私たちとともにある
ウイルスという他者
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新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が拡大しています。「かかったら怖い!」「こうやって感染を防ごう」という情報ばかり報道されていますが、そもそも「ウイルスとは何か?」から、知らないことばかり。ウイルスは多くの動物にとって病原性がある一方、他の生物に感染して増殖するサイクルを回す “生命体” ととらえると、また違う世界が見えてきます。生命の起源と進化を研究テーマに、さまざまな角度からウイルス研究に取り組む東海大学の中川 草先生にお話を聞きました。
※このインタビューは編集長の神吉弘邦さんと、2020年4月上旬に感染予防のためオンラインで行われました。
まずは、先生の研究テーマから伺います。生命の起源と進化に対して、ウイルスはどんな役割を果たしているのでしょうか。
その前に、ウイルスについて確認しましょう。ウイルスとは核酸(DNA・RNA)*1 に遺伝情報を格納しているものの、自己増殖できない「粒子」です。ウイルスが増殖するためには、他の生物の細胞に侵入(感染)する必要があり、細胞内のさまざまなリソースを活用します。そのため、細胞が死んだり、また宿主の免疫系もそれに応答して感染細胞を壊したりします。
こうした性状(せいじょう)から、ウイルスを生命と呼べるかについては多くの議論があります。一方で、人工細胞の研究で「自己増幅系の人工細胞*2 をつくると、その複製機構を利用して勝手に自己増殖するものが、ほぼ必ずできる」とわかったそうです。粒子形成などはできないものの、まさに、ウイルス的だと思いませんか?
なるほど。生命の誕生や私たちの進化にも、そんなウイルスが関わっていると本で読んだことがあるのですが。
現在まで物証は見つかっていませんが、生命の誕生とほぼ同時期に、宿主のリソースを使って自己増殖する「ウイルスのような物質」ができたと個人的には考えています。私たちヒトを含めた、さまざまな生物のゲノム*3 にウイルス由来の遺伝子が存在しているんですね。
私たちのゲノムの一部に、ウイルスを取り込んできた歴史が刻まれていると。
ええ。ヒトの全DNA配列、つまりヒトゲノムのおよそ10%はウイルス由来ではないかとされています。反対に、ウイルスの中を探れば、私たちの遺伝子の化石が残っている可能性は十分にある。研究者の中には、「ウイルスこそ、ヒトのような真核生物の起源である」と考える人もいるほどです。実際、ウイルスの遺伝子の中には、その他の生物の中で見つからないものも多いため、現在、存在する生命の共通祖先よりも「以前に存在したであろう生物」の遺伝子を保持しているのではないか、という仮説もあります。
生命の共通起源の「前」につながる話には、ビックリです。
哺乳類はヒトを含め、特にそのようなウイルス由来の配列を遺伝子の中に比較的多く持っていることが知られています。内在性レトロウイルス*4 という、ウイルス由来の配列ですね。その多くは単なる「化石」で、これまで哺乳類の機能と関係がないと思われてきました。しかし、近年ではそれらのウイルス由来の遺伝子が、哺乳類の進化と強く関連した可能性があると報告されるようになりました。例えば、シンシチン、アーク、サスペースなどです。
シンシチン、アーク、サスペースについて詳しく教えてください。
シンシチンは哺乳類が子宮内で胎児を育むために形成する胎盤*5 に関与する、エンベロープ由来のタンパク質です。
胎盤の形成にウイルスが関わっているなんて、哺乳類が進化したカギを握っている密接な関係ですね。もし、このシンシチンがなかったら、母体の免疫は父親の遺伝子を携えて外部からやってきた細胞を攻撃してしまうのでは?
その通りです。また、アークというのは、哺乳類特有の神経伝達ネットワークを担うタンパク質です。サスペースは皮膚の発生に寄与します。哺乳類の皮膚は軟らかく保湿性があるのが特徴ですが、この適度な湿度を保つために必要なタンパク質群がある。これをつくるための切断酵素のようなものがサスペースです。起源を調べると、ウイルスが持っているようなプロテアーゼ*6 であることがわかりました。
*1 核酸(DNA・RNA)
DNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)の総称。核酸塩基、糖、リン酸が多数連なった高分子化合物。DNAは二本鎖(二重らせん構造)、RNAは基本的に一本鎖となっている。遺伝子は、DNAに書き込まれ、この情報がRNAにコピーされ、タンパク質の形で実現される。
*2 人工細胞
最小限の生体成分で細胞の一部の機能を再現した人工物のこと。
*3 ゲノム
特定の生物種を構成する遺伝情報の全体。
*4 内在性レトロウイルス
レトロはretroと綴り、「逆」の意味。DNAではなくRNAを遺伝子として持ち、RNAからDNAへと逆に転写する性質からこの名がある。レトロウイルスは宿主ゲノムに侵入し、子孫へ受け継がれる。
*5 胎盤
哺乳類の妊娠期に形成される組織のこと。胎児を保護したり、これを通じて栄養を与えたりする。
*6 プロテアーゼ
タンパク質中のペプチド結合を加水分解する酵素のこと。
哺乳類でもカンガルーは胎盤が未発達と聞きました。ウイルス学の観点から、この話題はいかがお考えでしょうか?
