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アマナとひらく「自然・科学」のトビラ
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真夜中の脳科学 My Favorite Things♪  ②

真夜中の脳科学
My Favorite Things♪ ②

脳の可能性を見いだし
次世代の人間観をつくる
第二回 柴田和久

インタビュー/竹内 薫
構成・文/理化学研究所 脳神経科学研究センター

サイエンス作家の竹内薫さん×理研CBSの脳研究者たちの魅惑の対談シリーズ!

第二回の研究者は、理化学研究所 脳神経科学研究センターにて人間認知・学習研究チームを率いる柴田和久さん。全3回でお届けします。

イラスト/ツグヲ・ホン多(asterisk-agency)

イラスト/ツグヲ・ホン多(asterisk-agency)


限界突破! 人間が人間の枠を超えるとき

竹内 「限界突破」というゲームにもよく出てくるワードが、柴田さんの研究テーマの一つにありますが、この限界突破っていったい何ですか?

柴田 直感的には、自分が思う「限界」と自分の筋肉や体、脳などのいわゆるハードウエアの「限界」は一致しているように感じられます。でも実際には、例えば筋肉が繊維として物理的に出せる筋力よりも、われわれが普段出力している仕事量って明らかに小さいんです。エネルギー消費を考えても、もっと脳は働けるような気がするけれど、ある時点でやる気がなくなっちゃったり気力が続かなかったりする。反対に、火事などの緊急時に普段は絶対運べないような重たい物を運べるとか、ピンチのときの集中力とかあるじゃないですか。

竹内 あるある。

柴田 外部からのトリガー(きっかけ・要因)と脳の認知次第で出力の限界は変わる、つまり限界って状況依存的なんです。状況をちょっと変えただけで簡単にその人の出力、パフォーマンスの限界は変わる。だけれど、意識的・主体的に自分がいくら頑張ってみてもなかなか変えられるものではない。これはまだ仮説の段階ですが、示唆的なデータはたくさんあります。だとすれば、その限界を決めている脳部位はどこなのか、例えばその部位を抑制したら限界突破がいつも起きるのか。どういう状況で抑えられているのか、逆にどういうきっかけで限界突破が可能になるのか。そういうことを考えたい。学術変革領域という他分野も含めた複数の研究者でつくるグループで「心脳限界のメカニズム解明とその突破」というテーマのもとこの課題に取り組んでいます。

竹内 経験的に思うのですが、誰かと一緒だったら限界突破できちゃうっていうのもありますよね。

柴田 そうですね。他者の存在とか、他者のアチーブメントが自分に関係するという例として、象徴的な話がスポーツでよくあります。誰かが一回記録を破ると、突然まわりのアスリートたちも次々と記録を破り始める。フィギュアスケートの4回転ジャンプもそうだし、陸上の100メートル走の「10秒の壁」もそう。10秒の壁に関しては、たまたま採用している10進法で10.00がすごく切りの良い数字というだけで、例えば12進法とか2進法を使っていたら、10.00は全く切りがよくないわけですよね。でも10進法だからだんだん記録が伸びていっても10に無意識に縛られて、10秒あたりで一回頭打ちになる。ところがその壁を誰かが一度破ると、ほかのアスリートを含め、ぐわってまた記録が伸びはじめる。

竹内 スポーツと似ているかもしれませんが、最近真剣に練習しているルービックキューブを夜中にカチャカチャやっているときに本当に何も考えてない瞬間があって。考えていないにもかかわらず、うまくそろっていた! 多分、無意識のうちに何かをやっていた、ということがありました。

柴田 ルービックキューブの上達につながるような運動学習や視覚運動の学習に関しては、脳の中にいくつかパスウェイがあるといわれています。もちろん、最終的な学習の結果は手の動きとか、目の動きなのですが、その動きを作り出しているシステムは何層にもわたっている。一番上の層は意識的に考えながら動かしているような層。動作に習熟していくと、例えば小脳などにその動作に特化した神経回路が作られていく。たとえ複雑な動作だとしても習熟するにつれどんどん無意識化されていく、という現象は昔からたくさんの知見があり、ゴーストパスウェイとか、脳の中のゾンビなどと呼ばれています。

竹内 こういう理由や仕組みは知らないけれど、何となく感覚ではわかっているってこと、ありますよね。

柴田 そうそう。例えば野球のバッティングにおいて、直感的にはボールを意識的に知覚して、それから体が動くという順序だけれど、その順序では到底間に合わない。プロレベルのピッチャーの手から150キロで放たれたボールがキャッチャーミットに収まるまで、0.2秒〜0.3秒くらいしかありません。しかしプロ選手はそのボールを打ててしまう。直球なのかカーブなのかという球種やコースを判断しつつ、すごく複雑な腕の動きのコーディネーションができる。ルービックキューブもバッティングも訓練により身体に教え込むことでそれに特化したゴーストパスウェイがプログラムされると考えられています。

竹内 超人的なパフォーマンス、そんなこと人間ができるはずないと思うことが、意外とできちゃうわけかぁ。

柴田 非常に高度だけれど、たくさん訓練することでプログラム化されたパスウェイがいったんできあがれば、それを発動させるのはかなり素早くできてしまう。

竹内 限界突破の話に戻りますが、その能力を抑えているリミッターってなんなんですかね? いつも高いパフォーマンスが発揮できればそれも良いわけだけれども、生物学的に脳がわざわざリミッターを掛けている理由は何だろうと。

柴田 ベストパフォーマンスを出し続けると、ハードウエアが壊れてしまうからだと思うんです。後々来るかもしれない大事なときに最大限の能力を発揮できないと困るので余力を残している。お給料だって全部使っちゃうと、急に入り用なときに出せなくなっちゃうので貯金するのと同じで、本当に重要だという外部トリガーが入るまでは、セーブしとかなきゃいけない。そういうエネルギー消費の観点からも、リミッターを最初から掛けておくというのは効率的な方法だと思います。

竹内 まだもちろん研究段階だと思いますが、柴田さんの中ではそのリミッターは脳のどこら辺にあるのか、リミッターを平時には作動させている仕組みってなんとなく目星がついていたりしますか?

