脳の可能性を見いだし
次世代の人間観をつくる①
-真夜中の脳科学-
第二回 柴田和久
My Favorite Things♪
構成・文/理化学研究所 脳神経科学研究センター
第二回 柴田和久
My Favorite Things♪
サイエンス作家の竹内薫さん×理研CBSの脳研究者たちの魅惑の対談シリーズ!
第二回の研究者は、理化学研究所 脳神経科学研究センターにて人間認知・学習研究チームを率いる柴田和久さん。全3回でお届けします。
竹内 柴田さんは理研CBSで認知に関して研究していると聞きました。具体的にはどんな研究なんですか?
柴田 分野としてはヒトを対象にした認知神経科学です。ヒトが行動、思考、意思決定するときに脳がどのように情報処理しているのかを知りたい。特に潜在過程*1に興味があります。例えば新しいアイデアを思いつくとか、学習、思考、判断などを伴う高次的で意識的と思えるような脳の機能も、その前段階として無意識な過程、心理学の言葉でいうと潜在過程があって、それが実はすごく大事なんじゃないかと考えています。僕らの意識には上らない潜在的な認知過程が、意識や思考に先立ち多くを決定づけている、その脳メカニズムを示したい。「自分のあずかり知らないところで何かが変わっていく」という潜在過程のコンセプト、それが研究の中心です。
竹内 意識や無意識ってよく使う言葉だけれども、それぞれの定義って実はよくわからないというか。それぞれの専門や立場で、定義はいくつもあるのかなって思うんですが、柴田さんの考える、意識、無意識の定義って何でしょうか?
柴田 僕の立場でのもっとも直感的な意識と無意識とは、実験の参加者に直接報告してもらうことです。たとえば、見えるか見えないか微妙でかすかな模様をコンピュータ画面に提示して、それを被験者が「見える」と報告すれば意識的に「見えている」状態ということになる。でも、「見えない」という報告になることもあって、その場合は物理的に同じ模様が提示されているにも関わらず被験者の意識に上っていないということになります。いろいろ端折って説明しましたが、僕がよく使う意識と無意識の定義は、「被験者の報告に基づくもの」ということです。
竹内 なるほど。主体的な感覚か。実験中での意識・無意識の脳活動に違いはあるのですか?
柴田 脳の活動だけから「今は模様が意識的に見えている」「あ、この模様に対しては無意識だね」と言い切るのは現時点では難しいですね。実は意識と無意識に対応する脳活動がどんなものか、まだよくわかっていないのです。あと、今のは「見えるor見えない」の話でしたが、目が冴えているとき、ボーっとしているとき、寝ているときという意識のレベルという分け方もありますよね。このような意識レベルに関わる脳活動は、見えるor見えないの意識とはまた別だと考えられています。意識や無意識に関しては抽象的でややこしい議論が多く、研究者によって、または個々の研究によって、微妙に定義が違ってきます。
竹内 そういう何となく抽象的なことを、実験などで実際にデータを取ったりできるんですか?
柴田 できます。ヒトの脳機能の研究では、被験者に課題を行ってもらいながら、MRI(磁気共鳴画像法)や脳波測定などのシステムを用いて脳活動のデータを計測します。その課題を工夫することで、意識的に作業しているとき、無意識で作業しているときの脳活動を測れるのです。 また、僕が開発に関わった「ニューロフィードバック」という特殊な技術では、被験者が自分自身の脳活動パターンを変化させることができます。自ら変化させた脳活動が被験者自身の無自覚な行動や認知にどう影響を及ぼすかを調べることができる。
竹内 えっ、被験者が自分の脳活動を制御できる!?
柴田 ニューロフィードバックではそれが可能です。まず被験者に脳活動を測るMRIに入ってもらいます。視覚野でも運動野でも、もっと抽象的な情報を扱う前頭前野でも良いのですが、ある脳領域をターゲットに設定し、その脳領域の活動を反映した信号をMRIで測定する。そうすると、安静時のベースラインよりも今は脳活動が上がったとか、下がったというデータを数秒ごとに計測できる。そのデータをリアルタイムで被験者に見せて報告する、つまりフィードバックします。例えば「あなたの脳の後ろの方にある視覚野の活動は、何もしてないときよりも、今はこのぐらい高いですよ」とか「ちょっと下がりました」とか、その場で被験者に情報をフィードバックしていく。そうすると被験者は、「上げてください」と言われたら上げられたりと、自分で自分の脳活動パターンを変化させられるようになるんです。
竹内 ある意味いつも脳の活動は変化しているからそれを自覚してみる、というトレーニングですか。
柴田 そうですね。この技術で我々が何をするのかというと、ある脳領域の活動パターンを変えたときに、被験者の知覚や認知、行動にどのような変化が出るのかを調べる。例えば、被験者が何かを好きだと感じるときの脳活動、嫌いだと感じるときの脳活動を事前に計測しておきます。次に、被験者の脳活動が「好き」活動の方に変化したときに特定の写真を見せる、ということを繰り返す。そうすると、被験者はなんとなくその写真が好きになる。逆に「嫌い」活動の方へ脳活動が変化したときに見せた写真は嫌いになるというように、自覚なく認知に変化が起こる。
竹内 方法としてはシンプルだけれども、好き嫌いをある程度外部からコントロールできちゃうのか。すごい技術ですね。
柴田 脳活動の変化とヒトの認知や行動の変化の対応を実験的に調べるツールとして、高いポテンシャルがあると考えています。
竹内 今科学者・研究者として新しい技術開発までされているとなると、やっぱり小さいころから科学少年、メカ好き少年だったんですか?