カンガルーなどの有袋類にも、プリミティブ(原始的)な胎盤はあるんですよ。ヒトのように何カ月も育てられるようなものではなく、種により期間は異なりますが、1~2週間といった短い間だけ胎内で育て、子はすぐに未熟児状態で出てきます。そこでもレトロウイルスが関与しているだろうという報告はあります。
同じ有袋類のコアラについても、コアラ白血病を引き起こす「コアラレトロウイルス」があります。現在、コアラの死因の1位はこの白血病です。コアラレトロウイルスと類似したウイルスがテナガザルなどにも見つかっているため、有袋類しかいなかったオーストラリアに、人間が移住したときに連れて行った動物に感染していたウイルスがコアラに感染したと考えられています。
コアラのゲノム配列にウイルスが入り込んだと報告されたのが2006年。コアラレトロウイルスが内在化すると症状は深刻になりますが、コアラもやられっぱなしではなく、これに対抗するかたちでコアラ白血病を防ぐような機能を獲得したのではないかという報告が、2019年10月になされました。
このように、ウイルスが宿主のゲノム配列に挿入されてゲノムの一部となることで、逆にそのウイルスの感染を防ぐようになることが、さまざまな生物で明らかになってきています。
「実験医学」2020年5月号(4月20日発行)に「新型コロナウイルスSARS-CoV-2の比較ウイルス学と比較ゲノム分析 *7」 を発表するにあたり、家畜やペット、野生動物由来のコロナウイルスの系統解析を行った「系統樹」をツイッターで先行発表され、強く興味を引かれました。自然界のウイルスは、どのようにヒトへ影響を与えるようになったのでしょう。
ウイルスと生物の関係は大きく変化しています。ウイルスは、現在流行しているコロナウイルス、毎年流行するインフルエンザウイルス、致死率が高いことで知られるエボラウイルスなどが知られていますが、共通して言えることは、自然宿主はヒトではなく、動物ということです。
*7 新型コロナウイルスSARS-CoV-2の比較ウイルス学と比較ゲノム分析
比較ウイルス学的見地から、後述の京都大学ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授との共著として、研究成果を概括。コロナウイルスの基礎知識やシークエンスデータからわかることを中心に説明している。
https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/special/SARS-CoV-2.html
(上記の羊土社サイト内で公開中。会員登録すれば無料閲覧可)
この系統樹で示したウイルスはコロナウイルスの一部で、さまざまな哺乳類、鳥類の中に見つかっています。爬虫類には、唯一シナミズトカゲから見つかっています。多種多様なコロナウイルスの多くはヒトには感染せず、または感染してもほぼ無症状なので、私たちは普段はウイルスを意識することなく生活できます。
実際、この自然界に最も多く存在する “生物” はウイルスですが、その多くはヒトに悪い影響を与えるものではなく、「何らかの生物に感染し、増殖するという生活サイクル」をただ回しているだけと考えられます。その生活サイクルはもちろん環境に大きな影響を与えるもので、近年では地球の炭素循環にも働きかけることがわかってきました。
ウイルスが地球の炭素循環に働きかけるとは、どういうことですか?
