海の幸いざなう春、
うららかな浜辺へ
花と自然の鎌倉さんぽ
「3月・弥生」編
花と自然の鎌倉さんぽ
「3月・弥生」編
春の鎌倉の海を歩いてみませんか。腰越から七里ヶ浜・稲村を経て、長谷から由比ヶ浜へ……江ノ電の途中下車を楽しみながら、シラスやワカメなどの海の幸、サクラガイや浜辺のお花などにも目を向ける、のんびり浜辺散策コースを鎌倉フラワー&ネイチャーガイドの村田江里子さんがご案内します。
浜辺歩きにおすすめなのは、ポカポカあたたかな、風のない晴れた日。江ノ電1日乗車券「のりおりくん」を購入して、途中下車の旅もおすすめです。
腰越(こしごえ)の小動岬(こゆるぎみさき)で磯遊びしたり、シラスなどもお買い物。風光明媚な稲村ヶ崎で砂鉄に黒く染まる砂浜を眺め、長谷(はせ)・坂の下あたりの浜辺では、サクラガイなど探してみましょう。
濡れてもいい歩きやすい靴と、レジャーシートや飲み物をもって……心も体も海色に染まる、1日旅を楽しみましょう。
まずは江ノ電「腰越」駅からスタート。駅を降りると目の前に、パン屋さん「Le beau temps(ル ボートン)」があります。シラスのパンなどご当地パンをはじめ、レパートリー豊かなパンが並んでいます。
おすすめなのは、茎わかめのパン。わさびマヨネーズであえられた、春らしい緑色の茎わかめが、もっちりしたパン生地にたっぷり入っています。お気に入りのパンを購入して、浜辺でいただくのもいいですね。
腰越駅前の通りをまっすぐ、海の方向へ進んでいきましょう。道の左手には、満福寺(まんぷくじ)があります。
江ノ電の線路を越えた、階段の上にあるお寺。鎌倉のまちへ入る手前の腰越にある満福寺は、源 義経が、兄・頼朝に宛てて「腰越状」を書いたところです。お堂に上がってご本尊の薬師如来にお参りし、腰越状や、義経の活躍にちなむ絵画などを拝見しましょう。
源 義経は、宿敵であった平家を倒し、鎌倉に戻ろうとしましたが、鎌倉幕府将軍・兄の頼朝に、鎌倉に戻ることを禁じられてしまいました。頼朝は、弟が、いつか自分にも刃を向けるのではと恐れていたのかもしれません。
義経は、この地で源 頼朝への想いを書状「腰越状」にしたためました。
「私は源氏旗揚げのうわさを聞いて急いで駆けつけ、平家一族を追討するために戦ってまいりました。……それにもかかわらず、このようにきついお叱りを受けては、どのようにこの義経の気持ちをお伝えすればよいのか分かりません」
しかしこの腰越状も頼朝の思いを変えることはできず、義経は鎌倉に戻ることもできずに、無念のうちにこの地を去ったといわれています。
満福寺には、弁慶が書いたと伝えられる腰越状の下書きや、江戸時代の腰越状の版木があり、義経の心のうち・戦いの時代に生きた人々の命の物語に、想いを馳せることができます。
満福寺を出たら、さらに道をまっすぐ進んで海へ……!
青い海の水面がキラキラ光り、左手には、七里ヶ浜の浜辺が弧を描いています。
目の前の右手にあるのが、小動岬(こゆるぎみさき)。小動の名は、昔、枝葉を震わせて美しい音を発し、天女が音楽を奏でながら遊び戯れているような風情の「小動の松」が、この岬にあったことにちなむといいます。
小動岬には小さな磯があり、潮だまりでヤドカリやカニを見つけることができます。ときおり江ノ電が走っていくのも見えて……私は自分が子どもだったころも、そして私の子どもが小さなころも、ここへ気軽な磯遊びに来たものです。
ここ腰越や長谷・坂ノ下あたりの浜辺では、2月~3月ごろなら、旬のワカメ干しの風景が見られるかもしれません。
豊かな漁場となっている相模湾・鎌倉や腰越のあたりの海では、ワカメが盛んに養殖されており、天然のワカメも採れます。
干しワカメがカーテンのようにひらひら風に舞う様は、鎌倉の春の浜辺の風物詩です。
近所の地魚を扱っている魚屋さんでも、地元のワカメが販売されていることも多くあります。ぜひお土産に求めてみてくださいね。
茶色いワカメを湯に放つと、パッと鮮やかな緑色に変わります。新鮮なワカメなら、湯がいたものにお醤油をかけて、「ワカメのお刺身」を楽しんでみてください。
ちなみに浜辺にワカメが打ち上げられていることもあって……アコーディオンのような蛇腹型の「めかぶ=茎わかめ」がついているのが、分かりやすいワカメの見分け方です。
近年、温暖化による海水温の上昇や、ウニの食害などで、鎌倉の海でも海藻類が死滅する「磯焼け」が起きているといいます。
こうした中、鎌倉漁業協同組合と市内の福祉事業所などにより、「鎌倉漁業協同組合と海のSDGsを実行する会」が発足し、「海の生命のゆりかご」ともいわれる「藻場」を保全する取り組みが始まっています*1 。
