜群です。吉田さんは『健康を意識していても毎日測るのが大変』とおっしゃいましたが、これ本当! そこに大きなビジネスチャンスがあるんですね」
http://mito-pub.net/

Photographer
川合 穂波 Honami Kawai

amana所属。広告写真家と並行して作家活動を行う。「周囲の働きながら子育てしている人たちを本当に尊敬しています。ベビーテック、どんどん盛り上がって欲しいです。Possiは子どものいる友達にプレゼントするのもいいなと思いました」
https://amana-visual.jp/photographers/Honami_Kawai

Editor
神吉 弘邦 Hirokuni Kanki

NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「Possiを知ったのは、ラジオ番組(J-WAVE)の1コーナー。その後、CEATEC会場で初対面して、フォルムのかわいさ、持ちやすさにうなりました。技術と人間のタッチポイントとしての歯ブラシ。こうした日常用品に、イノベーションの可能性がまだまだ眠っているようです」

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