これは、海の中にいる海洋ウイルスの話です。海面にただよい大気中から二酸化炭素を吸収する微少な藻などの多くは、海洋ウイルスに感染して死に、炭素を多く含んだその体はゆっくりと海底に沈みますが、食物連鎖により捕食動物の体内へと再び吸収されていきます。
また、赤潮*8 が起こると、赤潮に関連するウイルスも広がり赤潮プランクトンを殺し、赤潮を消滅させます。このように、ウイルスには生態系を一定に保とうとする「バランサー」のような働きもあります。
8 赤潮
海水中で、植物プランクトンなどの微小な生物が異常増殖することにより、水の色が赤く変わる現象。
先生がこの研究を始めたきっかけについて教えてください。
最初はウイルスそのものではなく、「内在性ウイルス様配列」に興味がありました。例えば、ヒトとチンパンジーは遺伝子をコードする(遺伝情報を書く)配列では類似度が高いことが知られていますが、どう見ても私たちとチンパンジーの外見は異なりますよね。
そこで、遺伝子をコードする部分ではなく、遺伝子の「発現調整領域」に違いがあるとする仮説があります。私も同じように考える一方で、遺伝子調整だけではなく、ゲノムの中のウイルスに由来する配列は生物種間で多様性が大きく、ウイルス由来の配列によって生物種の違いを説明できるのではないかという興味がありました。
こうした研究をするうちにウイルス学者との接点が多くなり、ウイルス自体を研究対象とするようになりました。内在性ウイルス様配列は、京都大学 ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸先生と始め、その後、ほかのウイルスについても宮沢先生と同研究所の佐藤 佳先生(現在は東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センターに所属)との共同研究で加速していきました。
宮沢先生は「とっとと感染しちまえ」のツイート*9 が報道され、一般の方にもよく知られるようになりましたね。大学の研究者らしからぬ過激さがありながらも、「これは我が事だ。頑張って感染を予防しよう」と、多くの人に危機感を喚起してくれたと思います。
9 「危険なことわからんやつは、とっとと感染しちまえ」のツイート
「うつらないようにするよりうつさないことに意識を集中すること」「外出中は目や鼻、唇を触らないようにすること」などを訴えた。宮沢准教授のツイッターアカウントは、@takavet1
このインタビューは「コロナ禍の夜に」という特集で掲載する予定です。タイトルには、明けない夜はないというメッセージとともに、家でゆっくり落ち着いて過ごそう、という意味を込めています。そこで、ウイルスに関して中川先生オススメの入門本があれば、ぜひ教えてください。
ただの病原菌ではなく、ウイルスを “生物” と見る視点から解説する本として、近年は非常に良い本が多く出版されています。中屋敷 均先生の『ウイルスは生きている』は名著だと思います。
山内一也先生の『ウイルスの意味論』も面白いです。武村政春先生はたくさん優れた著書を出版されていて選ぶのは難しいのですが、『新しいウイルス入門』が一番ベーシックで、読み始めるのにはよいかもしれません。
海外の有名な著者では、カール・ジンマー(Carl Zimmer)氏がいます。彼が「ニューヨーク・タイムズ」紙などに寄稿している新型コロナウイルスの関連記事も示唆に富んだ内容が多いですね。例えば、彼の著作の『ウイルス・プラネット』は興味深い内容です。
好きなサイエンスライターとしては、サイモン・シン(Simon Singh)氏を挙げたいです。彼は物理学が専門で、数学や宇宙に関する著書はどれも秀逸です。医学に関連する著作もあり、例えば『代替医療解剖』という本は、いわゆる医学的ではない代替療法について、さまざまな研究論文に基づいて論じた本です。このテーマについてはさまざまな議論がありますが、現在のパニックのような状況においては、重要な視点があると考えています。
リチャード・ドーキンス(Clinton Richard Dawkins)博士*10 の著作も大好きですね。一度、お会いしてサインをいただいたことがあるんですよ。
10 リチャード・ドーキンス
1941年ケニア・ナイロビ生まれ、英国在住の生物学者・動物行動学者。1976年刊行の『利己的な遺伝子』は世界的ベストセラーとなった。『虹の解体』も名著
新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)から、私たちが学ぶべきことや今後の研究活動の展望をお聞かせください。
現在はウイルスに対して人間が劣勢ですが、必ず対抗する術(すべ)を見つけられると信じています。ただ、それは、ウイルスを根絶するという意味ではありません。
これは自然界に存在するウイルスです。今回のコロナウイルスが人間集団の中からなくなったとしても、動物の間では存在し続ける可能性があります。そして、また新しいコロナウイルスや別のウイルスによる感染症が生じる可能性もゼロではありません。