障がいのある方が海岸に打ち上がった海藻を集め、その中から繁殖に適したものを選び、それを漁師さんが海中に戻して、新たに育てていく試み。
心通うあたたかな活動のお力で、鎌倉の豊かな海の恵みが、未来へ手渡されていきますように……心から、声援を送りたくなります。
*1 多様な力で藻場保全 鎌倉漁協と福祉事業所などがタッグ
神奈川新聞 2020年01月11日
https://www.kanaloco.jp/article/entry-240538.html
浜から上がったら、小動岬の小動神社へお参りしましょう。腰越のまちの鎮守さま。この神社は、文治年間(1185~1189年)、源平の合戦で活躍した佐々木盛綱という武将が、江ノ島にある江島弁財天への参詣の途中にこの神社のある小動山に上り、その風光と小動の松に感激して、日ごろ信仰する父祖の領国の近江国八王子宮を勧請(かんじょう)したのが始まりといいます。
お社にお参りし、左手奥に進んでみると……海(わだつみ)社の森の木陰に鎮座しているのは、ウミガメの石像。カメの像は、海や漁の神さま・龍王様が乗るもので、漁師が海中から拾い上げたものということです。
海辺の人々を見守り続けてきた神さまへの信仰が伝わる、やさしい素朴な石像です。
展望台からは金網越しに、江ノ島や腰越漁港も見えます。
小動岬を出たら、海岸線を江ノ島方向へ進みましょう。道の脇には、シラスをはじめ地魚のお土産やお食事を楽しめるお店が点在しています。
例年3月11日ごろにはシラス漁も解禁となって、早春は海の幸が楽しみな季節。
釜揚げシラスや、軽くあぶってパリパリとした歯ざわりを楽しむ「たたみいわし」、つるりと新鮮な生シラスなど……春の海の幸をぜひ味ってみてくださいね。
腰越駅に戻り、江ノ電で鎌倉方面へ向かいましょう。車窓から海を眺めながら、ゴトゴト・レトロな江ノ電旅。
途中、鎌倉高校前や七里ヶ浜駅で降りて、ただただ目の前に広がる、のびやかな浜辺と水平線、キラキラ光る水面を眺めて過ごすのもいいですね。春の海 ひねもすのたりのたりかな……のんびりした気分になれる、春の浜辺です。
江ノ電「稲村ヶ崎」駅で、電車を降りて。国道を左側へ進み、稲村ヶ崎に向かいます。
稲村ヶ崎は、その岬の形が稲束を積み重ねた形に似ていることからついた名といわれています。西にゆるやかに弧を描く七里ヶ浜の海岸線や江ノ島を望む、風光明媚な景色。芝生広場でくつろぐのもおすすめです。ただし食べ物をトビに狙われないよう、頭上にご注意を。
浜辺に降りてみると、砂浜が真っ黒い色をしていることに気づきます。稲村ヶ崎の砂浜には、砂鉄が特に多く含まれています。かつては、鉄製品の原料をこの辺りから求めていたようです。刀工の正宗は、この辺りの砂鉄で刀を造っていたともいわれています。
そしてここ稲村ヶ崎は、鎌倉幕府を攻め滅ぼした、新田義貞の鎌倉攻めの舞台でもあります。
1333年(元弘3年)、鎌倉攻めをした新田義貞は、各切通しからの攻撃で苦戦し、海から鎌倉を攻めることにしました。新田義貞が黄金の太刀を海に投げ入れて祈ると潮が引き、新田軍はときの声をあげて鎌倉に攻め入り、鎌倉幕府を攻め滅ぼしたといわれています。
このあたりは、大潮の日の干潮時になると潮が大きく引き、ずっと沖の方まで歩いていける磯が現れます。
潮の干満についての知識が浅い山国育ちの新田軍は、潮が引いたことに驚いてその神秘に鼓舞され、鎌倉幕府を攻め滅ぼすほどの大きな心の力をまとったのかもしれません。
時代が動いた歴史の大舞台に想いを馳せて……いつの世も変わらず寄せては返す波の音が、いにしえの景色をほうふつとさせます。
稲村ヶ崎の岩場と砂浜の間辺りでは、海岸植物も観察できます。春にはハマダイコンが砂浜に咲き、5月ごろには、ハマヒルガオもピンクの花を咲かせます。根を深く張ったり浅く広く張ったりして、乾燥しがちな砂地で水分を吸収しようとしたり、つるりとした肉厚の葉で塩分を洗い流したり……厳しい砂浜の環境に適応してきた植物たちです。ただ、砂の流出や観光客による踏圧もあってか、近年は、海岸植物が少なくなってきているのが気がかりです。
稲村ヶ崎は、夕景もきれいなところ。3月に入ると霞が出て、やわらかな茜色に染まる夕景になりますが、11月~2月ごろ、雨の翌日の空気の澄んだ日の日没時などは、富士山のシルエットも浮かぶ、クリアに澄んだ夕景と出会えます。
