パーフェクトカレー
の探求(番外編)
~ビートルズでカレーを作る~
~ビートルズでカレーを作る~
食研究家の水野仁輔さんが、自然・科学の各分野で「好き」を追い続ける人々を訪ねるインタビュー連載。今回は番外編です。「カレーって、何だろう?」という長年の疑問の答えを探す水野さんが、家で過ごす間に向き合った「時間」の考え方と、身近な「実験」の精神から、私たちも大きなヒントをもらえそうな気がします。
このところ、2日に1回のペースでカレーを作っている。BGMはビートルズである。
まあ、それだけならなんてことはないのだが、ちょっとした工夫をしている。オリジナルアルバムを1枚ずつ選び、曲が変わるたびにプロセスを変えて最終曲でカレーが完成するようにレシピを組んでいるのだ。
たとえば、最近やったアルバム『Abbey Road』なら、A面1曲目の “Come Together” でクミンシードを炒め始め、玉ねぎを切って加える。A面4曲目の “Oh! Darling” を聴きながら鶏肉を切り、B面5曲目で “Mean Mr. Mustard” でグツグツ煮込み、最終曲 “The End” で火を止めてふたをする。といった感じ。
毎回、レシピと共にレポートをアップしているので、注目してくれる人が多く、嬉しいことに実践者もたくさん出てきている。
「面白いことを考えますね~」
「トマトをざく切りするところで超慌てました」
「次の『サージェントペッパーズ……』ではいったいどうなるんだろう?」
感想やコメントも色々と頂いた。「うちのサイトで連載しませんか?」という雑誌も現れて、狭い所だが熱く盛り上がっている。
もともとカレーを作るときの調理時間についてちょっと特殊な持論があった。それは、 “調理時間=拘束時間” なわけではない、というもの。
「手軽に手早く簡単に」が重宝される時代だから、みんな1時間かかるカレーよりも15分でできるカレーの方が好きだ。でも、必要な手間ならかけたほうがカレーはおいしくなる。そもそも、調理時間という表現には「調理に奪われている時間」という印象があるからよくない。
1時間の手間をかけてできあがるカレーでも、鍋に張り付いていなければならない時間は15分もなかったりする。その場合、調理を開始してから終了するまで1時間かかっても、45分は自由な時間である。そんなふうにカレーを作っている時間を楽しく有意義に過ごせる方法はないだろうか、と考えていたのだ。
その点、この “ビートルズカレー” はうまくハマったと思う。とにかく調理中は、曲を聴きながら、独りでワーワー言ったりなんかしてはしゃいでしまう。楽しく調理して、気がついたらカレーができているのだから。実践してくれた人たちの盛り上がりも目に浮かぶ。
実は、本当の狙いは別のところにあるのだけれど、ほとんどの人は気づいていない。まあ、そこまで深く関心がないだろうしね。
これまで12枚のアルバムで12種類のチキンカレーを作った。ただし、そのために使った材料と分量は、すべて同じなのである。材料を変えず、作り方を変える。すなわち切り方や投入タイミング、加熱の方法などを工夫している。
そう、この取り組みの裏テーマは、「同じ材料(分量)を使って12種類のプロセスを開発することができるのか?」であり、さらに言えば「駆使するテクニックや生まれるカレーの味わいに新しい発見が得られるのか?」である。僕にとっては壮大な実験を繰り返しているつもりなのだ。
こういうことを続けているとどうしても科学的見地の乏しさに行き詰まりを感じてしまう。あれをしたらこうなったのはなぜなのか? 次にこうしたらああなるんじゃないだろうか? 実体験と自分の感覚だけでは物足りない。もっと精緻化して確かめたい。科学者に、会いたい。
いつかそんな機会が巡ってきたら、ビートルズのアルバムを12枚持参していかなきゃな。
1974年静岡県生まれ。AIR SPICE代表。1999年以来、カレー専門の出張料理人として全国各地で活動。『カレーの教科書』『わたしだけのおいしいカレーを作るために』などカレーに関する著書は50冊以上。「カレーの学校」で講師を務めている。現在、本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を運営中。
http://www.airspice.jp/