これまで続けていたようなサーベイランス(調査監視)のような研究活動を今後も続けていくことが重要ですし、さらにそのような配列の中から、いかにして早くワクチンなどの、ウイルス感染症を制御するためのシステムを構築するかという研究がより求められていると思います。
今回の新型コロナウイルス流行はまったく予想されていなかったわけではありません。過去にはSARS*11 やMERS*12 の流行があり、これらの原因となったコロナウイルスに類似した、さまざまなウイルスがコウモリから多く発見されていました。主に中国の研究グループが中心となって進めており、世界各地でさまざまな野生生物からウイルスを同定する試みが進んでいます。
これは、人獣共通感染症となる可能性のあるウイルスを把握しておき、次のアウトブレイクに対応するためです。このような活動が、流行中の新型コロナウイルスの性状を調べるための貴重なデータリソースとなっています。
そうしたウイルスは、生態系の破壊や都市化、大規模な牧畜や農業といった人間の営みと接することで、どのように変化し、ヒトに影響を与えるのでしょうか。
一部のウイルスがヒトを含めたさまざまな生物に病気を引き起こすことは事実です。これまでは動物からヒトにウイルス感染があったとしても、そこまで広がらなかった可能性が大きいものが、現在では容易に国境などを超えていくことが可能な状態です。
このようなウイルスに対処するには、さまざまな方法があると思っています。まずは、ワクチンや抗ウイルス薬の研究開発によって、ヒトや動物に感染するウイルスを増殖させない方法が考えられます。
一方で、私たち生物も単にウイルスにやられるばかりではなく、ウイルスに対抗するためのさまざまなメカニズムを持っています。ウイルス由来のタンパク質を抗原として認識してウイルスが感染した細胞を攻撃する獲得免疫機構*13 がその一つです。それ以外にも、ウイルス感染を防ぐ、RNAウイルスを探知して増殖を防ぐ、ウイルスが出芽するのを防ぐ、そのような自然免疫を担う遺伝子がさまざまに存在します。
また、先ほどの「コアラ白血病」の研究などを通じて近年わかってきたこととして、ウイルスが宿主のゲノム配列に挿入され、ゲノムの一部となることで、逆にそのウイルスの感染を防ぐ可能性が示唆されています。
*11 SARS(サーズ)
Severe Acute Respiratory Syndrome の略で、日本では「重症急性呼吸器症候群」と呼ぶ。2003年に初めて報告された。
*12 MERS(マーズ)
Middle East Respiratory Syndromeの略で、日本では「中東呼吸器症候群」と呼ぶ。2012年に初めて報告された。
*13 獲得免疫機構
一度体内に侵入した病原体に対する情報を記憶し、防御物質を作ることで、再度の侵入を防ぐ働きのこと。
ウイルスを解説した本を読むと、著者ごとに「ウイルスとは」という結論に少しずつ個性が見られるのが興味深い点でした。たまたまそこにいた他者か、利己的な破壊者か、生物の中から飛び出してまた還ってくる放蕩息子か、身体を捨てた情報の方舟(はこぶね)か……中川先生が考える「ウイルス」とは?
ウイルス学の本流の人たちには怒られる視点かもしれませんが、やはり、私は生命の起源から “ウイルス的なもの” は存在していたと考えています。たとえ粒子を形成しなくても、宿主の増幅メカニズムをハイジャックして自己増殖するようなものはすべて “ウイルス”なのではないか。
このような定義にすると、トランスポゾン*14 もウイルスになってしまいますが、分野を区別せずに研究するメリットのほうが大きくなっているのではないでしょうか。
また、ウイルスは生きているのか、そうでないのかという議論も興味深いと思っています。例えば、私たちヒトゲノムの中には存在しませんが、ネコやブタのゲノムに内在化しているウイルス配列は感染できる粒子を放出することがわかっています。そのようなウイルスは、ミトコンドリア*15 のような共生系なのでしょうか。
こうした話は哲学的な議論につながっていきますが、ウイルスはこのようなことをいろいろ考えるきっかけも与えてくれるのです。
今日のお話で、ウイルスを見る目がすっかり変わりました。ありがとうございました。
*14 トランスポゾン
細胞内で、ゲノム上の位置を移動することができる塩基配列のこと。動く遺伝子などと呼ばれる。
*15 ミトコンドリア
真核生物のほぼすべての細胞内に存在する細胞小器官で、エネルギー代謝などを行う。もともとは独立した細菌だったと考えられている。
フリーライター・編集者。「少し前まで細菌とウイルスの違いも知らないレベルだったのに、ウイルスが恐ろしすぎて調べまくり、今回のインタビューで覚醒。ウイルスの精緻な営みに、感嘆を禁じ得ません。また同時に、中川先生や宮沢先生ほか、国境を越えて英知を結集しウイルスに立ち向かう各界の専門家を頼もしく思います」
NATURE & SCIENCE 編集長。コンピュータ誌、文芸誌、デザイン誌、カルチャー誌などを手がけてきた。「中川さんに教わった推薦図書は、いずれも実に面白い本ばかり。なかでも『ウイルスは生きている』は、文体や研究者の人物描写も素晴らしく、どんどん素朴な疑問が解決されます(例えば、NASAによる「生命の定義」の紹介なども)。Kindle 版 もあって手に入りやすくオススメですよ」