柴田 サッカー少年でした! あとはゲームばかりやっていました。それに読書にピアノ。
竹内 サッカーにゲーム、読書にピアノですか。基本的にいろいろな好きなことをやって遊んでいた感じですね(笑)。いつ頃から科学者になろうと考えていたのですか?
柴田 好きなことをたくさんやって遊んでばかりいたので、そんなに成績も良くなくて。実ははっきりと「科学者になろう」と思ったことは一度もないんです。好きなこと、楽しいことを続けていて気がついたら研究畑にいて、そこそこうまく進んでいるし、いいかな、みたいな感じです。途中で失敗したらまた別のことをやろうと思っていましたが、今のところは大丈夫そう。
竹内 人間っていろんなことをやっているうちに、これ好きだな、これも楽しい、でもこれが一番いいかな、なんて選んでいって、何となくそちらに人生が流れていくっていうのはありますよね。
柴田 あると思います。人生の中で、その都度はっきりした未来予測なんてほとんどできない。現在から過去を眺めて、きっとこういうことなんだろうなって後付け的に物語を作ることでしか僕らは語れないですよね。今まで選択してきた数々を後付け的に考えてみると、未知のものとか成長できる場所に身を置くことが自分はすごく好きなんだ、ということなんだと思います。そしてサイエンスは常に新しくないといけないから、サイエンティストは変わり続けなきゃ存在価値がない。揺るぎなき個があるというよりは、自分の価値を示しながら常に自分を更新し続ける、それが面白い。そういう意味で研究者はサッカー選手、それもフォワードに似ている気がする。常に成長しないといけないし、所属が変わるたびに適応して、その中でゴールを決めないと次はない、というところがすごく似ている。
竹内 一方で新しいものに常に挑戦する刺激やリスクよりも、安心できるパターン化された仕事をして、ある程度の収入があれば良いっていう考え方も実は多い。その選択の差ってなんでしょうね。
柴田 うーん、どちらが大事だとかの優劣は全くなくて、両方の考え方、生き方がないと人類全体として生き残れないっていう感じだと思います。科学者みたいに興味のあることだけ追いかける人ばかりだったらすごく困るわけで(笑)。現在の環境を維持しながら少しずつローカルに改善していくタイプの人間がいなきゃ世の中は成り立たない。でも全体の1割ぐらいはちゃらんぽらんで遊んでいるように見えつつ残りの8~9割の人間がやらないことに手をつける人がいて、たまにその1~2割の人が大きな発見をして、全く違う価値や技術が生まれて新しい世界がやってくる、というのがないと上手く発展しない気がします。これは自己弁護でもあるんですけどね(笑)。10割がルーティンをやっていたら、発展どころか少しずつ後退していってしまうだろうし、反対に全員がちゃらんぽらんだったら、人類滅亡しちゃう。
竹内 ある意味、人類が自然に選択してきている生存戦略みたいな。
柴田 投資ですよね、人間が生物として生き残るための。リスクヘッジにもなっているというか。ナシーム・ニコラス・タレブ*2が言う反脆弱性(または抗脆弱性)や黒鳥理論みたいに、本当に想定外のことが起きたときに、人類が生き残るためには、多様性が鍵だと思います。8割ぐらいはそのときの価値観ですでに大切だとわかっていることをやる、残りの2割ぐらいが未知のことを含めいろんなことをやる。そういう状態だと、たとえどちらかの集団が滅亡したとしても、あとからなんとか盛り返せる。しかも盛り返した後は、お互いの弱いポイントを克服した後なので反脆弱性が働いて、種としてより強くなっている。
*1 潜在過程
心理学で使われる用語で、「素早く、自動的で、無意識的な心理過程」のこと。対義語は顕在過程。
*2 ナシーム・ニコラス・タレブ
レバノン出身の学者、随筆家、金融トレーダー。予想もつかないような事象が起きたときこそ破壊的なインパクトを残す黒鳥理論(ブラック・スワン)、脆弱なものと反脆弱なものが共存することで衝撃を受けた際に不確実性を生き延び、衝撃を糧に発展できるという反脆弱性によって成り立つシステムを提唱している。
ボストン大学研究員、ブラウン大学リサーチアシスタントプロフェッサー、名古屋大学准教授、量子科学技術研究開発機構主幹研究員を経たのち、理化学研究所 脳神経科学研究センターにて人間認知・学習研究チームを率いる。
学術変革領域「心脳限界のメカニズム解明とその突破」研究グループ代表。
Twitter:@kazuhi_s_
猫好きサイエンス作家。理学博士。科学評論、エッセイ、書評、テレビ・ラジオ出演、講演などを精力的にこなす。AI時代を生き抜くための教育を実践する、YESインターナショナルスクール校長。
Twitter: @7takeuchi7