まだ時間と元気があったら、もう少し江ノ電に揺られて、長谷駅に向かいましょう。長谷駅から南に5分ほど歩くと、坂ノ下の海岸に出られます。2〜3月ごろなら、ここでもワカメ干しの風景が見られるかもしれません。稲村ヶ崎より東側に弧を描く海岸線は、長谷の辺りは坂ノ下、滑川を境に西側が由比ヶ浜、東側が材木座と呼ばれます。
長谷・坂ノ下あたりの砂浜には、たくさんの貝殻が打ち上げられています。こうして磯づたいに歩くと、場所により異なる「浜辺の表情」があることを、実感させられます。
この遠浅の砂浜は、二枚貝の生育に適した場所のようで、サクラガイも、ときおりこのあたりで見られます。ピンク色の、薄くはかなげな貝殻。見つけたら壊れないように、そっと扱ってくださいね。サクラガイは、サクラガイ、カバザクラ、小型のモモノハナガイ、オオモモノハナといった貝類の総称。
材木座海岸には「さくら貝の歌」の歌碑も建てられており、サクラガイが古くからこの地で愛されてきたことがうかがえます。近年では縁結びのお守りとして、源氏山公園の一角にある葛原岡神社でサクラガイのお守りが授与されていたり、サクラガイのアクセサリーショップも見られるようになりました。
相模湾は、深海から砂浜、岩礁地帯まで、変化に飛んだ環境があり、生きものの種類も豊かに見られます。しかし年々、環境の変化とともに、貝をはじめ、海の生きものの種類は減少してきているといいます。
海でとれた魚を食べて暮らす私たち……普段の暮らしでは見えてこないけれど、もしごみが流れ着いていたり水が汚れていたり、汚れて生きものたちも暮らせない海になってしまったら……そんな海で育ったお魚を、私たちも食べて暮らしたいとは思えませんよね。
海を歩き、そこで育つ生きものや、シラスやワカメなどの海の幸を実際に目にすると、私たちが自然の恵みをいただいて生きていることに、改めて気づかされます。
ここ由比ヶ浜かいわいの浜辺は、貝殻がたくさん落ちていて……生きものたちが元気に暮らす、海からのお便りのようにも見え、歩くうち、ワクワク嬉しい気分になれます。
きれいな貝やシーグラスなど、浜辺の拾い物探し・ビーチコーミングを楽しみながら、今日のお土産を見つけてみましょう。お部屋に飾ればキラキラ光る春の海の思い出が、あなたの暮らしを海色に彩ってくれるかもしれません。
おいしい海の幸や磯遊び、鎌倉ゆかりの海の歴史にビーチコーミング……変化に飛んだ、春の浜辺歩き。これからも豊かな命あふれるいきいきとした海に、私たちも、未来の子どもたちもワクワク出会うことができますように。生命のゆりかご・青い海は、私たちをいつも、やさしく大きく、見守ってくれているようです。
コースタイム:見学や浜辺歩き、休憩を挟んで約3時間
腰越駅~ル ボートン~満福寺(約10分)
満福寺~小動岬(約5分)
小動岬~腰越駅(約10分)
腰越駅~稲村ヶ崎駅(江ノ電乗車 約10分)
稲村ヶ崎駅~稲村ヶ崎(約10分、往復20分)
稲村ヶ崎駅~長谷駅(江ノ電乗車 約10分)
長谷駅~坂ノ下海岸(約5分)
ル ボートン (Le beau temps)
住所:鎌倉市腰越2-13-3
アクセス:江ノ島電鉄「腰越」駅から徒歩0分
TEL:0467-39-6622
営業日:7:00~18:00(売り切れ次第終了)
定休日:月曜日(祝日の場合翌日)、不定休(SNSにて告知)
https://www.facebook.com/lebeautemps2018/
満福寺(まんぷくじ)
所在地:鎌倉市腰越2-4-8
アクセス:江ノ島電鉄「腰越」駅から徒歩3分
TEL:0467-31-3612
拝観:9:00~17:00
拝観料:200円
http://www.manpuku-ji.net
鎌倉フラワー&ネイチャーガイド。鎌倉の自然と遊び育つ。日本生態系協会職員・鎌倉市広報課編集嘱託員を経てフリー。環境省環境カウンセラー・森林インストラクター。鎌倉市環境審議会委員。著書に『花をたずねて鎌倉歩き』(学習研究社)がある。「人は自然に生かされている生きものの一員。「楽しい」「好き」「大切にしたい」の想いをはぐくむことで、自然あふれるすてきなまちを未来に引き継ぐいしづえとしたい」と、鎌倉の花や自然、歴史を楽しむ講座「花をたずねて鎌倉歩き」を主宰し13年を迎える。「のんびりうららかな、春の海辺歩き。七里ヶ浜の海を眺めて育った私の、大好きな風景です。小学生のころ、浜辺に打ち上げられていたウミガメの背中に乗って遊んだ思い出も……生きものあふれる豊かな海と、これからも出会えたらいいですね」
https://ameblo.jp/ecohanablog