柴田 いやー、これがまだ目星もついていないのです。今のところこれまでの神経科学の知見をもとにあれこれ推測する段階ですね。ただどうやって調べればいいかの道筋は見えているので、まずは実験して手がかりを得るのが大事かなあと思います。


脳の「余力」にはロマンが詰まっている

竹内 例えば、これまであまり開拓されていなかった自分の脳の領域を活性化するみたいな、そういうこともこれから現実化していくんですかね。

柴田 自分があまり使っていない脳領域を人為的に活性化させるというのは理論的には可能ですが、まだきちんと整理された研究はないと思います。実は、さまざまな行動や思考をしているときの脳の活動を可視化する研究を横断的に調べてみると、「ここの脳領域の活動増加はあまり報告されていないぞ」というサイレントエリアがあります。こういう脳領域をターゲットにして活動させるとどうなるか、という研究は面白いかもしれないですね。または普通の生活のなかでは起こり得ない脳活動パターンに変化させるとどうなるかとか。

竹内 それをなにか人や社会が良い方へ向かうように使う、または何かの治療に使うというような将来的な可能性はありますか?

柴田 ニューロフィードバックを応用することで、脳の疾患などにより変化しづらくなっている脳領域をターゲットとして活性化することで治療に生かせるかもしれない。実はすでに始まっていて、僕らの共同研究者は、恐怖心を克服するトレーニングにニューロフィードバックを使用していて、その一部は臨床試験の段階に入りつつあります。例えばクモがとても嫌いな人やヘビがすごく苦手な人は、それらの写真を見るだけで手に汗をかくような反応が起きる。その反応を軽減するようにニューロフィードバックでトレーニングをするような方法です。これはPTSD*1の治療に応用できる可能性があります。またはスポーツ選手の過緊張をコントロールできるようにするとか。

竹内 スポーツ選手の中には緊張や集中力を自分でコントロールできる人もいますね。

柴田 脳活動をわざわざ測らずとも、自分が最大限のパフォーマンスをできるように、限界突破を可能にする心的状態に持っていく方法もありますよね。ラグビーの五郎丸選手がキック前に行うルーティン動作などが良く知られています。どういう方法であれ、人間がリミッターを外して限界突破できるということは多くの人が経験的に理解できるものだけれども、その科学的裏付けはまだ示されていない状態なんです。その意味で、僕らの研究テーマは全く突拍子もないというわけではないと思っています。

竹内 ポピュラーサイエンス、アニメやSFで、「人間は脳の潜在的な能力のうち、数パーセントしか使ってない」といった都市伝説みたいな話がありますが、科学的にはどうなんですか?

柴田 限界突破はまだ仮説の段階ですが、もし科学的知見が集まりこの仮説が正しいとなれば、数パーセントは言い過ぎですが、使い切っていない余力、マージンみたいなものがあるということになり、一部は正しいという気はします。ただし、この類の脳科学にまつわる都市伝説にはいろいろ語弊があるんです。僕らの脳は実は、寝ていても、意識的に何かしていない状態でも常時活動している。つまり脳はいつも全体的に使われているともいえるわけで、こういう意味ではこの「数パーセントしか使われていない」という見方は正しくない。しかし脳の「能力」を、外から見たときのパフォーマンスと定義すれば、少なくとも一部においては間違ってはいないのかもしれない。こういう話っていろんな解釈ができて、ドキドキわくわくする話だからみんな好きですけれど、どういう意味での何パーセントなのかをちゃんと定義しないと、大きな誤解を生む話ですよね。

竹内 数字そのものが完全に独り歩きしているというか、特に根拠はないわけかぁ。

柴田 はっきりした根拠はありません。ロマンはあっていいですけどね(笑)。



*1 PTSD

心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder)。戦争、災害、犯罪被害などをきっかけとして生じる精神障害。体験がトラウマとなり、長期にわたりその記憶がフラッシュバックしたりすることで日常生活に支障をきたす。

Profile
今夜の研究者
柴田和久

ボストン大学研究員、ブラウン大学リサーチアシスタントプロフェッサー、名古屋大学准教授、量子科学技術研究開発機構主幹研究員を経たのち、理化学研究所 脳神経科学研究センターにて人間認知・学習研究チームを率いる。

学術変革領域「心脳限界のメカニズム解明とその突破」研究グループ代表。

Twitter:@kazuhi_s_

Barのマスター
竹内 薫

猫好きサイエンス作家。理学博士。科学評論、エッセイ、書評、テレビ・ラジオ出演、講演などを精力的にこなす。AI時代を生き抜くための教育を実践する、YESインターナショナルスクール校長。
Twitter: @7takeuchi7

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